7 / 53
第一章 南の塔(悪だくみはここから始まります)
第7話 始まり(過去に戻ります)
しおりを挟む王都を出たカトリーナは父親が率いる女神の信者たちとアルタの街で合流する。
そこからまた二か月ほどをかけて、こんどは温暖な西の土地にあるパルテスという国が彼らを招いてくれているのだという。
付いてくる者たちの多くは、元王都の神殿で働いていた神官や女官。
下働きの奴隷まで様々な身分と多種多様な種族の者たちがいた。
そして困ったことに合流したアルタの街を出発してから数日。
その旅団は元々荷馬車を含めて数台だったはずなのに。
いつしか人々は増え、馬車は数十に列をなしていた。
その多くはイスタシアで迫害をうけ最下層で生きる獣人の人々で……。
「獣人、ね。まるであの子みたい」
と、カトリーナはある幼馴染のことを思い返していた。
――十年前。
まだカトリーナが王宮に王妃候補として入ることになる、数週間前のことだった。
冬の季節の太陽は昼下がりだというのに、もう西の空へと傾こうとしている。
そんなうす寒い斜陽の注ぎ込む自室の書斎で、王太子は眼下に続く王宮とその周囲に楕円状に広がる王都を眺めていた。
ついでに、北から東にかけてどんよりと曇った鉛色の雲が空の一角を埋め始めていた。
その雲がやってくる方向にある、青銅色に染まった山岳地帯を眺めその足元に住むという獣人たちの国を思いやる。
あそこにはまだ見たことも出会ったこともない人種がいる。
幼い五歳の王太子ルディはそんな未知への興味に空想を巡らせていた。
「彼らはどんな食事をするのかな?」
「人と我らとそんなに変わらない食事ですよ殿下」
乳母のジャスミンがそう優しく返事をする。
彼の母親は、王太子を産んですぐに亡くなっていた。
母親代わりのジャスミンを見て、ルディは苔色の瞳をそちらに向ける。
「でも最近、悪い話を聞いたよ」
「なんでしょうか、殿下。悪い話とは」
「獣人の国とどこかの国が戦争をして、獣人の国が負けたって。名前は……」
うーん? とルディは首を傾げた。
確かに聞いた覚えがあるけれど、なんとなくその国名を思い出せない。
「パルテス、ではありませんか?」
ジャスミンが助け舟をだす。
少年はそう、それ! と軽く手を打って顔を明るくした。
「あの国は我が国の国教、女神様の妹神である大地母神様を奉っておりますから。我がイスタシアも戦争に参加したのですよ。だから、最初は敗走しましたがいまではそうではありません」
「ふーん。いまは違うんだ」
「はい、そうですよ」
けれど、とルディは更に首を傾げていた。
「吟遊詩人の歌では、獣人の多くはどれい? になったとか。人が減るの?」
「減ったといった話は聞こえておりません」
問いかけに侍女の一人が応えた。
ジャスミンが返事を渋ったからだ。
ここは話題を変えようと侍女はしていた。
「そう。まあ、いいのだけれど。それよりも城のなかには獣人が増えたね?」
「あ……はい、殿下」
「首輪をしている者も多いと思うな。あまり見てないけど」
それは王族の目に届く場所には奴隷は配置していないからだ。
侍女はそう思ったが、黙ることにした。
ルディが何を言いたいのか、判断がつかなかった。
代わりに、そろそろお昼の休憩が終わることを彼女は告げた。
「……殿下、そろそろ午後の講義の御時間です」
「あれ。もう?」
暖炉の上に置いた時計を確認したら、確かにそんな時間を示していた。
乳母と侍女たち、気の知れた衛士たちを周りにおいて過ごす一時が、ルディの息抜きの時間だった。
「次はどこでやるのかな?」
「こちらにお越しなるとのことです」
「分かった」
次の講義は魔法学で、教えるのは国の宮廷魔導師長ガスモンだ。
優しいようで間違えると容赦のない叱責が飛んでくる。
ルディはなんとなく彼のことが苦手だった。
「ここでやるのか、今日は見れないね。仕方ない……」
そう、ルディは呟く。
魔導師長が普段いるのは、時計回りに三本ほどずれた北の塔で普段はそこまで移動する必要がある。
魔法で召喚された魔獣や騎士団が使役してる飛竜は怖かったが、雄々しくも見えてルディはそれらを見に行くのが楽しみだった。
ただ……。
「奴隷は嫌だ」
「殿下? 何か?」
「なんでもないよ、ジャスミンおば様」
あの陰気臭い北の塔からは、魔法の実験と称してさまざまな拷問が行われているとも耳にしていた。
地下深く、人の目にはつかないその場所で、恐ろしい実験が夜な夜な行われているのだとか。
自分が住んでいる場所の近くでそんなことはして欲しくなかった。
気分が悪いからだ。
「僕はいじめが嫌いだ。誰かを殴ったりすることも、血だって見たくないよ」
そうですね、とジャスミンはルディの肩にそっと手をかける。
「でも、殿下は良いことをなさいました」
少年があるできごとを見て悲しみ、それを止めるようにと父親に嘆願した一月ほど前のことだと、ルディは思い至る。
「おば様、それがきちんと守られていたらいいとは思いますが。でも、それはされていない」
王太子は自分の意志が城のなかにあまり及んでいないことをちゃんと知っていて、憤りを感じていた。
88
あなたにおすすめの小説
私の願いは貴方の幸せです
mahiro
恋愛
「君、すごくいいね」
滅多に私のことを褒めることがないその人が初めて会った女の子を褒めている姿に、彼の興味が私から彼女に移ったのだと感じた。
私は2人の邪魔にならないよう出来るだけ早く去ることにしたのだが。
何年も相手にしてくれなかったのに…今更迫られても困ります
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢のアンジュは、子供の頃から大好きだった幼馴染のデイビッドに5度目の婚約を申し込むものの、断られてしまう。さすがに5度目という事もあり、父親からも諦める様言われてしまった。
自分でも分かっている、もう潮時なのだと。そんな中父親から、留学の話を持ち掛けられた。環境を変えれば、気持ちも落ち着くのではないかと。
彼のいない場所に行けば、彼を忘れられるかもしれない。でも、王都から出た事のない自分が、誰も知らない異国でうまくやっていけるのか…そんな不安から、返事をする事が出来なかった。
そんな中、侯爵令嬢のラミネスから、自分とデイビッドは愛し合っている。彼が騎士団長になる事が決まった暁には、自分と婚約をする事が決まっていると聞かされたのだ。
大きなショックを受けたアンジュは、ついに留学をする事を決意。専属メイドのカリアを連れ、1人留学の先のミラージュ王国に向かったのだが…
【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから
えとう蜜夏
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。
※他サイトに自立も掲載しております
21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
お妃候補を辞退したら、初恋の相手に溺愛されました
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のフランソアは、王太子殿下でもあるジェーンの為、お妃候補に名乗りを上げ、5年もの間、親元を離れ王宮で生活してきた。同じくお妃候補の令嬢からは嫌味を言われ、厳しい王妃教育にも耐えてきた。他のお妃候補と楽しく過ごすジェーンを見て、胸を痛める事も日常茶飯事だ。
それでもフランソアは
“僕が愛しているのはフランソアただ1人だ。だからどうか今は耐えてくれ”
というジェーンの言葉を糧に、必死に日々を過ごしていた。婚約者が正式に決まれば、ジェーン様は私だけを愛してくれる!そう信じて。
そんな中、急遽一夫多妻制にするとの発表があったのだ。
聞けばジェーンの強い希望で実現されたらしい。自分だけを愛してくれていると信じていたフランソアは、その言葉に絶望し、お妃候補を辞退する事を決意。
父親に連れられ、5年ぶりに戻った懐かしい我が家。そこで待っていたのは、初恋の相手でもある侯爵令息のデイズだった。
聞けば1年ほど前に、フランソアの家の養子になったとの事。戸惑うフランソアに対し、デイズは…
もう散々泣いて悔やんだから、過去に戻ったら絶対に間違えない
もーりんもも
恋愛
セラフィネは一目惚れで結婚した夫に裏切られ、満足な食事も与えられず自宅に軟禁されていた。
……私が馬鹿だった。それは分かっているけど悔しい。夫と出会う前からやり直したい。 そのチャンスを手に入れたセラフィネは復讐を誓う――。
婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。
石河 翠
恋愛
婚約者である王太子に興味がないと評判の聖女ダナは、冷たい女との結婚は無理だと婚約破棄されてしまう。国外追放となった彼女を助けたのは、美貌の魔術師サリバンだった。
やがて恋人同士になった二人。ある夜、改まったサリバンに呼び出され求婚かと期待したが、彼はダナに自分の願いを叶えてほしいと言ってきた。彼は、ダナが大事な思い出と引き換えに願いを叶えることができる聖女だと知っていたのだ。
失望したダナは思い出を捨てるためにサリバンの願いを叶えることにする。ところがサリバンの願いの内容を知った彼女は彼を幸せにするため賭けに出る。
愛するひとの幸せを願ったヒロインと、世界の平和を願ったヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、他サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:4463267)をお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる