43 / 60
第二章 対決
41 軍神マルスの娘
しおりを挟むヤヨイは一足先にブリッジに戻っていた。
裏切り者は、カトー少将。
敵を実力排除する前に、それをヴィクトリーとリュッツオー、それにクィリナリスに送信せねばならなかった。
ワワン中将はじめブリッジの面々は交渉の結果を心待ちにしていた。が、それには取り合わず、ヤヨイは通信機の前に座った。
何故か電源が切られていた。それを入れても、ザーッという空電が鳴らなかった。
「おかしいんだ。急に不調になった。前の故障と状況が似ているかもな」
傍らのデービス大尉が困惑気に言った。
「そんな。さっきまで・・・」
不審に思い、裏のカバーを取り外して中の基盤を改めようとすると、頭に異物が突き付けられた。
「それ、触る。ダメ。立て!」
一人のチナ兵が旧式銃を構え片言の帝国語を発した。
ラカ少佐がマークを伴って入って来るとそれを追うようにしてあの女士官のミンがチナ兵たちを従えて乗り込んできた。少佐は長官に復命する暇を奪われた。
「まず、ツーシンキを確保しろ。全員手を上げて後ろの壁の前に並べ。司令長官は誰か?」
入って来るなり命令を下し、手を上げたブリッジの要員たちを銃で小突いて背後の壁の前に並べようとした。
「私が司令長官のワワンだ」
長官が進み出るとチナ兵が彼の頭に銃を突きつけた。
「全艦に我々の指示に従えと放送しろ。言う通りにしなければ、長官が死ぬ」
皆沈黙し自然にチェン少佐に注目した。
ミンは皆の視線を追ってチナ人の容貌を持った副長にチナ語で話しかけた。
が、副長は言った。
「そんな腐った国の言葉など知らん。私は帝国に育てられた帝国海軍の士官だ。調子に乗るなよ、この淫売が!」
とたんにミンの平手が少佐の頬を打った。
「私は名を名乗った。誰だか知らんが、チナの兵は礼儀も知らぬようだな。まず交渉の結果について部下の復命を受けたいのだが。そうでなければ私も含めて部下も貴官の応対もできぬではないか」
銃を突き付けられつつも、ワワン中将は冷静に事を分けて話した。
ミンは長官を無視した。そして再びチェン少佐に対し、
「お前が副長か。今一度いう。全艦に我々の指示に従えと言え」
副長は切れた頬から流れる血を払い、赤い唾をペッと吐き捨て、ミンを睨みつけた。
ミンは傍らの兵から銃を奪うと少佐の脚を撃った。
ズダーン!
「ぐおっ!」
少佐は右の太股を射抜かれ、その場に昏倒した。
「待て。撃つな。代わりに放送する」
デービス大尉が手を挙げて進み出た。ミンが彼に顎をしゃくり、大尉は艦内放送に取りついた。
「ブリッジより全艦に達する。チナ兵への反抗を止め、各員居住区か兵員食堂に入れ。繰り返す・・・」
それに気をよくしたミンは兵たちに何かを命じた。どうやら士官たちを幕僚室へ監禁しろと言っているらしい。幕僚室を意味するStabsoffizierzimmerという単語だけが帝国語だった。
連行される直前、
「ヴァインライヒ少尉!」
ワワン中将がにこやかに、
「見てごらん。あの山は美しいなあ。あの山の頂上に立てば、海峡も内陸奥深くまで見渡すことができそうだなあ・・・」
こんな修羅場に不似合いなあまりにも暢気な声を上げ、左舷の遥か上を見上げた。
「無駄口を叩くな!」
ミンは脚で長官を蹴り上げた。
あっ!
駆け寄ろうとしたヤヨイをチナ兵が小突いた。
「私にかまうな、少尉。言った通り、貴官の信ずるとおりに行動せよ」
中将は穏やかに微笑み再び小突かれ、ラカ少佐やマーク、負傷した副長を支えた航海長らと共にブリッジを後にした。
列の最後にヤヨイはいた。が、
「あ、」
急に何かを思い出したか思いついたかのように立ち止まった。
彼女を背後の兵が銃で小突いた。その瞬間、瞬く間に身を翻しチナ兵の銃口を上に跳ね上げた。驚いて銃を奪われまいとした兵が引き金を引き、銃が暴発した。
もし銃に執着せねば、彼は今少し生きられたかもしれない。ヤヨイの右手が瞬時に手刀に変わり、兵の首筋に強烈な一撃を見舞った。頸椎を折られた兵が頽れ落ちる前に、ヤヨイは風のようにタラップを駆け下りて姿を消した。即死して床に倒れた兵の身体の上に、発射された弾丸により変形した天井の塗料がパラパラと落ちた。異変に気付いた他の兵が彼女の後姿に何発かの弾を見舞ったが、むなしくタラップを叩いただけだった。
あまりの早業にミカサ幹部の面々もチナ兵たちもみな呆然とした。
血相変えたミンが大声でチナ語を叫び、2、3の兵がヤヨイを追ってタラップを降りていった。
「あの娘を捕らえろ!」
マークの通訳を待つまでもなく、そんな命令を下したのだろうことは誰にもわかった。
脚を撃たれた副長に肩を貸していたメイヤー少佐は、ワワン中将に密かに語り掛けた。
「長官、長官はご存じなのですよね。彼女は、何者なのですか? ただのバカロレアの学生ではないような・・・」
ワワン長官は、フフンと笑った。
「あの娘か。あれはな、このミカサを救うために天から遣わされた、軍神マルスの娘なのだ」
傍らにいるチナ兵やミンに聞えるように、ワワン中将は答えた。
0
あなたにおすすめの小説
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【時代小説】 黄昏夫婦
蔵屋
歴史・時代
江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。
そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。
秋田藩での仕事は勘定方である。
仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。
ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。
そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。
娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。
さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。
「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。
今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。
この風習は広く日本で行われている。
「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。
「たそかれ」という言葉は『万葉集』に
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」
— 『万葉集』第10巻2240番
と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。
「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に
「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」
— 『源氏物語』「夕顔」光源氏
と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。
なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。
またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。
漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。
「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。
この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。
それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。
読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。
作家 蔵屋日唱
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
豊臣徳川両家政務会議録 〜天下のことをだいたい決める会〜
cozy0802
歴史・時代
会議系、歴史回避コメディ。
豊臣と徳川が“なぜか共存している”少し不思議な戦国時代。
そこでは定期的に、「天下のことをだいたい決める会」という政務会議が開かれている。
議長は淀殿。補佐は徳川秀忠殿。参考意見は豊臣秀次様。
そして私は――記録係、小早川秀秋。
議題はいつも重大。
しかし結論はだいたい、
「高度な政治的判断により現状維持」。
関ヶ原の到着時期の差異も、言いにくい史実も、
すべて会議の議事録として“やさしく処理”されていく。
これは、歴史が動きそうで動かない、
両家政務会議の史実回避コメディである。
だが――
この均衡がいつまで続くのかは、誰も知らない。
戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~
川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる
…はずだった。
まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか?
敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。
文治系藩主は頼りなし?
暴れん坊藩主がまさかの活躍?
参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。
更新は週5~6予定です。
※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる