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プロローグ

第2話 心が通じ合う理由

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「あんなに悪口ばかり言っていたのに。これからずっとエリオットと一緒に伯爵様のお屋敷で住むんでしょ? どうして行っちゃうの?」

 と、姉とエリオットの関係性がまだよく理解できてなかったエレナは、そう言って首をかしげたものだ。

「だってあいつ、いつも一人で泣いてるんだもん」
「エリオットが泣いてるところなんて見たことないよ?」
「ばかね」

 とロレインはエレナのまだ短くてカールのかかった金髪頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

「エレナ、バカじゃないもん。そんなこと言うロレインの方が、もっと悪い人に見えるよ」
「あなたの口の悪さは、もしかしたら私以上かもしれないわねー」

 姉は呆れたように腰に手を当てて、そう言った。
 それからどう言えばおさない妹が理解してくれるだろうかと考えを巡らせる。

 でも分からなかった。
 ロレインはエリオットと違って孤独に浸るような真似はしない。

 どちらかといえば内向的な彼と異なり彼女はとても外向的だ。
 けれども交渉手段としてはとても暴力的。
 言いたいことを言い、身分手段を問わずに思ったままの内容を言葉にしてしまう。

 それは暴言だ。
 他人のことを考えずに何の思いやりもなしにいきなり放たれるのだから、聞かされた方はたまったものじゃない。
 だからロレインは近所の人たちや、大人たちから「容赦のない子」として、嫌われる傾向にあった。

 まだ5歳と年端もいかない年齢だから、許されてきたという側面もある。

「エリオットはいつも一人かな。自分の中で全部閉じ込めてしまうの」
「それだとお姉ちゃんと真逆じゃない?」
「かもしれないわね。だけどなんて言ったらいいのかな」
「お姉ちゃんも孤独なの?」
「え?」

 妹の放った短い言葉にロレインはドキリとした。
 短く鋭い刃のナイフで、心をざっくりとえぐり取られたような感じだった。
 知られたくない部分に触れられてしまったときのような。

 激しい拒絶感が、胸の奥から湧き上がってくる。
 いつもなら容赦ない暴言となって誰かに浴びせかけられるのだが‥‥‥。
 今の相手はエレナだ。言葉の意味をよく理解していない。たった一人の、自分の妹。

 姉という部分がロレインの言葉の暴走に待ったをかけた。
 大きく息を吸い静かに吐き出してその間目を閉じてからまた再び光を取り入れる。

「一緒かも。私はなんでも言っちゃうから。いつも自分が嫌い。エリオットは別の意味で自分が嫌い。だから一緒かもしれない」
「よくわかんないけど」

 と、エレナは天井に目をやる。
 かんがえごとをするときの、彼女のくせだった。

「一緒だと、いつもいられるから、側にいる、みたいな?」
「そんな感じかもしれないわね」
「それってお父さんとお母さんみたいだね。なんて言うのふうふ?」
「夫婦じゃないよ。御主人様と召使い。それだけ」

 もう少し若い言葉で恋人という単語もある。
 その言葉をロレインは本で読んで知っていた。

 もちろんそんな未来があるなんてことは、このとき、思っていなかった。
 身分が違う。

 使用人と雇い主の間には、そんなことは許されないんだよ、と書かれた恋愛の本を読んだような気がする。
 あれは報われない男女の話だったか。

「何年間かは会えないけど。あなたも学院に来るでしょ?」
「学院?」

 そういえばいつかは学び舎に通うことになるのだと、母親に教えられた気がする。
 エレナはあれはどういう意味だったかと思い出しながら、ふんふんとうなづいた。

 8歳から18歳まで。
 貴族から平民に至るまで。
 この王国では全ての子供がその年齢の間だけ、学校に通うことを義務付けられている。
 今で言うところの義務教育のようなものだ。

 学院は市内でも一番高い場所にあって、そこは領主である伯爵様のお屋敷が隣にあって。
 魔族と戦争していた古い時代に建てられた古い砦が、いまの王立学院の分校として利用されているのだという。

 数百人を収容できるその場所は男女それぞれに分かれた寮があり、市外に住む子どもや理由があって通えない子どもは、入寮を許可される。

 いつも遊んでいる影の薄いルシアードも、8歳になったら通うのだ、と言っていた。

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