アンジュバール~異世界スカッドはアイドル始めました~

和泉鷹央

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第三章

第24話 仁菜の目覚め

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「仁菜、仁菜!」

 まだ意識が戻らない少女の頬を、沙也加は遠慮なく叩いて起こそうとする。

「えっ、ううん――やっ」

 一度は軽く目を開いた仁菜はかわいらしく拒絶すると、頬を叩いていた沙也加を抱きしめてしまった。

「にっ、仁菜! なにするのさ、ボクだよ、恋水沙也加!」
「沙也加? へんな徹君。なにいってるの、仁菜、まだ起きたくなーい」
「こら、誰と勘違いしてるのさ! 起きろー!」

 ギュウウッと抱擁する仁菜の力は思ったより強そうだ。
 オルス時代、エヴォルの被害者をたくさん救助してきた玲だが、こんなケースに遭遇したことはない。
 どうしていいか迷っていたら、沙也加は自力で抱擁から逃れ、仁菜の頬をつねって起こそうとする。

「早く目覚めろ、この変態! ボクは沙也加! 徹君って誰なのさ!」
「さ、や……ええっ、沙也加じゃん! うわっ、やだー!」
「うわっ、押すなー。ぐえっ」

 ようやくまどろみから解放されたのだろう。仁菜は長い黒髪をストレートにした少女で、身長が150センチほどしかない玲や沙也加より一回り大きかった。
 長くすらっとした手足、ほどよく成長した全身、同年代とは思えないほどの美貌を備えている美少女だ。

 仁菜は捕まえていたのが沙也加だと知ると、ぱっと離れてしまい胸の前で両手を組んだ。
 胸を押された沙也加はよろめき、地面にぱたりと倒れてしまう。
 背中をしたたかに売ったようで痛てて……と呻いていた。

「ここ、どこ!? あれ、駅のちかく……沙也加、あたしになにしたの!?」
「なにもしてないよ! 駅が爆発したの!」
「は? 意味わかんない!」
「だからー、あれ見て!」
「あれ?」

 沙也加が後方を指差すと、駅舎の出口からまだ煙がもうもうと立っている。
 それを見た仁菜は急に寒気を覚えたように、青い顔になった。

「嘘ッ、あたし、駅にいて、え……あれ。どうしてここ?」
「知らないよ! ボクたちも地下鉄に乗ろうとして向かっていたら、いきなり凄い音がしたんだ! で走ってきたら仁菜が倒れてた」
「マジ? それ、そんな……やだ、ごめんなさい。あたし、そんなだってこと知らなくて。ごめん、沙也加。助けてくれたのに」
「いいよ、もう――せっかく、美味しい昼食だったのに。せっかく助けたのに、損した気分だ」

 パンパンっと立ち上がった沙也加は自分の服の埃を払って、仁菜を助け起こしてやる。
 仁菜は自分の全身を確認して怪我がないようだとわかると、ほっと安心したようで顔色は元にもどっていた。
 周囲を見渡した仁菜とぼーっと見つめていた玲の視線が交わる。

「あれ、あなた」
「え、私?」
「あなた、玲ちゃん? 元気になったの!?」

 沙也加には目もくれず距離を詰める仁菜に両手を掴まれ、玲は「え? え?」と驚くばかりだった。
 仁菜は自分のことなどお構いなしで、玲に質問を浴びせてくる。
 まるでひどい事故に遭ったストレスを、玲に興味を向けることで忘れようとしているみたいに見えた。
 倒れてから無事に回復したのか、まだアイドルは続けるのか、また一緒に遊びに行きたい……など。
 玲はどの質問にも満足に応じることができず、沙也加が助け舟をだす。

「玲は倒れたあとから記憶が混乱してるんだ」
「そう……なんだ。可哀想な玲ちゃん!」

 仁菜はまるで自分のことのように悲しみ、そういって玲の手をぎゅっと握ってくれた。
 しかし、その手には力がなく、てのひらの感触も冷たくて、まるで冬の街並みと溶け込んでしまっているようだった。

「仁菜、ちゃん。そっちこそ手が冷たいよ、身体が冷えきっているんじゃない? 送っていこうか?」
「え、あ……そう、ね。仁菜でいいわ、玲ちゃん」
「うん、仁菜……」

 感情の波が一段落したのか、気丈に立っていた仁菜の体はふらっと揺らめいた。
 慌てて玲と沙也加が両側から仁菜の腕を取り、立たせてやる。

「ごめんなさい。事務所にいかないと」
「送っていくよ。ボク、道知ってるし」
「なら、私もいくよ」
「二人とも、ごめんね」

 ありがとう、と仁菜はつぶやいて手を離れると歩き出す。
 玲は、なぜか仁菜がとても重苦しい悲しみのかたまりを背負っている気がした。
 地下鉄に乗り、暖房とたまたま空いていた席に座ることができて、仁菜は寒さからある程度解放されたように見えた。

 地下鉄を乗り継いで新宿駅までいくことに。
 電車のなかで仁菜と沙也加と三人で遊ぶ約束をした玲は、これでまたひとり、過去の自分を知る誰かと繋がれたことで、心が温かくなっていた。
 しかし、仁菜はいきなり無言になってしまう。気まずい空気が流れるなかで数駅乗り継いで、三人は新宿駅へと足を運んだ。

「ここで大丈夫だから、ありがとうね」
「うん、無理しないでね」
「また、遊ぼうね、仁菜!」

 仁菜は時折ふらつく様子が見られたが、それでも体力が回復したのか、顔色は血色よくなっていた。そんな様子を見て、玲はひとまず安心した。
 電車の中、三人で遊ぶ約束を交わした玲は、過去の自分を知る誰かと新たに繋がりを持てたことに、心がじんわりと温かくなっていた。 
 冬の東京は寒風が強く、新宿駅西口付近でわかれた玲と沙也加の首元を、冷たい風が撫ででいく。
 一気に温もりを奪われた気がして、二人は「さむっさむっ」と叫びながら構内に戻った。
 帰りの電車を待つホームの上で玲は物足りなさを感じる。

「ねえ、沙也加。仁菜ってどんな子なの?」

 と質問すると沙也加はちょっと考えて教えてくれた。

「あの子はボクたちとおなじアイドルだよ。Eclipse Rhythm(エクリプス・リズム)のメインボーカル。友達なんだ」
「え、そうなの? じゃあ、年上なのに呼び捨てはまずいかなあ」
「ううん、違うよ、玲。年はボクたちと同じだよ。15歳。高校一年生。違いはねー」
「違いは? なに?」

 沙也加は遠い目をしていた。憧れたなにかを見るような目つきだ。

「違いはね、学生かそうでないか。仁菜は頭よくて、都立の高校一年生。それに芸能界の先輩。でも、年齢はおなじ。友達なのも――同じになれたらいいなあって」
「それはアニーが入る前の沙也加とおなじレベルで、仲良くなりたいってこと?」
「そういうことじゃないけど……」
「うーん、どうして?」
「Eclipse Rhythm(エクリプス・リズム)はアンジュバールより人気があっておなじ時期にインディーズデビューしたのに、先にメジャーデビューした売れっ子だし。それに……ボクは仁菜以外のEclipse Rhythm(エクリプス・リズム)のメンバーと仲良くない――」
「なんで? おなじアイドル仲間じゃない」
「だからさー……。売れっ子になって態度が変わったんだよ。他の二人、墨田川ほたてと吉田ユマっていう子たちなんだけど」
「見下されているの? アンジュバールが?」
「それもある……あるし、それだけじゃない」
「変な沙也加。いつから秘密主義者になったの」
「そうじゃないよ、玲! 玲だけは特別、ボクの相棒だから……そんなこと言わないで。ちゃんと話すから」

 沙也加は言い訳するように語った。
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