エステティシャン早苗

MIKAN🍊

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25.命名

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満開の桜の樹の下。
若木家の面々が庭に集まって歓談している。

「お花見なんて何十年ぶりかしら」
若木芙美子は誰に言うでもなく呟いた。

当主若木猛は『若デン』の専務と常務、その他取り巻きを相手に庭自慢の花を咲かせている。
「ここの桜はワシントンのと同じなんだ」
「そりゃあ凄いですね!」

「また始まったわ。ホラ話が」
若木早苗はたばこをやめて十日になる。
時々トイレでこっそり吸っている事は誰も知らない。

「腹が減ったぜ。バーベキューはまだかよ?」
正式に離婚が決まった竹内宗介は肩の荷がひとつ下りスッキリしていた。

運転手、飛鳥乙芽はウーロン茶を片手に芙美子の方ばかり見ている。
奥様… 今日も綺麗です…

庭の片隅に屋根と四方の柱だけの小さな東屋があった。
身を潜めるように萌黄色のチャイナドレスを着たホタルがいた。

「あの美しい女は誰だい?」
「さあ。社長のアレだろ」
社員達のコソコソ話を桜の樹がじっと聞いている。

顧問弁護士、八ヶ岳信郎が若木猛に耳打ちした。
「社長、そろそろ…」
「うむ。そうか。シャンパンのおかわりをくれ」
燕尾服を着たウェイターがグラスを手渡す。
ホテルのウェイターがタキシードや燕尾服を昼間から着るのは日本だけの風習だ。

「みんな聞いてくれ」
ざわざわとした庭がしんとなる。

自由国民党のバッチを付けたポマード頭のペンギンみたいな男が来賓を代表して挨拶をする。
挨拶が終わると若木猛後援会の役員らが盛大な拍手を送った。夏の参院選への出馬が決定したのだ。
「若木猛バンザイ!」

猛はプロレスラーのように両手を掲げて中央に歩み出た。

「バカみたい」と早苗。
「いいじゃねえか」宗介がたしなめる。

「えーこの度は、愛娘の無罪放免を祝ってささやかなパーティーを開きました」

「社長、無罪放免ではありません。執行猶予2年です…」八ヶ岳が訂正する。
「えい、うるさい!悪徳弁護士め!」
微妙な笑いが会場を包んだ。
笑って良いものやらどうやら…

すると東屋の方から鈴の音色のような、コロコロと爽やかな拍手が鳴った。
男達はその拍手につられ、やがて女達もその拍手を真似た。

はらはらと桜舞う庭にいつまでも鳴り止まぬ拍手が起こった。

早苗は顔を真っ赤にして宗介の手を握った。

若木猛が秘書から大きな白い紙を受け取って広げた。
『 命名 蛍斗 』
「初孫の名前だ!」

「あなた!まだ早いわよ!」
芙美子はおろおろした。

「どうだ。良い名だろう。これなら男、女どっちが産まれても大丈夫だ!」

「滅茶苦茶な家族だな」八ヶ岳は笑った。

再び微妙な笑い声がウェーブして、それから一段と大きな拍手の渦になった。

「いいのかな。こんなので?」
早苗が宗介を見つめた。
「いいんじゃねえか。こんなんで」
「勝手に名前つけちゃってさ。バカオヤジ」
「竹内蛍斗か」
「まあまあよね」
「見ろ。おやっさんの嬉しそうな顔」
「今日が4月1日じゃなくて良かったわ」
「なんでだ?」
「エイプリルフールになっちゃうもの」
「あはは!まったくだ」


チャイナドレスの女は静かにその場を去っていった。
ひとひら…
ふたひら…
その細い肩に桜の花びらが優しいアクセントを残してゆく。

抜けるような青空が若木邸の庭を見下ろしていた。





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