アンジュバール~異世界スカッドはアイドル始めました~

和泉鷹央

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第四章

第39話 姉との約束

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「私たち、地球に行ってもきっと一緒だよね!」

 ぼんやりとした世界が見えていた。
 ここは現実じゃない――夢であって欲しいという願いが心のどこかに秘められていて、だけど不思議なことに目覚めたくないという感情が、眠っている玲にはわかってしまう。

 過去の記憶が再現された夢は心地よく、溶けていく雪のような儚さも感じてしまう。
 エリカに戻った玲は、持ち前の元気のよさでそう言って五人のメンバーを励ましながら、あちらへと繋がる扉をゆっくりと開いた。
 彼女たちはエンジェルアームズ。

 水星の意味をもつ特殊部隊(スカッド)のチーム名。
 これから次元を超えて自分たちの世界オルスから、異世界地球の日本へと転移する予定だ。
 アンジュバールは特別な任務を帯びている。

 それは、見えなくて危険な存在「エヴォル」を捕獲すること。
 エヴォルは煙みたいな敵で人間や動植物などわずかな意志をもつ生命体に憑依すると、暴れ狂う怪物へと進化させてしまう。
 そして、進化が終わると虹色に輝く鉱石に変化してしまうのだ。

 アマノダイトと呼ばれるこの鉱石はとんでもないエネルギーを秘めていて、オルスでは高額で売買されている。
 エヴォルはもともとオルスに生息していた魔獣みたいなやつらだけれど、悪い科学者が次元を超えて鉱石にしやすい地球へと移動させてしまった。
 エヴォルがアマノダイトになる前に、全部回収してオルス持ち帰ること。
 それが、アンジュバールの使命だ。



「えっ……なに、これ?」

 玲が目を開けてみたら真っ白な空間だった。
 どこまでもつづく、だだっ広い白、シロ、しろ……。
 床も天井もなくて、上下左右もわからない場所。
 だけど、ところどころで光が反射して、きらきらとまぶしい。

 そこに足をすすめたら、見覚えのない誰かがいた。
 彼女はオルス時代の自分――エリカと同じ服装をしている。
 藍色のベレー帽に、落ち着いた藍色のジャケット。
 全身は映り込んでないが、下は同色のパンツにがっしりとしたアーミーブーツだろうし、てっきり同じ軍で別の部隊に所属しているのかと勘違いしそうになる。
 でも、左肩に付いている階級をしめすワッペンは、同じ部隊のものだ。
 見覚えのない相手を、新人かなにかかと玲はつい、勘ぐってしまう。

「わっ、あなた誰? ここはどこなの? ……喋べれないの? 私は玲、エリカでもあるけど……あ、違う――これ、私だ」

 玲はそれが空気の断層で歪められた大気によってつくられた鏡だと察する。
 知らない人に気安く名乗っちゃダメ、と頭のどこかで声がしてしかられた気分になる。
 普段、玲が関わっている任務に関係しているなら――それは、正しい。
 けれども、いま目の前で微笑んだり、笑ったり、泣きまねをして見せたりする鏡の向こうの彼女は、玲そのものだ。

 ただひとつ――異なるものは肌、目、髪、目の形、鼻の高さ、唇、顔の輪郭……。
 ひとまとめにして別物。つまり、別人が鏡に映っている。
 別人だと分かるのに、見つめてくる視線に宿る意志の力が、自分自身だと本能に語りかけていた。

「難しいなあ……どういうこと? 私が私で、あなたはあなた……?」

 夢の中で、玲はエリカとしての自分と、玲としての自分をそれぞれ個別に捉えていた。エリカは黒髪黒目。肌の色はあまり白くない。
 相手ははちみつ色の髪に黒い瞳。猫みたいに垂れためじりがほぼ変わらないくらい。

 立って並んだら、他の人が見れば別人だと言いそう。
 鏡の彼女はなにも言わない、言葉を発しない、動くこともない。
 玲がそうすれば、同じように動き、悲しみ、喜んでくれる。
 不思議な光景だ。玲はその意味に気づく。

「あ! 夢……か、これ。そっか、そうなんだ!」

 うーん、と玲は腕組みをし、右斜め上を見上げる。
 鏡の彼女も同じようにして見せた。

「なんだこれ! ははっ、意味分かんない? なんでこんな夢見てるんだろ」
 足元に目をやった玲ははっ、と気づく。
「死んだ……? まさか、ね?」
 ひくっと頬がひくついた。

 自分の死を自分が見つめているから――いや、鏡の彼女は自分じゃない。
 玲は凄まじく混乱する。
 死後の世界って、真っ白な場所に行くって聞いたことある……!
 ぞぞっと背筋に寒気が走った。
 そう考えたら、真っ白な世界はいきなり極寒の季節が到来した高山のように、冷え切ってしまう。

「いや、そんなっ! まだ死ぬなんて聞いてないよ!?」

 手足の先から凍えるような冷たさが押し寄せてくる。
 いつの間にか着ていた軍服が、カラフルな衣装へと変わっていた。
 黄色を基調としたふんわりと広がるフレアスカート――膝上のやつ。丈が短くて段階的にフリルが折られていて、白と黄色のグラデーションが眩しい。
 上は背中が広く開き胸元までスリットが入っていて、半袖のイブニングドレスっぽい作りになっている。
 胸元に飾られた大きめの黄色のリボンが華やかで、可愛らしい。

「やだっ、なに? 待って、制服返して! 寒いってば――っ!」

 玲の悲鳴は極北の大地に溶け込んでしまい、辺りはしーんと静かになる。
 生きとし生けるものがいない世界。
 自分だけが取り残された感覚。
 十六歳になるまで軍に所属し、必死に鍛え上げてきた鋼の心が、つい折れそうになる。
 寒い世界、孤独な自分、いつの間にか変わってしまった衣類、そして――あの鏡もどこかに消えてなくなってしまった。

「どうすればいいのよ……沙也加」

 寒さから逃げるように胸元を手繰り寄せ、玲は相棒の名を呼ぶ。いつもつるんでいる同じ年の少女は、同じ部隊でコンビを組み、背中を預け合った大事な仲間だ。
 家族と言ってもいい。
 その家族がいない寂しさは、玲の心に大きな闇を落とした。

「こんな最悪なところで、こんな恥ずかしい衣装着て、理由もわからずに終わるのだけは嫌!」

 夢ならば、さっさと覚めて欲しい。
 玲は体温を奪われないようにしゃがみこみ、これからのことを考える。
 もし、ここが死者の世界だったら、と。
 本当にそうだったら、逢いたい相手がいる。
 姉だ。
 玲が十一歳のときに亡くなってしまった姉。
 軍人だった姉に憧れてエリカは軍属になった。

「逢いたいなあ、もし、ここがそうなら。でも、逢ったらどうするのよ。死ぬなんてまだ嫌だ」

 姉に会うのは一瞬でいい。もし、そのままあの世に連れ去られたら嫌だから。
 でも、会ってみたい……と想像していたらいきなり出てきた。
 故人となった姉、セナだ。

「うそっ! お姉ちゃん!?」

 幻の姉は優しく微笑む。
 憧れの姉は玲が最初に着ていた軍服を身にまとっていた。
 すらりとした体躯、きゃしゃながら長い手足、ほっそりとした首筋に、うっすらと浮かぶ戦場の傷痕。そのどれもが玲の記憶にあるものだった。

「あら、もうきちゃったの?」
「はあ? もうってなによ、もうって!」

 いきなり現れたセナは玲を見るなり、早すぎるわ、と手を振る。
 呆れ混じりの仕草は姉にそっくりだった。

「まだ早いの、あなたにはやるべきことがあるでしょう、エリカ」
「やるべきことって……。こんな寒い場所で、こんな恥ずかしい格好して、なにをやれっていうのよ、お姉ちゃん! ……本当にお姉ちゃんなの?」
「まあ、多分? それよりここに長くいてはだめよ。戻れなくなるから」
「多分ってなに? その適当感、本当にお姉ちゃんそっくり!」

 玲が叫ぶと、セナは、はいはいと微笑み返す。
 極寒の世界に舞い降りた藍色の天使は、いまにも凍えそうな玲に近づき、ぎゅっと抱きしめてくれた。
 姉の匂い。忘れたことのない甘い香りが玲の鼻をくすぐった。

「どこか行くなら、お姉ちゃんと一緒がいい……離したくない」

 もし、連れ戻すことができるなら、一緒に。
 玲はそう望むが、セナは困ったように微笑むだけだ。

「これからちょっと大変かもしれないけれど、前向きにやるって約束できる? エリカはきっと大丈夫」
「ええ? 普通、もっと具体的に言うでしょ、これが大変とかあれに気を付けろ、とか」
「言ってあげられないの。ルールがあるから。でも、エリカなら、大丈夫」

 身長差のある姉の胸元から視線をあげて、玲は怪しいなあ、とぼやく。
 過去にセナが大丈夫といったとき、大丈夫だったことはなにひとつなかった。
 だいたい、なにかしら大きなトラブルが待っていたのだ。

「それって――」
「なあに?」
「……頑張ったら、解決したら――なにかあるの? ご褒美とか、こんな世界なんだし。夢でもいいから――」
「難しいかもしれないわね」
「例えば!」

 玲はセナの腕のなかから抜け出し、姉をじっと見つめた。
 寒さなんか感じない。いま、体中が熱いなにかで覆われているように、力が溢れだしてきているのを感じた。

「お姉ちゃんが……戻ってくる、とか。ほら、消えて光みたいになったから……あのとき」
「うーん。そうね……いまのミッションが終われば、希望があるかも。だから行きなさい。いまは目覚めるときよ」
「待って、お姉ちゃん! 待っ……て!」

 ふわり、と玲の足元が浮いた。
 そのまま肉体が空へと急上昇していく。セナの姿は数秒で小さくなり見えなくなってしまった。
 玲は真っ白な空の一角に浮かび出た暗闇のなかにすぽんっと吸い込まれてしまう。

「待って……セナ」

 姉の名を呼んだとき、玲の意識は闇の底に落ちて行った。

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