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20 野蛮人の息子、反皇帝派を、論破する
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「ここにおいてわたし、カトーは、ただいまここに、内閣府総裁たるヤン議員の、弾劾を要求するものであるっ!」
カトー議員はまっすぐにヤン閣下を指さした。
議場は水を打ったように静まり返った。
弾劾、とは。
「対象の人物の罪や不正を追及して責任を問うこと」だ。
「カトーのヤツらの目的は、現皇帝の息子であり内閣府のトップであるヤン閣下を追い落として、最終的には皇帝陛下を退位に追い込もうと目論んでおるのだっ!」
ビッテンフェルト男爵はそう言っていた。
ぼくの父の友達であるヤン閣下が責任を追及されて内閣府や議員でなくなったりすれば、ぼくの里や父やぼくたち北の留学生はどうなるだろう。
不安でドキドキしながら演壇の向こうのヤン閣下を見た。
ところが、彼の顔には、「そんなことは想定内だ」、とでもいうような不敵で凄みのある笑みが浮かんでいた。
「議長。確認を願いたいと思います」
ヤン閣下が立ち上がった。
「ただいまカトー議員からわたしへの弾劾要求が出されました。
たしかに、たとえ法案の審議中と言えども、ここにおられるプリンチペスたる陛下であれ、誰であれ、弾劾要求は全ての審議に優先さるべきこと、と議会法には定めがある。それはよく承知しております。
ですが、想起していただきたい」
議長に、というよりは、議場全体に向かって、閣下は言った。
「わたしは本法案の審議内での発言の当初に、証人の証言を申請する際、『まだ発言中ですが質問があれば受けます』と発言しました。
国家の重大事態である戦争その他の状況を除き、いかなる動議であれ、議員の発言を途中で妨げることを禁ずる。
議会法にはこうした条文もあります。
それに照らして申し上げますが、まだわたしの発言は終わっていない。
弾劾要求はわたしの発言が終わってからにしていただきたい!」
アイゼナワー先輩はまたまた役人と協議した。そして、こう宣言した。
「只今のヤン議員の指摘の通り、まだ議員の発言中であるにつき、カトー議員より出されたヤン議員の弾劾動議は、ヤン議員の発言が終わった後に審議するものとします!
カトー議員、よろしいですね?」
しばらくボーゼンとして立っていたカトーは、やがてギリギリと歯ぎしりするみたいにして、渋々、着席した。
「ザマを見ろ! 全ての発言が終わってから出せばまだ効果があったものを。閣下がワザと『私の独断』「私の責任」と強調したのにつられおって!
まったく、出しゃばりというだけでなく、アホだな、アイツは!
これはヤン閣下の作戦勝ちというものだな」
ビッテンフェルト男爵は声を押し殺してはいるもののそんな風に嬉しそうに説明してくれた。
なるほど。議会で戦うということは、そういうものなのだな。
「ありがとうございます」
ヤン閣下は言った。
「では、ヤーノフ氏の越境と国内視察に関する証言に引き続き、その後の状況についての説明を行い、それに関する証言を求めます」
「わかりました。ヤン議員の発言を許可します。登壇してください」
ヤン閣下が演壇に立った。
「昨年ヤーノフ氏と交わした約定は次の通りです。
第一に、今後帝国とシビル族は同盟を結ぶこと。同盟はお互いの国において民衆の同意や議会の批准(ひじゅん)を受け次第発効すること。
第二に、シビル族は南進して帝国を脅かす恐れのある勢力を発見した場合はただちに帝国に通報すること。また可能な限りこれを妨害し、帝国の迎撃準備を助けること。
第三に、帝国はシビル族に事あらばただちに軍を派遣し他の勢力の侵攻から防衛する義務を負う。そのためシビル族近郊に前進基地を設け、軍の一部を駐屯させること。シビル族は必要な土地の提供や食料など、我が軍の前進基地維持のための便宜を図ること。
第四に、この同盟の締結を担保するために、シビル族から一定の留学生を帝国に派遣し、帝国はこの留学生の生活と教育の義務を負うこと。見返りに留学生ひとりにつき一丁の帝国陸軍正式歩兵銃を供与すること。
ちなみにこの第四の項目についてはすでに申し上げた通り、先行して実施済みです。
第五に、シビル族は進んで帝国の用兵を習得し、北の異民族に対しての軍事行動の際は帝国軍の指揮下に入り協同作戦を行うこと。
第六に、シビル族は帝国の文物、とりわけ農業や産業の知識の習得に務め、帝国はこれを可能な限り補助すること。シビル族の産業の発展に可能な限り寄与し協力すること。
そして、第七に。北の異民族中にシビル族に続いて帝国の友邦となりたい意志を持つ部族が出た場合は、これと帝国との仲介に務めること。
以上の約定を交わしました。
なお、覚書の正本は帝国語のみです。なぜならば、北の異民族には文字が無いからです。本議会において承認を受け批准が終了次第、シビル族との同盟締結調印に臨む予定であります」
ここで反皇帝派の陣営からバカにしたような笑いが起こった。
「文字を持たぬ野蛮人と、どうやって条約文を取り交わすというのだ!」
そんな風に。
しかし閣下は、そんなことにはまったく取り合わず、淡々と話を進めていった。
議場の雰囲気は完全に変わっていた。もう。ヤジを飛ばすのはカトーの取り巻きのごく限られた議員たちだけになり、大多数の議員たちはほとんど身を乗り出すようにして閣下の話に聴き入っていた。
マーサさんが言っていた。
「平民も貴族も、10年の兵役を勤め上げた者だけが元老院議員になる資格を得られる」と。
議員の全てが10年の兵役を終え、その内少なくない割合の議員が今も現役の士官なのだ。今日の法案審議にはいつになく多数の議員が出席していたが、それは遠方の駐屯地に勤務している議員が特に帝国の安全保障上に関わる重大な法案の審議だからとこぞって帝都に舞い戻って来たものだったのだ。
「『軍事に暗い者には政治を語る資格がない』帝国にはそうした風があるのよ」
マーサさんはそうも言っていた。
軍事的に考えれば、一個軍団を節約できるということは、とても大きなことなのだということだ。その現実が、いままでの帝国の常識と法を乗り越えようとしている。
そんな風にぼくは感じた。
「さて・・・」
そして閣下はぼくを顧みて、こう言った。
「すでに実施済みの第四の項目。10丁のアサルトライフルと引き換えにしてシビルの里から留学生を受け入れた事業について、3人の証人を申請します。
近衛第二軍団『ワルキューレ』歩兵旅団旅団長にして元老院議員、男爵ビッテンフェルト陸軍准将。
帝都第24ウルリッヒ・シュナイザー・クィリナリス小学校校長、ウルリッヒ・シュナイザー予備役陸軍大佐。
そして、」
ヤン閣下は温かいまなざしでぼくを見下ろした。
「北の異民族『シビル族』出身にして、帝都第24ウルリッヒ・シュナイザー・クィリナリス小学校4年生在学中。10名の北の留学生の一人である、族長ヤーノフ氏の次男、ミハイル君。
以上、3名であります」
ヤン閣下が降壇した。
「では、証人は登壇してください」
「では行ってまいるぞ、ミハイル! 案ずるでない!」
アイゼナワー先輩に促され、その日5人目の証人であるビッテンフェルト准将はそんな風にぼくの肩を叩き、登壇した。
宣誓の後、男爵は話しはじめた。
「それがしには3人の息子がおる。
長男は陸軍中尉にして現在東部国境に駐留する第三軍団において中隊長として勤務しておる。次男は士官学校在学中。三男は帝都のリセにて学業に励んでおる。
まあ、『我が息子が真面目に職務に学業に励んでおる』と思いたいのは、人の親たる者が等しく思うところであるとは存ずるが・・・」
ここで穏やかな笑いが議場に沸いた。
「この春、これなる北の留学生ミハイルを我がビッテンフェルト家に書生として迎え入れる仕儀となり、それがしは彼を迎えに北駅に向かった。
その夜のミハイルは、粗末な野蛮人の衣服を身に着け、不安気にそれがしを見上げておった。ふるさとを遠く離れ、このような異国に連れて来られ、さぞ心細かろうと案じたものであった。
その折に彼が知っていた帝国語はたった4つだけであった。
『ありがとう』『おはよう』『こんばんは』『ぼくの名前はミハイルです』
それが、3月が経った今はどうであろう。
食卓ではそれがしと対等に話し、まだ幼い我が娘と、娘の娘、つまり孫娘の面倒をよく見てもくれ、しかも、学校に入った初日に友達を作り、サッカークラブではすぐに頭角を現し、フォワードとしてもMFでも大変に活躍しておると聞いておる。
多くの友達にも恵まれ、なんと教室でスピーチまでこなしたというではないか!
一人の子を持つ父親として申すが、それがしの実の息子たちよりもその才質において秀でたるを認めざるを得ないのがなんとも歯がゆく、かつ、喜ばしい想いを禁じえないのである!」
ここで微かにではあるけれど、議場から小さな拍手まで起こったのが聞こえた。傍聴席ではなく、間違いなく議員席の、あちらこちらから。
「これなるミハイルは我がビッテンフェルト家の書生ではあるが、それがしは実の息子とも思うておる。
そして、先日。
次に証言に立たれるであろう、ここにおられるミハイルが通う小学校の校長先生より、
『間もなく新学期、新年度を迎えるが、ミハイルは実年齢の6年生どころか、一つ上のリセに相当する学力を備えていると思われる』
と、内々に報告があり、リセへの飛び級進学の打診を受けたのである。
保護者たるそれがしの同意があれば、リセに紹介状を書く。校長先生はそう仰せになられた」
え?・・・。
まじ?
ぼくは何も知らされていなかった。
「しかし、である。
もし、本当にそれが実現すると相成れば、さすればミハイルはもう、それがしの手を離れてしまうのである。議員諸氏ご承知のごとく、リセに入学する者は原則、家を離れて寄宿舎に入るのが習わしであるからである。今から早、それがどうにも、嬉しくもあり、寂しくもある。今日この頃、なのである。
出来得るならば、今少しそれがしの手元にとどめ置き、直接養育を致したい。だが・・・、と」
男爵の証言が終わった。
議場からは、静かではあるけれど、温かい拍手が沸き起こった。
今まで「北の野蛮人」と言い慣わして来たぼくたちの里の子供たちが、いつの間にか帝国の貴族の家庭に引き取られ、帝国の教育を受け、実の子のように養育されている。しかも、その里親たる貴族たちの愛情の籠った生の肉声に、自らも人の親である議員たちの心が動いた。
その時の議場の拍手にはそんな思いがあったのだということを、ぼくは後になってからいろんな人から聞いた。
「カトー議員。ビッテンフェルト証人に質問がありますか?」
カトーは力なく立ち上がり、
「・・・ありません」
と言った。
男爵がぼくの隣に帰って来た。
思いがけない場で、まさに「寝耳に水」のリセ進学の話を聞いたぼくは、思わず男爵の顔を見上げた。
「そうなのだ、ミハイル」
と、男爵は言った。
「それがしにも急なことで、そちに話す暇がなかったのだ。エミーリエにすら、まだ話しておらなんだのだ・・・。
だが、お前の優秀なるところを披瀝するためには、どうしても今、それを発言する必要があると思ったのだ。驚かせてすまなんだのう・・・」
無意識に最上階の傍聴席にいる奥様を見上げた。奥様のせつなげな顔が見えた。
そして、タオの顔。
3つも下のぼくの親友の顔にはなんだか複雑な色が浮かんでいた。
「では続いてウルリッヒ・シュナイザー予備役陸軍大佐。登壇してください」
証言は続いた。
校長先生が登壇し、ぼくのことをこう証言した。
「春に当校に編入されてからというもの、ミハイルの成長ぶりには目を見張るものがあります。只今のビッテンフェルト男爵の証言にもありましたが、当職が9月の新年度よりミハイルを彼の歳に照らして一学年上のリセに進学させてもよいと提案したのは事実であります。
それほどに、ミハイルの学業とスポーツにおけるポテンシャルは高いのであります。特に、帝国語の習得と数学においては、抜群の成績を示しているのであります。
担任とも話しましたが、これほどに高い学力を持つ者を引き続き小学校にとどめ置くのは、無理と申すものなのであります。彼の帝国における保護者たるビッテンフェルト家、及び本人のミハイルの希望があれば、当職は彼のリセ進学を強く推奨し、これを支援するものであります!」
校長先生の証言が終われば、今度はぼくの番だった。それなのに、ぼくの心はあんまりにもぐちゃぐちゃになりすぎていてどうしようもなかった。
リセに上がったら、もうタオとは遊べなくなってしまうな・・・。
ぼくのアタマにはもう、それしかなくなってしまっていたのだった。
校長先生への質問も、なかった。
「では、法案の提案者であるヤン議員の要請した最後の証人の証言となります。
ミハイル証人。登壇してください」
アイゼナワー先輩はぼくを見て口パクだけで、
「がんばれ!」
そう言ってくれたのが分かった。
ぼくは、複雑な心を抑えながら席を立った。
「落ち着いて、ゆっくり話すがよい」
男爵はそう言ってくれたけれども。
とにかく・・・。
今はマーサさんと練りに練ったスピーチを話すだけだ。ぼくにはそれしかなかった。
ぼくは登壇し、いままでの証言者がやった通りに金のワシに向かって宣誓して、話しはじめた。練習した通りに。落ち着いて。堂々と。
「敬愛なる皇帝陛下、並びに元老院議員の皆さん。こんにちは。
ぼくはミハイル・ペトローヴィチ・ヤーノフと言います。
本日は栄光あるこの帝国元老院で証言する機会を与えて下さり大変光栄に思うとともに、とても感謝しております」
えへん。
「さて、ぼくの名前の真ん中にある『ペトローヴィチ』は、貴族の方々のような家門名じゃありません。
去年、この帝国を訪れたぼくの父、ピョートル・イリイチ・ヤーノフの息子であることを示す父称です。仮にもし、ぼくが女の子だったならば、それは「ペトローヴナ」となります。
帝国の貴族の方々が家門の名を大切にされておられるのと同じように、ぼくの里では父親とのつながりを大切にしているわけです。帝国の国母貴族から生まれた平民の方々が父親の苗字を名乗られているのと少し似ていると思います。
そういう名前の付け方が、ぼくの産まれた村のある北の里に昔から伝わる風習であり、文化なのです。ぼくの里には文字がありません。だけど、帝国とはずいぶん違うけれど、そうした文化が、ぼくの里にはあるのです。
そんな異なる風習と文化を持つ北の国から、ぼくはこの帝国にやってきました。夏休みが開け、9月になれば半年にもなります」
そんな風に、ぼくは話しはじめた。
今までの皇帝派VS反皇帝派の戦いのようなものは全く気にしなかった。気にしないように努めた。9月になればリセに行かなくてはならないかもしれないことも、忘れた。忘れるように努め、ただひたすらに話すことだけに集中しようと思った。
帝国に来てからこれまでのこと。学校でのスピーチの内容に加えて、まず、故郷の話をした。
6人兄弟の3番目であること。ぼくを含め、里の子供はみんな幼いころから父親に剣と弓の手ほどきを受けること。剣に革袋を被せて撃ち合うけれど、当たるととても痛くてしばらくの間は青あざが消えないほどであること。弓を持って山に入り獲物を追ったりもしたこと。そうした稽古や遊びを通じ、ぼくたち北の里の子供たちはみんな、戦士になるために日々励んでいる。そんな様子を話した。
そして、ぼくには母が二人いること。ぼくの里ではそういう家は少なくないこと。
ビッテンフェルト男爵には「メカケの子」と勘違いされたけれど、これは元々女子に比べて男子の子供が生まれてくる割合が少ないことに加え、男子は成長するまでにいくさに出て戦死することもあり、大人になって家族を持ちながらやはりいくさで命を落とした男の家の女を引き取ったりもする。そういう意味合いで長い間にそんな風習ができたこと。
ぼくの里には文字がないこと。数字もなかったこと。でも、羊の番をしていて数を数えているうちに足し算や引き算や掛け算割り算を自然に覚えてしまったこと。父が帝国から持って帰って来た帝国の小学校の教科書を見て数字を知り、とても感動したこと。
そして、教室でやったスピーチの内容ももちろん、盛り込んだ。
丸一日歩いて国境の川を越えたこと。国境でぼくたち10人が鉄砲と引き換えにされたこと。でも、帝国語を話す帝国軍の軍服を着たぼくたちの里の男のしるしである青い肌のアレックスに会い、
「お前たちは銃と引き換えにされた人質ではない。お前たちは帝国の重要な賓客だ。誇りを持て!」と励まされたこと。
そしてまた丸二日がかりで馬車と鉄道を乗り継いで帝都に着いたこと。
全線石で舗装された道路や、高価な鉄を惜しげもなく使った鉄道の線路に驚いたこと。そういうのを『ソチアル・インフルストラクテュール』、社会基盤といい、帝国を形作る重要なものであることを知ったこと。なにもかもがぼくの里と違い過ぎ、そのスケールの大きさと豪華さと緻密さと素晴らしさに圧倒され過ぎてビッテンフェルト家に着いたとたんにぶっ倒れるようにして寝入ってしまったこと。
今お世話になっているビッテンフェルト家の人たちはとても優しくて、ぼくを実の息子のように気遣い、かわいがってくれたこと。
学校に行くようになり最初は言葉がわからなくてとても心細かったけれどすぐに友達が出来て嬉しかったこと。
遠足で陸海の軍隊を見学して軍艦や戦車や飛行船など帝国の最強の守り神たちに会ってカンドーしたこと・・・。
そして、ぼくの一番の親友、タオのことも。
彼は、今は帝国領になったというナイグンで生まれ、育った。
もし戦争が無ければ、彼は今も西の国でお父さんとお母さんと家族に囲まれて自分の家で幸せに暮らしていたはず。だけど、それは全て失われてしまった。ぼくと同じで他の国からやってきた彼だけれど、ぼくなんかよりもよっぽど心細い、辛くさびしい思いをしてきたと思う、と。
最上階の傍聴席のタオを見上げた。遠すぎてよく見えなかったけれど、彼は少し泣いているようにも見えた。
ぼくは、続けた。
「だけど帝国は、戦争で親とはぐれた子供を集めて世話をし、生き別れた親を探してくれたり、親が死んだり見つからなかったりした子供に里親を紹介してくれたりしたとも聞きました。
タオも、優しいお母さんに出会い、音楽を愛する先生に出会い、ピアノに出会い、そのピアノに惹かれ、夢中になって弾いているうちに上手になって、先日、なんと皇帝陛下の前で演奏できるほどになったこと。そのことに、ぼくはともだちとしてとても誇らしい気持ちになりました。
そして、ハデな催しがお嫌いと聞いていた皇帝陛下が、タオのピアノを聴いて感動していらっしゃったのをこの目で見ました。タオの素敵なピアノにもカンドーしたけれど、この巨大な帝国の皇帝陛下が、ぼくと同じ人間なんだと知って、とても温かい気持ちになりました」
皇帝陛下のすぐそばに、ブランケンハイム侯爵の顔を見つけた。侯爵は顔を大きく綻ばせ、ウンウンと頷くようにしてぼくを見守ってくれているように見えた。
「でも帝国は、そんな全てを失ったタオを受け入れ、ピアノを、生きる力を与えてくれたのだと思います。
どうして戦争というものが起こるのか。なぜ人は争い合うのか。
ぼくにはまだ、わかりません。
ぼくの里もかつて何度か帝国に押し入ったと聞きました。食べ物がなくなって、どうしようもなくなったからだと。そして、さっきヤン閣下の話にもありましたが、毎年のように同じ民族同士で諍いが起き殺し合いがあります。いくさになれば、少なくない者が傷つき、命を落とします。ぼくの里も、他の村も、捕虜にした敵兵の首を切り、皮をはいで村の入り口に飾ったりします。脅しのためです。ぼくたちの村に仕掛けてくると酷いぞ。そう、思わせるためです。ぼくが故郷で剣や弓の稽古に励んでいたのも、いずれ大人になったら村を脅かす敵と戦うためです。
でも、故郷にいる父はそんな日々を変えようとしています。そして帝国にやって来て、その思いをさらに強くしました。そこにいらっしゃるヤン閣下に会い、そんな現実を変えることはできると確信したのです。
ぼくと、ぼくのシビルの仲間たちは、そんな父や村の人たちの願いをかなえるために帝国に来ました。
いつの日か、この里を帝国のように豊かに安全に暮らせる国にしたい。
そのために今、帝国の言葉を覚え、一生懸命に勉強し、帝国の知恵を自分のものにするために、日々を過ごしています。
ダンケシェーン」
ぼくは証言を終えた。
議場はしん、と静まり返っていた。
やがて、どこからかパンパンと手を打つ音、拍手が起こった。すると、それは次々に議場のあちこちから聞こえ、やがて、あの大きな水を湛えた海のさざ波のように議場全てを覆い尽くした。この人たちはみんな、わかってくれている。そう思った。証言を終えたぼくの心の中に、大きな安堵と安心が芽生えた。
コンコンコン・・・。
アイゼナワー先輩の木槌の音が拍手を遮った。
「では、ただいまのミハイル証人に対し質問を受けます。質問なさりたい方はどうぞ」
やはり、あの男の手が上がった。
「カトー議員。質問をどうぞ」
「では、2点ほど」
と、彼は言った。
ミハイル証人に伺いたい。
キミは今学校で帝国の知恵を学ぶために勉強していると証言した。それはいずれキミが里に帰り、里のために役立てる知恵ということだろう。少なくとも、キミはそのつもりなのだろう。
だが、冷たいようだが、キミたちは人質としてこの帝国にいる。さきほどのキミの証言にもその言葉があった。
キミたちの村に供与した銃と引き換えに人質として帝国に連行されたキミたちがいずれ里に帰ることを前提にしているのは論理的におかしい。
その点についての説明をいただきたい」
なんて意地の悪い言い方をするのかな。そう思わないでもなかったけれど、ぼくは父から聞いていた通りのことを話した。
「帝国に来て勉強しているぼくたちもいずれ大きくなり、大人になります。そうすれば代わりの留学生と『交代して』ぼくたちは里に帰ることになっていると思います。里に帰り、帝国で勉強したことを生かして里を豊かにするために役立てようと思っています」
「なるほど」
と、彼は言った。
「では、2点目の質問だが。
そうすると、その度に帝国はライフルをキミの里に供与することになるのだろうか。キミたちは続々と帝国にやって来て、帝国のライフルがキミの里にドンドン増える。そうなれば、いずれ無視できぬ戦力となろう。
その無視できぬ戦力がキミの里を全て満たすほどになった時に、キミの里が我が帝国に対し反旗を翻して挑戦して来ないという保証は、たかだか10名程度の人質だけでは担保出来ぬと思われる。
キミにはこの質問への回答は無理であろう。
その点につき、是非提案者であるヤン議員の答弁を求めたい!」
意地が悪いというだけでなく、ぼくはその質問の中にある明らかな悪意を感じた。でも、彼が言う通り、その質問に答えることは、ぼくには出来ない。
ヤン閣下が、立った。
「これは同盟の内実に関わる要件なので、ミハイル証人の代わりにお答えしましょう。
確かに、長年にわたっては彼のシビルの里におけるアサルトライフルのプレゼンス、その数は大きなものになるでしょう。ですが、逆にそれが本同盟案の副次的な目的であるのです」
と、閣下は言った。
「先ほど申し上げた通り、すでに供与したライフルで、シビル族は最初の挑戦をはねのけ、戦果を上げました。だが、わが帝国からシビルの里にライフルが供与された事実はやがて北の異民族の間に急速に広まってゆくでしょう。さすればどうなるか。
『シビルは、北の異民族を裏切り帝国に着いた民族の裏切り者』
そう目されるのは想像に難くありません。というよりも、間違いなくそうなるでしょう。
となれば、近い将来的には先にシビルの村を襲った他部族に数倍する難敵を迎えることも、十分に予想されることです。
その援護のための我が軍の前進基地建設であり、順次増強されるライフル供与なのです。
信頼は小出しにせぬ方が大きな信頼を生みます。本来ならもっと大量のライフルを与えるべきだとすら考えました。ですが、最初の10丁はある意味、『テスト』でもあったのです。
彼らシビル族は昨年わたしと交わした協議の通りに同じ北の部族を撃退しました。彼らは最初のテストに合格した。わたしはそのように彼らを評価しております。
ですが、一方で彼らへの支援の手をより早めねば、とも考えております。せっかく芽生えたばかりの北の友邦を守り、ひいては帝国の北辺の安全を守る上においても、早急な前進基地の進出を企図せねば、と考えております。
議員の皆様のご理解を賜りますよう、切に願っております」
すると、大きな声のカトー議員はさらに声を励まして食い下がって来た。
「ヤン議員!
貴殿の答弁はわたしの質問の核心に答えていない。
わたしが言わんとしているのは、要するに、
これなるミハイル証人の里シビル族が、真に信頼できる友邦となりえるのか。
もし反旗を翻して我が帝国に歯向かって来たら、その時はライフルをふんだんに装備する、なんと一個連隊にも相当する難敵を相手にすることになるのですぞ!
その保証はどうなるのだ。
わたしが言いたいことは、その点なのだ!」
そうだ!
その通りだ!
北の野蛮人など信頼することは出来ぬっ!
コンコンコンコンッ!
「静粛に! 不規則発言は禁じますと警告しました! これ以上の不規則発言は退場を命じます!」
アイゼナワー先輩が叫ぶように反皇帝派のヤジを抑えた。
ぼくは、自然に声を出していた。
「議長。
さきほどの、ぼくの証言に付け加えることがあります。つうか・・・。
カトー議員に質問があるのですが、よろしいですか?」
と。
先輩は役人と協議して、こう言った。
「ミハイル証人。申し訳ないが、証人に質問権はありません。ですが、証言に付け加える発言としてなら、許可します」
「じゃあ、その、付け加え、です」
「では、どうぞ」
議長の許可を得て、ぼくはもう一度、話した。
「帝国に来てからのこの3か月の間、ぼくはたくさんの人と出会い、触れ合いました。
そして、帝国の人たちも、ぼくも同じ人間なんだという思いを強くしました。それならば、ぼくたちはきっと分かり合えるはず。
今まではそう、信じていました。
ですが、今日この元老院に来て、その思いがグラついてきてしまいました」
議場は再び静かになった。ぼくは勇気を奮って、続けた。
「学校の社会の授業で、帝国の歴史を少し、学びました。
ぼくたち北の留学生がアウスフルーク、遠足で行った海軍基地のあるターラントの一帯は、かつて南の国といい、帝国と戦争したこともあるのだと、学びました。
でも、今はどうでしょうか。
ぼくたちが乗った巡洋艦『インビンシブル』号の乗組員の多くは帝国の神々と違う神様を拝んでいる南の国の出身の水兵さんたちでした。ぼくたちはそれにとても驚いたことを覚えています。
そして、いまそこでぼくの話を聞いてくださっておられる皇帝陛下も、ご先祖は南の国の人だと聞きました。帝国は、かつて敵同士だった国の人も帝国人にしてしまい、なんとその人たちの中から帝国軍全軍の最高司令官を選び、この帝国の最高指導者を選んでいる。
これはぼくだけでじゃなくて、去年帝国に来た父も最も驚いていたことです。
帝国はただ大きいだけじゃない。その懐がとてつもなく、深いのだ、と。
だから父は、ヤン閣下に同盟を申し出、村を説得して帝国のともだちになると決めたのだと思います。帝国なら、ぼくたちの未来を託せる、と。
だから、もう一度議員の皆さんに伺いたかった。問いたかったのです。
帝国と共に生きようと決めたぼくたちを快く迎え入れ、いろんなことを教えてくれた人たちか。
それとも、
北の野蛮人など絶対に信用できぬ、受け入れられぬ、と追い出そうとする人たちか。
いったい、どちらが本当の帝国人なのですか、と。
以上です」
言いたいことは、全部言った。
ぼくはアイゼナワー先輩とヤン閣下にそれぞれ一礼して、最後に傍聴席のぼくの北の仲間たちと奥様やコニー、そして、ぼくの大切なともだち、タオを見上げてから、ゆっくりと演壇を降りかけた。
その時。
議場の奥の上の方で議員の一人がスッと席を立ってゆっくりと底の方に降りて来て、カトー議員たちのすぐそばに立った。
なんだ。カトーたちの取り巻きの一人だったのか。
最初はそう思った。だけど、そのちょっと歳を取った髪に白い者が混じった議員は腕組みして、まるでカトーたちを睨みつけるように見下ろし、立ったままだった。
やがて一人、また一人。最初の議員と同じに席を立ってカトー議員たちの周りに集まり、同じように彼らを睨みつけはじめた。その数は、ドンドン増えた。2人、3人、5人、10人・・・。最終的に何十人もの議員たちが、演壇に向かう方だけ開けてカトーたちを取り囲むようにして人垣を作った。
みんな無言。そして、ただジィーっとカトーたちを睨みつけたまま。取り囲み続けた。
明らかに彼らはカトーたちの仲間じゃなくて、その反対。カトーたちに無言の抗議をしている人たちだと、子どものぼくにも理解できた。
ヤン閣下が、立ち上がり、議長に申し出た。
「議長。
全ての証人の証言が終わりました。最後に一言申し述べてわたしの発言を終わるつもりでしたが、わたしの言いたかったことは、すべて、このミハイル証人が発言してくれました。よって、以上でわたしの発言を終わります」
「わかりました」
アイゼナワー先輩が言った。
「では、ヤン議員の発言が終わったので、ここで北の異民族シビル族との同盟に関する審議を一時中断し、先ほどカトー議員から出されたヤン議員に対する弾劾決議の審議に移ります。
ヤン議員に対する弾劾について、動議を出されたカトー議員以外の意見の発言を受け付けます」
だが、いつまで経っても議長の言葉に応じて弾劾についての意見を言う者は出てこなかった。カトーとその取り巻き達は、彼らを取り囲んで睨みつけ続ける多くの議員たちの無言の圧力? に耐えきれなくなったのか、一人、また一人と冷や汗すら浮かべて席を立ち、通路の石段を登って退席していった。不規則発言は禁じられているけれど、元々指定席はプリンチペスの以外にはないから、座っていた席を離れて別のところに立つのは議事の進行に差し支えなければ問題ないらしいのを、あとで知った。無言で睨みつけるのも一切法には触れない。サッチャーさんじゃないけれど、「元老院って、いちいちウルサイところよね」というよりは、「いちいちメンドウなところよね」だった。
最後に、カトーただ一人が残った。
議長は言った。
「弾劾についての発言はないものと認めます。
それではカトー議員、ただいまよりヤン議員に対する弾劾決議についての採決を行います。よろしいですか?」
「議長・・・」
カトー議員の手が挙がった。
「本弾劾に関するあなたの発言はもう終わっております。さらなる意見の発言は許可できません」
「いえ、あの・・・。さきほどわたしが動議した弾劾についてですが・・・」
「はい」
「動議を取り下げようと思います」
「ヤン議員に対する弾劾決議の動議を取り下げる。それでよろしいですか?」
「はい・・・」
そう言って、カトー議員もまた席を立ち、彼をジィーっと睨み続ける議員たちを押しのけるようにして石段を登って行った。元老院では議員がいつ入場しても自由だが、一度議場から出てしまったら再入場できない。その日の審議にはもう参加しないという意思表示になる。たとえプリンチペスであろうとも、それは厳格に適用される。それが議会法で定められた規則だということだった。
こうして、反皇帝派は議場に一人もいなくなった。
皇帝陛下は、変わらずに厳めしい顔を崩すこともなくそこに座っているだけだった。
カトー議員はまっすぐにヤン閣下を指さした。
議場は水を打ったように静まり返った。
弾劾、とは。
「対象の人物の罪や不正を追及して責任を問うこと」だ。
「カトーのヤツらの目的は、現皇帝の息子であり内閣府のトップであるヤン閣下を追い落として、最終的には皇帝陛下を退位に追い込もうと目論んでおるのだっ!」
ビッテンフェルト男爵はそう言っていた。
ぼくの父の友達であるヤン閣下が責任を追及されて内閣府や議員でなくなったりすれば、ぼくの里や父やぼくたち北の留学生はどうなるだろう。
不安でドキドキしながら演壇の向こうのヤン閣下を見た。
ところが、彼の顔には、「そんなことは想定内だ」、とでもいうような不敵で凄みのある笑みが浮かんでいた。
「議長。確認を願いたいと思います」
ヤン閣下が立ち上がった。
「ただいまカトー議員からわたしへの弾劾要求が出されました。
たしかに、たとえ法案の審議中と言えども、ここにおられるプリンチペスたる陛下であれ、誰であれ、弾劾要求は全ての審議に優先さるべきこと、と議会法には定めがある。それはよく承知しております。
ですが、想起していただきたい」
議長に、というよりは、議場全体に向かって、閣下は言った。
「わたしは本法案の審議内での発言の当初に、証人の証言を申請する際、『まだ発言中ですが質問があれば受けます』と発言しました。
国家の重大事態である戦争その他の状況を除き、いかなる動議であれ、議員の発言を途中で妨げることを禁ずる。
議会法にはこうした条文もあります。
それに照らして申し上げますが、まだわたしの発言は終わっていない。
弾劾要求はわたしの発言が終わってからにしていただきたい!」
アイゼナワー先輩はまたまた役人と協議した。そして、こう宣言した。
「只今のヤン議員の指摘の通り、まだ議員の発言中であるにつき、カトー議員より出されたヤン議員の弾劾動議は、ヤン議員の発言が終わった後に審議するものとします!
カトー議員、よろしいですね?」
しばらくボーゼンとして立っていたカトーは、やがてギリギリと歯ぎしりするみたいにして、渋々、着席した。
「ザマを見ろ! 全ての発言が終わってから出せばまだ効果があったものを。閣下がワザと『私の独断』「私の責任」と強調したのにつられおって!
まったく、出しゃばりというだけでなく、アホだな、アイツは!
これはヤン閣下の作戦勝ちというものだな」
ビッテンフェルト男爵は声を押し殺してはいるもののそんな風に嬉しそうに説明してくれた。
なるほど。議会で戦うということは、そういうものなのだな。
「ありがとうございます」
ヤン閣下は言った。
「では、ヤーノフ氏の越境と国内視察に関する証言に引き続き、その後の状況についての説明を行い、それに関する証言を求めます」
「わかりました。ヤン議員の発言を許可します。登壇してください」
ヤン閣下が演壇に立った。
「昨年ヤーノフ氏と交わした約定は次の通りです。
第一に、今後帝国とシビル族は同盟を結ぶこと。同盟はお互いの国において民衆の同意や議会の批准(ひじゅん)を受け次第発効すること。
第二に、シビル族は南進して帝国を脅かす恐れのある勢力を発見した場合はただちに帝国に通報すること。また可能な限りこれを妨害し、帝国の迎撃準備を助けること。
第三に、帝国はシビル族に事あらばただちに軍を派遣し他の勢力の侵攻から防衛する義務を負う。そのためシビル族近郊に前進基地を設け、軍の一部を駐屯させること。シビル族は必要な土地の提供や食料など、我が軍の前進基地維持のための便宜を図ること。
第四に、この同盟の締結を担保するために、シビル族から一定の留学生を帝国に派遣し、帝国はこの留学生の生活と教育の義務を負うこと。見返りに留学生ひとりにつき一丁の帝国陸軍正式歩兵銃を供与すること。
ちなみにこの第四の項目についてはすでに申し上げた通り、先行して実施済みです。
第五に、シビル族は進んで帝国の用兵を習得し、北の異民族に対しての軍事行動の際は帝国軍の指揮下に入り協同作戦を行うこと。
第六に、シビル族は帝国の文物、とりわけ農業や産業の知識の習得に務め、帝国はこれを可能な限り補助すること。シビル族の産業の発展に可能な限り寄与し協力すること。
そして、第七に。北の異民族中にシビル族に続いて帝国の友邦となりたい意志を持つ部族が出た場合は、これと帝国との仲介に務めること。
以上の約定を交わしました。
なお、覚書の正本は帝国語のみです。なぜならば、北の異民族には文字が無いからです。本議会において承認を受け批准が終了次第、シビル族との同盟締結調印に臨む予定であります」
ここで反皇帝派の陣営からバカにしたような笑いが起こった。
「文字を持たぬ野蛮人と、どうやって条約文を取り交わすというのだ!」
そんな風に。
しかし閣下は、そんなことにはまったく取り合わず、淡々と話を進めていった。
議場の雰囲気は完全に変わっていた。もう。ヤジを飛ばすのはカトーの取り巻きのごく限られた議員たちだけになり、大多数の議員たちはほとんど身を乗り出すようにして閣下の話に聴き入っていた。
マーサさんが言っていた。
「平民も貴族も、10年の兵役を勤め上げた者だけが元老院議員になる資格を得られる」と。
議員の全てが10年の兵役を終え、その内少なくない割合の議員が今も現役の士官なのだ。今日の法案審議にはいつになく多数の議員が出席していたが、それは遠方の駐屯地に勤務している議員が特に帝国の安全保障上に関わる重大な法案の審議だからとこぞって帝都に舞い戻って来たものだったのだ。
「『軍事に暗い者には政治を語る資格がない』帝国にはそうした風があるのよ」
マーサさんはそうも言っていた。
軍事的に考えれば、一個軍団を節約できるということは、とても大きなことなのだということだ。その現実が、いままでの帝国の常識と法を乗り越えようとしている。
そんな風にぼくは感じた。
「さて・・・」
そして閣下はぼくを顧みて、こう言った。
「すでに実施済みの第四の項目。10丁のアサルトライフルと引き換えにしてシビルの里から留学生を受け入れた事業について、3人の証人を申請します。
近衛第二軍団『ワルキューレ』歩兵旅団旅団長にして元老院議員、男爵ビッテンフェルト陸軍准将。
帝都第24ウルリッヒ・シュナイザー・クィリナリス小学校校長、ウルリッヒ・シュナイザー予備役陸軍大佐。
そして、」
ヤン閣下は温かいまなざしでぼくを見下ろした。
「北の異民族『シビル族』出身にして、帝都第24ウルリッヒ・シュナイザー・クィリナリス小学校4年生在学中。10名の北の留学生の一人である、族長ヤーノフ氏の次男、ミハイル君。
以上、3名であります」
ヤン閣下が降壇した。
「では、証人は登壇してください」
「では行ってまいるぞ、ミハイル! 案ずるでない!」
アイゼナワー先輩に促され、その日5人目の証人であるビッテンフェルト准将はそんな風にぼくの肩を叩き、登壇した。
宣誓の後、男爵は話しはじめた。
「それがしには3人の息子がおる。
長男は陸軍中尉にして現在東部国境に駐留する第三軍団において中隊長として勤務しておる。次男は士官学校在学中。三男は帝都のリセにて学業に励んでおる。
まあ、『我が息子が真面目に職務に学業に励んでおる』と思いたいのは、人の親たる者が等しく思うところであるとは存ずるが・・・」
ここで穏やかな笑いが議場に沸いた。
「この春、これなる北の留学生ミハイルを我がビッテンフェルト家に書生として迎え入れる仕儀となり、それがしは彼を迎えに北駅に向かった。
その夜のミハイルは、粗末な野蛮人の衣服を身に着け、不安気にそれがしを見上げておった。ふるさとを遠く離れ、このような異国に連れて来られ、さぞ心細かろうと案じたものであった。
その折に彼が知っていた帝国語はたった4つだけであった。
『ありがとう』『おはよう』『こんばんは』『ぼくの名前はミハイルです』
それが、3月が経った今はどうであろう。
食卓ではそれがしと対等に話し、まだ幼い我が娘と、娘の娘、つまり孫娘の面倒をよく見てもくれ、しかも、学校に入った初日に友達を作り、サッカークラブではすぐに頭角を現し、フォワードとしてもMFでも大変に活躍しておると聞いておる。
多くの友達にも恵まれ、なんと教室でスピーチまでこなしたというではないか!
一人の子を持つ父親として申すが、それがしの実の息子たちよりもその才質において秀でたるを認めざるを得ないのがなんとも歯がゆく、かつ、喜ばしい想いを禁じえないのである!」
ここで微かにではあるけれど、議場から小さな拍手まで起こったのが聞こえた。傍聴席ではなく、間違いなく議員席の、あちらこちらから。
「これなるミハイルは我がビッテンフェルト家の書生ではあるが、それがしは実の息子とも思うておる。
そして、先日。
次に証言に立たれるであろう、ここにおられるミハイルが通う小学校の校長先生より、
『間もなく新学期、新年度を迎えるが、ミハイルは実年齢の6年生どころか、一つ上のリセに相当する学力を備えていると思われる』
と、内々に報告があり、リセへの飛び級進学の打診を受けたのである。
保護者たるそれがしの同意があれば、リセに紹介状を書く。校長先生はそう仰せになられた」
え?・・・。
まじ?
ぼくは何も知らされていなかった。
「しかし、である。
もし、本当にそれが実現すると相成れば、さすればミハイルはもう、それがしの手を離れてしまうのである。議員諸氏ご承知のごとく、リセに入学する者は原則、家を離れて寄宿舎に入るのが習わしであるからである。今から早、それがどうにも、嬉しくもあり、寂しくもある。今日この頃、なのである。
出来得るならば、今少しそれがしの手元にとどめ置き、直接養育を致したい。だが・・・、と」
男爵の証言が終わった。
議場からは、静かではあるけれど、温かい拍手が沸き起こった。
今まで「北の野蛮人」と言い慣わして来たぼくたちの里の子供たちが、いつの間にか帝国の貴族の家庭に引き取られ、帝国の教育を受け、実の子のように養育されている。しかも、その里親たる貴族たちの愛情の籠った生の肉声に、自らも人の親である議員たちの心が動いた。
その時の議場の拍手にはそんな思いがあったのだということを、ぼくは後になってからいろんな人から聞いた。
「カトー議員。ビッテンフェルト証人に質問がありますか?」
カトーは力なく立ち上がり、
「・・・ありません」
と言った。
男爵がぼくの隣に帰って来た。
思いがけない場で、まさに「寝耳に水」のリセ進学の話を聞いたぼくは、思わず男爵の顔を見上げた。
「そうなのだ、ミハイル」
と、男爵は言った。
「それがしにも急なことで、そちに話す暇がなかったのだ。エミーリエにすら、まだ話しておらなんだのだ・・・。
だが、お前の優秀なるところを披瀝するためには、どうしても今、それを発言する必要があると思ったのだ。驚かせてすまなんだのう・・・」
無意識に最上階の傍聴席にいる奥様を見上げた。奥様のせつなげな顔が見えた。
そして、タオの顔。
3つも下のぼくの親友の顔にはなんだか複雑な色が浮かんでいた。
「では続いてウルリッヒ・シュナイザー予備役陸軍大佐。登壇してください」
証言は続いた。
校長先生が登壇し、ぼくのことをこう証言した。
「春に当校に編入されてからというもの、ミハイルの成長ぶりには目を見張るものがあります。只今のビッテンフェルト男爵の証言にもありましたが、当職が9月の新年度よりミハイルを彼の歳に照らして一学年上のリセに進学させてもよいと提案したのは事実であります。
それほどに、ミハイルの学業とスポーツにおけるポテンシャルは高いのであります。特に、帝国語の習得と数学においては、抜群の成績を示しているのであります。
担任とも話しましたが、これほどに高い学力を持つ者を引き続き小学校にとどめ置くのは、無理と申すものなのであります。彼の帝国における保護者たるビッテンフェルト家、及び本人のミハイルの希望があれば、当職は彼のリセ進学を強く推奨し、これを支援するものであります!」
校長先生の証言が終われば、今度はぼくの番だった。それなのに、ぼくの心はあんまりにもぐちゃぐちゃになりすぎていてどうしようもなかった。
リセに上がったら、もうタオとは遊べなくなってしまうな・・・。
ぼくのアタマにはもう、それしかなくなってしまっていたのだった。
校長先生への質問も、なかった。
「では、法案の提案者であるヤン議員の要請した最後の証人の証言となります。
ミハイル証人。登壇してください」
アイゼナワー先輩はぼくを見て口パクだけで、
「がんばれ!」
そう言ってくれたのが分かった。
ぼくは、複雑な心を抑えながら席を立った。
「落ち着いて、ゆっくり話すがよい」
男爵はそう言ってくれたけれども。
とにかく・・・。
今はマーサさんと練りに練ったスピーチを話すだけだ。ぼくにはそれしかなかった。
ぼくは登壇し、いままでの証言者がやった通りに金のワシに向かって宣誓して、話しはじめた。練習した通りに。落ち着いて。堂々と。
「敬愛なる皇帝陛下、並びに元老院議員の皆さん。こんにちは。
ぼくはミハイル・ペトローヴィチ・ヤーノフと言います。
本日は栄光あるこの帝国元老院で証言する機会を与えて下さり大変光栄に思うとともに、とても感謝しております」
えへん。
「さて、ぼくの名前の真ん中にある『ペトローヴィチ』は、貴族の方々のような家門名じゃありません。
去年、この帝国を訪れたぼくの父、ピョートル・イリイチ・ヤーノフの息子であることを示す父称です。仮にもし、ぼくが女の子だったならば、それは「ペトローヴナ」となります。
帝国の貴族の方々が家門の名を大切にされておられるのと同じように、ぼくの里では父親とのつながりを大切にしているわけです。帝国の国母貴族から生まれた平民の方々が父親の苗字を名乗られているのと少し似ていると思います。
そういう名前の付け方が、ぼくの産まれた村のある北の里に昔から伝わる風習であり、文化なのです。ぼくの里には文字がありません。だけど、帝国とはずいぶん違うけれど、そうした文化が、ぼくの里にはあるのです。
そんな異なる風習と文化を持つ北の国から、ぼくはこの帝国にやってきました。夏休みが開け、9月になれば半年にもなります」
そんな風に、ぼくは話しはじめた。
今までの皇帝派VS反皇帝派の戦いのようなものは全く気にしなかった。気にしないように努めた。9月になればリセに行かなくてはならないかもしれないことも、忘れた。忘れるように努め、ただひたすらに話すことだけに集中しようと思った。
帝国に来てからこれまでのこと。学校でのスピーチの内容に加えて、まず、故郷の話をした。
6人兄弟の3番目であること。ぼくを含め、里の子供はみんな幼いころから父親に剣と弓の手ほどきを受けること。剣に革袋を被せて撃ち合うけれど、当たるととても痛くてしばらくの間は青あざが消えないほどであること。弓を持って山に入り獲物を追ったりもしたこと。そうした稽古や遊びを通じ、ぼくたち北の里の子供たちはみんな、戦士になるために日々励んでいる。そんな様子を話した。
そして、ぼくには母が二人いること。ぼくの里ではそういう家は少なくないこと。
ビッテンフェルト男爵には「メカケの子」と勘違いされたけれど、これは元々女子に比べて男子の子供が生まれてくる割合が少ないことに加え、男子は成長するまでにいくさに出て戦死することもあり、大人になって家族を持ちながらやはりいくさで命を落とした男の家の女を引き取ったりもする。そういう意味合いで長い間にそんな風習ができたこと。
ぼくの里には文字がないこと。数字もなかったこと。でも、羊の番をしていて数を数えているうちに足し算や引き算や掛け算割り算を自然に覚えてしまったこと。父が帝国から持って帰って来た帝国の小学校の教科書を見て数字を知り、とても感動したこと。
そして、教室でやったスピーチの内容ももちろん、盛り込んだ。
丸一日歩いて国境の川を越えたこと。国境でぼくたち10人が鉄砲と引き換えにされたこと。でも、帝国語を話す帝国軍の軍服を着たぼくたちの里の男のしるしである青い肌のアレックスに会い、
「お前たちは銃と引き換えにされた人質ではない。お前たちは帝国の重要な賓客だ。誇りを持て!」と励まされたこと。
そしてまた丸二日がかりで馬車と鉄道を乗り継いで帝都に着いたこと。
全線石で舗装された道路や、高価な鉄を惜しげもなく使った鉄道の線路に驚いたこと。そういうのを『ソチアル・インフルストラクテュール』、社会基盤といい、帝国を形作る重要なものであることを知ったこと。なにもかもがぼくの里と違い過ぎ、そのスケールの大きさと豪華さと緻密さと素晴らしさに圧倒され過ぎてビッテンフェルト家に着いたとたんにぶっ倒れるようにして寝入ってしまったこと。
今お世話になっているビッテンフェルト家の人たちはとても優しくて、ぼくを実の息子のように気遣い、かわいがってくれたこと。
学校に行くようになり最初は言葉がわからなくてとても心細かったけれどすぐに友達が出来て嬉しかったこと。
遠足で陸海の軍隊を見学して軍艦や戦車や飛行船など帝国の最強の守り神たちに会ってカンドーしたこと・・・。
そして、ぼくの一番の親友、タオのことも。
彼は、今は帝国領になったというナイグンで生まれ、育った。
もし戦争が無ければ、彼は今も西の国でお父さんとお母さんと家族に囲まれて自分の家で幸せに暮らしていたはず。だけど、それは全て失われてしまった。ぼくと同じで他の国からやってきた彼だけれど、ぼくなんかよりもよっぽど心細い、辛くさびしい思いをしてきたと思う、と。
最上階の傍聴席のタオを見上げた。遠すぎてよく見えなかったけれど、彼は少し泣いているようにも見えた。
ぼくは、続けた。
「だけど帝国は、戦争で親とはぐれた子供を集めて世話をし、生き別れた親を探してくれたり、親が死んだり見つからなかったりした子供に里親を紹介してくれたりしたとも聞きました。
タオも、優しいお母さんに出会い、音楽を愛する先生に出会い、ピアノに出会い、そのピアノに惹かれ、夢中になって弾いているうちに上手になって、先日、なんと皇帝陛下の前で演奏できるほどになったこと。そのことに、ぼくはともだちとしてとても誇らしい気持ちになりました。
そして、ハデな催しがお嫌いと聞いていた皇帝陛下が、タオのピアノを聴いて感動していらっしゃったのをこの目で見ました。タオの素敵なピアノにもカンドーしたけれど、この巨大な帝国の皇帝陛下が、ぼくと同じ人間なんだと知って、とても温かい気持ちになりました」
皇帝陛下のすぐそばに、ブランケンハイム侯爵の顔を見つけた。侯爵は顔を大きく綻ばせ、ウンウンと頷くようにしてぼくを見守ってくれているように見えた。
「でも帝国は、そんな全てを失ったタオを受け入れ、ピアノを、生きる力を与えてくれたのだと思います。
どうして戦争というものが起こるのか。なぜ人は争い合うのか。
ぼくにはまだ、わかりません。
ぼくの里もかつて何度か帝国に押し入ったと聞きました。食べ物がなくなって、どうしようもなくなったからだと。そして、さっきヤン閣下の話にもありましたが、毎年のように同じ民族同士で諍いが起き殺し合いがあります。いくさになれば、少なくない者が傷つき、命を落とします。ぼくの里も、他の村も、捕虜にした敵兵の首を切り、皮をはいで村の入り口に飾ったりします。脅しのためです。ぼくたちの村に仕掛けてくると酷いぞ。そう、思わせるためです。ぼくが故郷で剣や弓の稽古に励んでいたのも、いずれ大人になったら村を脅かす敵と戦うためです。
でも、故郷にいる父はそんな日々を変えようとしています。そして帝国にやって来て、その思いをさらに強くしました。そこにいらっしゃるヤン閣下に会い、そんな現実を変えることはできると確信したのです。
ぼくと、ぼくのシビルの仲間たちは、そんな父や村の人たちの願いをかなえるために帝国に来ました。
いつの日か、この里を帝国のように豊かに安全に暮らせる国にしたい。
そのために今、帝国の言葉を覚え、一生懸命に勉強し、帝国の知恵を自分のものにするために、日々を過ごしています。
ダンケシェーン」
ぼくは証言を終えた。
議場はしん、と静まり返っていた。
やがて、どこからかパンパンと手を打つ音、拍手が起こった。すると、それは次々に議場のあちこちから聞こえ、やがて、あの大きな水を湛えた海のさざ波のように議場全てを覆い尽くした。この人たちはみんな、わかってくれている。そう思った。証言を終えたぼくの心の中に、大きな安堵と安心が芽生えた。
コンコンコン・・・。
アイゼナワー先輩の木槌の音が拍手を遮った。
「では、ただいまのミハイル証人に対し質問を受けます。質問なさりたい方はどうぞ」
やはり、あの男の手が上がった。
「カトー議員。質問をどうぞ」
「では、2点ほど」
と、彼は言った。
ミハイル証人に伺いたい。
キミは今学校で帝国の知恵を学ぶために勉強していると証言した。それはいずれキミが里に帰り、里のために役立てる知恵ということだろう。少なくとも、キミはそのつもりなのだろう。
だが、冷たいようだが、キミたちは人質としてこの帝国にいる。さきほどのキミの証言にもその言葉があった。
キミたちの村に供与した銃と引き換えに人質として帝国に連行されたキミたちがいずれ里に帰ることを前提にしているのは論理的におかしい。
その点についての説明をいただきたい」
なんて意地の悪い言い方をするのかな。そう思わないでもなかったけれど、ぼくは父から聞いていた通りのことを話した。
「帝国に来て勉強しているぼくたちもいずれ大きくなり、大人になります。そうすれば代わりの留学生と『交代して』ぼくたちは里に帰ることになっていると思います。里に帰り、帝国で勉強したことを生かして里を豊かにするために役立てようと思っています」
「なるほど」
と、彼は言った。
「では、2点目の質問だが。
そうすると、その度に帝国はライフルをキミの里に供与することになるのだろうか。キミたちは続々と帝国にやって来て、帝国のライフルがキミの里にドンドン増える。そうなれば、いずれ無視できぬ戦力となろう。
その無視できぬ戦力がキミの里を全て満たすほどになった時に、キミの里が我が帝国に対し反旗を翻して挑戦して来ないという保証は、たかだか10名程度の人質だけでは担保出来ぬと思われる。
キミにはこの質問への回答は無理であろう。
その点につき、是非提案者であるヤン議員の答弁を求めたい!」
意地が悪いというだけでなく、ぼくはその質問の中にある明らかな悪意を感じた。でも、彼が言う通り、その質問に答えることは、ぼくには出来ない。
ヤン閣下が、立った。
「これは同盟の内実に関わる要件なので、ミハイル証人の代わりにお答えしましょう。
確かに、長年にわたっては彼のシビルの里におけるアサルトライフルのプレゼンス、その数は大きなものになるでしょう。ですが、逆にそれが本同盟案の副次的な目的であるのです」
と、閣下は言った。
「先ほど申し上げた通り、すでに供与したライフルで、シビル族は最初の挑戦をはねのけ、戦果を上げました。だが、わが帝国からシビルの里にライフルが供与された事実はやがて北の異民族の間に急速に広まってゆくでしょう。さすればどうなるか。
『シビルは、北の異民族を裏切り帝国に着いた民族の裏切り者』
そう目されるのは想像に難くありません。というよりも、間違いなくそうなるでしょう。
となれば、近い将来的には先にシビルの村を襲った他部族に数倍する難敵を迎えることも、十分に予想されることです。
その援護のための我が軍の前進基地建設であり、順次増強されるライフル供与なのです。
信頼は小出しにせぬ方が大きな信頼を生みます。本来ならもっと大量のライフルを与えるべきだとすら考えました。ですが、最初の10丁はある意味、『テスト』でもあったのです。
彼らシビル族は昨年わたしと交わした協議の通りに同じ北の部族を撃退しました。彼らは最初のテストに合格した。わたしはそのように彼らを評価しております。
ですが、一方で彼らへの支援の手をより早めねば、とも考えております。せっかく芽生えたばかりの北の友邦を守り、ひいては帝国の北辺の安全を守る上においても、早急な前進基地の進出を企図せねば、と考えております。
議員の皆様のご理解を賜りますよう、切に願っております」
すると、大きな声のカトー議員はさらに声を励まして食い下がって来た。
「ヤン議員!
貴殿の答弁はわたしの質問の核心に答えていない。
わたしが言わんとしているのは、要するに、
これなるミハイル証人の里シビル族が、真に信頼できる友邦となりえるのか。
もし反旗を翻して我が帝国に歯向かって来たら、その時はライフルをふんだんに装備する、なんと一個連隊にも相当する難敵を相手にすることになるのですぞ!
その保証はどうなるのだ。
わたしが言いたいことは、その点なのだ!」
そうだ!
その通りだ!
北の野蛮人など信頼することは出来ぬっ!
コンコンコンコンッ!
「静粛に! 不規則発言は禁じますと警告しました! これ以上の不規則発言は退場を命じます!」
アイゼナワー先輩が叫ぶように反皇帝派のヤジを抑えた。
ぼくは、自然に声を出していた。
「議長。
さきほどの、ぼくの証言に付け加えることがあります。つうか・・・。
カトー議員に質問があるのですが、よろしいですか?」
と。
先輩は役人と協議して、こう言った。
「ミハイル証人。申し訳ないが、証人に質問権はありません。ですが、証言に付け加える発言としてなら、許可します」
「じゃあ、その、付け加え、です」
「では、どうぞ」
議長の許可を得て、ぼくはもう一度、話した。
「帝国に来てからのこの3か月の間、ぼくはたくさんの人と出会い、触れ合いました。
そして、帝国の人たちも、ぼくも同じ人間なんだという思いを強くしました。それならば、ぼくたちはきっと分かり合えるはず。
今まではそう、信じていました。
ですが、今日この元老院に来て、その思いがグラついてきてしまいました」
議場は再び静かになった。ぼくは勇気を奮って、続けた。
「学校の社会の授業で、帝国の歴史を少し、学びました。
ぼくたち北の留学生がアウスフルーク、遠足で行った海軍基地のあるターラントの一帯は、かつて南の国といい、帝国と戦争したこともあるのだと、学びました。
でも、今はどうでしょうか。
ぼくたちが乗った巡洋艦『インビンシブル』号の乗組員の多くは帝国の神々と違う神様を拝んでいる南の国の出身の水兵さんたちでした。ぼくたちはそれにとても驚いたことを覚えています。
そして、いまそこでぼくの話を聞いてくださっておられる皇帝陛下も、ご先祖は南の国の人だと聞きました。帝国は、かつて敵同士だった国の人も帝国人にしてしまい、なんとその人たちの中から帝国軍全軍の最高司令官を選び、この帝国の最高指導者を選んでいる。
これはぼくだけでじゃなくて、去年帝国に来た父も最も驚いていたことです。
帝国はただ大きいだけじゃない。その懐がとてつもなく、深いのだ、と。
だから父は、ヤン閣下に同盟を申し出、村を説得して帝国のともだちになると決めたのだと思います。帝国なら、ぼくたちの未来を託せる、と。
だから、もう一度議員の皆さんに伺いたかった。問いたかったのです。
帝国と共に生きようと決めたぼくたちを快く迎え入れ、いろんなことを教えてくれた人たちか。
それとも、
北の野蛮人など絶対に信用できぬ、受け入れられぬ、と追い出そうとする人たちか。
いったい、どちらが本当の帝国人なのですか、と。
以上です」
言いたいことは、全部言った。
ぼくはアイゼナワー先輩とヤン閣下にそれぞれ一礼して、最後に傍聴席のぼくの北の仲間たちと奥様やコニー、そして、ぼくの大切なともだち、タオを見上げてから、ゆっくりと演壇を降りかけた。
その時。
議場の奥の上の方で議員の一人がスッと席を立ってゆっくりと底の方に降りて来て、カトー議員たちのすぐそばに立った。
なんだ。カトーたちの取り巻きの一人だったのか。
最初はそう思った。だけど、そのちょっと歳を取った髪に白い者が混じった議員は腕組みして、まるでカトーたちを睨みつけるように見下ろし、立ったままだった。
やがて一人、また一人。最初の議員と同じに席を立ってカトー議員たちの周りに集まり、同じように彼らを睨みつけはじめた。その数は、ドンドン増えた。2人、3人、5人、10人・・・。最終的に何十人もの議員たちが、演壇に向かう方だけ開けてカトーたちを取り囲むようにして人垣を作った。
みんな無言。そして、ただジィーっとカトーたちを睨みつけたまま。取り囲み続けた。
明らかに彼らはカトーたちの仲間じゃなくて、その反対。カトーたちに無言の抗議をしている人たちだと、子どものぼくにも理解できた。
ヤン閣下が、立ち上がり、議長に申し出た。
「議長。
全ての証人の証言が終わりました。最後に一言申し述べてわたしの発言を終わるつもりでしたが、わたしの言いたかったことは、すべて、このミハイル証人が発言してくれました。よって、以上でわたしの発言を終わります」
「わかりました」
アイゼナワー先輩が言った。
「では、ヤン議員の発言が終わったので、ここで北の異民族シビル族との同盟に関する審議を一時中断し、先ほどカトー議員から出されたヤン議員に対する弾劾決議の審議に移ります。
ヤン議員に対する弾劾について、動議を出されたカトー議員以外の意見の発言を受け付けます」
だが、いつまで経っても議長の言葉に応じて弾劾についての意見を言う者は出てこなかった。カトーとその取り巻き達は、彼らを取り囲んで睨みつけ続ける多くの議員たちの無言の圧力? に耐えきれなくなったのか、一人、また一人と冷や汗すら浮かべて席を立ち、通路の石段を登って退席していった。不規則発言は禁じられているけれど、元々指定席はプリンチペスの以外にはないから、座っていた席を離れて別のところに立つのは議事の進行に差し支えなければ問題ないらしいのを、あとで知った。無言で睨みつけるのも一切法には触れない。サッチャーさんじゃないけれど、「元老院って、いちいちウルサイところよね」というよりは、「いちいちメンドウなところよね」だった。
最後に、カトーただ一人が残った。
議長は言った。
「弾劾についての発言はないものと認めます。
それではカトー議員、ただいまよりヤン議員に対する弾劾決議についての採決を行います。よろしいですか?」
「議長・・・」
カトー議員の手が挙がった。
「本弾劾に関するあなたの発言はもう終わっております。さらなる意見の発言は許可できません」
「いえ、あの・・・。さきほどわたしが動議した弾劾についてですが・・・」
「はい」
「動議を取り下げようと思います」
「ヤン議員に対する弾劾決議の動議を取り下げる。それでよろしいですか?」
「はい・・・」
そう言って、カトー議員もまた席を立ち、彼をジィーっと睨み続ける議員たちを押しのけるようにして石段を登って行った。元老院では議員がいつ入場しても自由だが、一度議場から出てしまったら再入場できない。その日の審議にはもう参加しないという意思表示になる。たとえプリンチペスであろうとも、それは厳格に適用される。それが議会法で定められた規則だということだった。
こうして、反皇帝派は議場に一人もいなくなった。
皇帝陛下は、変わらずに厳めしい顔を崩すこともなくそこに座っているだけだった。
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