ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

覚悟と葛藤

06_侵蝕

「僕から出ていってくれ！」

　鏡に映るバエナに向かって叫んだ。僕の顔の半分が、彼女の顔になっている。気持ちが悪いという言葉では言い表せない。恐怖で頭が、めちゃくちゃになって、どろどろに溶けてしまいそうだ。

「いいわね、もっと恐怖しなさい。そうして、あなたは、私とひとつになっていくの。いいことを教えてあげる。あなたを半獣にした奴について」

　バエナは、相変わらず不気味な笑みを浮かべ、語りかけてきた。

「僕を半獣にした奴......」

「このタイムベルにいる半獣たちの中に、あなたを半獣にした奴がいるって言ったら、あなたは信じる？」
　
　バエナは、心をひどく揺さぶる言葉をぶつけてきた。

「......信じる訳ないだろ。でたらめなことを言うな！彼らは、心の優しい人たちばかりだ。僕を半獣にして人生を狂わせようなんて、考える人なんていない！」

「いいわね、あなたはとても動揺している。本当に、あなたを半獣にした奴がいないと思っているなら、どうしてあなたはそんなに動揺しているの？彼らの中に、自分を半獣にした奴がいるかもしれないって内心は思っているんじゃないかしら」

　バエナは、僕の心を見透かしたように言った。彼女は、ただ単に僕を惑わすために事実ではないことを言っている。そう思いたい。でも、それを完全に否定できない。彼女の不確かな言葉が、重しになってのし掛かる。

「僕の気持ちを分かったようなことを言うな！」

　動揺を隠すように正面の鏡の縁を強く握りしめる。

「分かるわよ、あなたの考えていることなんて。辛いでしょう。私と一つになれば、楽になるわ。何も考えなくてもいいの。周りを蹂躙するほどの力だって手に入れられる。断言する。きっと、あなたは私に頼ることになる」

　(彼女は、甘い言葉で惑わせれば、いつか心が折れると思っているのか......ふざけるな)

　フフフフフフフフフフフフ。

　彼女は、僕の苛立っている様子を見て、狂ったように不気味な笑い声を響かせた。

　嘲笑う彼女に苛立ちを感じ、自ずと拳に力が入る。

　あふれでる感情の赴くままに、正面の鏡に映る彼女に向かって、おもいっきり、その拳をぶつけた。すると、激しい音を立てて、鏡が粉々に砕け散る。

「黙れ！僕は、君になんかに負けない！」

　僕がそう吐き捨てた直後、バエナは消えていなくなった。鏡が割れる音を聞いて、半獣たちが慌てて洗面所の扉を開け、中の様子を見に来た。

「どうした、小僧。何があった？」

　象男ファントムが、洗面所の割れた鏡と様子のおかしい僕を見て言った。

「お願いがあります。僕に、半獣の力について教えてください」

　真剣な眼差しに、半獣たちは、ことの深刻さを理解したようだった。バエナのことを話せば、半獣である彼らならば、彼女の束縛から、抜け出す方法を知っているはずだ。

　ーーー

「なに、少女の姿を見ただと！？なんだ、それは」

　バエナのことを話すと、狼男アウルフは驚いた声を上げた。アウルフはバエナの話を、聞いてもしっくり来てないようだった。半獣のアウルフなら、理解してくれると思ったが、彼女の存在に懐疑的だ。

「本当です。目の前に、少女が現れて、僕のことを支配しようとするんです」
　
「にわかには、信じられないわね。あなたのいう少女というのは、私も見たことないわ」

　どうして、みんな、彼女のことを知らないのだろう。僕は頭がおかしくなって、幻覚でも、見ているのか。

　彼らがしっくり来ない中、ライオン男ライアンだけは、少女と聞いて何か思い当たることがあるようだった。

　あまり驚きを表情に出さない彼が、僕の言葉を聞いて大きく目を見開き、こちらを見ていたのだ。

　一番年配のライアンなら、彼女のことを知っていてもおかしくはない。

「ぼうや、その少女は、自分のことをなんと呼んでいた？」

　ライアンが、目を見開きながら、僕に尋ねた。

　静寂に包まれたタイムベルの一室で、一言、こう答えた。

「バエナ...... 」