ケダモノ狂想曲ーキマイラの旋律ー

東雲一

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覚悟と葛藤

09_自由

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 僕の自由は、奪われた。

 母親に出会って気づかされた。僕は、世間的には、すでに死んだことになっているから、自分を知る人たちに、顔を晒す訳には行かない。人間の姿になっていても不用意に外を出回るのはまずい。これから、外に出る時は、やはり、 常に、マスクで顔を隠しながら出回る必要がある。

 半獣になってから、僕は外を出回る自由さえも、奪われてしまった。まるで、閉塞的で窮屈な籠の中に閉じ込められた小鳥のようだ。いつか、籠から抜け出して、自由を手に入れられる日が来るのだろうか。

「ぼうや、昨日の火事に関することが新聞に載っているぞ」

 火事を目撃した翌日。新聞を読んでいたライオン男ライアンが、新聞に火事のことが載っていると言ってくれた。

 記事を見る彼は、眉間にしわを寄せ、なにやら、浮かない顔をしていた。彼のそうした表情から、おそらく、記事の内容が、芳しくないものなのだとすぐに察した。

「記事にはどんなことが書かれているんですか?」

 恐る恐る、僕は、ライアンに尋ねた。
 
「お前の親友は、アルバートと言ったな。アルバートとその父親が死体で見つかったようだ」
 
「......」

 僕は、途端に頭が真っ白に染め上げられ、思考することをやめた。言葉を出て来ず、沈黙する。今、この気持ちを表現するに値する言葉が見つからない。

 彼は生きていると信じていた。彼なら、生きていてもおかしくない。大丈夫なんだと、言い聞かせてきた。けれど、現実は僕の気持ちなんてちっとも考えず、堅実に残酷だった。

 僕は黙っていたが、ライアンは話を続けた。

「父親の死体だが、鋭利な刃物で切り刻まれたような傷痕が見つかったらしい。火事は、事故ではなく、何者かに襲われた可能性が高いそうだ」

「誰かに襲われた......」

 苛立ちと嫌悪感で拳をぎゅっと握った。

(ふざけるな......誰だ、いつまでも僕の大切な人たちを傷つけるのは)

「何か、心当たりがあるのか?」

「前に、半獣がアルバートを襲おうとしていたところを助けたことがあるんです。その半獣が、アルバートの家を襲ったのかもしれない」

 半獣は、ライアンたちの他にも、この街に息を潜めて住んでいる。人の命をなんとも思わない猟奇的な半獣がいるのは確かだった。

 そして、僕を半獣に変え、人生を狂わせた奴もその中にいる。

 僕の家族も、半獣に襲われ、命を落としかけた。白蛇トッドピッドが、家族を守ってくれなければ、命を失っていたかもしれない。僕は、しゃがみこみ、床を這いずるトッドピッドの頭を撫でる。

 一連の出来事が、もし、同一の半獣によって引き起こされたものだとすれば、絶対にそいつを許さない。

 (この拳で、一発、顔面にぶちかましてやる)

「私達以外の半獣か。アンチヒューマンの奴なら、ありうるかもしれんな」

 ライアン男ライアンは、顔に生えた獣の毛をいじりながら、言った。

 アンチヒューマンとは一体なんだろうか。初めて、耳にする言葉だ。

「アンチヒューマン......特定の半獣を示す言葉ですか?」

「半獣には、二つの派閥が存在する。私たちが属する、人間との共存を目指すヒューマンコムと半獣を中心とした世界を目指すアンチヒューマンだ。アンチヒューマンには、人間を軽視し、憎しみを持つ者が多い」

 知らなかった。半獣にも、派閥が存在するとは思わなかった。ライアンの言うように、僕や親友、家族を襲った奴は、アンチヒューマンの中にいてもなんだおかしくはない。

「そんな奴らが、このロンドン街のなかに潜んでいると考えると恐ろしいです」

「アンチヒューマンの連中も、簡単には、人を襲わないが、中には、人を駆逐し、半獣だけの社会を築こうとする極端な思想を持った者もいる。そういった連中にとって、力の劣る人間は食料でしかない。人に対する情などないと考えたほうがいいだろう」

 僕は、ライアンの話を聞いて、身の毛がよだった。

 元は人間だった半獣の中に、人を人として見ていないがいる。心までも、獣になってしまった人たちなのかもしれない。心底、僕が出会ったのが、ライアンたちで良かったと思った。

 舞台の方から、楽器の美しい旋律が鳴り響いていた。

 明日、ついに、演奏会が行われる。本番に向けて、タイムベルの半獣たちは、朝からずっお楽器の練習をしていた。僕は、まだ、演奏会に出られるほどの楽器を扱えない。明日は、演奏には参加しないが、観客席で彼らの音楽を聞かしてもらえることになっている。

 やはり、彼らの音楽は、僕の傷ついた心を癒してくれる。

 流れ行く旋律を聞きながら、教会に飾られた、白ユリを持つ少女マリアの聖画を眺めた。
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