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第四部 ついにもぐらとの死闘に臨むマルスの娘。そして、愛は永遠に。
80 こいつ・・・、狂ってる!
しおりを挟む「で、どうしろというのだ」
不幸なアクセルの腹の上に置かれていた熱い鍋は取り払われ、ネズミの籠も外された。ニセ司祭たちは用が済んだネズミたちを真っ赤な炭の鍋の中に放り込みフタをした。束の間ちゅうちゅう鳴いていたネズミたちはすぐに大人しくなった。ニコライの執務室に腐った肉を焼くイヤな臭いが漂った。
ネズミたちに腹を食い破られたアクセルを見るには忍びなくて目を背けた。彼は激しい息をして激痛の余韻を耐えていた。早く手当てが必要だが、今は、どうしようもない。
「簡単なことですよ」
ヤヨイと対峙していたニコライはこともなげに言い放った。
「ヤヨイ殿。貴女はこれから私とともにハーニッシュの陣営に赴く。そこでこう仰っていただく。
『ノール王家はこのわたしを亡き者にしようとした。どうかわたしと共に立ち上がってください!』
それだけです」
たしかに、皇太后がヤヨイの抹殺を謀ったのは事実だったが・・・。
中身が「ニセモノ」だと知ってもなお、「もぐら」はヤヨイに「商品価値」を認めているのだ。
「そうすれば、ハーニッシュ達は命を顧みずに王国軍を蹴散らし、この王都に進撃してくるでしょう。それに呼応し、ノール全国の労働者たちも一斉に立ち上がり、全土からこの王都に向かってやってくる!
さしもの内務省も陸軍もこうなっては対応不能! 現王家とノール政府は一日と持ちますまい。
革命の成就です、ヤヨイ殿!」
どこか熱に浮かれた者のように、ニコライは吼えた。 Wahnsinnigen ヴァンセニグン。「狂人」という帝国語の言葉が浮かんだ。
「すでに、そういう手はずになっているのですよ!」
と。
それまで姿を消していた大司教がまた現れた。
「глава!」
北の言葉でニコライに呼びかけた。
ヤヨイにはわからない。その上声を忍んでひそひそと交わされた二人の会話の後に、
「серьёзно?! 」
ニコライは驚いたように大司教を見つめた。
そして、満面の笑みを浮かべた。
「здорово! 」
ズドーロボ。そう聞こえた。
「совершенство! Peer!」
あまりにも異質な発音のあとに、確かに、「ペール」という言葉が聴きとれた。
ペールが、何かに関係しているのか。すぐ近くまで来ているのだろうか。もしかして、ハーニッシュの蜂起を扇動したのはペールなのか? やはりハーニッシュの蜂起は「もぐら」の工作なのか!
わずかなチャンスを探るため、ヤヨイの頭脳はフル回転であり得べきいくつかの可能性を走査した。
控えていたニセ司祭たちに何事かを命じたニコライ、「もぐら」は、大司教にも早口で何かを命じ、最後にヤヨイにこう言った。
「どうやら、表に貴女のお仲間がお出迎えに来られているようですよ。ノールか帝国のね。
でも、ご心配には及びません。我々は、必ず勝利します。
では参りましょうか、『バロネン・ヴァインライヒ』。我々の、勝利のために」
ニコライは漆黒の瞳でヤヨイを見下ろし、顎を摘まんだ。そして、冷たいキスをした。唇が凍りつくかと思った。
再び大司教がヤヨイの背後に回った。かちゃかちゃ。両手に冷たい金属の感触。手錠か。
そして縄が解かれ、ヤヨイを立たせた。またもや不必要にお尻や胸を触ってきた。
何かウラがあるかと訝ったが、コイツ、正真正銘の「単なるスケベ」だ! ただそれだけの男だ!
要するに、「もぐら」の道具でしかないヤツだ。
後から、絶対に殺してやる!
そう思うと、なんとか気持ち悪さも耐えられた。
「не трогай! 」
ニコライが咎めるような言葉を吐いた。触るなとでも言っているのだろう。
大司教は大人しく従った。顔は全然似てない。おそらくは父でも何でもないのだろう。おそらくは、他の手下の手前、そういうギミックを用いているのだ。この気持ちの悪いのを使って皇太后に取り入り、ノールの中枢に食い入るための。
大司教の屈強な力に腕を掴まれながら、ヤヨイは曳きたてられた。
「もう一つ、質問をいいか」
ヤヨイは、言った。
「いいですが、手短に。これから、ショータイムですのでね」
「なぜ、おまえはノールを倒したいのだ」
ニコライは階下へ通じるドアを開けた。
そして、言った。
「それは、違う」
ニコライは、振り向いた。メデューサの深淵が、ヤヨイを捉えた。見つめられると石にされてしまいそうな錯覚すら覚える。
「ノールだけではない。帝国も、チナも何もかも全てだ。
私は、この世界全てを滅ぼしたいのだ!
と、「もぐら」は言った。
「1000年前に、神が滅ぼし漏らし、またぞろ殖えはじめた薄汚れた人間どもを、皆殺しにしたいのだ!
一人残らず、この世から抹殺したいのだ!
なぜならば、今生きている者どもはみな『ソドムとゴモラ』の生き残りだから。
神が作った失敗作だから。退廃と汚辱に塗れた忌むべき者たちだからだ。
1000年前にあまねく全て殺しつくしたはずなのに、なぜか生き永らえてまた殖えようとしているから。
神の意志に反して。
故に、呪われた者たちは、この世から全て消え去らねばならないのだ! 」
ニコライは手づからヤヨイに司祭たちと同じカズラを被せ、アタマにフードを降ろした。
そして、再び、ヤヨイに氷のキスをした。
こいつ・・・、狂ってる!
狂気という、初めてまみえる敵に、ヤヨイは体の芯から戦慄した。
突然、激しい複数の銃声が響いてきた。ヤヨイは現実世界に引き戻された。
ロシア語訳
глава お頭、指揮官
серьёзно? 本当か?
здорово 素晴らしい
совершенство 完璧だ
не трогай! 触れるな!
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