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第四章 故郷の英雄
第36話 すべてを失って(打つ手がありません)
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「呼び出しが‥‥‥ありましてな。聖女様のおっしゃる通り、ガスモンより使者がありました。結界を維持することは宮廷魔導師に任せろ、娘がそれを成功させた。しかし、肝心の管理装置たる宝珠をどこにやった。これは聖女様か大神官にしかできないだろう、と」
「宝珠はありません。どうやったら持ち運びできるというの、あんな大きい物。それに、どうして嘘を?」
「嘘?」
「最初は神官長、いまは大神官になったエイブスから、宝珠が失われたと報告があったと言われました。嘘ですか?」
「それは真実です。あれの証言もある。多くの神官も耳にしていた」
「でも、ガスモン――宮廷魔導師長からも、と言われました。神殿が守るべき宝珠を、部外者に公開するなんて、機密が守られていないにも等しいじゃないですか。まるで盗んでくれと‥‥‥」
「こちらは協力したまでのこと。我らが盗んで何の得があると言いますか」
まあ、それは無いかもしれない。
体面上は。
カトリーナには、事件の全容がそのつながりがなんとなく見えた。
これは罠だ。
聖女の引退と追放に合わせて宝珠を失踪させ、その犯人はカトリーナたちだと王国は国民に知らせると言ったのだ。教皇たちに、広く公表されたくなければ、聖女と大神官の退位を正式に行え、と。その二人の身柄を引き渡せ。できなければ、無断で国民を扇動しパルテスに移住をそそのかした責任を取れ。出来なければ、出国税を現金で納めろ、さもなければ‥‥‥。
「神殿のすべてを王族と魔導師達が奪うわけですか」
「……な、何を‥‥‥」
「そう、言われたのですね? そして、税金はない。そんな大金を現金で神殿は持たない。その程度は私でも知っています。奪われた後は‥‥‥」
聖女と大神官の処刑。
そして、解放奴隷たちには神殿の持っていた土地を与えて、新たな開拓民とする。
国土が温暖になり、経済的にも豊かになったことで、奴隷を資産として持ち、王族に歯向かえるだけの力を蓄えてきた、地方貴族の力を削げる。
そして、たかだか大金貨五千枚で、王族は神殿という一大組織を手中にできる。
大した絵を描いてくれたものだ、と聖女はこの計画を考えた人物の頭の良さに感心した。
それとも、これは神の意志だろうか?
どちらにせよ、教皇がやろうとしていたことは、神殿の背水の陣。
最後の砦なのだ。
わざわざ、自分たちをおいかけてくる理由にしては薄いと思っていたけれど。
これで納得のいく説明がつく。
「教皇様、神殿を失いたくない気持ちは分かりますけれど。これは、悪手だと思いません? どちらにしても、王国は神殿を解体する気、満々ではないですか。女神教を国教に指定しておけば、結界は維持されるのですから」
「それでは、どうすればよいとおっしゃる? このままでは、無関係な信徒たちまで巻き添えにしてしまう」
「……女神教が残るのですから、信徒たちはそんなに気にしませんよ。気にするのは聖女に裏切られた事実と、崩壊するはずの結界を維持するために行動した、英雄たる‥‥‥ルディとフレンヌ。新たな国王夫妻の行動じゃないかしら」
「そうなりたくなければ、宝珠を‥‥‥あれは、この国ぜんたいの問題ですぞ! また雪国に戻れと?」
「そうするように仕組んだのは殿下だわ。寝たきりの婚約者を見捨てて新しい恋人に共通の幼なじみを選ぶなんて、悪趣味にもほどがあると思いません?」
そんな状況に追い込まれたのは我ながら間抜けだと思ったりもしたが‥‥‥。
「聖女様! それでも、女神教の統率者ですか!」
ザイガノの悲鳴のような一声に、離れて座っていた一同の衆目が集まる。しかし、こちらが悪者になる気なんて、カトリーナにはさらさらなかった。
「もう統率なんてしませんから。新しい大神官と宮廷魔導師長と新しい国王夫妻と仲良くやればいいじゃない。五年近く寝込んだいただけの女をいまさら、利用しようなんて腹が立つと思わないの? 聖女様なんて呼びながら、道具扱いの人生なんて、もう二度と戻りたくない。私は戻りません!」
「ならば、ここで退位をしていただくほか、ありませんな」
「それは女神様に祈ってはどう? 私から退位なんてしません! いま二万近い信者が後ろに続いてくれているわ。その状況で、いきなり退位を迫ったらどうなるか‥‥‥おわかりですか?」
ぐっ、と教皇は呻いた。
いま自分たちがいる場所は城塞都市ラクールの中心部だが、それでも民衆の暴動が起これば、抑え込めるほどの兵力は持っていない。
それに何より、誰も知らないのだ。
聖女が‥‥‥本当のところ、どれほどの魔法を使えて、どれほどの奇跡を起こせるのか。
教皇ですらも、その真実は知らなかった。
まだ一代目ということもある。ずっと寝込んでいたということもある。
情報が少ない。
ここで強気に出るのは危険だった。
「……王国を出るまで、安全に旅をなされることですな。我々は神殿の意志を伝えました。否定したのは‥‥‥あなただ、カトリーナ」
そう告げると、教皇は席を立った。
そのまま、ナディアたちを引き連れて、足早にその場を離れてしまう。
後に残されたのはカトリーナと大神官、それらに従う者たちと‥‥‥なぜか、聖騎士ルーファスがいた。
「聖女様」
小さく、聖騎士が問いかける。
これからどうするのですか、と。
旅立つのか。
立ち向かうのか。
それともここで事態の解決を待つのか。
どちらにしても、王都からの追手はすぐに追いつくだろうし‥‥‥、とカトリーナは嘆息する。
「困ったわね。打つ手なしだわ。お父様?」
「宝珠はない‥‥‥」
「そう」
教皇たちのように逃げるなら、あなたもどうぞ?
カトリーナはそんな感じに、聖騎士に向かって扉を指さした。
「宝珠はありません。どうやったら持ち運びできるというの、あんな大きい物。それに、どうして嘘を?」
「嘘?」
「最初は神官長、いまは大神官になったエイブスから、宝珠が失われたと報告があったと言われました。嘘ですか?」
「それは真実です。あれの証言もある。多くの神官も耳にしていた」
「でも、ガスモン――宮廷魔導師長からも、と言われました。神殿が守るべき宝珠を、部外者に公開するなんて、機密が守られていないにも等しいじゃないですか。まるで盗んでくれと‥‥‥」
「こちらは協力したまでのこと。我らが盗んで何の得があると言いますか」
まあ、それは無いかもしれない。
体面上は。
カトリーナには、事件の全容がそのつながりがなんとなく見えた。
これは罠だ。
聖女の引退と追放に合わせて宝珠を失踪させ、その犯人はカトリーナたちだと王国は国民に知らせると言ったのだ。教皇たちに、広く公表されたくなければ、聖女と大神官の退位を正式に行え、と。その二人の身柄を引き渡せ。できなければ、無断で国民を扇動しパルテスに移住をそそのかした責任を取れ。出来なければ、出国税を現金で納めろ、さもなければ‥‥‥。
「神殿のすべてを王族と魔導師達が奪うわけですか」
「……な、何を‥‥‥」
「そう、言われたのですね? そして、税金はない。そんな大金を現金で神殿は持たない。その程度は私でも知っています。奪われた後は‥‥‥」
聖女と大神官の処刑。
そして、解放奴隷たちには神殿の持っていた土地を与えて、新たな開拓民とする。
国土が温暖になり、経済的にも豊かになったことで、奴隷を資産として持ち、王族に歯向かえるだけの力を蓄えてきた、地方貴族の力を削げる。
そして、たかだか大金貨五千枚で、王族は神殿という一大組織を手中にできる。
大した絵を描いてくれたものだ、と聖女はこの計画を考えた人物の頭の良さに感心した。
それとも、これは神の意志だろうか?
どちらにせよ、教皇がやろうとしていたことは、神殿の背水の陣。
最後の砦なのだ。
わざわざ、自分たちをおいかけてくる理由にしては薄いと思っていたけれど。
これで納得のいく説明がつく。
「教皇様、神殿を失いたくない気持ちは分かりますけれど。これは、悪手だと思いません? どちらにしても、王国は神殿を解体する気、満々ではないですか。女神教を国教に指定しておけば、結界は維持されるのですから」
「それでは、どうすればよいとおっしゃる? このままでは、無関係な信徒たちまで巻き添えにしてしまう」
「……女神教が残るのですから、信徒たちはそんなに気にしませんよ。気にするのは聖女に裏切られた事実と、崩壊するはずの結界を維持するために行動した、英雄たる‥‥‥ルディとフレンヌ。新たな国王夫妻の行動じゃないかしら」
「そうなりたくなければ、宝珠を‥‥‥あれは、この国ぜんたいの問題ですぞ! また雪国に戻れと?」
「そうするように仕組んだのは殿下だわ。寝たきりの婚約者を見捨てて新しい恋人に共通の幼なじみを選ぶなんて、悪趣味にもほどがあると思いません?」
そんな状況に追い込まれたのは我ながら間抜けだと思ったりもしたが‥‥‥。
「聖女様! それでも、女神教の統率者ですか!」
ザイガノの悲鳴のような一声に、離れて座っていた一同の衆目が集まる。しかし、こちらが悪者になる気なんて、カトリーナにはさらさらなかった。
「もう統率なんてしませんから。新しい大神官と宮廷魔導師長と新しい国王夫妻と仲良くやればいいじゃない。五年近く寝込んだいただけの女をいまさら、利用しようなんて腹が立つと思わないの? 聖女様なんて呼びながら、道具扱いの人生なんて、もう二度と戻りたくない。私は戻りません!」
「ならば、ここで退位をしていただくほか、ありませんな」
「それは女神様に祈ってはどう? 私から退位なんてしません! いま二万近い信者が後ろに続いてくれているわ。その状況で、いきなり退位を迫ったらどうなるか‥‥‥おわかりですか?」
ぐっ、と教皇は呻いた。
いま自分たちがいる場所は城塞都市ラクールの中心部だが、それでも民衆の暴動が起これば、抑え込めるほどの兵力は持っていない。
それに何より、誰も知らないのだ。
聖女が‥‥‥本当のところ、どれほどの魔法を使えて、どれほどの奇跡を起こせるのか。
教皇ですらも、その真実は知らなかった。
まだ一代目ということもある。ずっと寝込んでいたということもある。
情報が少ない。
ここで強気に出るのは危険だった。
「……王国を出るまで、安全に旅をなされることですな。我々は神殿の意志を伝えました。否定したのは‥‥‥あなただ、カトリーナ」
そう告げると、教皇は席を立った。
そのまま、ナディアたちを引き連れて、足早にその場を離れてしまう。
後に残されたのはカトリーナと大神官、それらに従う者たちと‥‥‥なぜか、聖騎士ルーファスがいた。
「聖女様」
小さく、聖騎士が問いかける。
これからどうするのですか、と。
旅立つのか。
立ち向かうのか。
それともここで事態の解決を待つのか。
どちらにしても、王都からの追手はすぐに追いつくだろうし‥‥‥、とカトリーナは嘆息する。
「困ったわね。打つ手なしだわ。お父様?」
「宝珠はない‥‥‥」
「そう」
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カトリーナはそんな感じに、聖騎士に向かって扉を指さした。
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