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第二章 対決
55 女首領との一騎打ち
しおりを挟む「フラウ・ミン!」
ヤヨイとヨードルが潜んでいることなどは知るはずもない前部主砲塔の脇を、ルメイは両手をあげて歩いた。撃つなというジェスチャーだ。
「ヘル・ルメイ! 何しに来たのだ!」
舳先のポールに縛り付けた司令長官の傍で、レイはノコノコ歩いてきたルメイに困惑した。大人しくブリッジに居ればいいものを。この接所にお気楽な亡命希望者など用無しだ。
「あなたを説得しに来たのだ」
手下どもがまなじりを決して銃や半月刀を構えている中を掻き分けるように、ルメイは舳先のレイの傍までたどり着いた。
「あの娘、ヴァインライヒ少尉を殺してはいけない。それは貴国の損失になる。それを言いに来たのだ」
チラと縛られたワワン中将を見やった。彼は侮蔑を込めた視線をルメイに向けて黙っていた。
「通信機のエキスパートだからというのだろう。それはもう聞いた。だが、それ以上に、あの娘を生かしておくことは危険なのだ!」
「貴国がこのミカサを手に入れたとしても、単艦ではその価値は半減する。軍艦というものは艦隊で運用してこそその価値を2倍にも3倍にも高めることが出来る。
それには通信や連絡が欠かせないのだ。
通信機がどれほど有用なものか、あなたも十分に知っただろう。
遠く離れた部隊や船同士が連絡し合うことができるのだ。現に本艦からの通報が他の3艦に届いている。遠く本国の首都や母港の軍令部と直接やり取りもできるのだ。貴国はこの機会にネットワークの重要性に着目すべきだ。それはこの戦艦部隊や数個軍団に匹敵する価値を持つ。一時の怒りに身を任せて衝動的に行動すべきではないと言いたいのだ!」
「今は軍事学の講義を聞いているときではない。すでに賽は投げられたのだ。
大佐! もう、遅いのだ!」
「あなたはおろかだ。みすみすこの戦艦以上の価値を持つ者を殺そうとしているのだぞ、それがわからないのか!」
「これ以上の問答は無用だ。
ヤオピン! この男をブリッジに連れていけ。面倒なら舵輪にでも縛り付けてかまわん!」
「フラウ・ミン!」
なおも食い下がろうとするルメイの目に、キラッ、一閃の光が差した。
「あ・・・」
チナ兵たちの最前列でふいに声が上がった。
レイの視線が、次いで縛られたワワン中将の視線が、前部回転砲塔の上空に向いた。
高く上がった陽光をキラキラ反射させた小さな物体が、放物線を描きながらくるくると飛んでくるのが見えた。
その、刹那。
大爆発がミカサの艦体を揺るがせた。
砲塔の上を、左右を、凄まじい爆風が通り抜けた。だが、砲塔の陰になっていたおかげでヨードルとヤヨイ、2人のダメージは少し耳が聞こえにくくなった程度で済んだ。
爆風で吹き飛ばされてきたのだろう、目の前のオーク材の甲板ににダンッ、と半月刀が突き刺さった。
「大丈夫か、ヤヨイ!」
わが身が庇っていたはずの娘の姿はいつの間にか風のように消えていた。
砲塔の陰から慎重に首を出し、艦首方向を窺った。爆発煙の消えやらぬ中、最後の戦いに臨む軍神マルスの娘の神々しいまでの眩しい後姿が、敵兵たちに向かっていくのが見えた。
爆発は前部主砲直下に集結していたレイの手下たちのほぼ直上で起きた。目も眩むほどの閃光と巨大な爆圧のためにレイの身体は吹き飛ばされ、舷側の鎖の手摺に叩きつけられた。耳を抑えながらその衝撃から身を起こした。あたりはまだ煙に包まれていた。
「お前たち! どうした! 大丈夫か?!」
風もない。曳航される速度も緩慢なため、爆発の煙はなかなか晴れなかった。
「うわーっ!」
「ぎゃああっ!」
レイは起き上がった。煙の中から兵たちの断末魔のような呻きや叫び声が次々に響いた。
くそっ、やはり、あの娘だ!・・・。
ゆっくりと消えて行く煙の中に2門の健在な主砲が聳え、その下に何人もの浅葱色の部下たちが斃れていた。爆発の衝撃を耐えて立ち上がった兵たちもいたが、一人、また一人と叫び、倒れていった。
それは、悪鬼の所業だった。
紺色の服を纏い白く長い脚を晒したニンフ、妖精のような軽やかな影が、両手に半月刀を振り回し、兵たちの首を、胴を切り裂きながらくるくると舞い、回り、その度に、部下たちの命が一人、また一人と、消えていった。
レイは、生まれて初めて背中に怖気が走るのを感じた。
あれはもう、同じ人間ではない。悪鬼だ。魔物だ。
初めて出会う、自分たちとは次元の違う、怪物だ・・・。
「だから、忠告したであろう」
背後から、あの小憎らしいジジイの声が響いた。
「これ以上、あの軍神マルスの娘を怒らすなと。お前たちがあの娘をあのような恐ろしい悪鬼に変えたのだ。あの娘は、私の生死に拘わらず、お前を地獄に送るだろう。
逃げるなら、今の内だぞ」
「クッ・・・」
悔しさがこみ上げ、思わず奥歯を噛み締めると、
「わたしを呼んだのはお前だな」
気が付くとすぐ目の前に、ニンフが、真っ白な美しい脚を晒し、血を滴らせた半月刀を下げた妖精のような悪鬼が立っていた。悪鬼は、また新たな血を欲してでもいるかのように、レイににじり寄って来た。
「ご要望通り、来てやったぞ。勝負したいのなら、かかってこい!」
反射的に刀を抜いた。だがレイがそれを振りかざしても、刀を構えるでもなく、少女はごく自然体で、そこに立っているだけだった。
一見してあまりにもスキだらけに見える。
が、少女から放たれる、恐ろしいほどの強烈な殺気、死のオーラに、レイはにわかに身が竦んでしまっていた。
「我が帝国の海の守り神、ミカサを奪おうとしたお前の任務は、失敗した。
お前の手下たちも、ほとんど殺した。お前も、殺す。
どうした。
手下がいないと何もできないのか。わたしさえ殺せば、お前の任務を果たせるのではないか? 今が、最後のチャンスだぞ」
「・・・ぬうっ!」
「長官、ご無事ですか!」
白いニンフはレイの肩越しに司令長官に呼びかけた。
「無事だ。だが私にかまう必要はない。存分に、やれ!」
「わかりました」
ニンフはレイに向かって刀を構えた。最初は正眼に。次第にゆっくりと刀をあげ、片手で振りかざし、片手は手刀に変えて構えを作った。
「任務に失敗し、部下の大半を死なせ、失ったお前に指揮官の資格はない!
この上は艦内の残った部下と共に逃げるのが上策だと思うが、それもイヤならわたしを倒すしかない。さあ、かかってこい! さもなくば、こっちから行くぞ!」
レイの恐怖は、頂点に達した。
「ほざくな、小娘っ! キェーッ!」
悪魔の挑発に乗り、半月刀を振りかぶって奇声を発して躍りかかったレイだった。
が、簡単に躱されて刀も弾き飛ばされ、吹っ飛んだ。
そこに、倒れた部下が残した銃があった。
ピュンッ!
「ウッ!」
思わず伸ばした手の甲に、小さな刃物が突き立った。
仕込み靴からヤヨイがもぎ取った、テイの心臓を貫いた刃物であることまでは、レイにも知る術はなかった。
「こ、小癪なっ!」
その小さな刃物を抜き、逆に帝国の白い悪魔に投げ返そうとして、振り上げた彼女の腕を、回転しながら飛んで来た悪魔の半月刀がシュンッ、と掠めた。
「ぎゃーっ!・・・」
レイの右の手首から先が飛び、ころん・・・。オークの甲板に、転がった。
もはや、これまで・・・。
チナの女首領は、首から下げた笛を吹いた。
そして、帝国の悪魔のような女戦士を睨みつけ、舷側に走り、運河に飛び込んだ。
舷側の下に小さな水飛沫があがった。
「あの靴のナイフ、取っといてよかった」
ゆっくりと後方へ流れ去っていく波紋を見送りながら、ヤヨイはつぶやいた。
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