【改訂版】 戦艦ミカサを奪還せよ! 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 2】 - ネイビーの裏切り者 -

take

文字の大きさ
35 / 60
第二章 対決

33 フレッチャー艦隊とリュッツオー、ミカサ救援に向かう

しおりを挟む

 5000トンの巡洋戦艦は機関を停止し、海峡の真ん中に漂泊した。ミカサを覆う煙幕は時間と共にその濃さを増していった。

 チェン少佐は躊躇することなく次々に命令を発した。

「各員は戦闘配置のまま待機。先任士官! 甲板員と砲術科の副砲担当の半数を組織して小舟の子供たちの救助に当たれ。今までのチナのやり方からすれば子供に紛れて狙撃兵や工作員が潜伏、乗船している可能性もある。若干名の水兵を武装させ、救出作業の護衛に当たらせろ」

「ですが、よろしいのですか?」

 ヨードルの反問に副長は力強く頷いた。

「貴官の懸念は承知している。これは間違いなくチナの仕掛けた何らかの策略だろう。

 しかし、我々は帝国海軍の軍人で、海の男だ。子供たちの救助を優先する!

 よろしいですね、参謀長!」

 チェン少佐の迫力に、カトー少将もワワン中将も黙したまま頷いた。

「アイ、サー! これより直ちに救助班を編成、護衛の兵を配置しつつ、漂流中の舟艇の人命救助に当たります」

 ヨードルは復唱すると艦内放送のマイクに取り付き命令を下した。

「ブリッジより全艦に達する。これより漂流中の舟艇の救助活動を行う。甲板員は内火艇下ろし方。砲術科副砲担当偶数番号砲の者は上甲板に集合。甲板員の救助活動を支援せよ!・・・」

 救護班の指揮をするためヨードルはブリッジを出ていった。緊急事態には違いないが、ミカサのブリッジにはしばしの静けさが訪れた。

「大尉。意見具申を、いいですか?」

 ヤヨイは傍らのデービス大尉に話しかけた。

「こんな時に、大学に定時報告か?」

「いいえ、違います。念のためにヴィクトリーのフレッチャー提督に今の状況を通報しておくほうがいいのではありませんか」

「あ・・・」

「そうだ。それは是非とも必要だ」

 ブリッジの片隅にいたラカ少佐がヤヨイの言葉を耳聡く聞きつけた。

「参謀長、万一のためです。ヴィクトリーにこの事態を通報しておきましょう。漂流中の多数の小型舟艇と遭遇、積載物は多数の子供。その数、数百名。本艦は機関を停止しこれを救助しつつあり、と。本艦に全員を収容する能わざる可能性あり。来援を乞う、とも」

 ところが、何故か参謀長の反応が鈍かった。

「参謀長、どうされました? 何かご懸念でも・・・」

 ラカ少佐が顔を覗き込むとやっと、

「・・・そうだな。私としたことが失念していたが、本艦には通信機が装備されていたのだったな。どうも未だ通信機のある環境に慣れていなかったものと見える」

 と参謀長は言った。

 と、

 メインマストの監視哨からの伝声管が叫んだ。

「左右両舷方向からも小舟を視認! 多数です! 」

 ヤヨイにはもう、この後の筋書きが読めていた。敵は、子供の乗った船を使ってミカサを停船させ、子供の乗った船に紛れて兵を乗り込ませる算段なのだ。

「大尉。わたしにやらせてください!」

 デービス大尉に席を譲らせ、マイクのカフを押した。

「ミカサよりヴィクトリーに達する。オーバー」

 ズズ、と雑音が入り、

「こちら、ヴィクトリー、オーバー」

 向こうが出た。たぶん、通信長のスミタ大尉だろう。

「本艦の現在位置は半島とそれに続く島嶼の海峡を東に9海里ほど入ったところ。漂流中の多数の小型舟艇と遭遇、積載物は多数の子供。その数、数百名に及ぶものと思われる。本艦は機関を停止しこれを救助しつつあり。本艦に全員を収容する能わざる可能性あり・・・」

 ラカ少佐の言葉通りの内容を伝え始めた。

 ブリッジの張り出しからは、後方の二本煙突の中央のデリックが回され内火艇が海面に下ろされるのが見えた。舷側からは、引き上げれていたタラップが下ろされ、甲板上から棒を使って小舟をタラップに誘導している兵たちの姿も。

「救助した子供たちはひとまず兵員食堂に入れるように伝えろ。あたたかいブランケットと食べ物を。医療班を食堂へ」

 副長は自ら艦内放送のマイクに取りつき的確に指示を出しはじめた。

 すると監視哨の伝声管が、

「左右両舷に接近中の小舟の中に紛れて銃で武装した兵を発見! 子供の中に紛れています。距離、300!」

「くそ、やはりか・・・」

 航海長が海図をドンと叩いた。

 ヤヨイの予感はその時ブリッジにいた全員のものでもあった。

 またしてもチナは『盾の子供たち』を使い、ミカサを捕捉せんとしていた。


 


 

「艦長!」

 リュッツオーのブリッジのミヒャエルは、レシーバーを抑えたまま、叫んだ。

「ミカサから緊急通信が来ています!」

 波浪による艦体の同様だけではなかった。震える手ももどかしく、ミヒャエルは傍受した電文の翻訳を紙に書き止め、読み上げた。

—ミカサよりリュッツオー、我、チナに捕捉されんとす。現在位置は・・・、—

「おいおい・・・、おいおいおいおい。予想より早ェじゃねえかよ・・・」

 ヘイグ艦長はそう呟き食い入るように海図に見入った。コンパスの代わりに人差し指と親指で大きな島の周りにやっとこやっとこと距離を測ると、しばし腕を組んで沈思した。自艦の位置と速度。そしてヴィクトリー他三隻の位置と速度を頭の中で計算しているんだ。ミヒャエルには、そう見えた。

「よ~し・・・。ミカサを挟み撃ちするぞ!」

 まるでこれからミカサを標的艦にした演習でも行うかのように、快活にヘイグは言った。日頃標的艦ばかりやらされている鬱憤を晴らすかのように。

「ここが現在の本艦の位置。そしてここが現在のフレッチャー艦隊の位置だ」

 言いながらヘイグは海図上の一点を指さした。半島から海峡を挟んで浮かぶ大きな島の南端あたりに、今リュッツオーはいた。それよりやや北の西岸をフレッチャー少将旗下の3艦が北上しつつある。

「戦艦は鈍足だから本艦にはついてこれん。ヴィクトリーには海峡の西側から。おれたちは海峡の東側からミカサを挟み撃ち、いや、救援する」

「・・・はい」

 ミヒャエルとしてはとりあえずそう応えておくしかなかった。

「ミック、今の方針をヴィクトリーに伝えてくれ。

 よ~し・・・。このリュッツオーさまの本領を発揮する舞台がようやく巡って来たようだぜ! むっふっふ・・・。行くぞ、野郎ども! 」

 ヘイグ艦長はブリッジの左舷、背の高いスツールに軽く腰を掛け、片脚を操作卓の縁に掛けた。ミヒャエルもすぐにそれに倣った。身体を安定させないと、酷い目に遭うのがもうわかっていたからだ。それにこの艦長は恐い。だが、逆らいさえしなければ、これほど頼りになりそうな人もいないのではないかと思った。

「このバカでかい島を迂回して海峡の東出口を目指すぞ。機関全速前進! 進路155!」

「アイ、サー。機関全速」

「進路155!」

 舵輪とスロットルを担う水兵が復唱するのと艦尾がグッと沈み込み、舳先が持ち上がるのとがほぼ同時だった。小兵リュッツオーは今ミカサを救援すべく、赤く燃えた粉塵混じりの真っ黒い煙を勢いよく煙突から吐き出しつつ、最大速32ノットで海峡の東側を目指し波を蹴散らしながら猛進を開始した。

 

 そしてヴィクトリーでも・・・。

「ミカサに続きリュッツオーより通信。我、最大速にて海峡東側出口に向かいミカサを救援せんとす、です!」

 アンが電文を読み上げるとフレッチャー少将はニヤリとほくそ笑んだ。

「艦長! 所定の通り、艦隊はミカサ救援に向かう。ビスマルク、エンタープライズにも連絡、第一戦隊は海峡西側より進入、ミカサを救援せんとす。艦隊最大戦速にて我に続航せよ、だ」

「アイ、サー! 機関全速前進! コース020」

「アイ、サー! ・・・ヴィクトリーより第一艦隊全艦に達する。第一艦隊はこれより・・・」

 さあ、いよいよ大詰めだぞ・・・。

 隣でスミタ大尉が僚艦ビスマルクとエンタープライズに向け命令を送信しているのを聞きながら、アンはプライヤーを手にした提督がニンマリしながら独り言ちているのを見た。それは朗らかな笑いではなく、どこか強かな、長年の仇敵を追い詰める老ハンターのような凄みのある笑みだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記

糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。 それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。 かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。 ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。 ※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【時代小説】 黄昏夫婦

蔵屋
歴史・時代
 江戸時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな中、真面目なひとりの武士がいた。同僚からは馬鹿にされていたが真面目な男であった。俸禄は低く貧しい。娘二人と実母との4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わると真っ直ぐ帰宅する。 ただひたすら日中は城中では勘定方の仕事をまじめにして、帰宅すれば論語を読んで知識を習得する。   そんな毎日であった。彼の名前は立花清左衛門。年齢は35歳。  娘は二人いて、一人はとめ15歳。もう一人は梅、8歳。  さて|黄昏《たそがれ》は、一日のうち日没直後、雲のない西の空に夕焼けの名残りの「赤さ」が残る時間帯のことを言う。「|黄昏時《たそがれどき)」。 「黄昏れる《たそがれる》」という動詞形もある。    「たそがれ」は、江戸時代になるまでは「たそかれ」といい、「たそかれどき」の略でよく知られていた。夕暮れの人の顔の識別がつかない暗さになると誰かれとなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ彼(誰ですかあなたは)」とたずねる頃合いという意味で日常会話でよく使われた。  今回の私の小説のテーマはこの黄昏である。  この風習は広く日本で行われている。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございます。いまお帰りですか」と尋ねられれば相手も答えざるを得ず、互いに誰であるかチェックすることでヨソ者を排除する意図があったとされている。  「たそかれ」という言葉は『万葉集』に 誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ 君待つわれそ」 — 『万葉集』第10巻2240番 と登場するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」という意味である。  「平安時代には『うつほ物語』に「たそかれどき」の用例が現れ、さらに『源氏物語』に 「寄りてこそ それかとも見め たそかれに ほのぼの見つる 夕顔の花」 — 『源氏物語』「夕顔」光源氏 と、現在のように「たそかれ」で時間帯を表す用例が現れる。  なおこの歌は、帖と登場人物の名「夕顔」の由来になった夕顔の歌への返歌である。  またこの言葉の比喩として、「最盛期は過ぎたが、多少は余力があり、滅亡するにはまだ早い状態」をという語句の用い方をする。 漢語「|黄昏《コウコン》」は日没後のまだ完全に暗くなっていない時刻を指す。「初昏」とも呼んでいた。十二時辰では「戌時」(午後7時から9時)に相当する。  「たそがれ」の動詞化の用法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指して「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさまを表現して「黄昏た人」などのように使用されることがある。  この物語はフィクションです。登場人物、団体等実際に同じであっても一切関係ありません。  それでは、小説「黄昏夫婦」をお楽しみ下さい。  読者の皆様の何かにお役に立てれば幸いです。  作家 蔵屋日唱    

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

豊臣徳川両家政務会議録
〜天下のことをだいたい決める会〜

cozy0802
歴史・時代
会議系、歴史回避コメディ。 豊臣と徳川が“なぜか共存している”少し不思議な戦国時代。 そこでは定期的に、「天下のことをだいたい決める会」という政務会議が開かれている。 議長は淀殿。補佐は徳川秀忠殿。参考意見は豊臣秀次様。 そして私は――記録係、小早川秀秋。 議題はいつも重大。 しかし結論はだいたい、 「高度な政治的判断により現状維持」。 関ヶ原の到着時期の差異も、言いにくい史実も、 すべて会議の議事録として“やさしく処理”されていく。 これは、歴史が動きそうで動かない、 両家政務会議の史実回避コメディである。 だが―― この均衡がいつまで続くのかは、誰も知らない。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

処理中です...