【改訂版】 戦艦ミカサを奪還せよ! 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 2】 - ネイビーの裏切り者 -

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第二章 対決

45 マルスの娘の本領 

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 これで、2人目。

 ヤヨイは発見された。

 まもなくここに敵兵が来る。その前にこの部屋を出なくてはならない。

 通信機を背嚢に仕舞い背負った。もう一度行動を確認した。

 まずすべきことは、立て籠もり組の状況確認と励まし。

 そして、できる限り敵の戦力を削ぐこと。この二つだ。

 孤軍はともするとその不安から暴発しがちになる。友軍と繋がっているという安心を与える必要があるのだ。内陸にあるだろう敵の基地にミカサが引き込まれる前に、それを為さねばならない。時間との勝負だと思った。

 ドアに耳をつけて足音に耳を澄ませた。やつらの足元は草履だ。靴ではないから足音がわかりにくいのが厄介だった。

 誰もいない。

 思い切って、ドアを開けた。息を殺し、気配を探る。

 よし。敵影なし!

 タタタッと足早にタラップを降り、エンジンルームを目指した。

 ミカサの全長は百数十メートルはある。単独で前後の弾薬庫を敵兵を排除しながら行き来している暇はない。もっとも手っ取り早い方法は伝声管を使うことだが、それが集中するブリッジは占拠されている。

 エンジンルームにはヨードルがいる。ミカサの主である彼なら、前後の弾薬庫と連絡を取る方法を知っているかもしれない。

 不思議なことにヨードルの顔を思い浮かべると心の中に暖かい余裕が生まれた。何故かは知らない。あの大きな身体を見上げていると、顔も覚えていない父を思い起こさせる。

 もしかすると父はこんな人だったのではないか、と。

 タラップを降りる途中、通路に人影を見つけた。

 敵兵か?!

 一瞬身体が強張ったが、それは金髪をおさげにした水兵だった。大声は出せない。ヤヨイは素早く彼女の背後に忍び寄り、とんとん、肩を叩いた。

「ひいっ!・・・」

 驚いて振り向いた彼女の口に人差し指を当てた。

「静かに! こんなところで何をしているんです」

 半そでの線が3本。階級は上等水兵だった。彼女は敬礼して詫びた。

「す、す、す、すいませんっ、少尉どのっ!」

「それはいいから。すぐに食堂か居住区に入って。ミカサはわたしが必ず取り戻す。それまで大人しくしていて。他の人にもそう伝えて。いいわね?」

 そう言い残し、さらに階下に降りた。

 幸いにもエンジンルームまでの通路には敵兵はいなかった。

 曳航準備に多数の人手を要し、まだ艦内の警備やヤヨイの捜索にまでそれほどの人数が回せていないせいだろうと推測した。艦内を動きまわるならば、今が好機だ。

 辺りを警戒しながら、ドアを叩いた。

 グラッ!

 ふいに足元に重力加速度を感じた。


 


 

 ハンクはやることがなかった。

 電機室に籠って、ベアリングの入った麻袋の中から適当に掴んで薄汚れたオイルパンにぶちまけ、それを左右交互に持ち上げて真っすぐな軌跡を取らない不良品を選り分ける作業を延々と続けていた。

 最低限のアイドリングで回り続けるエンジンはこれまでになく静かだった。釜も一つしか炊いていない。

 銃を持った先任士官が十数名の砲術科の兵たちと一緒にこのエンジンルームに押し込んできてから、もう小半時も経っていた。

 あ~あ、やってらんねえ!

 投げ出したオイルパンの中のベアリングの玉がてんでバラバラに転がった。

 と、それが一斉に片方に転がってオイルパンの片隅に整列した。

 え?

「おっとお・・・」

 床が傾き、しゃがんで作業していたいたハンクをオイルパンの中のベアリングが集まった方向と同じ向きに倒しそうになった。

 艦が動きだしたのだ!

 それはエンジンルームの傍らで砲術科の水兵相手にマルバツの陣取りゲームで暇をつぶしていたヨードルも感知した。

「艦が動いてますよ、先任!」

 砲術科の水兵が律儀に言った。

「わかってる。曳航しようとしてるんだ。どこへだかは知らんが・・・」

 副長の命令でこのエンジンルームに武装兵を引き連れてきてからもう30分は経った。さしあたってヨードルがすべきことはまだなにもなかった。彼がすべきこと。それは兵たちを抑え、耐えることだった。だからこの非常時に陣取りゲームなんかしている。だが無為に時を過ごすのは死ぬほど暴れるよりも辛いものだ。

 せっかく武装した兵があるのだから、イチかバチかで打って出ることもできる。だがこちらは白兵戦の経験がない兵ばかりだ。しかも狭い艦内では性能の良い銃の有利はまったく失われている。やつらが半月刀を振り回して向かって来たら、太刀打ちできる兵などこのミカサにはいない。

 しかも命令は、

「別命あるまで立て籠もれ!」

 だった。

 それに艦の外の状況が全く分からない。副長や長官たちはどうしたのだろう。

 自室の黒猫ちゃんはどうしているだろうか。今朝餌を与えたきり、トイレも行かしていない。アイツのことだから、退屈して寝ていてくれればいいのだが。

 ノビレ少佐はヨードルが押しかけてからずっと操作卓の前に陣取って腕を組み、瞑目している。この人も変わっている。

 カンカン。

 エンジンルームにドアの叩く音が響いた。

 武装した立て籠もり兵たちが一斉に緊張し、銃を構えた。

 ヨードルはドアの傍に立った。コン、コンと返事をしてみた。チナ兵ならノックなどはしないだろう。士官の誰かがチナ兵をやり過ごして来てくれたのだろうか。

「先任士官、ヨードル海曹長はいますか? ヤヨイです」

 たしかに彼女の声だ。チナ兵がヨードルや、ましてやヴァインライヒ少尉のファーストネームを知るわけがない。だが、脅されている場合もある。

「少尉、おひとりですか」

「はい」

 ヨードルは無言で少佐をドアの傍に招いた。

「少佐、通信科のヴァインライヒ少尉です。間違いありません。ドアを開けます」

 ノビレ少佐は頷いた。ドアを開けた。

 ブルネットを後ろに束ねた小さな影がスルッと入って来た。

「みなさん、無事ですか?」

 本来なら守ってやりたくなるような華奢で可憐な美少女から、逆に安否を気遣われるのには違和感があった。

「ハイ、全員無事です。でも、少尉。丸腰じゃないですか! しかもおひとりで。よくご無事で。チナ兵に見つかりませんでしたか?」

「何故か、大丈夫でした」

 美少女はニコと笑った。

「海曹長と少佐に今の状況をお伝えしたかったのと、前部後部の弾薬庫に詰めている方々へ連絡を取りたくてご相談に来たのです」

 この非常時に「相談」などと・・・。平生の単語が発せられたこともヨードルの違和感を増幅した。

「艦内と外は今どうなっているのだ」

 ノビレ少佐は当然の質問をした。


 

 ヴァインライヒ少尉は今のミカサ内外の状況をかいつまんで説明してくれた。

「なるほど。状況は理解した。だがさしあたって我々としては何をしたらいいのだろう」

 腕組みしたままノビレ少佐は青い肌をより青くして困惑していた。

「いいえ。しばらくはこのまま『籠城』していてください。くれぐれも自棄を起こさないように。今は耐えるときです。前後部の弾薬庫にもそれを伝え、励ましたいのです。

 あと1時間でヴィクトリーがこの海域に到着します。敵の本拠地までどれほどの時間かわかりませんが、それまでになんとか艦内の敵を少しでも排除したいと思います」

「ですが、あの、少尉。排除すると言われましたが、あなたは一体・・・」

 あきらかにヨードルも、だった。困惑を思い切り露わにし、穴のあくほどヤヨイを見つめた。無理もなかった。今の今まで、帝国の最高学府から通信機の運用の応援のために臨時士官としてやって来ただけの、ただの学生だと思っていたのだから。

「そうですね。それについてはいろいろご説明したいのですが、今はその時間がありません。

 さしあたって前後部の弾薬庫と連絡を取りたいのです。手っ取り早く、例えば伝声管を途中でインターセプトするようなことは出来ませんか?」

 ヨードルはしばし艦内の構造を思い描いた。

「パイプスペースならいけるかもしれません。伝声管と艦内配線と送風ダクトが集中している場所があるのです。自分はデカ過ぎて入れませんが、少尉なら可能かもしれません。ただ、就役してからまだ一度もそこを点検しておりませんので正確な場所がわかりません。自分の部屋に艦内詳細図の写しがあります。それを見れば・・・」

「では海曹長の部屋に行きます」

「おひとりでですか。それは無謀です!」

「でも一人の方がラクなのです」

「自分がついていきます!」

 娘のような少女をたった一人でチナ兵が充満する艦内を行かせるわけにはいかない。

「そうですか。じゃあ、お願いします。あ、でも銃は置いていきましょう」

「え?」

「銃は持っていない方が安全な時もあるのです」

 無茶苦茶だ!

 ヘルメットを差し出したが、それも必要ないという。

「少尉。お言葉ですが艦内の将兵の安全を預かる責任者として、それはあまりにも・・・」

 美少女はヨードルの腕にそっと手を触れた。

「信じてください、フレッド。一緒に来ていただければ、意味が分かります」

 大男は、沈黙した。
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