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31 秘書のお仕事
しおりを挟むぶつかるっ!
高速道路の追い越し車線を制限速度の二倍以上でぶっ飛ばし、アッパーライトをチカチカさせながら前の車のテールバンパーギリギリにまで接近し、瞬間、隣の走行車線にスライド。一瞬で抜き去る。
「・・・ひ、・・・」
追い抜きさま、運転手の顔が見えた。
気違いか・・・。
そんなことを言っているような気がした。
「とろとろ追い越し車線走ってるからよ。煽るのもアホだけど煽られるのもバカだからよ」
スミレさんは涼し気にのたまわった。
一般道に降りても遅い車を蹴散らし何十台も追い越しまくり、ここまでの曲がりくねった山道を激しくドリフトしながら駆け上られて、もう何十回も、レナは死んだ。
かつてこの国が帝国と呼ばれていたころに建てられたという、館。
元は軍隊の司令部みたいなところだったらしい。敗戦後その所有者が何度も変わり、ついに解体されるという寸前に、ある華僑系のリゾートホテルグループが買い取り、この別荘地の管理棟になった。
玄関前に張り出したアプローチにシフトダウンしながら車が昇って行く。スミレさんの右手がようやくギアをニュートラルに入れてくれた。ぶんぶん。アクセルをふかしながら、サングラスの奥でレナを睨んでいる。
「着いたよ。降りて」
「・・・は、はひ・・・」
スミレさんに何十回もレイプされたような余韻からなかなか立ち上がれずにいた。
よろよろと足を地面に着けている間に、彼女はさっさと車を降り、代わりにホテルのベルボーイのような制服を着た若い男が運転席に座った。
「何してるの。もたもたしない」
この人、絶対、マゾじゃない。どエスだ・・・。チビらなかっただけでも偉いと自分を慰めたかった。
彼女の後を追って管理棟である本館を真っすぐ突き抜ける。高い天井。国会の議場のような風格のある内装。年代物の豪奢なソファーが置かれたラウンジにバー。フロントのカウンターの中から、丁寧ではあるが入館者を厳しくチェックする、目。
高価そうな絨毯を踏みながら裏手のドアを押すと、元は演習用地だったらしいその広大な空間に、英国の田舎を再現したような田園地帯が広がっていた。農家を思わせる、統一された意匠の家が点在し、その間を小川が流れ、低木が植えられ、それらを縫うように自然石で舗装された小路が家々を結んでいた。
ただ、空気だけは英国のカントリー風ではなく、蒸し暑い日本の夏そのものだった。
このクソ暑いのに、そこかしこを麦わら帽を被った老農夫が手押し車を押して歩き、長靴を履いて素肌にオーバーオールを着た若い農夫がロバの引く貨車を御してレナ達の前を通り過ぎた。雑多な人種がいた。半分は東洋人だが、残りは白いのも、黒いのもいる。白黒と、黄色の男女の内四分の三ほどはみな老人だった。
何かのテーマパークのような、そうでないような。不思議な場所だった。
「年寄りが、ここに住んでる人。若いのは警備員だよ」
やっと追いついたレナに、スミレさんはそう言って笑った。
「大金持ちなんだよ、みんな。贅沢三昧できるのに、時々、わざわざ、こういう農村で暮して野良仕事するのが好きな物好きなんだ。変わってるよね。因みに日本人は一人もいないよ。
ここにひと月かふた月ぐらいいて、飽きたら次は南の島とか、マカオのカジノとか地中海のエーゲの島とかに行ったりするの。プライベートジェットでね。でもここ最近は少なくなったよ。猛暑と台風のせいかもね」
あるレンガ造りの、蔦の這う小さな古城のような家の前まで来ると、スミレさんは左手でレナを制し、スマートフォンを操作した。
--警備、解除しました--
無機質な女性の声がどこかから聞こえた。
「うっかりこれ忘れて入ろうとすると、みんな飛んできちゃうんだ」
外観もそうだが、中はもっと簡素そのものの作りだった。
もわんと熱気の籠る室内。ワックスで磨きこまれてはいるものの、一様でない、所々ごつごつした継ぎ目は古い「カントリー」の古民家をリアルに再現している。築百年以上は経たないとこうはならないのではないか。わざわざ本物を現地から空輸してきたのか、そういう工夫を凝らして作られたのか。わざと、古風質素を演出している。
つまり、凝っているのだ。それだけ、金がかかっている。マスプロダクトの成果であるコストパフォーマンスというのは高校生のレナでもわかる。
スミレさんがまたスマートフォンを弄る。家中の家電が息を吹き返す。電気ポットが湯を沸かし始め、エアコンから流れ出る風が徐々に冷たくなってゆく。
それらが済むと彼女はスマートフォンをキッチンのカウンターの上に放り出し、服を脱ぎだした。ジーンズの下には何も穿いていなかった。スミレさんの美しい、モデルのような肢体を飾る股間と乳首の煌めくピアスを初めて、見た。
「あんたも、暑かったら脱いでいいよ。レナって、汗っかきなんだね」
全裸のまま冷蔵庫からペリエを取り出してくれた。
と、無遠慮にレナの顎を摘まみ、瞳をじっと覗き込み、口の端を歪ませた。
このまま、この人にレイプされちゃうのかな。何故かそんな妄想が浮かんだ。ちょっと、濡れた。
レナが冷たい炭酸水を喉に流し込んでいる間、スミレさんは奥のベッドルームに一度引っ込み、無地の白いTシャツを被って出て来て、キッチンの椅子に引っ掛けてあったオーバーオールに脚を通した。
「スミレさんは、ここに住んでるんですか」
「こんな、不便なとこに? ご近所が外人のおじいちゃんおばあちゃんだらけのとこにぃ? まさか」
肩にストラップをかけながら、また鼻で笑った。
「ここはサキさんが管理してる、まあ、事務所の一つだよ。のんびりしたとこで雰囲気もいいから気分転換になる。それと・・・」
キッチンの引き出しの横に、調味料などを入れておく縦に長い小引き出しの奥にテンキーボードが嵌めこまれていた。スミレさんの指がそのうえで何度か踊る。
カチ。
音がして、本来は鍋釜が入れられているはずの引き出しから、数台のノートパソコンが取り出された。それらがむくのテーブルの上に並べられる。彼女がそれらを片端から立ち上げてパスワードを打ち込んでゆくのをレナは黙って見ていた。
「それと、セキュリティーが万全な事。見たでしょ。警備員があちこちにいる。日本人が入ってくるととても目立つ。それにここのオーナーはサキさんの雇い主の怖さを知ってる人だから」
パソコンが立ち上がるまでの間、スミレさんは死角になる窓を除いてカーテンを閉めて行く。高い天井の梁の上に空いた明かり取りのお陰で、さほど暗くない。
立ち上がった順から操作を始めるスミレさんの横で、彼女のフルーティなコロンの匂いにボーっとしていると、
「ここ。クリックしてごらん」
レナは言われた通りのアイコンを左クリックした。
動画のソフトが起動しローディングがしばらくあり、レナの良く知る部屋の赤外線映像が映し出された。
「秘書の仕事は、大きく分けて、二つ。一つは、サキさんのアシスト。もう一つは、あなた方スレイヴの、お世話」
昨日、レナがユーヤとプレイしたままの、汚れた部屋がそこに映っていた。
「気が付かなかった? 誰が掃除してくれてると思った? あなたの出した、潮、マン汁、よだれ、浣腸されて漏らしたうんちと、あの男の子の、精液・・・」
全く考えてなかった。
「考えたりなんか、してなかったよね。あのね、あなたを責めてるんじゃないの。あなたは、わたしの後任に、秘書になるんでしょ? それなら、現実を知らなきゃ。でなきゃ、サキさんのお手伝いなんか、出来ないよ」
ハイ、これ。
スミレさんは黒いスマートフォンをくれた。
「秘書用。お掃除屋さん、ってTEL番があるから、そこに電話して『八番お願いします』それだけ言いなさい。それ以外言わなくていい。それだけで、わかるから。ほら、電話して」
スミレさんから言われた通りに電話帳を探すと「お掃除屋さん」があった。
短い呼び出し音のあと、低い男の声が「はい」とでた。
「あ、あの、八番、お願いします・・・」
通話は切れた。
「彼ら、何でも掃除してくれるし、片付けてくれる。例え人間の死体でもね」
え?
「これ、冗談じゃないからね」
そんな恐ろしい言葉をサラッと吐く。スミレさんの彫りの深い、深緑がかった瞳が笑った。この人は白人系のミックスか、クォーターだろうか。
「あなたにはまだサキさんのアシストは無理だから、スレイヴのお世話から始めなさい。そのスマホのネットのブックマークに『ログイン』ていうのがある」
また、言われた通りに操作する。「ログイン」があった。パスワード入力画面が出た。
「あなたの生年月日の下六けた入れて。そのあとに、『SLAvE』 Ⅴだけ小文字にして。これ、どこにもメモらないでね。記憶して」
冷房は効き始めているのに汗が噴き出す。
1から8の番号だけが並んだ画面が現れた。なんとなく、8の数字をクリックしてみる。
佐々木麗奈。生年月日。住所。家電、スマートフォンのナンバー。高校の名前。家族構成。同居か別居か・・・。レナの個人情報が羅列されていた。
カレンダーが付いている。
急にまた顎が摘ままれる。スミレさんに唇を奪われる。フルーティーの香りに犯される。
「・・・あ・・・、ああ」
彼女の舌がレナの唇を舐め唇で擂られる。ドキドキして、それだけで、感じてしまう。
オーバーオールの膝がレナの両脚を割り、手がワンピースの裾から太腿を這い上ってショーツにかかる。もう一方の手で首の後ろをキープされ、舌が口の中を犯していて、抵抗する気を奪われる。自然に舌がスミレさんのに応えてしまう。
指がクロッチをずらして、包皮を剥く。
「ああっ!」
吐息が漏れる。濡れる。
「レナって、感じやすくて、濡れやすいのね。もうそろそろ、生理じゃない?」
忘れていた。無性にムラムラするのは、そのせいだったかも・・・。
「生理になったら、そのカレンダーに入力して。そうすると、これからの大体の生理の周期を計算してくれる。・・・そう。じゃあ・・・。あと一週間後、かな・・・」
「・・・え?」
「わたしの、最後のお仕事。・・・お使い」
そう言ってスミレさんは身体を離し、再びレナの顎を摘まんだ。
「ふふ。・・・なんて眼をしてるの? 虐めたくなっちゃうじゃないの」
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