遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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31 戦士の休息と爆弾処理。そしてヤンの戦い。

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 話は20日に戻る。

 ナイグンの拠点は、平和であった。

 グレイ曹長は兵たちが食いきれずに残した肉に甲斐甲斐しくコショウと塩と、民家の台所にあったニンニクとタマネギを刻んだものを詰め、拠点となった民家の納戸から失敬してきた瓶に移していた。こうしておけばせっかくの肉を腐らせずに済む。

 それを見ていた看護兵のクリスティーナは感嘆の声を上げた。

「すごーい・・・。あたし、曹長みたいなお嫁さんが欲しいです」

「・・・」

 グレイは相変わらず無口だった。内心で、そっちかよ、と思っていることは言うまでもなかった。

 兵たちの多くは隣の居間でそれぞれに暇を持て余していた。

「あ~あ、ヒマだな・・・」

 フリッツは横でカードに興じる兵たちを尻目に壁に凭れ、ため息をついた。

「ヒマだから、いっちょ偵察にでも行きませんか、リーズル予備役上等兵殿」

 銃の手入れをしていたリーズルは舌打ちをして銃口をフリッツに向けた。

「バカね。偵察行為は立派に軍事行動でしょうが。停戦条項に違反する行為なのよ。

 だいたいあんた、野戦部隊で何を教えられてきたの? 兵隊はね、こういう時は銃の手入れやブーツの磨き、被服の洗濯や繕いをするの。あんたの銃持ってきな。見てやるから。他のみんなも、持ってきな。いざという時に弾出なくて死ぬのはバカ通り越して間抜けよ。・・・ったく近頃の新兵はホントになってないったら・・・」

「ねえ、ヴォルフガングはどこ行ったの? さっきから姿が見えないけど」

 通信兵のグレタが訊いた。

「ああ、あいつ風呂入りたいって、さっき井戸にバケツ持っていったぞ」

 兵の誰かが言った。

「うっそー! あたしも入りたい。だってもう一週間もオフロ入ってないんだもん!」

 ビアンカが素っ頓狂な声を上げた。

「だったら、水汲みでも手伝ったら? 働かざる者食うべからず。水汲まざる者風呂に入るべからず、ってな」

 ビアンカもまたバケツを探すべく脱兎のように居間を出ていった。


 

 兵たちがそれぞれに休息しているころ、ヤヨイとカーツ大尉は二階で通信機に噛り付いていた。

「では陽が落ちたら軍曹を向かわせてくれ。こちらも向かう。アウト」

 通信を切った二人は顔を見合わせた。

「以前ミカサの件でチナの爆弾の威力は体験しています。五千トンの大艦の推進器を完全に破壊できるものです。それと同じ威力を持つとすれば、頑丈な石の橋でも十分に壊せるでしょう」

「起爆はどうするのだろう」

「見てみなければわかりませんが、簡単で微弱な電力を用いる回路でも信管を作動できると思います。恐らくはケーブルがどこかに繋がっていて遠隔で起爆できるのかもしれません」

「厄介だな」


 

 そして日が暮れた。

 ヴォルフガングが沸かしたチナ風の風呂に入って鼻歌を歌い始めたころ、ヤヨイはカーツと共に密かに夜陰に紛れて橋の中ほどまでやってきた。

 当然だが、カーツの同行をヤヨイは諫めた。

「大隊長自らが危険に身を晒すのはよくありません」

「だが、橋の守備が我々の本務だ。目的達成の障害になるものはどんなものであれ是非ともこの目で見届けたいのだ」

 学究肌と言うのか、カーツは言いだしたら聞かないところがあった。

 西の方からやって来る人影を見つけた。ヤヨイは、

 ぴゅーいー・・・。

 小さく呼び子を吹いた。

 すると、向こうも、

 ピヨピヨ・・・。

 と、応じてきた。

「ヘルマン軍曹だな」

 西からやってきた人影は爆弾の検分という緊迫した状況に似合わない悠長な声を上げた。

「やあ、遅れてすみません」

「しっ! では行くか」

 西と東からやってきた帝国陸軍の空挺部隊員は橋の中ほどで落ち合い、三人とも持って来たロープを橋の鉄の欄干に結び、降下用の腰のベルトにカラビナで繋いだ。先に軍曹が降り、続いてカーツが、最後にヤヨイが橋の下に降りた。

 150メートルほどの川幅にかかる橋の橋桁は六つあった。その丁度中央、橋桁の間の橋の下にそれは取り付けてあった。

「ああ、あれですね」

 川の土手の上に浮かび上がった街の南側の灯りでそれは黒いシルエットになっていた。

「大きなものだな」

 横一メートル、厚さは5、60センチはあるだろうか。

 石橋は橋桁間を繋ぐアーチ状に組まれた石で重量を支えていた。その中は言わば袋になっており、眼下の川の流れの音が中で反響していた。川面まで6メートルほどはあろうか。

 手前のアーチと向こう側のアーチとは何本かの鉄骨で結ばれていた。爆弾と思われるモノはその鉄骨に吊り下げるようにして設置されていた。

 軍曹は振り子のように身体を揺らしてその袋の中に入ったタイミングで鉄骨にロープをかけ、身体を引き寄せるとそのロープにもカラビナをかけた。欄干のロープを緩めると、軍曹の身体はスーッと橋の下に入った。

 ヘルマン軍曹は中でフラッシュライトを点けた。灯りは赤いフィルターをかけて最小限にしてある。遠目からは見えにくい。

「少尉、ロープを投げます」

 彼の投げたロープをヤヨイは掴んだ。それを手繰ってヤヨイもまた、中に入って鉄骨にぶら下がった。

 最後に入って来た大尉は言った。

「なるほど。これでは橋の側面からは見えないわけだ。情報員が知らせてくれなければ気が付かなかっただろうなあ・・・」

 三人はもう一度同じようにして鉄骨を伝い、その黒い物体の傍まで来た。

「恐らくは川の中に足場を組んで設置したものでしょう。大きさも取り付け方も大掛かりですね。しかも、昨日今日据えられたものじゃありませんね。かなり経っています」

「すると、少なくとも我が帝国の宣戦布告前だな」

「そんなもんじゃないです。恐らく半年以前でしょうね。ほら、砂埃が積もってます。それに鳥の糞も。一年は経っているんじゃないですかね」

「いったい何のために仕掛けたんだろう」

 そう言いながら彼はフラッシュライトを肩のバンドに固定し、フリーになった手の指に付いた埃を見せた。そして隣の鉄骨へとロープを掛け、その物体の周りを鮮やかに巡って行った。

「どうかね。やはり爆発物か?」

 カーツもまた赤いフラッシュライトを点け物体の表面に触れた。それは黒く塗られた鉄板に覆われていた。

「この覆いの中がわかればいいんですが。どこかに起爆ユニットかケーブルの出ている口があれば・・・」

 ヤヨイにもそれはわからない。

「ありましたよ、大尉!」

 軍曹が「箱」の向こう側、つまり南側から叫んだ。川の水音で声は外には漏れないだろう。

「今行く」

 カーツとヤヨイは軍曹の残したロープを伝って向こう側に回った。

 ヘルマン軍曹は物体の側面に取り付けられた三十センチ四方のカバーを見つけた。四隅をボルトで留められたカバーからは被覆していない銅線が二本出ていて、天井、つまり橋の下を支える石伝いに西へ向かっていた。

「驚いたな、裸線です。ゴムや樹脂が不足しているんでしょうかね。それとも被覆する技術がないのかな・・・。念のため、シールします」

 軍曹は二本の銅線の間を広げると腰の道具袋から布切れを取り出し、歯で切り裂いて裸線に巻き付け、被覆した。裸の線同士が触れ合うと回路が完成し、通電する。もしこれが爆弾だった場合、橋は破壊されそこでこの作戦の目的が失われ、この場の三人も全員爆死するだろう。さすがのヤヨイもおもわず生唾を呑み込んだ。ミカサのスクリューがやられた時とは緊迫度が段違いだった。

 そして軍曹はカバーの取り外しにかかった。四隅のボルトを慎重にレンチで緩めつつ、時折カバーの表面に耳を当てた。

「こういうのはトラップの可能性もあると学びました。開けたとたんに、ドカン! というやつです。でもこれはそれほどひねくれたものじゃないらしいですね」

「軍曹、きみはこうした技術をどこで学んだのだ?」

「工業技術院で。主に昔の、旧文明の爆発物の技術を再現する研究をしてました。で、空挺部隊に行けと」

「ああ。じゃあ君は命令組だな」

「はは。そのようです、大尉」

 自分と同じだ、とヤヨイは思った。

「・・・あきましたよ」

 と軍曹は言った。

 彼はそーっとカバーを外した。フラッシュライトを当てて中を覗き込み、

「やはりです。こいつは爆弾でした」

 軍曹のぶら下がっている辺りに身を移し、ヤヨイも中を見た。ボックスの中にはいくつかの容器があり、分配器と思われる小箱からそれぞれにクロムメッキした細線が配線されている。線の先にはヤヨイも見知っている信管が繋がれ、各容器に差し込まれていた。こんなものすら既に盗まれ、実用化されていたのに驚く。

「念のため、分電盤の元をカットしておきましょう」

 そう言って軍曹は二本の線のうちの一本をカットし、丸めて被覆した。そして元通りにカバーを被せボルトで留めた。

「さらに念を入れて、外の配線も切って短くしておきましょう。少なくともこれで回路が繋がって起爆したりは絶対にしません」

「だが、砲弾が命中したら誘爆するだろうな」

「それは、するでしょうね」

 とヘルマン軍曹は言った。

「ここで解体できるか?」

「それは無理です。まずこの覆い全部を取り外すのに足場が必要です。川の中に足場を組んで、そこに下ろして、それから爆弾本体を解体して・・・、ですからね。資材も工具もありませんし」

「たしかに戦闘の最中にやることじゃないな」


 

 拠点に戻ったヤヨイはカーツ大尉の口述を暗号に翻訳してグールド大佐に送った。

 ナイグン橋の下に設置されている物体はやはり爆発物で総重量は500キロほどはあること。足場を組むなどの予備工事なしには解体は不可能なこと。配線は無力化したが被弾すれば誘爆の可能性があること、を伝えた。そして、設置されたのは少なくとも半年前に遡ると推測されることも併せて通報した。

 ナイグン橋の爆弾の情報はすぐに統合参謀本部に報告され分析された。

 ナイグン橋の爆弾はミン一族が設置したものとは考えにくい。設置は明らかにチナ本国の手になるものであり、ミン一族とミンの所領の住民たちがアルムに入るのを防ぐためのものだ。アイホーが陥落すれば、橋を爆破するつもりだったのに違いない。

 そして、こう結論付けた。

 チナ本国はイザとなればミン一族を切り捨てるだろう。

 交渉に臨むヤンは帝都を立つ前にその情報を得ており、胸中にはすでにその予測があったのだった。そしてクィリナリスのウリル少将に、ある手配りをした上でこのミカサにやってきたのだった。


 


 


 

 そして話は11月21日、第一艦隊旗艦ミカサ。幕僚室に戻る。


 

 ミン一族の名代を前に、ヤンは言った。

「では、この度の貴家のご提案を改めて伺いたい。その条件も併せてご提示いただきたい」

 静謐な中にも猛々しい闘志を秘め、それを意志の力で強引にねじ伏せている。

 ヤンには、ミカサに乗りこんできたこのアルカイックな美貌を持つ女がそんな風に見えていた。

「では申しあげる」

 ミン・レイは言った。

「わがミン一族は、チナ本国の支配を脱し、貴国と同盟し、貴国と共闘する用意がある。もちろん、条件がある。すでに貴国の支配下に入っているアイエンから現在の貴軍の最前線までの土地の返還である。それが叶うならば、アルム攻撃の先鋒を担ってもよい」

 マーキュリーが、リヨン中尉が携えてきた要求と条件、それと同じものであることをヤンは確認した。

「質問を、よろしいか」

 ヤンは言った。

「Do sprechen kannst. 」

 承(うけたまわ)る、とミン・レイは答えた。

 あなたは話すことが出来る、というなんとも硬い言い回し、鋭利な刃物を思わせる言葉の響きだった。それに対してヤンはあくまでも柔和に柔軟にを心がけた。

「貴家の、その『わが帝国との共闘』のご意思は一体いつからのものなのか。そのご意思は貴家が、貴殿がこのミカサを拿捕せんとした折にもそのお心うちにあったものなのか」

「貴官のお気持ちは理解できる」

 ミン・レイは言った。

 彼女は手首の無い右手を隠そうともしなかった。テーブルの上に裸のまま置き、時折ヤンの視線をそこに導くかのように既に癒えたその傷口に左手を添えたりもした。

「当家は代々チナ王国を構成する豪族であった。過去には王家に連なる血筋に関わったこともある。王国の指示で数々のいくさに出、武功を重ねてきた。

 それは偏にわが一族の存続のためであった。

 先刻貴官は今回の帝国の宣戦の理由として、過去の我が国による様々な工作や軍事情報の盗奪を理由に挙げられたが、それらはチナ本国の為したることで我が一族とは無関係である。むしろそのようなことをすれば必ず帝国を怒らせ、抜き差しならぬ事態を招くと諫めたほどである。

 このミカサの拿捕もそうである。

 確かに、それを実施したのは今貴官の目の前にいる我だが、それらはすべてチナ本国からの命令であった。貴国の一高級士官、戦艦の艦長が我がチナに亡命を希望している、と。彼がその手土産に戦艦を一隻携えてくる。ついてはその受け取りを、チナが我が一族に命じてきた、というのが真実なのだ。

 仮に戦艦一隻拿捕したところで、それだけでは運用は難しいのは承知している。軍艦を適切に運用しいくさに使用するには僚艦が不可欠であるし、膨大な燃料と設備の整った港湾が必要である。その整備には莫大な金がかかる。我が一族の私兵は6万になる。だが、その維持だけで手いっぱいでとても海軍兵力を運用する力はない。貴国の艦隊が破壊した船も港湾設備も全て王国のものであり、わがミン一族の所有ではない。

 繰り返すようだが、わがミン一族に貴国に対する私怨はない。全ては我が一族の存続のため、止むにやまれぬ行為であった」

「つまり、貴家からのこの提案は我が帝国の侵攻を受けての場当たり的なものではなく、はるか以前からの貴家の願望であり、すでに我が軍と干戈を交えているこの状況はあくまでも単なるきっかけに過ぎないと、そう言われたいのですな」

「そうだ」

 ヤンは柔らかに反論した。

「あなたは今ミン一族の存続のために『止むにやまれず』我が帝国に対する敵対行為を行ったと言われた。チナ本国の命令によって、と。

 では伺うが、それならば何故貴家はわが軍が北への侵攻を開始した直後数万の軍を引き連れて王都ピングーに出向き、王都を取り囲んだのか。主家の根拠地を大軍で取り囲む配下というのは到底理解しがたい。

 我々は天の目を持っているのだ!」

 ヤンは右手を大きく挙げて幕僚室の天井を指した。

 誤魔化しは通用しない。そういう含みを持たせた言葉だった。

 ミン・レイは乗り出していた身体を椅子の背に凭れさせ、吐息を吐いた。

「・・・飛行機だな」

「貴家の行動はどうにも不可解である。天の目から見れば貴家は、到底今の貴殿の言葉のごとくチナ本国の言わば主命によって運命を左右される弱者ではない。

 むしろ逆ではないのか。

 貴家はチナ本国を軍勢によって脅しあげ、さらにチナ本国の主力の一部を増援として引き連れてきた。それが真実ではないのだろうか。

 一方でチナ本国の圧政に喘ぐ弱者を演じながら、一方ではチナ本国を脅しあげ、その国政を左右する権能を有しそれを隠している。

 一方で我が帝国に共闘を申し出ておきながら、もう一方で我が軍の攻勢に対して軍勢を増強する。

 帝国は未だかつて同盟国を持ったことがない。ましてや、そのような二枚舌、ダブルスタンダードは絶対に受け入れられないし、許さない!」

 交渉場となった幕僚室に厳かな沈黙が訪れた。そこには大海原のうねりをわずかに伝える、五千トンの大艦の緩やかなたゆたいのみがあった。

 交渉は始まったばかりだったが、早くも決裂の時がやってきたかのように見えた。

 だが同盟を結び共にチナと戦うなら、それだけは言わねばならない。

「提案があるのだが」

 長い沈黙を破って、ミン・レイは言った。

「互いの立会人を退席させ、一対一の秘密会を設けたい」

 ヤンはようやくこのチナの大豪族の本音、核心に迫る機会を捉えた、と思った。

「Ich stimme zu..」

 同意する。と、ヤンは答えた。
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