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第四章 故郷の英雄
第35話 教皇の告白(それは罠‥‥‥)
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三十分ほどの休憩を経て、カトリーナは思い切った決断をすることにした。
そうは言っても、それ自体は既に決定されていることだから、驚く内容ではない。
ただ、世間と神殿の考え方、受け止め方の離れ具合を正そうとしただけだった。
会議の方向性と雰囲気が、どうにも発言の内容と一致しなくて締まらない。
それを現実へと戻すために、この休憩はどうしても必要だった。
「孫の失言をお許しください」
大神官への傍若無人ぶりとは打って変わって、教皇は簡素に誠実な謝罪を陳べた。
まるで別人みたい。
そう思いながら、カトリーナは「いえ、それは無用です」と返事をする。
彼の壮大な計画があっさと頓挫してしまった。それも身内の、腹心の部下のせいで。
部下? 本来なら対等の関係性だけれど、彼らの場合は家族という特別な関係性がある。そう考えても、間違いはないような気がした。
しかし、散々いじめられた側だ。
ここは嫌味の一つも言ってやりたかった。
「残念でしたね、教皇様」
「むう‥‥‥」
「父と私を王国に引き渡したかったのに、ナディア様は真逆の方向性を見出してしまった。これも女神様の御意志と尊重するべきなのでしょうけれど。このままでは分神殿内で離反が起こりかねませんね。もう一度、意志の統一をはかられますか?」
「……それができる時間はもう限られておりますよ。というよりも、時間がないのです。王国にも、女神教にも」
「教皇様の権力の基盤を増大するにも、ですか」
「ぐっ。それを言われますか!」
教皇は叫んだ。
自分を悪者にするな、と。
そんな怒りを含んだ叫びだった。
「言いますとも。大神官と聖女を責めながら、その実、分神殿内でも派閥が別れてしまっている。まあ、外から見ればパルテスに引き抜かれた聖女とそれに従った派閥。それを良しとせずに王国側に残ることにした派閥。そのように世間の目には映るのでしょうけれど。実情はそうでもない」
「頂点にあった聖女様が婚約破棄され、王国を出ていくように王太子殿下から命じられた時点で、女神教の顔に泥を塗られたも同じこと。少しは、反省していただきたい」
「女神教の顔、ねえ……。それにしても、飛行船まで用意して更に南の端に住まう教皇様が、ここまで来られるなんて」
「ええ、いろいろと大変でしてな。北と東の分神殿はもう、聖女様をお慕いできないと、そう申しております。抑える身にもなっていただきたい」
「それなら、いまは協力して女神様を共に新しく奉るようにするべきでは? ねえ、教皇様?」
「……何か」
カトリーナはレースの網目の間から垣間見える、老人の横顔を観察する。
嫌味を交えて反撃したら、苦虫を嚙み潰したような顔で、彼は返事をした。
もう政治の舞台から身を引いてもいい年代なのに、どうしてそう権力に執着するのか。
呆れ半分にため息を洩らしたら、ふとある男性の顔が脳裏を過ぎった。
宮廷魔導師長のガスモンだった。
あの老人も、そう言えば野心に目覚めたんだっけ。
記憶の欠片を視ることのできる聖女だけの能力でそれを知ったとき、何気に旺盛なものだと失笑したものだ。それを今思い出すというのは‥‥‥これも何かのめぐりあわせかもしれない。
そう思い、カトリーナはガスモンの名を教皇ザイガノに伝えてみた。
「殿下はあの女狐‥‥‥。いいえ、フレンヌ様とその御父上様に、いたくご執心のようですね」
「……」
ピクリっとザイガノの眉が跳ねた。
ふうん、関係あるんだ、と聖女は理解する。
彼らは直接であれ、魔法を介した間接的なものであれ、ここにくるまでの間に、顔を会わせてきたのだと。
「お元気でしたか、宮廷魔導師長様は?」
「なぜ、そのことを! まさか、孫が?」
「いえいえ、思ったままを訊いただけです。私たちのことについても、大金貨五千枚の税金にしても、宝珠の件にしてもそう。伝え聞いただけにしてはお詳しいとおもいました。教皇様、先に王都に向かわれたのですね?」
認めたくないが、仕方がない。
そんな風情で、教皇ザイガノはゆっくりとうなずいた。
「話していただけますか、その詳しいところを」
「致し方ない。孫を救われた恩義がある‥‥‥」
と、教皇は怒りを込めた目でナディアを見つめた。
あのまま行けば、聖女たちは信徒を見捨てて逃亡に成功。
残された解放奴隷たちは犯罪者扱いで奴隷に戻るか、それとも出国税を用意せずに違法に国を出ようとした罰で、死ぬまでタダ働きをさせられる?
どこか違う気がしたが、いまはザイガノの言葉を聞くことにした。
そうは言っても、それ自体は既に決定されていることだから、驚く内容ではない。
ただ、世間と神殿の考え方、受け止め方の離れ具合を正そうとしただけだった。
会議の方向性と雰囲気が、どうにも発言の内容と一致しなくて締まらない。
それを現実へと戻すために、この休憩はどうしても必要だった。
「孫の失言をお許しください」
大神官への傍若無人ぶりとは打って変わって、教皇は簡素に誠実な謝罪を陳べた。
まるで別人みたい。
そう思いながら、カトリーナは「いえ、それは無用です」と返事をする。
彼の壮大な計画があっさと頓挫してしまった。それも身内の、腹心の部下のせいで。
部下? 本来なら対等の関係性だけれど、彼らの場合は家族という特別な関係性がある。そう考えても、間違いはないような気がした。
しかし、散々いじめられた側だ。
ここは嫌味の一つも言ってやりたかった。
「残念でしたね、教皇様」
「むう‥‥‥」
「父と私を王国に引き渡したかったのに、ナディア様は真逆の方向性を見出してしまった。これも女神様の御意志と尊重するべきなのでしょうけれど。このままでは分神殿内で離反が起こりかねませんね。もう一度、意志の統一をはかられますか?」
「……それができる時間はもう限られておりますよ。というよりも、時間がないのです。王国にも、女神教にも」
「教皇様の権力の基盤を増大するにも、ですか」
「ぐっ。それを言われますか!」
教皇は叫んだ。
自分を悪者にするな、と。
そんな怒りを含んだ叫びだった。
「言いますとも。大神官と聖女を責めながら、その実、分神殿内でも派閥が別れてしまっている。まあ、外から見ればパルテスに引き抜かれた聖女とそれに従った派閥。それを良しとせずに王国側に残ることにした派閥。そのように世間の目には映るのでしょうけれど。実情はそうでもない」
「頂点にあった聖女様が婚約破棄され、王国を出ていくように王太子殿下から命じられた時点で、女神教の顔に泥を塗られたも同じこと。少しは、反省していただきたい」
「女神教の顔、ねえ……。それにしても、飛行船まで用意して更に南の端に住まう教皇様が、ここまで来られるなんて」
「ええ、いろいろと大変でしてな。北と東の分神殿はもう、聖女様をお慕いできないと、そう申しております。抑える身にもなっていただきたい」
「それなら、いまは協力して女神様を共に新しく奉るようにするべきでは? ねえ、教皇様?」
「……何か」
カトリーナはレースの網目の間から垣間見える、老人の横顔を観察する。
嫌味を交えて反撃したら、苦虫を嚙み潰したような顔で、彼は返事をした。
もう政治の舞台から身を引いてもいい年代なのに、どうしてそう権力に執着するのか。
呆れ半分にため息を洩らしたら、ふとある男性の顔が脳裏を過ぎった。
宮廷魔導師長のガスモンだった。
あの老人も、そう言えば野心に目覚めたんだっけ。
記憶の欠片を視ることのできる聖女だけの能力でそれを知ったとき、何気に旺盛なものだと失笑したものだ。それを今思い出すというのは‥‥‥これも何かのめぐりあわせかもしれない。
そう思い、カトリーナはガスモンの名を教皇ザイガノに伝えてみた。
「殿下はあの女狐‥‥‥。いいえ、フレンヌ様とその御父上様に、いたくご執心のようですね」
「……」
ピクリっとザイガノの眉が跳ねた。
ふうん、関係あるんだ、と聖女は理解する。
彼らは直接であれ、魔法を介した間接的なものであれ、ここにくるまでの間に、顔を会わせてきたのだと。
「お元気でしたか、宮廷魔導師長様は?」
「なぜ、そのことを! まさか、孫が?」
「いえいえ、思ったままを訊いただけです。私たちのことについても、大金貨五千枚の税金にしても、宝珠の件にしてもそう。伝え聞いただけにしてはお詳しいとおもいました。教皇様、先に王都に向かわれたのですね?」
認めたくないが、仕方がない。
そんな風情で、教皇ザイガノはゆっくりとうなずいた。
「話していただけますか、その詳しいところを」
「致し方ない。孫を救われた恩義がある‥‥‥」
と、教皇は怒りを込めた目でナディアを見つめた。
あのまま行けば、聖女たちは信徒を見捨てて逃亡に成功。
残された解放奴隷たちは犯罪者扱いで奴隷に戻るか、それとも出国税を用意せずに違法に国を出ようとした罰で、死ぬまでタダ働きをさせられる?
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