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04 コマリ、盗撮で捕まる。

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 久々にたっぷり寝た。昼だった。

 起きてまず最初にしたことは壁に耳を押し当てることだった。かすかに物音がした。

 いる! 起きてる!

 その事実で、エロワールドが再沸騰した。再び脳内に全田さんの全裸が復活した。全田の全裸祭り真っ盛り! そんな「裸族」に恋をした!。こんなあたしに誰がした!

 さあ、どうやって全田の全裸を拝むか。

 そんな実にくだらないことを考えていると玄関でピンポンが鳴った。

 ウゼえ。居留守しようかな・・・。

 ほぼ自動的にそう断定しようとする思考を、何故かエロが阻止した。エロは正しかった。

 玄関ドアののぞき穴の向こう側にいたのは、全田さんだったのだ。もちろん、全裸ではないが。

 ウッヒョーッ!

 慌てて奥に引っ込み素早く辛うじて女を失わない程度の格好に着替え姿見の前で全身をチェックし、かといってお待たせしても悪いので胸を掻き毟られるようにしてドアを開けた。

「こんにちわ。お休みのところ、すみません。田舎に帰ってまして。これ、つまんないものですが、先日のアイスのお礼です。実家がブドウ園やってまして・・・」

 真っ黒に日焼けした健康的な白い歯。その笑顔を目の前にして処女だったころの無垢な自分が蘇った。昨夜までの不毛な努力と思われたすべての所業が、報われた思いだった。

「・・・こんな、・・・こんな・・・」

 またも、失語症に陥った棺桶に片足突っ込むクラスのババアみたいにアウアウ言いながら、そのレジ袋に入ったワインのボトルと彼の瞳に乾杯! じゃなくて、全田さんの白い歯を交互に見つめ、ウルウルしてしまった、不覚にも。

「ジブン、ラムレーズン大好きなんです。あれ、駅前の、ですよね。あの、もしよかったら、今度一緒に行きませんか。アイスクリーム屋さん・・・」

 なんと・・・。なんて・・・。なんてこと言いやがるんだ、あんたわ・・・。

 舞い上がっちまうじゃねーか、三十路オーバー女が。こんちくしょうがああああああっ!・・・。

 小鞠はこんなありふれた誘いにすら免疫がなかった。

 三十路をとうに過ぎて、毎日毎日エロ小説の片棒担がされて、リア充出来ない虚しさをボーイズラブに投影してきた日々・・・。そんな腐女子には酷な誘いだった。

 腐女子にして喪女の、この、32歳のぶよぶよ女に向かって・・・。なんてことを・・・。なんてことを言ってくれるんだ、あんたわっ!・・・。

 もう、いつ死んでもいいっ!

 ああ、死ねる。今、死む・・・。バイバイ、マミー。あんたの不肖の娘は、今、死にます。あまりな幸せに、悶え死にます。前人未到空前絶後の幸せに包まれて。こんな幸せが人生の最後に待っていたとわ・・・。ありがとう、神様。悪口ばっか言って、ごめんね。小鞠は、小鞠は、コマリわああああっ・・・。

 し・あ・わ・せ・・・。

「あ、あ、あり、ありがと、ござます・・・」

 なんだ、ざます、ってと思いつつ、辛うじて、礼が言えた。麻痺した舌の代わりに何度もペコペコ頭を下げた。これも、エロのおかげだ。ありがとう、エロ。お前だけは、裏切らないぜ。

「よかった。・・・ぢゃ」

 ・・・え? 

 まぢ? もう、いっちゃうの? ええええええっ? そんだけ? ぺこり、とかしてるし。ドア、閉まっちゃうし、バタンとか言ってるしー・・・。

 ・・・終わり?

 あああああああああああああああああああああああああああああああん・・・。

 そのあまりな遣る瀬無さに悶えすぎて、小鞠は、軽く、イッた。

 

 タップリ睡眠をとり、しかも唐突に突然舞い込んだ幸せのおかげで完全にエロを取り戻した。

 仕事しろよ、コラ。のメールに悪態を吐きながらクラウドを開く。

 あちゃー・・・。「ひぎい」系かよ・・・。あんまストックねえんだよな、「ひぎい」は。

「ひぎい」系とは、お察しの通り、SM系の小説のことである。


 

『後ろ手に縛られ、鴨居から吊られた京子の白い太腿までが吊られ・・・、

「(よろしくお願いいたします)」

 M字に開脚された股間に・・・。

「(よろしくお願いいたします)」

「(よろしくお願いいたします)」

 京子は被虐の悦楽に恍惚した。』


 

 なんじゃ、こりゃ・・・。

 ほとんど全部あたしじゃねーかよ・・・。

 まあ、「(よろしく)」だけよりはマシだが。某エロ月刊誌に連載のコレだが、「ひぎい」系こそ、M女の悲鳴とか喘ぎが神髄なのでは? という思いが毎回拭いきれない。でもその信念を貫くと小鞠への依頼がなくなってしまうのである。この矛盾。

 じゃあ、自分で書くか、全部。

 そう決心して書き出したことは何度もある。が、その度に挫折した。致命的に経験が無かったからである。エッチの。


 

 目覚めは早い方だった。

 しかし、小学校の五年生で初潮してオナニーを覚え初恋した男の子を同級生に盗られてから次第に腐りはじめた。中学高校はリア充カップルを横目で見ながら指を咥えつつ密かにBLマンガにハマって行った。心理学でいうところの「防衛」だったと今では回想できるようになったけれど。銀ちゃんに出会い、惚れ込んだのもこのころだった。

 で、大学で一発目のエッチをした。相手はまったく好みでもなんでもない、おっさんだった。コンパか何かで酔っぱらって気がついたらホテルだったという、まったくのありきたり。なんのドラマもない、くだらない初体験だった。大学時代はそれっきり。

 で、社会人になって三流か四流かわからんほどの出版社に入ってから二発目と三発目をした。経緯も相手も思い出せない、思い出したくないほどの素っ気なくてくだらないものだった。

 で、32年間でシタ経験がたった3発だけという、情けなくおぞましく恐ろしく悲しいていたらく。しかもいずれも酔った挙句の所業。その内容もほとんど覚えていなかった。リア充が羨ましくて仕方ない。その悔しさをますますBLに投入し続けた。

 ある日同僚がこれ見よがしに避妊ピルを飲んでいるのを見た。

「ケッ! ひけらかしてんじゃねえよ、ブスが・・・」

 囁いたつもりがしっかり地獄耳ブスの耳に入り、よせばいいのにケンカをして相手に三針縫うケガを負わせ、出版社をクビになった。そこを拾ってくれたのが、この間飲み会で醜態を曝した席にいたエロ小説出版社の編集長だったのだ。彼はなかなかの「シブイおっさん妻子在り」だった。

「お前、面白いヤツだな」

 と、彼は言った。しかしどうせなら、

「拾ってやったんだから・・・、大人だからわかるよな、コ・マ・リ。うぇへっへっへ・・・」

「へ、編集長・・・そんなっ!」

 やめてください! 的な展開を期待していた。頭を下げてそれをお願いしたいほどだった。だがしかし、彼のツボはそっち方面には向かわなかった。

「どうだ、コレやってみないか。フリーで。出来が良けりゃ使ってやる」

 と言われて始めたのが、今の仕事に繋がっていた。たまにあんな飲み会があって、そこでは恒例のように最後にツブれ、恩人の彼に恩知らずにも足を向けてクダを巻いたりしていた。考えてみると彼にセミのモノマネをさせられたおかげで全田さんの全裸も見ることができたとも言える。

「しっかしお前ってやつは・・・。本当に面白い女だな」

 小鞠にはそれが天職だったらしく、「アハン」な校正業はいつしか軌道に乗り、今では複数の出版社から依頼を受けるほどにもなった。ギャラは安かったけれど。

 だが、ダメなのである。一本丸々の、自分の小説が書けない。「アハン」はなんとか想像で補えても、ストーリーが描けないのだ。

 恋愛は、エッチは、ストーリーが命だ。

 これは、経験するしかない・・・。ずっとそう思ってきた。

 ここに、思春期からずっと抑え込んできた欲望とこれからの小鞠の未来が交錯し、結実した。

 もし、それが、エッチが出来なくても、せめて本物の男のハダカが見たい、と。

 そしてそれは、すぐそこにあった。

 それが、全田さんの・・・、

「ぜんら・・・」

 呟いたら、行動してしまっていた。

 彼の手土産の白ワインを抜いてラッパ飲みした。冷えてないが、美味かった。

 時刻は奇しくも0300 。午前三時。

 彼が部屋にいることはわかっている。壁に耳を当てた。物音がした。彼はもう、起きている。スマホを持ってベランダに出た。壁の仕切りの隙間から灯りが漏れている。今ならチャンスだ! 仕切りの向こうにREC状態にしたスマホを突き出した。

 3、2、1、・・・。

 ギュッ! 


 

 え?・・・。


 

 なに? ぎゅ、って・・・。

 スマートフォンを持った小鞠の手首が、逞しい手に掴まれていた。

 心臓が、ギンギンのヘヴィーメタルで、盆踊りをしていた。
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