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第三章 罪深いオフィーリア
第21話 ベッドの侵入者
しおりを挟むひゅううっ、とカーテンを揺らすほど勢いの強いそれに、ライシャはぶるっと全身を震わせる。
その手がかぶっていたはずの毛布を探して彷徨い、キースの足元にあったそれを探り合てた。
引き寄せて、また先ほどと同じように上から被る。
それからゆっくりと目を見開くと、気怠げな表情でふああっとあくびを一つ。
身体を興すと、その場で伸びする。キースはまるで茶色の猫か豹がいるような錯覚に囚われた。
フルフル頭を振るい、ようやく目覚めたのか、物憂げな声で挨拶をした。
「なんだ、キースか」
「なんだじゃねーよ。どうして俺のベッドに居る? ここに案内した覚えはないぞ?」
一昨夜、このダークエルフの呪いで酔えない体質にされた彼は、酔えないままに泥酔してしまった彼女を辻馬車に乗せたはずだった。
ちゃんと、ホテルの名前も伝えて、多めにチップも渡した。
送り忘れ、ということはなかったはずだ。
「あー……。馬車から途中で降りた」
「はあ? 寝ぼけてんのか!」
「いやいや、本当の話だ。こっち酔っているのをいいことにあの御者め、途中で私を落としていった。早く剣を盗まれるところだったぞ」
と言って、ライシャは壁の一角を指し示す。
そこにはいつの間にか、長剣と見覚えのない荷物。
旅行鞄とかその類のものがいくつか置かれていた。
「あの御者。いやそれよりも、どうしてここがわかったんだ?」
「影を見た。詠んだ? どうでもいいが、小腹が空いたな」
ライシャはそう言うと、さっと毛布をキースに返して寄越す。
中で身に着けたのだろう、しどけない下着姿になっていた。
寝たままモゾモゾとつけたのでは、それらもきちんとした形をなしていない。
どこかめくれていたり、食い込んでいたりと、あられもない姿になっている。しかし彼女は、まるで気にしていない様子だ。
ペロリと上唇を赤い舌先で舐めあげる。
まかり間違って昨晩何かあったんだとしたら、とくだらない妄想が頭の中をよぎった。
「腹が減ったより何か言うことがあるだろう?」
「あ? ああ……心配するな。寒かったから寝ただけだ」
「どういう意味だよ!」
「そのままの意味だ。いやらしいに聞こえたか?」
またあくどい笑顔を咲かせる彼女は美しい。寝起きだからか、瞳が潤んでいてまたペロリと唇を舐める。
今度はその場に座り込んで、うーんと伸びをした。
いやに扇情的なただずまいだ。
年齢を知っているものの、外見はどう見ても幼い少女のそれ。
思わず昨夜揉めた、生徒のケリーを思い出す。彼女も外見的な年齢は、ライシャと同じくらいだ。
そんなライシャは四つん這いなって、彼の方へと近づいて来る。
なんともいえない背徳感と警戒心を抱いてキースは後へとじりじりと下がる。
もうこれ以上下がる場所がない、というところまで追いつめられて、ゴクリと喉が鳴った。
豊満な胸元が晒されている。ほんの少し手を伸ばせば届く距離で、だがそうすることができない。
「何が狙いだ」
「バレたか」
「は……?」
「昨夜、ちゃんと依頼したかどうか覚えてなくてな」
「なにを、言って?」
だから。ライシャは、言い募る。
「私の本職だ。魔獣の生態系を調べている学者だと伝えたか? お前が戻ってきたら私は地下に案内してほしいと依頼した……?」
「あ、ああ。聞いたよ。引き受けるとはま言っていないが」
そこで言葉が途切れた。
あそこの飲み代はライシャが全部支払ってくれた。それに、彼女には命の借りがある。
影は嘘を吐かない。彼女の話はほとんど真実だ、それをまず返さなくては。
「言ないけれど、断れない?」
「……戻ってきたら。行こう。俺が無事に戻ってこれたら」
「楽しみだな。それではまず朝食に付き合ってくれないか」
まるで男みたいな口ぶりだ。寝込みを襲われたことといい、ベッドを占拠されたことといい、毛布を奪われたことといい。
なんだかこっちが襲われた女になった気分だった。
そんな時だ。扉がバタンと開いて、悲鳴が上がる。
「先生ー。そろそろ朝食の時間……! ちょっとあんた、先生と何やってるのよ!」
悪いときに悪いことは続くものだ。
最悪のタイミングで扉を開けたのは、宿屋の娘ケリーだった。
他の部屋から回収したのだろうシーツを床に落とし、拳を握りしめていつでも臨戦態勢。
感情が誘うままに戦いの火ぶたがいつ切って落とされてもおかしくない。
「まっ、待て! これは違うんだ! 誤解だ!」
「ほう? 誤解」
「夜遅くのだからなんかワケありかと思ってフロントを通したら、まさかこんなことになってたなんて……この宿代はきっちりと支払ってもらいますからね?」
「ああ、キースがな」
ケリーはワナワナと震える指先をライシャに突き付ける。
ダークエルフは挑発するように、キースにしだれかかった。
「こんな関係だと思われたらしいぞ、あなた」
「あなたっ? 何言ってんだ、デマ広めるなお前!」
「うちは商売してる女性は禁止です! 退室させますよ?」
「私は身を売った覚えはない!」
「ならさっさと服を着ろ!」
キースとケリーの声が綺麗にハモった。
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