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05 スピーチと、いじめっ子

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 演習見学の終わりに、ヤン議員は、閣下はぼくたちに宿題を出した。

「今回の遠足について、キミたちそれぞれのクラスでスピーチをしなさい」

「すぴーち?」

「そう、スピーチ」

 と閣下は言った。

「今回キミたちが見たもの、聞いたもの、触れたもの、会った人、話したこと。どう思ったか。驚いたか、嬉しかったか、怖かったか、興味を惹いたとか。何でもいい。

 もちろん、帝国語で。期限は設けない。でも、できるだけ早めに行うように」

「あの、それは、この軍隊のことでも?」

 ぼくは気になって尋ねた。

「もちろんだよ」

「あの、・・・誰かに話しても、いいんですか?」

 ぼくの北の村では、こといくさに関わることをみだりに他の村の人間や女や子供に話してはいけないという掟がある。例えば、村の外には襲撃を受けた時に村の衆を匿う洞窟があることとか。他には、ケモノを取るための落とし穴の場所とか。いくさがあるとそこにワザと敵を誘導して落としたりする。穴の底に尖った木の枝が植えこんであって落ちたケモノや敵が串刺しになるようになってる。それは村の男しか知らない。子どもや女はそこに近づいてはいけないという掟もある。キケンだからだ。そして掟を破ると重いバツを受ける。

 帝国も同じだと思ったのだ。

「もちろん、構わないよ」

 と笑いながら、ごくアッサリとヤン閣下は言った。

「この数日間でキミたちが体験したことのなかに秘密なんて何もない。大いに市民たちにセンデンしてもらいたいくらいだ。

 むしろ、できるなら今回のような『遠足』を帝国の全ての小学生が経験すべきだと思っているんだ。でも、今はまだジツゲン出来ていない。なにしろ、帝国全土の小学生の数は全人口の7パーセントにあたる、200万人以上もいるのでね。帝都だけでも10万人はいるんだ」

「にひゃく、まん?」

 ヨーゼフが絶句して空を見上げていた。3年生の算数ではまだそんなに大きな途方もない数を扱っていないのだ。

「できることなら帝国の全ての小学生に『軍隊はこんなに強くて、そして日々頑張ってるんだ』と見せてやりたいくらいなのだよ。だけどまだみんなに見学してもらえるような体制が出来ていないんだ。いずれ徐々に作ってゆこうとは思うんだけれどね。

 それに、市民はみんな、海軍の4隻の戦艦の名前を知っているしね」

「ええっ?!」

「皇帝陛下のご指示で4隻の戦艦の名前を市民に公募したのだよ。帝国初の戦艦の就役を記念してね。ミカサ、ビスマルク、エンタープライズ、そして、ヴィクトリー。それらはみんなはるか昔に実際にあった強い軍艦やえらい人物の名前を取ったものなんだが、ぜんぶ帝国市民の投票で命名されたものなのだよ」

 トウヒョウ?

「今キミたちが見ているあの戦車や大砲もそうだが、海軍の艦艇も全て市民たちが納めるゼイキンで建造し維持にかかるお金を賄っているんだ。市民たちには自分たちが払ったゼイキンがどのように使われているのか、知る権利があるからね」

 ゼイキン?

 そして、閣下は話をこう結んだ。

「それにスピーチはキミたちの存在をアピールすることにもなる。ドンドンみんなの前で話して欲しい。キミたちのことをみんなに知ってもらいたいのだ。それはたいへん意義のあることなんだよ。帝国の人々に北の里にも友達がいると、知って欲しいんだ」

 ヤン閣下は自身に満ち溢れた笑顔を浮かべてぼくたちを見つめていた。

 ぼくたちは、帝国のともだち。

 閣下との出会いで一番印象に残った言葉が、それだった。


 

 小さなアタマにあまりにもいろいろなものを詰め込み過ぎて整理がつかないまま、ぼくたちは解散しそれぞれの家に帰った。

 考えてみるとヤン閣下の言う通りだ。

 見たこと体験したことを他人に話すにはそれらを整理しておく必要がある。キチンと整理すれば、単に「美味かった」「すごかった」「カッコよかった」という切れ端の感想や、「なんだろう」「なぜだろう」という切れ端のギモンだけで終わらずに済む。全てが帝国という国を学ぶために来たぼくたちの「知識」になるのだ。

 そして、今回の「遠足」、そして皇帝の息子であるヤン議員その人と会ったことで、

「お前たちは銃と交換された『人質』じゃない。帝国にとってとても重要な『賓客』、ゲストなのだ。堂々と胸を張って帝国での生活を愉しめ」

 アレックスがぼくたちに言った言葉がシンジツだったことを知った。


 

「わあっ、ミハイルにいちゃんだっ!」

「おかいりーっ!」

 ビッテンフェルト家に帰り、飛びついて来たリタとクララにただいまを言い、でもごめんねと謝って部屋に籠り、イリアがくれた「簡易版帝国語辞書」で単語を探し、メモを作った。辞書の単語には帝国語のアルファベットでぼくらの北の里の言葉の短い説明が書いてある。スピーチのメモを作ることが、自然に帝国語の「語彙」を増やす勉強にもなった。

 書き上げたメモを持って食卓に行った。ちょうど准将も帰宅していた。

「おお! ミハイル。しばらくであったな。『遠足』はどうであったか!」

「とても楽しく、勉強になりましたっ! 」

 男爵と話すにはとてつもないキアイが要る。それがちと、疲れるのだったが。

 ぼくはメモを見ながら「遠足」で見たこと経験したことを話した。スピーチのためのいい練習になった。

「そうであったか! それはよい経験であったっ! 祝着であるっ!」

「陸軍の演習で男爵を見ましたよ。風に吹かれてた男爵の黒いマントがめっち・・・。とてもカッコよかったですっ!」

「おおっ! 我が部隊『ヴァルキューレ』の雄姿を見たと申すか! それも何よりの祝着であるっ!」

 キアイ入りまくりの准将をほっといて静かに食事を続ける奥様や二人の小さな美少女とのいつものビッテンフェルト家の食卓を囲み、数日ぶりのホッとした気分を味わった。


 

 そして翌朝。

 数日ぶりにタオの家に行った。

「おはよう、ミーシャ! 遠足だったんだってね。知らなかったよ」

「ごめんね。伝えようと思ったんだけど、休み前に急に決まっちゃったもんだから」

 なぜか、タオは目を丸くしてぼくを見た。

「・・・どうしたの?」

「スゴイね、ミーシャ。めっちゃ帝国語が上手になってる」

「え、ホント?」

「ホントだよ。たった、数日なのに」

「たくさん人と話したからかな」

 それでスピーチのことを思い出し、学校への道すがらではあったけれどタオに見てもらいたいとリュックからメモを取り出した。

 ぼくの書いたメモは、こんな感じ。

 南駅から汽車に乗ったこと。汽車の中ではいろんな人から話しかけられてたくさん話をしたこと。売店でパンを買って食べたけどだんだん飽きて来て困ったこと。まる一日と半分かけてターラントの街に着いたこと。背中とお尻がめっちゃ痛かったこと。ターラントの街は生臭かったけどそこからトラックに乗って海軍の基地に着いたらめっちゃ爽やかな潮風が吹いていたこと。そして、生れて初めて海を見てカンドーしたこと。

 初めて巡洋艦という軍艦に乗ったこと。艦長はヘイグ少佐というマッチョな人だったこと。巡洋艦から4隻の戦艦が大砲をぶっ放して島の砦を粉々にぶっ壊すのを見て目ん玉が飛び出して腰を抜かして、キンタマが縮んじゃったこと。でも、海軍のご飯はめっちゃ美味かったし、海軍で一番エラいフレッチャー提督というシレイカンと握手してカンゲキしたこと。

 それで終わりかと思ったら、今度は陸軍の演習を見学して大砲や戦車や空を飛ぶヒコウセンやそこから飛び降りる落下傘部隊を見てまた目ん玉が飛び出して腰を抜かしそうになったこと。まだ熱い大砲に触って火傷しそうになったし、戦車に乗せてもらって楽しかったこと。皇帝陛下のゴシソクのヤン閣下と会ってカンゲキしたこと。帝国軍はこんなふうにいざという時のためにいつも訓練しているのだと聞いてカンシンしたこと。

 そして閣下が「キミたちの北の里は帝国人みんなのともだちだ」と言ってくれたことがとても嬉しかったこと・・・。

「すごいや、ミーシャ! これぜんぶ本当? ぜんぶミーシャが書いたの?」

「本当だし、ぜんぶぼくが書いた。・・・どうかな?」

「すごいね。うらやましいね。ぼくも行って見たい、軍艦や戦車を見てみたいと思うヤツいっぱいいると思うよ。だけど・・・」

「どっか、おかしい?」

「う~ん、『キンタマ』は消した方がいいかもね」


 

 学校に着いて教室に入った。帝国に来て入学してから初めて女子に声を掛けられた。

「ミハイル、どこ行ってたの? ずっと学校来なかったから気になってたんだよ」

 それをきっかけに他にも何人かから声を掛けられた。休み時間はクラスの子たちといろんな話をすることができた。たくさん話をすると、ますます自分の帝国語がじょうずになってゆくのがわかる。

 そして嬉しいことに3日間帝国語の講習が休みになったと担任のアンネリーザ先生から聞いた。

「その代わり、スピーチの準備をしなさいって。そういう宿題が出たんでしょう?」

 ヤン議員の昨日の言葉がもうイリアや学校に伝わっていたのを知って驚いた。

 先生にメモを見せた。もちろん、見せる前に「キンタマ」は消した。

「とてもいいと思うわ。今度は実際に話すように書いてみたらどうかしら。それにミハイルが故郷から出て来て帝国に来た時の様子や故郷の生活と違うところなんかを書くとみんなに伝わりやすいと思うわよ」

 そういう「あどばいす」ももらった。ますます自信が湧いてとてもいい気分だった。だけど、嬉しいことばかりじゃ、なかった。


 

 十何日ぶりかで校庭に出てサッカーをしたんだけど、ちょっと様子がおかしかった。

 誰もぼくにパスをくれない。ぼくがボールを持っても誰も「パス、パス」と言わない。仕方がないからドリブルで相手のゴールをキメても、前なら、

「やったな、ミハイル!」とか、

「いえーい!」とか囃してくれたりしていたのに、誰も何も言わない。みんな下を向いてうつ向いたまま。

 なんか、へんなの・・・。

 つまらなくなって、途中でやめた。

 学校を出る間際に、

「ミハイル!」

 ぼくを呼ぶ声が聞こえた。さっきまで一緒にサッカーしてた同じクラスのヤツだ。

「ミハイル、ちょっと」

 彼はジョンというヤツだった。門を出たぼくを校舎を囲む低いヒイラギの垣根の根元に座らせて彼は言った。

「ミハイル、ごめんね。アレは全部エイブのせいなんだ」

「エイブ?」

 エイブというのはぼくのクラスの一番後ろの席にいるアーブラハムのことだ。

「妬ましい? 小憎らしい? アイツはキミをそんな風に思ってるんじゃないかな。ミハイルと関わるな、なんて。みんなエイブがコワいもんだから言うなりになってるんだよ。だからなんだよ」

 と、ジョンは言った。

「ごめんね。どういうことなのか、さっぱりわけがわからない」

「要するにさ、」

 と、オドオドしながら、ジョンは言った。

「エイブはキミがケムたいんじゃないかな」
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