現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
9 / 34

期待と罪

しおりを挟む
 カタンっと小窓が内側に開かれた。
 それを耳にしたリー騎士長は剣呑な顔つきになり後ろを振り返ると、どうした、と小さく問いかけた。

「旦那、検問です。この時間に門を抜ける馬車は少ないですからねえ」
「検問? 抜けれるか?」
「荷物だけなら……人はそれこそ、あれですね」

 あれ? 賄賂でも求めてくるのか? 王都への最初の入り口にして、王都から出るための最終出口。その場所ですらまともに機能していないとは……リー騎士長はくぐもった声で問いかける。

「だが、ランタンを灯しているだろう?」
「神殿や王家の紋章を掲げていても、最近じゃ確認されるんですよ。ほら、諸外国が来たときにいろいろと指摘を受けたとかで……」
「その意味では立派だな……まったく。渡した金貨で足りるか?」
「多分、でも中を改めると言われたらそこは難しいかもですねえ」
「分かった。なるべくうまくやってくれ」

 そう言い終えると、車内の灯りを消しましょう。と提案してくる彼にライラは無用ですよ、と首を振る。その意図が分からない騎士長は反応に困っていた。

「車内の灯りは漏れるないようにカーテンを引いていますけど、いま消したところで誰かがそのランタンの熱を探れば妙な疑念を与えます。そのまま持って移動しましょう」
「それもそうですな。あの場所ならば光そのものが漏れるということもない。こんなものがあるということを知られるのが怖いというものだ」
「ええ、そうですね」

 リー騎士長はニヤリと笑うと、足元に敷かれた粗末な絨毯を軽く足で叩いた。
 それは彼の意思を受けてか妙な紫色の燐光を放つと、フワリっと入り口とは反対方向の部分が持ち上がり、まるで引き戸のような硬さとなって入り口を開いた。

「放り込んで構わないわ。上にあるのは特に身元が分かるものではない、神殿の祭事道具やその他庶民でも使う物ばかりだから。ここにあるのは――少し勘のいい役人なら私ではなくても高位の神官の荷物だと理解するかもしれません」
「丁度いい、自分の荷物だけ残せば事は足りるでしょう。御免」

 それだけ言うと、彼は開いた入り口から薄暗い底の見えない床下の部屋へとどさどさと勢いよく荷を降ろしていった。小窓から見た検問はそう遠くなく、馬車なら数分もかからない距離だ。それまでにライラと彼女の荷物を閉まってしまわなければならなかった。

「旅行カバンにバッグだけで六つ以上も。随分、欲張りなのね私ったら」
「何度もあった野戦での経験が生きているのかもしれませんな。他の女神官が里帰りするときなどはもっと多くの荷物を持つものですよ。それにしても……聖女様、何か楽しんでやしませんか?」
「そう? 分からないけど、悪いことをするときってドキドキするものね。見つからないようにおとなしくしています」
「さっきまでの悲壮感が薄まっただけ、ましですよ。さあ、その意気だ。あなたの故郷まではまだいくつか検問も貴族領も通過しなくてはいけない。頑張ってくださいよ」
「このまま、下にずっといてもいいんだけど」

 そう言いながらライラは足元があるかどうかを確認しながらそっと床下に降りていく。
 そこはひと一人が収まるには広く、しかし、横になるには狭い。
 あくまで荷物を上から出し入れできるような空間にしつらえられていた。
 
「この魔道具はしばらく放置されていましたからなあ。前までは常に上に乗りきらない荷物を放り込んでいましたし、野戦でも利用していた。妙なダニやノミがいなければいいのですが……」
「ええっ!?」
「獣人のお身体では人の身より被害に遭いやすいと思いますが?」
「そういう脅しだけは本当に好きですね! いつまで経っても変わらないんだから……」
「ええ、それでは灯りです。しばらく静かに願いますよ」
「はあ……」

 パタリと入り口が閉じると、そこはまるで何もなかったかのような天井になってしまう。 
 敷布の下には異世界がありました? 何も知らない誰かが見たらそう言うかもしれない。神殿や王家お抱えの近衛魔導師たちには先達の秘儀が伝わっている。これもそうったものの一種だ。

「密輸や犯罪に使われないようにと外部には伝えないで来たけど、これって軍隊では使われてなかったかしら? まあ、敷布にこの魔法をかけて利用したのは少ない事例だろうけど」

 あそこが開いてリー騎士長以外の顔が見えたら――その時は転移魔法かな。
 足元にある荷物だけならどうにか運べそう。リー騎士長も連れて行かなきゃ……御者のおじさんには悪いけどどうにかしてもらうとしてうまく逃げれるかしら?
 別に犯罪者でも逃亡者でも無いのに、こんな危険を侵すようなやり方は間違っているかもしれない。
 でも、大神官からはこうしろという指示だった。聖女なら、普段の馬車なら――もしくは魔法で移動していいならこんなにめんどくさい方法は使わなくても良かったのに。

「えーと、確かここをこう……」

 うっすらと色違いのそこの端に魔力を通してやり、トントンと指先で叩いてやる。そうすると、敷布はあちらからは見えないが、こちらからは視える、まるでマジックミラーのようにあちら側の世界を映し出していた。
 リー騎士長の片足の底が見て取れる。下から見上げているような感じの中で、扉が叩かれる音がすると彼は威厳のある低い声を出して合図をしていた。
 王国騎士の紋章をつけた男性が顔を車内に入れてくる。
 必要な書類の提示を求めるまだ若い男性に、騎士長は神殿関係者だから必要はないと突っぱねていた。
 それはその通りで、本当なら神殿の紋章を掲げた馬車や移動する集団は外国大使と同じ扱いを受ける。つまり、治外法権が適用されるはずなのに王家の圧力が日増しに強くなっていく。

「この国はこれから変わっていくのかもしれない……」

 神殿に限らず、国内の有力な勢力はすべて王家に従属することを強いられる気がする。 
 こちら側からの音や光はあちらには届かないとは理解していても、ついつい声を潜めてしまうライラだった。
 帝国の聖女は魔王に殺された、か。
 その女性がどれほどの力を備えた存在かは知らないけど、勇者と対を成すと言われた聖女は普通は死なないはずだ。それを死においやった魔王とは多分、北の北壁を領土にしているあの魔王だろう。土地の場所的には東にある帝国より、この国のほうが魔族との国境線に近い。

「死ぬのは――嫌だな」
 
 待っていると言ってくれた彼は本当に待っているだろうか?
 待たせてしまって良かったのだろうか。
 精霊王様は本当に彼の誓いを聞き入れたのだろうか?
 ……生涯孤独に生きる。
 そう言ったあの誓いはどこまでも辛いものだ。人は孤独では生きられない。それは獣人だってわかりきっていることなのに。
 アレンの家族には死ぬまで恨まれる気がする。

「はあ……。アレン、できれば誰かと幸せでなっていて欲しいものね。結婚しようなんて思って神殿を抜け出て来たのに、なんて愚かな女なんだろ、私」

 彼がもし、他の誰かと結婚していたら? 恋人でもいたらどうする? 子供でもいた時は?
 そんな想像なんてあの時はしなかった。それが時間をおけば冷静になれていろいろな可能性が脳裏に湧き上がる。
 自分は彼にそんな選択をさせた過去を償うべきだ。
 そう思っていると、リー騎士長は王国騎士を納得させたのだろう。
 扉が開き、馬車が静かに動き出した。

「帰りたい。でも、帰りたくない。なんて複雑なんだろ」

 ライラは荷物の上にしゃがみこむと、静かにため息をついた。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

【完結】偽物の王女だけど私が本物です〜生贄の聖女はよみがえる〜

白崎りか
恋愛
私の婚約者は、妹に夢中だ。 二人は、恋人同士だった賢者と聖女の生まれ変わりだと言われている。 「俺たちは真実の愛で結ばれている。おまえのような偽物の王女とは結婚しない! 婚約を破棄する!」 お好きにどうぞ。 だって私は、偽物の王女だけど、本物だから。 賢者の婚約者だった聖女は、この私なのだから。

逆行令嬢は聖女を辞退します

仲室日月奈
恋愛
――ああ、神様。もしも生まれ変わるなら、人並みの幸せを。 死ぬ間際に転生後の望みを心の中でつぶやき、倒れた後。目を開けると、三年前の自室にいました。しかも、今日は神殿から一行がやってきて「聖女としてお出迎え」する日ですって? 聖女なんてお断りです!

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

辺境伯聖女は城から追い出される~もう王子もこの国もどうでもいいわ~

サイコちゃん
恋愛
聖女エイリスは結界しか張れないため、辺境伯として国境沿いの城に住んでいた。しかし突如王子がやってきて、ある少女と勝負をしろという。その少女はエイリスとは違い、聖女の資質全てを備えていた。もし負けたら聖女の立場と爵位を剥奪すると言うが……あることが切欠で全力を発揮できるようになっていたエイリスはわざと負けることする。そして国は真の聖女を失う――

処理中です...