2 / 3
1年目 元天才は立ち上がる
凡人キャッチャー
しおりを挟む冬に入り、肌を刺すような海風が智久の頬を掠める。神奈川の山の方から出てきた智久にとっては少し肌寒さを感じた。
「契約金1000万と年俸420万かぁ。分かってたけどキツイな」
わざわざ千葉の方まで向かったのはシーグルズとの契約を結ぶためだった。1年目の選手に交渉の余地などなく、ものの20分で智久の契約は締結された。
背番号は72番で契約金も年俸も最低額、今更ながらに自分が最下位で入ったことを痛感させられる。
『今、グラウンド空いてるから少し見学してきたら?』
球団本部ですれ違った椎葉は智久にグラウンドに行くように指示をしてきた。智久の高校も世代が交代して練習できるスペースがないのでありがたい話だった。
渡された鍵を使い、ロッカールームのドアを開ける。ポツンとひとつだけ使われていたのでなんとなく隣に荷物を置いてスーツを脱ぎ始めた。
アンダーシャツを被っていると外の方からスパーンという破裂音が聞こえる。誰かバッティングでもやっているのだろうか。
着替え終わり、荷物を持って外に出る。人っ子一人いないはずのグラウンドにはたった一人で打ち込んでいる小柄な男がいた。
(邪魔したら悪いし一人でアップでも始めてるか)
「おーい!無視すんなよー」
小柄な男が大声を上げる。智久は周囲を見渡すがその男以外誰もいない。自分のことだと気づくとため息を吐いた。
「そんな辛気臭いため息吐いてると幸せが逃げるぞぉ。って坂井智久じゃん。同期で入ったて聞いたけどまさかここで会うとは思わなかったよ」
彼は俺のことを知っているようだ。残念ながら智久は同期に1mmも興味が無かったので一方的に知られているだけである。
「すいません、どちら様ですか?」
「おいおい、酷いこと言うなよ。お前の同期の中川勇気だ。ポジションはキャッチャー、これからよろしくな」
この小柄な男の名前は中川と言うらしい。キャッチャーにしては小柄な体格で170もない。
「ああ、よろしく。キャッチャーだったら球受けてくれない?アップ終わらせたらすぐ行くから」
中川は笑顔で頷ずく。人当たりの良さそうな顔に智久も親しみを抱き始めていた。
キャッチボールは低く鋭く。智久が野球をやり始めた時から言われてきたことだ。アップは終わり、キャッチボールも仕舞いの段階に入る。
最後に中川のスピンがかかった球を受け取る。智久は右手を挙げて十分であることを示した。
「ナイスボール。ブルペン行くか」
近づいてきた中川から差し出された手にグラブで返す。投手にとっては利き手のハイタッチだけでも感覚が狂う。智久にとってはいつの間にか習慣になっていた。
最初から100%では投げない。防具を着けた中川を立ち上がらせたまま、指の掛かりを意識してストレートをコンパクトに投げ込む。
(そろそろ大丈夫かな)
「座ってもらえるか?」
「りょーかい。変化球投げるなら合図くれよ」
「ストレート」
スリークォーターから放たれたストレートは構えられたミットに吸い込まれる。ボール半個分もズレておらずアウトローギリギリに決まる。
「カーブ」
縦に大きく曲がるカーブは横の変化が小さく、その分ドロンと緩く落ちる。ボールゾーンからストライクゾーンへ、智久が一番得意としている変化球だ。
「シュート」
智久が投げる変化球で高校の時に最も効果的だったのはシュートだ。微妙に変化するシュートは三振こそ奪えないもののゴロを量産する。
30球ほど投げてクールダウンに入る。
事前に準備をしていたわけではないのでこれで十分だろう。
「いやぁ中々いい球だったな。お前本当に6巡目で取られたのか?普通に上位のポテンシャルだと思うんだけど……」
「怪我したからな。それに1回戦から中浜に当たったせいでアピールする場もなかったし」
中川が納得したように手を叩く。
今日会ったばかりなので話題性で取られたことは言わないでおく。
「でもお前はいいよ。怪我しても実力で取られたんだから」
「?お前だって実力じゃないのか?」
「……俺の親父、シーグルズの親会社の役員なんだ。親父はそこに入れって言うんだけど野球、諦めきれなくてさ。プロに入るまでは絶対に辞めないなんて言ったら……」
大きく息を吸う中川。
智久にも事情があるように中川にもあるのだろう。
「ゆっくりでいい」
「ありがと。親父は3年やるとだけ言ったんだ、意味が分からなかったけどシーグルズに指名されて分かった。ああ、これはコネなんだと」
智久は息を呑む。
たしかにキャッチングや打撃を見ても中川にどこか特筆すべき点はなかった。小柄な体格に一芸が無くプロでやって行くのは厳しい。
そんな悲痛な面持ちの中川に智久は声を掛ける。
「じゃあさ、3年死ぬ気で頑張ろう。元天才と凡人、このコンビで日本一取ったら全員見返せる」
中川の瞳に光が灯る。
智久は黙って拳だけを突き出した。
「おう!やってやろーじゃねぇか」
元天才ピッチャーと凡人キャッチャーは拳を交わす。凡人の燻っていた炎は元天才の再燃する炎に当てられ、ゆっくりと光を増していった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
貞操逆転世界で出会い系アプリをしたら
普通
恋愛
男性は弱く、女性は強い。この世界ではそれが当たり前。性被害を受けるのは男。そんな世界に生を受けた葉山優は普通に生きてきたが、ある日前世の記憶取り戻す。そこで前世ではこんな風に男女比の偏りもなく、普通に男女が一緒に生活できたことを思い出し、もう一度女性と関わってみようと決意する。
そこで会うのにまだ抵抗がある、優は出会い系アプリを見つける。まずはここでメッセージのやり取りだけでも女性としてから会うことしようと試みるのだった。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる