冒険者ギルドの料理番

和泉鷹央

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第一話 雪の国のオフィーリア

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 一月後。
 ほうぼうの関係者に問い合わせ、ギルドの人脈を伝ってどうにかオボロイカが手に入る。
「なんだこりゃ? 化け物かよ」
 冷凍庫を搭載した荷馬車から出てきたその異様さに、ナガレは驚きの声を漏らした。
 地球でいうならばダイオウイカ? そんな足の先から頭のてっぺんまで含めたら全長十メートルはあろうかというそれが、四から五のブロックに箱詰めされて冷凍され移送されてきたからだ。
「移送料、捕獲料諸々含めてレダー金貨十枚? 儲けどころか赤字じゃねーか」
 業者からの請求書を見せられて、料理長はそれの支払いに頑として頭を縦に振らなかった。
「しかし、集めろって言ったのは料理長‥‥‥」
「一部で良かっただろうが! 一部で。誰が全部と言ったんだ」
「初夏のこの時期は海底深くに潜っているらしくて。一杯まるまるじゃなきゃだめだって向こうの漁業ギルドが言い張ってるって報告はしましたよ」
「っ――。くそっ、ならオフィーリアがクエストを達成するのを望んでるんだな。あの案件、報酬は金貨二十枚だ。俺はこれに決済のサインをしないからな」
「そりゃないだろ?」
「嫌なら、お前が払え。ああ、それがいい。そうしろ、ついでにお前が調理をしてれよ。俺はいやだぞ、あんな悪魔みたいな食材‥‥‥見たくもない」
「ちょっ、俺!?」
 責任は押し付けるためにある。
 権力の流れが水と同じ。高い方から低い方へと流れてくる。
 それは危険度も同じことだ。捌き方と調理方法が悪くて‥‥‥もし、オフィーリアが死んだりしたら。それこそ、料理長の責任となる。
 ――こういうとき、管理職じゃないから辛いんだよ!
 故郷・地球にいた頃はブラック企業うんぬんとニュースでやっていたけれど、そんな職場とはこういう職場をいうのかもしれない。
「いやまあ、料理の仕方は分かるからいいけどさ。俺じゃなかったら――」
 オフィーリアは死ぬ前に満足して戦場に赴けただろうか?
 死ぬようなことがもしあれば、彼女はこの世に未練なく死ねるだろうか?
 そう考えたら、この役を拒むのはなにか違うような気がして。
 これも隠遁者インビジブルなんてチートを授かった者の受難の一つなのだろう。
「冷凍はそのままでいい、と」
 ナガレの脳裏には、一月前に覗かせて貰ったオフィーリアの記憶が鮮明に再生され始めていた。
「どうするかな。これも中身を調べるべきか」
 なんとなく調理方法を視ただけでは不安になり、ナガレはオボロイカにもチートを活用する。
 驚くべきことにというか、予想通りこれは海生魔獣の一種だった。
 このオボロイカという巨大な生命体は、正確には魚類でもイカが属する海生軟体動物でもない。
 全身に吸盤もあるし、スミは猛毒だし、おまけに寄生虫もクソほど多い。
 それらを死滅させるためにオフィーリアの種族である、雪豹の獣人、ジネアドル種と言ったか。
 食材を凍らせて長期間冷凍保存し、中に棲みついている寄生虫を死滅させてから調理する。その調理方法は合理的と言えた。
「ふーむ。そのまま生で食べたら内臓を食い破る‥‥‥」
 思わず背筋にゾクゾクっと怖気が走る。あの料理長なら、解凍して調理しようとするだろう。しかし、その時に寄生虫が死滅しているとは限らないのだ。
 そして、魔獣の寄生虫どもは普通のそれよりも生命力が異様に高い。
 移送書類を見ると、ほぼ三週間前に海中から捕獲され、冷凍されて陸路を運搬されてきたとある。幸か不幸か、隠遁者で確認してみたら寄生虫は死滅していた。三週間‥‥‥長い時間だ。これが一週間前とかだったらと思うと、いい気分はしない。
 だがしかし、凍り付いた各部位はそうそう簡単には砕け、ミンチにするために必要な大きさになってくれないのだった。
「ああもうっ、クソ! 誰か手の空いているオーガか、力自慢の冒険者呼んでこい!」
 ナガレの悲鳴が厨房に響きわたった。


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