ぼくのともだち 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 番外編 その1】 北の野蛮人の息子、帝都に立つ

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19 元老院という「戦場」

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「異議ありっ!」

 またまたヤン閣下が発言を求めた。

「議長! 只今のカトー議員の質問はすべて憶測に基づいた典型的な誘導尋問です。なんの根拠も示されていないし、宣誓して証言に臨んでいる帝国市民であるアレックス証人の帝国への忠誠を真っ向から疑い、最初からヤーノフ氏と謀議しているものと決めつけてかかっている、一切、彼の妄想に過ぎません。悪質な印象操作です!」

 アイゼナワー先輩はまた傍らの役人と小声で言葉を交わした。そして協議を終えた議長は言った。

「ヤン議員の異議を認めます。カトー議員は只今の質問の根拠を示すか、質問を撤回して変えるか、質問をやめるか、いずれかを選んでください」

「では、アレックス証人に対する質問を終わります」

 カトーという人は渋々といったかんじで席に座った。

「議長!

 この際、もう一つ議員諸兄諸姉にお知らせすることがあります」

 ヤン閣下がぐっと前に進み出た。

「意見ではなく、報告ですね? では、どうぞ」

「はい。

 カトー議員は我が軍のアサルトライフルの射程に関する秘密が北の異民族に漏れるのをご懸念されているようですが、件(くだん)のヤーノフ氏が帰郷するにあたり、帝国陸軍正式歩兵銃であるアサルトライフル一丁を手土産に持たせることを小職の独断で許可しております」

 途端に議場がざわついた。でも、閣下はさらにこう付け加えた。

「それだけではありません。この後に証言してもらいますが、さらに10丁がすでにヤーノフ氏のシビル族に供与されております。

 先日、このシビル族より使者が参りまして、こう報告を受けました。

『近隣部族の襲撃を受けたが、計11丁のライフルのお陰で無事撃退できた。農作業中に不意を突かれた者が若干手傷を負っただけで、戦闘による我が部族の死傷者はゼロ』と」

 おおおーっ! 

 低くはあるけど、そんな声が議場を満たした。

「シビル族の使者」というのは、たぶんイワンのことだろう。飛行場で彼と記念写真を撮ったことを思い出した。

「今までの経緯からすればその部族が越境して我が領土内に進撃してきてもおかしくない。いや、その可能性は大いにありました。当然にその場合は、これを撃退すべくわが第十三軍団の部隊が出動せねばならなかった。もしかすると最前線の独立偵察大隊だけでなく、後方にいた徴兵の、新兵の多い正規兵からなる連隊も出動せねばならなかったかもしれない。武器で優越しているとはいえ、戦えば少なくない負傷者も出たでしょうし、わが領土も荒らされたことでしょう。そして、少なくない戦費が費やされたはずです。

 しかしそれを、ヤーノフ氏の部族が代わりに食い止めてくれた。彼のシビル族を襲って来た部族はまさか同族が銃で武装しているとは思わず、驚いて退却していったと聞きました。我が領土を戦場にすることなしに、たった11丁のライフルで、です。

 こんなことは今までの対北の異民族との争いの歴史上ではあり得ないことでした。

 先ほど小職が申し上げたように、北の異民族の中に友邦を持つことの有効性はすでにこうして実証されているのです」

「元老院の許可もなく、か!」

「再び野蛮人の無許可入国を許したのか!」

 カトー議員でない何人かの声が上がった。彼に近い席の、向かって左側の「反皇帝派」の議員たちだ。

 こういう場合、ぼくは「当事者」? ということになるのだろう。だからぼくが言うことではないのかもしれないし、その資格はないのかもしれないけれど、子どもが考えたって、何十人何百人の兵隊を動かすよりも11丁のライフルをぼくの里に渡すだけで済む話ならそっちのほうがダンゼン、トクだとわかる。それにぼくの村にも一人も戦死者が出ていない。ぼくの村にもトクな話でもある。つまり、両方トクな話なのだ。閣下が言っているのは、子どものぼくにもものすごくわかりやすい話だった。

 騒いでいるのはカトー議員の周辺だけで、すり鉢の中ほどから上らへんまでの大多数の議員たちは黙って閣下の話を聞いていたのに、ぼくは気付いた。

「不規則発言は禁じます! 発言は許可を受けてから行ってください!」

 当然にアイゼナワー先輩が注意した。

 ヤン閣下はヤジを飛ばした議員たちに向かって落ち着いて答えた。

「であるから、こうして議会に承認を、許可を求めておるのであります」

 いつの間にかあのサンダルの「かかかかかかか」は消えていた。皇帝陛下の顔は変わらないムッとしたものだったけれど。

「議長。

 アレックス証人に他に質問が無ければ、次のサッチャー証人に登壇いただいたいのですが」

「他にアレックス証人に質問がありますか? 無ければ次の証人に登壇していただきます」

 こうしてアレックスの証言は終わった。

 席に戻る時、彼はぼくを見て青い顔でニッと笑った。

 代わって証言に立ったのは栗色の髪の中年の軍服のおばさんだった。

 彼女はガムをにちゃにちゃ噛みながら高い演壇に登った。

「確認します。あなたは皇帝陛下直属の特務部隊所属マーガレット・サッチャー准尉、ですね?」

「はあい・・・」

 厳かな議場の、先ほどまでの緊迫した空気にまるでそぐわない、気怠い感じの低い声。サッチャーさんというこの女の人の、まるっきりヤル気のないカンジがモロに出ていた。

「では、宣誓してください。あ、その前にガムは出してください」

 サッチャーさんはイヤそうな顔をして口からガムを取り出し、どうするのかと思っていたらペトと演壇の縁にくっつけた。それを見たアイゼナワー先輩が眉をしかめるのが、どこか、可笑しかった。

 彼女は気怠いカンジで今まで通りの宣誓をすると、皇帝陛下を見下ろして軽くウィンクした。あの気難しい顔の皇帝陛下がちょっと目を丸くしたのが、なんだか可笑しかった。

 サッチャーさんはぼくの父を迎えに北駅に行ったところから話しはじめた。

「初めて会った時のヤーノフくんは見上げるような大男で髪もボーボーで髭も伸び放題で汚い毛皮を着てちょっとクサかったの。なんだこの冬眠から覚めたばかりのクマみたいなのは。第一印象はそんなかんじだったわ・・・」

 シビル族族長のぼくの父をつかまえて「ヤーノフくん」とは。しかも、「クサかったの」なんて・・・。

 でも、考えてみれば父はまだ20代の後半だ。彼女から見たら息子ぐらいの歳になるんだろうなあ・・・。

 案の定、議場からは低い笑いが起こった。ぼくはまた顔を赤くした。

「で、ホテルに、クーロン飯店につれてったわ。後でノールのアンジェリーカ内親王さんもお泊りになったって聞いたけど、インペリアル・スイートにね。そういう指示だったから。あの人の・・・」

 サッチャーさんはヤン閣下のほうに目配せした。閣下が目を泳がせていたのがこれもちょっと可笑しかった。

「生まれて初めて使った石鹸で身体中の垢がゴッソリこそげ落ちてビックリして大騒ぎしたって。後でそこにいるアレックスから聞いたし、支配人からも苦情が来たわ。それ聞いてあたし大笑いしちゃった!」

 またも議員席からは大きな笑いが起こった。

 それにしても、帝国の最高議決機関の元老院で、大勢の議員たちの前で、しかもヤン閣下や皇帝陛下を前にして、こんなダイタンなタイドでいられるなんて・・・。

 もしかすると、このサッチャーさんという人の心臓には毛が生えているんじゃないだろうか。カーキ色の軍服を着ていて階級は少尉よりも下の准尉だけど、もしかすると帝国で一番強い女の人かもしれない。まさに「鉄の女」ってカンジ。

「あの、サッチャー証人・・・」

 アイゼナワー先輩もさすがに見かねたのだろう。証言中の彼女に声をかけた。

「なあに、坊や」

「あの・・・、言葉はもう少し丁寧に。それと、ぼくのことは『議長』と呼んでください。そういう規則ですから」

「・・・ったく。元老院って、いちいちウルサイところよね」

 これにもまたまた笑いが。隣のビッテンフェルト男爵もニコニコしながらウンウンと頷いていた。彼女にシンパシー? を持ったのだろう。

「・・・どうぞ、証言を続けて下さい」

 やれやれ、というカンジで先輩は言った。

 後になって、スブッラにある演芸場で芸人がやる「スタンダップ」というショーを観た。でもそれよりも、この時の元老院の様子の方がめっちゃオモシロかった。

 サッチャーさんは、一番印象に残った話としてこんなことを証言した。

「行って見たいところどこでもいいわよ。ただし、西はダメ。戦争中だからね。

 カレにはそう言いました。そう指示を受けていたので。あの人から」

 そう言ってサッチャーさんはまたヤン閣下をチラ、とみた。

「きっと軍隊の様子なんかを見たがるんじゃないかと思ったんだけど、違いました。

 彼はスブッラの商店街や、貴族さんの住む丘や、小学校を見たがった。もちろん、全部連れてったわ。そして、この元老院にも連れて来た。閉会中だったけどね」

 彼女は皇帝陛下が座っている席を指して、こう続けた。

「今陛下が座っていらっしゃる席に座って、彼は驚いていたわ。帝国皇帝ともあろう人が、豪華な玉座などではなく、こんな粗末な椅子に座るのか! って。

 要するに、ヤーノフくんは帝国の人たちや産業や政治のありかたに大きな興味をもっていたのだと思います。軍隊のことよりもね。

 そして彼はこう言ったわ。

『いつの日か俺の里もこんな風に豊かに暮らせる国にしたい』って」

 サッチャーさんの証言が終わった。

「では、只今のサッチャー証人への質問がありましたらどうぞ。カトー議員?」

 アイゼナワー先輩に促されてカトー議員が立った。

「サッチャー証人。ひとつだけ、伺いたい」

「どうぞお・・・」

 小うるさいトーガの議員にもまったく物怖じすることなく、彼女は気怠そうにそう答えた。

「『あの人の指示』と、今あなたは証言されたが、『あの人』とは、そちらの内閣府総裁であるヤン議員のことですな?」

「そうよ。他に誰がいるっての?」

「結構です。質問は、以上です」

 カトー議員の質問が終わり、サッチャーさんは議長に促されて演壇を降りた。そしてやっぱり僕の前を通る時、

「あんたがヤーノフくんの息子ね。お父さんにソックリだわ!」

 そう言ってウィンクした。

 カトー議員が発言を求めた。議場全体に響き渡るような、大きな。威圧的な声だった。

「議長!

 まだ証言が残っていることは承知している。だが、もう充分である。

 わたしは、今までの証言で、重大な国法違反があったことをここに認めざるを得ない。

 元老院の許可もなく二度にわたって勝手に敵性国の人物を国内に入れ、元老院の許可もなく機密情報を与え、元老院の許可もなく銃器を供与し、元老院の許可もなく敵性部族と会談を持ち密議を取り交わす。

 これ全て帝国の法が禁じている行為である。

 その全ての行為の張本人は、今わたしの目の前にいる、内閣府総裁たるヤン議員、その人であると!」

 カトー議員はトーガの下から真っ直ぐ腕を伸ばし、ヤン閣下を指さした。

「ここにおいてわたし、カトーは、」

 議場が水を打ったように静まり返った。きっと議員全員が、彼がその後に続けるだろう言葉を予想できたからだろう。

 一呼吸おいて、彼は続けた。

「ただいまここに、内閣府総裁たるヤン議員の、弾劾を要求するものであるっ!」

 静まり返った議場に賛成! の声が次々に上がった。カトーの取り巻き、「反皇帝派」の議員たちだ。あのいじめっ子のエイブと彼の取り巻きルーベルトやヒンケルやアルマのことを思い出した。

 思わずぼくは、演壇の向こうのヤン閣下を見た。

 彼は、そんなことは想定内だ、とでもいうように不敵で凄みのある笑みを浮かべていた。

 これは、彼のいくさなんだ。

 この元老院という戦場で、ヤン閣下は、言葉と証人と法律を武器にして、戦っているのだ!

 そう、ぼくは思った。
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