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第二章
双蛇の毒
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「羽振りが良さそうだね、あいつら」
「ああ。あれをどこかに売りさばくんだろうさ。それとも何にするのか‥‥‥せっかく育てた子供たちを奪われた母親は、今頃怒り狂ってるだろうなぁ」
どこか感慨深くロイダースはそう言うと、帽子を脱ぎ胸元のポケットから取り出した煙草を咥えて火を点ける。
大きく一息でそれを吸い込み、深くため息をつくようにして紫煙を吐き出した。
それに倣うかのように、しかし、用心深く口元だけ帽子を上げたラナルータもまた、同様にして煙草に火を点けた。
「あたしたちが、巣から盗みだした訳じゃない。それをやったら冒険者たちで、あたしたちを恨むのは筋違いってもんだ‥‥‥」
「殿下に、その怒りが飛び火しなきゃいいんだがな」
皮肉まじりにロイダースは言った。
「竜神ならぬ、ラミアの怒りってかい? それは面白いねえ。誰も彼もが、伝説のその瞳に見つめられて石になっちまわないといいんだけどね」
ラナルータは煙草を一気に吸い込むと、首を絞めるような仕草をしてからそれを吐き出す。
「どうでもいいのだけれどさ」
「あん?」
そこに集まった全員に解散するよう指示を下していたロイダースに、煙草の尖端で足元を示す。
「あのお嬢様、そろそろやばいんじゃないのかい」
「どういう意味だ」
「いや分からないけどさ」
なんとなく、と答えると彼女は半分まで燃えてしまったその灰を地面に叩き落とした。
「殿下が何をしようがお客様だ。あたしたち盗賊騎士には関係ない」
「だから?」
「でも、お嬢様の時間はどうだろうねえ。最近仕事をするペースが速くなってる。誰かが怪しいと思い出してもおかしくない。あたしはそう思うのよ」
「情報を聞き出した後は、客の記憶は別のものに塗り替えられている。それはお嬢様の能力であり呪いであり、男爵家に伝わる魔法だ。お前なんて分かっているだろう」
「そうかね」
口元に微妙な微笑みを張りつけたまま、ラナルータはどこか遠くへと去ってしまう友人にするように、片手をゆるりと持ち上げて軽く振った。
そこにはまだ点いたままの煙草が挟まれていた。
それは振動で揺れて地面にこぼれ落ちる。
まるで踏みつけられた羽虫か何かの死骸のようにも見えた。
「このままだとさ、お嬢様。力の使いすぎで、せっかくの才能がなくなっちゃうんじゃないの?」
彼女の心の奥に潜む猛毒がうっすらと姿を現す。
「どうかな。俺は別にそんな心配はしていない。どうせこの夏が終われば、俺たちのこの仕事も終わる。あのお嬢様だってどっかに叩き売られるさ。今度は本当の娼婦に落ちるわけだ」
こちらはまたむき出しの暴力が、その猛威を振るいそうだ。
「あんたも悪い男だね」
「商品になって店の柵に並んでいたら、買って行ってもいいかなとは思ってるよ」
「最低だ」
二つの煙草の火がぱっと咲いて散った。
それはまるで、二頭の猛毒を持つ蛇が、後ろ暗い微笑みを浮かべて獲物を狙っているかのようだった。
「ところでさー」
と、ラナルータは無関心そうな顔をして後ろを一瞥する。
「なんだ」
「あれどうすんの」
あれ、とは二時間ほど前に襲撃したときに負傷したまま、深手を負って回復魔法を唱えてももはや帰らぬ人となりそうな仲間たちのことだった。ラミアの幼生たちを保管してあった古都のある大商人の倉庫は、さすがに警備も厳重だったのだ。最初は二十数名いた仲間たちもここにたどり着いた時には十数名ほどに減っていた。
「始末しろ。生かしておいても仕方がないだけだ」
「あ、そう」
まだ呻いている重症者たちの前に一歩踏み出すと、ラナルータはその掌を前に掲げる。
そこからはまるで闇の弾丸が放出されるかのように触れたそこいらの者から光を奪っていく。しばらくして男たちが横たえられていたその場所は、ちょっとした深さの穴が開いていた。
翌週の水曜日。
昼を少し過ぎた頃。
約束通り彼はやってきた。
その姿を見て、ルークは「え?」とつい疑問を口に出していた。
仕立ての良いスーツ、それに胸元を飾る一輪のバラの花。
赤毛の青年はどこからどう見ても貴族の令息にしか見えなかった。
それほどに彼はうまく化けていた。
「今日はだいぶ遅くなると思うから。あなたはしばらく長くなると思うけど」
と、時間がかかることをクロエは教えてくれた。
「大丈夫ですお嬢様」
しっかりね、となぜか握られたその両手の中に、何を冷たくて細くて長いものを感じて、ルークは一瞬、我を忘れた。
あちらは特段気にすることなく着飾ったフランを引き連れて、自分の部屋へと姿を消してしまう。
「どういうことだよ‥‥‥」
あちら側でガチャリと、鍵のかかる音がした。
それからもう一度、バタンと応接間と彼女の部屋を繋ぐ扉が閉じられる音がする。
鍵を開けろというのは一体どちらの扉のことなのか。
もしかして応接間の中に入り、クロエの自室の鍵を開けてしまったらそれはそれであっけなくばれてしまいそう。
思い悩んでいたルークは、手の中に押し付けられたその鍵を見て、自分のやるべきことを知る。
それは応接間と彼の立つ廊下とつなぐ扉の鍵だった。
「ああ。あれをどこかに売りさばくんだろうさ。それとも何にするのか‥‥‥せっかく育てた子供たちを奪われた母親は、今頃怒り狂ってるだろうなぁ」
どこか感慨深くロイダースはそう言うと、帽子を脱ぎ胸元のポケットから取り出した煙草を咥えて火を点ける。
大きく一息でそれを吸い込み、深くため息をつくようにして紫煙を吐き出した。
それに倣うかのように、しかし、用心深く口元だけ帽子を上げたラナルータもまた、同様にして煙草に火を点けた。
「あたしたちが、巣から盗みだした訳じゃない。それをやったら冒険者たちで、あたしたちを恨むのは筋違いってもんだ‥‥‥」
「殿下に、その怒りが飛び火しなきゃいいんだがな」
皮肉まじりにロイダースは言った。
「竜神ならぬ、ラミアの怒りってかい? それは面白いねえ。誰も彼もが、伝説のその瞳に見つめられて石になっちまわないといいんだけどね」
ラナルータは煙草を一気に吸い込むと、首を絞めるような仕草をしてからそれを吐き出す。
「どうでもいいのだけれどさ」
「あん?」
そこに集まった全員に解散するよう指示を下していたロイダースに、煙草の尖端で足元を示す。
「あのお嬢様、そろそろやばいんじゃないのかい」
「どういう意味だ」
「いや分からないけどさ」
なんとなく、と答えると彼女は半分まで燃えてしまったその灰を地面に叩き落とした。
「殿下が何をしようがお客様だ。あたしたち盗賊騎士には関係ない」
「だから?」
「でも、お嬢様の時間はどうだろうねえ。最近仕事をするペースが速くなってる。誰かが怪しいと思い出してもおかしくない。あたしはそう思うのよ」
「情報を聞き出した後は、客の記憶は別のものに塗り替えられている。それはお嬢様の能力であり呪いであり、男爵家に伝わる魔法だ。お前なんて分かっているだろう」
「そうかね」
口元に微妙な微笑みを張りつけたまま、ラナルータはどこか遠くへと去ってしまう友人にするように、片手をゆるりと持ち上げて軽く振った。
そこにはまだ点いたままの煙草が挟まれていた。
それは振動で揺れて地面にこぼれ落ちる。
まるで踏みつけられた羽虫か何かの死骸のようにも見えた。
「このままだとさ、お嬢様。力の使いすぎで、せっかくの才能がなくなっちゃうんじゃないの?」
彼女の心の奥に潜む猛毒がうっすらと姿を現す。
「どうかな。俺は別にそんな心配はしていない。どうせこの夏が終われば、俺たちのこの仕事も終わる。あのお嬢様だってどっかに叩き売られるさ。今度は本当の娼婦に落ちるわけだ」
こちらはまたむき出しの暴力が、その猛威を振るいそうだ。
「あんたも悪い男だね」
「商品になって店の柵に並んでいたら、買って行ってもいいかなとは思ってるよ」
「最低だ」
二つの煙草の火がぱっと咲いて散った。
それはまるで、二頭の猛毒を持つ蛇が、後ろ暗い微笑みを浮かべて獲物を狙っているかのようだった。
「ところでさー」
と、ラナルータは無関心そうな顔をして後ろを一瞥する。
「なんだ」
「あれどうすんの」
あれ、とは二時間ほど前に襲撃したときに負傷したまま、深手を負って回復魔法を唱えてももはや帰らぬ人となりそうな仲間たちのことだった。ラミアの幼生たちを保管してあった古都のある大商人の倉庫は、さすがに警備も厳重だったのだ。最初は二十数名いた仲間たちもここにたどり着いた時には十数名ほどに減っていた。
「始末しろ。生かしておいても仕方がないだけだ」
「あ、そう」
まだ呻いている重症者たちの前に一歩踏み出すと、ラナルータはその掌を前に掲げる。
そこからはまるで闇の弾丸が放出されるかのように触れたそこいらの者から光を奪っていく。しばらくして男たちが横たえられていたその場所は、ちょっとした深さの穴が開いていた。
翌週の水曜日。
昼を少し過ぎた頃。
約束通り彼はやってきた。
その姿を見て、ルークは「え?」とつい疑問を口に出していた。
仕立ての良いスーツ、それに胸元を飾る一輪のバラの花。
赤毛の青年はどこからどう見ても貴族の令息にしか見えなかった。
それほどに彼はうまく化けていた。
「今日はだいぶ遅くなると思うから。あなたはしばらく長くなると思うけど」
と、時間がかかることをクロエは教えてくれた。
「大丈夫ですお嬢様」
しっかりね、となぜか握られたその両手の中に、何を冷たくて細くて長いものを感じて、ルークは一瞬、我を忘れた。
あちらは特段気にすることなく着飾ったフランを引き連れて、自分の部屋へと姿を消してしまう。
「どういうことだよ‥‥‥」
あちら側でガチャリと、鍵のかかる音がした。
それからもう一度、バタンと応接間と彼女の部屋を繋ぐ扉が閉じられる音がする。
鍵を開けろというのは一体どちらの扉のことなのか。
もしかして応接間の中に入り、クロエの自室の鍵を開けてしまったらそれはそれであっけなくばれてしまいそう。
思い悩んでいたルークは、手の中に押し付けられたその鍵を見て、自分のやるべきことを知る。
それは応接間と彼の立つ廊下とつなぐ扉の鍵だった。
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