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11 決戦前夜

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 加奈子が尻を抱えられ、あのロマンスグレーのオヤジのモノを背後から抜き差しされている。妻は恍惚の貌を浮かべ淫らな言葉を言わされ悶え続けている。

「ウッ・・・ふぅ・・・。チクショッ」

 達彦は家にも帰らず、もう何時間も漫画喫茶の個室に入り浸っていた。

 備え付けのパソコンでアダルトサイトを見るでもなく、成人向けのマンガを見るでもなく、デスクトップの暗い画面の中に彼だけの映像がディスプレイされているかの如く、もう何度も妻である加奈子のエロティックなイメージだけで勃起し続け射精し続けていた。

 あのオヤジは何者なのだろう。どこで知り合ったのだろう。娘が飛びついていったのは相当慣れているからだ。恐らく妻の言った高校時代の友達というのはウソで、その実は慣れるだけの相当な期間、あのオヤジと会っていたのだろう。

 デカいのだろうか。長持ちなのだろうか。それとも何か特殊なテクニックか。

 悔しい・・・。悔し過ぎる。悔し過ぎて気が狂いそうだ。

 だが不思議なことに悔しければ悔しいほど、達彦の分身は勃起し精を吐く。生身の妻の身体ではダメなのに、イメージの中の妻の裸体のあまりの艶めかしさに昂奮が止まらない。

 スカートをまくり上げられ、荒々しくあのオヤジの分身を注挿され、おとがいを仰け反らせ、胸を露にされ、揉みしだかれ、乳首をコリコリといぢくられ、半開きの口からはとめどなく悦びの声を上げ続け、背後の男のキスを求め、舌を絡ませ唾液を啜り合い、昂奮を高めて絶頂に追い込まれ、何度も何度も何度も痙攣を繰り返して果て、果てては体位を変えてまた分身を挿入れられる。

 そのイメージがまた、達彦を昂らせ射精に導く。

「ウッ・・・ふぅ・・・。チクショッ」

 備え付けのごみ箱が山になり溢れるほどのティッシュを消費してやっと、冷静さを取り戻した。

 げっそりと精気を抜かれた身体をドアに凭れさせ、終電の揺れの中でぼんやりと窓の外の流れる夜景を見るとはなしに見た。

 妻と間男はもう何度逢瀬しているのだろう。何度セックスして何度お互いの身体を貪っているのだろう。

 いかんいかん。淫らな妄想をするとまた昂ってしまう。また精を抜きたくなってしまうではないか。

 加奈子が里香を連れて「友達」に会いに行ったのはまだ二回、多くても三回ぐらいだろう。それなのにあの里香の慣れようはどうだろうか。もう何度も会っているような雰囲気さえ感じる。「友達」の家はあのワンダーランドの近くなのだろうが、そこと密会の場所の関連はあるのだろうか。そこが謎だ。

 里香を問い詰めることもできるが、娘はまだ子供だ。満足のいく答えが貰えるかどうかはわからないし、喋らないかもしれない。なにしろ「パパ」は嫌われている。それに加奈子がそれを許さないだろう。

 となると。

 ここはやはり「プロ」を頼むべきではないか。少なくとも間男との逢瀬の場所、その間の里香の預け場所。この二つだけでも判明すれば、あとは自力で追跡し、現場を押さえることが出来る。そうだ、そうしよう。

 そして、とどめを刺す。

 しかし、今度も達彦は最も大事なところを抽象的にしてぼやかした。

 二人の密会を抑えたとして、どうするのか。とどめとは、具体的にどうすることなのか。

 離婚するのか。それとも相手の男だけ制裁して妻を連れ戻し元の通りの生活を取り戻すのか。それは可能なのか。相手の男を制裁するとして、もう二度と妻と会わないようにすることはできるのか。

 そうしたことを全て棚に上げるツメの甘さは変わらなかった。


 

 夕食はあのドイツ料理店で摂った。

 里香はまだ興奮から冷めやらぬ風で皆を圧倒し続けた。

「こーんなおっきいぽんちゃんがいたの! 赤ちゃんもいた。リカいっしょにしゃしん撮ったの。おばちゃんが撮ってくれたの。見て見て!」

「よかったね里香。でも疲れたでしょう。ご飯食べたらおうちに帰ろうか」

「ヤダ! 明日も行く! ぜったいぜったいおばちゃんとママと一緒に行く~」

 里香は大きな太いソーセージを丸々平らげさらに美味しいチキンのトマトソース煮を半分以上食べた。それにライ麦のパンがいたくお気に召したらしく、大きな、バレーボールぐらいもあるその塊の三分の一を食べてしまった。まれにみる食欲に、加奈子は母親として頼もしく思いながら娘の口を拭いてやった。

「甘かったー。里香ちゃんの体力を甘く見過ぎてた。途中からおばちゃんの方がダウンするんじゃないかと思うぐらいだったもんね。元気すぎる女の子だわ」

「本当にいいんですか。あんまり振り回しすぎて・・・。恐縮してしまいます」

「いいのいいの。これしきのこと。今日は意表を突かれたけど今夜は早めに寝て明日に備えるから大丈夫。予定通りで問題ないわよ」

 渋谷は微笑みを絶やさず、里香と景子とを温かく見守り続けている。

 ついさっきまで初めての屋外での淫らなプレイに悶えていた。それなのにこんなに幸せでいいのかと怖くなるぐらいだった。その幸せの中に夫はいない。いないことが幸せになってしまっている。それでいいのかという疑問も持たなくなってしまっている。

 揺らめきやよろめきはもうハッキリと傾きに変わってしまっていた。渋谷のいる生活へと加奈子は確実に傾斜してしまっていた。

 渋谷の家へ向かう車の中で早くもウトウトしかけていた娘を風呂に入れ、ダウン寸前の小さな体にパジャマを着せて景子の寝室に寝かせてから階下へ降りた。

「寝た?」

「はい。もうぐっすり。あの様子だと朝まで起きないと思います。夜中に一度途中で起こしてトイレに・・・」

「いいわよ。おねしょぐらい。眠りたいだけ寝かせれば。里香ちゃんの寝顔を見ながら添い寝するの、楽しみだったんだ。わかんないでしょ。子供産まなかった女のこういう願い」

「そうですか。そう言っていただけると・・・」

「だから遠慮せずに楽しんできて。

 嬉しいの、わたし。あなたと知り合ってから渋谷くん、また少し若返ったみたい。ニョーボとしては亭主がいつまでも元気でいてくれることが何よりだもの」


 

 ラブホテルのバスタブに浸かり、後ろから抱きかかえられて乳房をゆっくりと愛撫されながら、加奈子は景子の言葉を渋谷に聞かせた。

「ふふん。『亭主元気で留守がいい』てな言葉があるけど、ウチは違うみたいなんだよね。惚気見たいに聞こえるかも知れないけど、セックスがないせいか、景子はそういう思いが強いんだ」

「渋谷さん・・・」

「ん・・・」

「わたし、わからなくなってきたんです」

「うん・・・」

「このまま、夫と生活を続けることが本当にいいことなのか。里香にとって、わたしにとって。それが幸せなのか・・・」

「うん・・・」

「あ、誤解しないでくださいね。わたしは渋谷さんのお考えはわかっているつもりです。結婚してなんて、絶対言いません。わたしは、愛人ですから。それ以上は望んでません」

 彼の掌の中で乳首がコロコロ転がる。その可愛らしい快感に幸福感が膨らむ。

「でも、もう彼には何も感じないんです。好意も、罪悪感も、何も感じなくなってしまってるんです・・・。

 渋谷さんは、もしわたしが人妻で無くなったら、興味を失いますか」

「そんなことはないよ」

 彼は即座に言い切った。

「今まで付き合った女性にはそういう思いも持ったこともあったけど、加奈子は、違うな。やっぱり、相性かな。妙に合うんだよ。加奈子の身体が、その性格もね。ものすごく、合うんだ。それが、心地いい、ってのかな。そういう感じなんだ・・・」

「わたしも、渋谷さんが心地いいです」

 そう言って加奈子は渋谷の分身に手を添えた。それは早くも奮りたち、加奈子の中に入りたがっているように見えた。

「これ、欲しいです」


 

 日の出とともに渋谷の家に戻り少し仮眠して景子と里香と三人でワンダーランドに行った。そしてたっぷり遊んで渋谷家を後にした。

 夕方の電車の混雑を避け、遊園地を早めに切り上げたおかげでずっと座ったまま家に帰ることが出来た。二日間120パーセント遊びまくった里香は加奈子の腕の中でぐっすりと寝入っている。こりゃまた明日の朝まで寝るかもしれないなと思いつつ、加奈子もあくびをかみ殺した。

 駅からタクシーを使い自宅に着いた。

 達彦はいなかった。ダイニングテーブルの上に会社に行ってくると書置きがあった。

 眠った子供は重い。段々重くなる。里香をそのままベッドに運びパジャマに着替えさせた。

 いい寝顔をしている。額に浮いた汗を拭いてやり、頬にキスをした。

 昨日と今日、里香は大冒険をした。母親と離れ、保育園の先生以外の別の大人と過ごした時間は彼女にとって貴重な経験だったに違いない。今日ワンダーランドで見た娘は昨日よりも逞しい顔つきをしていた。

 あんたもいい女になって、たくさんいい恋をしなさいね。

 子供部屋の明かりを消した。

 シャワーでも浴びよう。加奈子もクタクタではあった。達彦が帰宅するまで少し眠ろう。何しろ夜通し朝まで責められて、その後炎天下の遊園地でテンションの高すぎる娘に付き合わされたのだ。体力には自信のあった加奈子だったが、さすがに疲れた。だが充実した完全燃焼の心地よい疲れだ。

 身体を拭いて下着を着けようとして、得も言われぬ違和感を覚えた。

 家に居る時専用にしていたショーツが無い。ちょっと柄の派手なもので仕事には着けていけないが着け心地がいいから愛用していた。それが、見当たらない。

 そのショーツを着けたのは今週の水曜日。渋谷との逢瀬を終え、帰宅してもう一度シャワーを浴びた後だ。翌朝脱いで洗濯をしその日の夕方に畳んだはずなのだが、残念ながら記憶が無い。いまごろないことに気づくとは迂闊だったが、下着入れにも汚れ物の籠の中にも見当たらないとは妙だと思った。

 ふと思い当たるところがあって自分の寝室に行きタンスやクローゼットをチェックした。一度気になることがあると全てが疑わしくなるものだ。ライティングデスクの引き出しも見た。どこがどうとははっきりしない。だが何かが気になる。少しずつ、ちょっとずつ、モノが動いているような気がしてしまう。

 渋谷と会うようになってからファッションを変えたり下着の趣味を変えたりはしていない。見られて困るものも部屋には置いていない。あの派手な家用の下着の他は無くなったものはない。だが、どうしても、何か、何処か、違和感が拭えない。

 もしかして、家探しされている? 

 まさか・・・。

 疑問は次第に現実の衣を纏って形あるものになっていった。

 念のため、自分のパソコンを開いた。

 会社の仕事で使うこともある。顧客のデータは社内コンプライアンスで理由の如何を問わず持ち出し厳禁だから入ってはいない。主に様々な顧客のタイプをデータ化して集め、パソコン操作の指導法の効率化と業務改善に役立てようと整理に使っていたのだ。それでも万が一を考えてパスワードを設定している。これは達彦も知らない。里香の名前と達彦の名前、二人の生年月日をアナグラム化して作った。そのパスワードを打ち込む。ログインして操作ログを呼び出し、パソコンの操作履歴を調べた。

 直近から遡って今朝と昨夜。加奈子の不在時にログインを試みた履歴が残っていた。いずれも加奈子の不在中だ。

 達彦以外にはあり得ない。

 ログインした記録はない。彼のスキルではパスワードを突破することはできなかったのだろう。

 もしかするとショーツも彼の、夫の仕業ではないのか。渋谷との不倫の痕跡を探すために。

 ゾッとした。

 ここのところ妙に話しかけてくるから仕事が上手く行っているのだろうと喜んでさえいたのに。仕事もせずに、こんな卑怯でイヤらしい作業に没頭していたとは。

 不倫に没頭している者は得てして自分の不埒は棚に上げてパートナーの非を責めたりするものだが、加奈子もまた例外ではなかったわけだ。しかし、微かに残っていた夫への情もこれで全て吹き飛んでしまいそうだった。達彦に対してはもう、気持ち悪さしか感じなくなっていた。

 警戒せねばならない。そして対策を講じねば・・・。

 加奈子はすぐに景子に連絡しこの一件を伝えた。すぐに渋谷から直接電話が来た。日頃は警戒して直接の通話は避けていたが、この一件の緊急性を感じてくれたのだろう。

「どうやら、事態は切迫しているようだね」

「やっぱり、そうでしょうか」

「来週から一週間ほど出張なんだ。少しおとなしくするのにはちょうどいいかもしれないと思ったけど、加奈子は大丈夫かい? もしも僕が不在中に修羅場になったりすると、いささか面倒になるなあ」

「わたしは大丈夫だけれど、家の中でバクハツされると・・・」

「里香ちゃんか」

「そう・・・」

「そうだな。そうなると、マズいな」

 渋谷は電話の向こうでしばし思案をしているようだったが、やがて意を決したかのように、加奈子、と呼び掛けてきた。

「はい・・・」

「僕は君の家庭を壊すつもりはなかった。出来れば離婚してほしくはない。心からそう思っている。

 だけど、きみのパートナーがそれではな。きみも心の休まる場がないだろう。放置すれば里香ちゃんにもいい影響を与えないだろうしな・・・。

 よし、こうしよう!  僕がシェルターを用意する」

「・・・シェルター?」

「万一の場合は里香ちゃんを連れて家から出てそこに移りなさい。だけどそれまでは今の生活パターンや態度は一切変えずに耐えるんだ。出来るかい?」

「でも、ちょっと怖い・・・」

「二三日中には手配する。それまで頑張ってくれ。こりゃあ、出張前にカタをつけた方がいいかもしれんな。どんなことでもいいから気になったら連絡してくれ。

 僕に考えがあるんだ。準備が整ったら計画を説明する。いいね?

 里香ちゃんのためだ。ガンバレ、加奈子!」
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