冒険者ギルドの料理番

和泉鷹央

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第一話 雪の国のオフィーリア

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「オボロイカ? それはなんだ、イカの種類か?」
「名前と姿はそうだけど‥‥‥うーん? どうだろ? 故郷ではそんな名前で呼んでいたの」
「聞いたことがない食材だな。どこだったけ、生まれは」
「湖水地方の更に奥。氷河に近い辺り」
「あー……? 雪の国?」
 そう問うと、彼女は頷いた。ついでに長い尾も機嫌がよさそうに揺れていた。でもその耳は別の方向に向けられていた。
 シェイルズたちのいるテーブルの方を、彼女はしきりに気にしているようだった。
 もっとも、耳以外はそんな素振りを見せなかったが。
「探してはみるけれど、どうしてまた、急に」
 受けることになったのか、と訊いてみる。
 オフィーリアはランクAだ。しかし『氷炎使い』としてはもうランクSといってもいいほどに強い、と噂になっていた。
 ランクを上げるには昇格試験を受けなければならない。
 それは年に二回しか実施されず、試験内容も随時、変更される。筆記試験などはなく、主な主旨は魔獣退治だ。ランクSならば退治できるであろうそれらを撃退、もしくは封印、もしくは死滅させて昇格試験は終了となる。
 その際に死んだとしてもそれは当人の責任となり、誰も負債を追わないことでも知られていた。
 パーティー単位で受けてもいいし、個人で受けてもいい。
 ただし、ランクが上がれば下のランカーがリーダーを務めるパーティーに所属することはできなくなる。
 つまり、シェイルズたちとの仲は、試験に合格した時点でパーティーから脱退ということになる。
「国に、戻れって話があって。一族の長老様が、婿を見つけたから戻って来いって。そう言うから」
「戻らないために昇格試験を?」
 ううん、とオフィーリアは首を横に振って否定する。
「ランクSが一人でもいれば、住んでいる町や村は国から税金とか優遇されるでしょう? 少しでも貧乏な故郷の為になればって」
「だけど、シェイルズは‥‥‥」
 そこから先は踏み込むのをやめた。オフィーリアはその瞳に悲しそうな色を浮かべていたし、腕からパーティーメンバーの証である朱色の布は失くなっていたからだ。
 多分、仲間内で話をつけたんだろう。
 その時はそう思うことにして話を続けた。
「で、どんな料理が欲しいんだ?」
「オボロイカの腸詰って言っても、イカの腸に詰めるんじゃなくて。故郷だと氷雪熊の内臓に詰めて油で揚げるんだけれど。その前に、イカの肉をすりつぶしてスミと一緒に香草と一緒に混ぜたものを一度、湯通しするの。それから、腸詰にして小麦粉をまぶしたものを高温の油で一気に揚げてしまうの。これくらいの細長いやつになる」
 と、オフィーリアは親指二本分くらいの長さになると示して見せる。
 春巻きくらいのでかさかーと一人で納得し、聞いた通りの手順をメモに書きつけていく。
 悪いとは思いながら、隠遁者インビジブルを発動し、彼女の脳裏にある記憶からより詳細な情報を同時に読み込みつつ‥‥‥話は続けられた。
 あらかた聴取を終わると、ナガレは「食材を探してみるよ」と請け負う。
 オフィーリアの試験は一月後。
 まあまあ手に入らないだろうこともないなと、思った。
 ついでにもう一つ。
「命に係わる案件を受けるとき、多くの冒険者が故郷の味を希望する。大体はきいてやれるしどうにかする。今回もどうにかなると思う。ただ」
「ただ、なあに? ナガレ」
「外国やここでは手に入らない珍しい食材、俺たちに人の手では作れない料理がある。その場合、大体の奴は我慢するか――ギルドのこの食堂の味を第二の故郷の味と思って味わい、旅立っていく。お前はどうなんだ」
「わたし?」
 うーん、難しいなあ。とオフィーリアは首を傾げた。尻尾もまたそちらに傾いだ。
「これは冒険者の勘、なんだけれどね」
「うん?」とナガレは訊き返す。
「今回の依頼、紫の腐蝕の焔をまき散らす害獣ってさー……故郷では伝説と呼ばれた幻獣『紫焔』かもしれないと思って。焔のスキルが桁違いなの。まあ、触れたらどうにかなるんだけれど、でももしかしたらって思って」
 だからかな? と疑問形で返事が戻ってきた。
 単なる昇格試験ではないし、毎回の死亡率も高い難易度の高い案件だ。
「昔、幼い頃に一度だけ見たことがある、というか住んでいたところが襲われて‥‥‥それはまだ幼い幻獣だったけれど、兄が死んだ。目の前で。そのときに撃退方法を学んだというか。まあ、そんなところ」
 そんなところと言いながら、その視線は恋人である男性の方へと向けられている。
 パーティー全員で受けようとは言わなかったのだろう。危険度が高すぎるから。
 恋人なら二人で受けてもいいだろうに。
 村に戻るという話といい、結婚が待っている話といい。
 どこか儚げな表情を醸し出すその憂鬱そうな瞳から、ナガレはしばらく目が離せなかった。

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