エステティシャン早苗

MIKAN🍊

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1.逮捕

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「必ず保釈にするからもう少し頑張ってね。寒いだろうから暖かい服を持ってきたから」
拘留申請がなされ、ようやく我が子との面会が叶った芙美子は喜びが隠しきれない。

「接見禁止が付いてなくて良かったわ。お父さんと弁護士に感謝しなくちゃね」
「お母さん、あのね。私は殺人犯でもヤク中でもないの。帳簿をちょっと書き換えただけ。あのヤクザみたいな男に騙されてね。やめてよこういうの。それにここはエアコンも入ってるの。別に寒くなんかないわ」
早苗は言った。

逮捕されてからの三日間、捜査官の取調べは型通りの聴き取りに留まり厳しい追及はなかった。
それは早苗の父親が著名な資産家だったからだ。
本来罪の大きさや重さと親の財産とは何の関係もない事だが、相手が資産家となるとあまり乱暴な取調べは出来ない。
有能な弁護士も付いている。何を逆手に取られるかわからない。
業務上横領とはいえ早苗は共犯であり、主犯は別の男達だ。
つまらない事で問題を大きくするのは避けたいとは捜査官の誰しもが考えた。
警察での取調べも、検察に送検された後の検事による取調べもほとんど同様だった。
「なんだ、こんなものか」と早苗は拍子抜けしたくらいだ。
同じ事を何度も聞かれるので欠伸が出てしまった。

逮捕から72時間を過ぎ、母と娘は接見室という狭い空間で、透明の強化ガラスに仕切られ向かい合っている。
捜査を延長するための拘留請求が出されたからだ。
ガラスの仕切りには会話様の小さな孔が幾つも開いていた。
早苗は手を伸ばしてその孔をいじっていた。
「テレビと同じだね~、本当にこうなってるんだね~」

「早苗。よく聞いて。15分しかないんだから。弁護士に嘘をついちゃ駄目よ?いい?お父さんは怒ってるけど大丈夫。あの人はいつも怒ってるの。お母さんが何とかするからね。早苗、何か欲しい物はない?」
早苗はしきりに自分の髪を撫でている。
「早苗ったら!」
「何?」
「まだ拘留は伸びそうなの。ごめんね。みんなそうなんだって。必要な手続きらしいの。だから何か欲しい物はない?」
「ケータイ。退屈で死にそう」
「そんなの無理に決まってるでしょ!他には?」
「シャンプーとリンス!」

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