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1974
19 Get It On
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高校と同じように、当時は大学も土曜授業がありました。一年生は大体がまだ共通科目を受講していましたから、みんな午前中は授業を受け、一度家に帰ってからそれぞれ現地へ向かうことになっていました。
寮に帰ると真っすぐにお風呂に行きました。お湯は沸いていませんがお風呂の残り湯は夕方におばちゃんズが洗うまで一日中張ってありました。その残り湯で髪を洗うためです。ついでに身体も磨きなおしました。ムダ毛も処理しました。入念に髪を乾かし、服に石鹸の匂いを擦り付けるのは高校時代からの身だしなみです。
ヤマダさんはあのように言いましたが、是が非でも誰か男をモノにしてやろうなどとは少しも思っていませんでした。そこは成り行きで構いませんでした。ただ、見下げられるのがイヤだっただけです。気があるなら、相手ぐらいはしてあげてもいいよ、的な。堂々たる態度で臨みたかっただけです。
化粧にもっとも時間をかけました。大学生ですからもちろん夜のおねえさんのようなものではなく、鼻毛のチェックから始まって眉毛を整えたり丁寧にクリームを塗りなおしたり、何本かあるリップの中から一番大人しめのものを選び、爪の甘皮や爪先へのやすり掛けなど、要は可愛い新入生と思われたいための演出でした。
ジェーン風の一番スカート丈の短い、ぱんつが見えそうなくらいのワンピースに生足。編み上げのサンダルを履いて戦闘準備は整い、出撃しました。
「がんばってね。応援してるから」
サナが見送ってくれました。
「約束のビール、忘れないでね」
「それはまた明日ね。今夜はもしかするとそれどころじゃないかも・・・」
少しだけ虚勢を張って、わたしは駅に向かいました。
居酒屋の店内はすでに超満員でした。そのほとんどがわたしたちのような新歓コンパだったでしょう。当時流行っていたグラムロックの申し子、T-REX、マーク・ボランのGet It Onが大音量で流され喧騒をさらに高めていました。
Get it on, bang a gong, get it on
Get it on, bang a gong, get it on
派手におっぱじめようぜ!
何を?
そりゃあ、決まってるでしょう・・・。
そういう意味があるのをその後に知り合った男の誰かから教えてもらったような気がします。それが誰だったかは今では全く思い出せませんが。
わたしたち三十名弱の席の周りはもう全て盛り上がりまくっていました。
午前中授業のなかった二三年生の手で全ての準備は整えられていました。一年生8名が一人ひとり男子とペアになるように席に名札まで置いてありました。これでは新歓コンパではなくまるでお見合いパーティーです。その実、その通りでしたが。
二三四年生がその間にちょこちょこ分散して収まり、盛り上げようというのでしょう。
「席についたら一年生は名札付けてね。ミオ、ちょっといいかな」
ヤマダさんに呼ばれ、一度席を立って座敷の外に出ました。華やかなモスグリーンのドレスが似合っていました。
「悪いけど、あなたには一番ダサダサなのをアテンドしちゃったから。でもソイツ優秀なリベロなの。うちの二年生を強化するためにどうしてもとっ捕まえたいの。来てもらいたいの。ロリコンて話だから他の子に興味ありそうだったらそっちを優先するけど、最初からあなた以外の子につけるとそこで話が終わっちゃうかもだから。それぐらい、キモいヤツなの。あなたに引っ付くようだったらとりあえず二次会まではガマンして付き合ってやって。それ以上は望まないから。くれぐれも、頼むわね」
わたしは人身御供か。
そう思いましたが、ここで爆発しても仕方ありませんし、ヤマダさんという先輩にだんだん人間として女として惹かれるものを感じていました。一肌ぐらいは脱いでやろうかという気持ちになっていました。
そして、敵が来ました。
そのキモいリベロがわたしの露出した二の腕に触れんばかりに座ったとき、魚の腐ったような息の匂いがしました。
「市ヶ谷女子大一年生ハヤカワです。よろしくお願いします。ビールでいいですか」
思いっきり作った笑顔でカンパイ用のビールを彼のグラスに注ぎました。
「ヤナダです・・・」
コイツはキモいだけじゃないぞ。クラいんだ! わはは・・・。
心の中で茶化さなければ、やってられませんでした。
二年生が仕切って四年生の部長がカンパイの音頭を取り、とりあえずグラスを煽らないようにチビチビしながら彼に質問するネタを考え続け話題を振り続け、飲ませまくりました。
ふと周りに目を向けると懸命にヤナダをホステスするわたしとは逆に男たちに煽てられ、盛り上げてもらっているヤツばかりでした。わたしひとり、貧乏くじだったようです。
気を取り直してヤナダをみやれば、彼は前評通りのロリコンだったらしいです。一年生の中の最もお嬢様のお人形さんのように可愛いコをネットリとした視線で、文字通り、目で舐め回していました。視姦というやつです。
わたしはヤマダさんに目でサインを送りました。それに対してウンウンと「わかってる」のジェスチャーがありました。
そのときふいにわたしの生の太腿にねっとりとした感触がありました。
ヤナダは目では可愛いコちゃんをネットリしながら、テーブルの下ではわたしの身体をネットリ触ってくるのです。アイドルのグラビアを見ながら彼女とセックスする男の子の話を聞いてサイテーだなと呆れましたが、その「サイテー」が自分のすぐ横で太腿を撫でまわしてくることになるとはまったくもって予想できませんでした。
「あの、ヤナダさん。二次会、行きますか」
でもまだ作り笑顔はできていました。
「あの子は、行くのかな」
せめて話してる人の顔見ろよ、と言いたくなりました。
「訊いて来ましょうか」
わたしは席を立ってヤナダのアイドルのところに行きました。指で肩をつつきました。
「(あんた、二次会どおすんの)」
「(ごめんなさい。親がうるさいので、これで・・・)
わたしは「わかった」のジェスチャーでお人形さんの肩を叩きました。
「ごめんなさい、彼女、この後予定が・・・」
席に戻りヤナダに耳打ちしました。
「あの子は、行くのかな」
「は?」
「あの子は、行くのかな!」
健全なる精神は健全なる肉体に宿る。
誰が言ったのか知りませんが、そんな言葉は完全に絶対に、ウソです。わたしが保証します。
わたしは、それで、キレました。
「ヤナダさん。もしよかったら、二次会じゃなくて、もっといいところ、行きませんか?」
「え?」
彼の眼がやっとわたしを捉えました。
あんなに身も心も燃え上がったワシオ君と別れ、一年以上も男から離れた生活を送っていたせいなのか、何かが鬱屈していたのかもしれません。自暴自棄の極みでした。
時間が早かったせいか土曜の夜なのに空室はすぐに見つかりました。
さすがにキスは出来ませんでした。
汗かきで脂性のヤナダを先にお風呂に入れ、覚悟を決めました。
彼がお風呂から上がるとタオルを持って飛びつき、自分は服を着たまま彼の身体を拭きあげつつ、乳首に舌を這わせました。
「経験、ありますか?」
「・・・」
「無理に答えなくてもいいで・・・」
「あるよ、それぐらい!」
彼の唇と膝が小刻みに震えていました。
「さっき、触ってましたよね。触っていいですよ。触りたいんでしょう?」
彼の手がワンピースの上からわたしの乳房を握り締めました。激痛でしたが、耐えました。なんでこんなことしてるんだろう。お前、バカだろ? 自分で自分を責めました。でも、バカじゃなきゃ、こんなこと、デキません。
彼のを握りました。皮を被っていましたが、引き下げるとムケました。ワシオ君の半分より少し大きいものが硬くなっていました。
先手必勝。短期即決!
猛烈に、ソフトに、それをシゴきました。彼のうなじに唇を這わせ、舐めました。
「気持ちいいですか、ヤナダさん・・・」
「あう、は、う」
「気持ちいいんですね。出していいですよ」
「うはっ、ああ、で、でそ、でるぅ・・・く、あ・・・ふ、うっ!」
「出してください。思いっきり、出して。・・・出せっ!」
その瞬間、白いものが目の前のカーペットに飛び散りました。何度も、何度も。
がっくり、その場に頽れたヤナダを見下ろし、落ちていたタオルで手を拭きました。
「気持ちよくなってくれて、嬉しかったです。これからも市ヶ谷女子大バレー部をよろしくお願いします。ヤナダさん、頼みましたよ。お願いしますね?」
そう言ってヤナダを残したまま部屋を出ました。
新宿駅のトイレでしつこいほど手を洗い、黄色い電車に乗りました。
ふと、思うところがあってヤマダさんに連れて行ってもらった喫茶店に寄りました。
「いらっしゃい。・・・ああ、ミオちゃん、だっけね。今日は新歓コンパだったんだろう」
マリオのマスターがわたしを覚えていてくれたことに少し安堵しました。
「・・・喉乾いちゃった。ビール、貰えますか」
洗面所に行きもう一度手を洗いました。きつく擦り合わせ、石鹸が小さくなるほど手の間で弄びました。あまり長い間手を洗っていたので手がかじかむほどでした。
カウンター席に戻り、出されたビールの横に伊藤博文さんを一枚置きました。
「どうしたの、顔が青いよ」
お金を取りに来たマスターが心配そうに覗き込んできました。
すると表のドアが開き、モスグリーンのドレスのヤマダさんが入ってきました。
「やっぱり。来てるんじゃないかな、って思ったんだ」
不覚にも涙がこぼれました。そのわたしを彼女はそっと抱いてくれました。
飲んでも飲んでも酔えませんでした。目の前にはもうビールではなくウィスキーのソーダ割がありました。ヤマダさんは面倒だったのか、カウンターの上に千円札を何枚も並べていました。
「よくやったよ、ミオ。そこまでやりゃ上出来。アイツはもう卒業するまでウチに頭上がんないよ。来いって言えば来るよ、必ずね。
アイツらマッチョ気取ってるからね。下級生の女の子モノにもできずに手でイカされたなんて、死んでも知られたくないはずだからね。何度も言うよ。あんたはよくやった。エライぞ、ミオ! 飲みな。わたしが全部奢るから、好きなだけ飲みな!」
あなた、が、あんた、に変わっていました。ヤマダさんのほうが酔ってる感じでした。
「ねえ、ミオ・・・」
「・・・はい」
「あんたのさ、初体験の相手って、同級生? 今、そのカレ、どうしてる?」
なにげないその言葉に、またもやわたしの涙腺が緩みました。それから急に酔いが回ってきた感じでした。
「やっぱ、・・・そうか。そんなことじゃないかと思ったんだ。そうでもなけりゃ、いくら上級生から頼まれたからって、あんなことまでしないものね。
好きだったんだね、その子のこと」
うわ~ん!
ずっと胸の奥に溜まっていたもの。一年以上もしまい込んできたものが噴き出してきました。止まりませんでした。止めることが、できませんでした。
お客さんはもう一人か二人ぐらいしかいませんでした。だから、そんなには迷惑掛からなかったと思います。というのも、そのヤマダさんの言葉から記憶があいまいになり、ぼやけ、真っ暗になり、気がついたら知らない部屋の知らないベッドの上で知らない天井を見上げていたのです。
わたしは丸裸で、隣には知らない男の背中がありました。
寮に帰ると真っすぐにお風呂に行きました。お湯は沸いていませんがお風呂の残り湯は夕方におばちゃんズが洗うまで一日中張ってありました。その残り湯で髪を洗うためです。ついでに身体も磨きなおしました。ムダ毛も処理しました。入念に髪を乾かし、服に石鹸の匂いを擦り付けるのは高校時代からの身だしなみです。
ヤマダさんはあのように言いましたが、是が非でも誰か男をモノにしてやろうなどとは少しも思っていませんでした。そこは成り行きで構いませんでした。ただ、見下げられるのがイヤだっただけです。気があるなら、相手ぐらいはしてあげてもいいよ、的な。堂々たる態度で臨みたかっただけです。
化粧にもっとも時間をかけました。大学生ですからもちろん夜のおねえさんのようなものではなく、鼻毛のチェックから始まって眉毛を整えたり丁寧にクリームを塗りなおしたり、何本かあるリップの中から一番大人しめのものを選び、爪の甘皮や爪先へのやすり掛けなど、要は可愛い新入生と思われたいための演出でした。
ジェーン風の一番スカート丈の短い、ぱんつが見えそうなくらいのワンピースに生足。編み上げのサンダルを履いて戦闘準備は整い、出撃しました。
「がんばってね。応援してるから」
サナが見送ってくれました。
「約束のビール、忘れないでね」
「それはまた明日ね。今夜はもしかするとそれどころじゃないかも・・・」
少しだけ虚勢を張って、わたしは駅に向かいました。
居酒屋の店内はすでに超満員でした。そのほとんどがわたしたちのような新歓コンパだったでしょう。当時流行っていたグラムロックの申し子、T-REX、マーク・ボランのGet It Onが大音量で流され喧騒をさらに高めていました。
Get it on, bang a gong, get it on
Get it on, bang a gong, get it on
派手におっぱじめようぜ!
何を?
そりゃあ、決まってるでしょう・・・。
そういう意味があるのをその後に知り合った男の誰かから教えてもらったような気がします。それが誰だったかは今では全く思い出せませんが。
わたしたち三十名弱の席の周りはもう全て盛り上がりまくっていました。
午前中授業のなかった二三年生の手で全ての準備は整えられていました。一年生8名が一人ひとり男子とペアになるように席に名札まで置いてありました。これでは新歓コンパではなくまるでお見合いパーティーです。その実、その通りでしたが。
二三四年生がその間にちょこちょこ分散して収まり、盛り上げようというのでしょう。
「席についたら一年生は名札付けてね。ミオ、ちょっといいかな」
ヤマダさんに呼ばれ、一度席を立って座敷の外に出ました。華やかなモスグリーンのドレスが似合っていました。
「悪いけど、あなたには一番ダサダサなのをアテンドしちゃったから。でもソイツ優秀なリベロなの。うちの二年生を強化するためにどうしてもとっ捕まえたいの。来てもらいたいの。ロリコンて話だから他の子に興味ありそうだったらそっちを優先するけど、最初からあなた以外の子につけるとそこで話が終わっちゃうかもだから。それぐらい、キモいヤツなの。あなたに引っ付くようだったらとりあえず二次会まではガマンして付き合ってやって。それ以上は望まないから。くれぐれも、頼むわね」
わたしは人身御供か。
そう思いましたが、ここで爆発しても仕方ありませんし、ヤマダさんという先輩にだんだん人間として女として惹かれるものを感じていました。一肌ぐらいは脱いでやろうかという気持ちになっていました。
そして、敵が来ました。
そのキモいリベロがわたしの露出した二の腕に触れんばかりに座ったとき、魚の腐ったような息の匂いがしました。
「市ヶ谷女子大一年生ハヤカワです。よろしくお願いします。ビールでいいですか」
思いっきり作った笑顔でカンパイ用のビールを彼のグラスに注ぎました。
「ヤナダです・・・」
コイツはキモいだけじゃないぞ。クラいんだ! わはは・・・。
心の中で茶化さなければ、やってられませんでした。
二年生が仕切って四年生の部長がカンパイの音頭を取り、とりあえずグラスを煽らないようにチビチビしながら彼に質問するネタを考え続け話題を振り続け、飲ませまくりました。
ふと周りに目を向けると懸命にヤナダをホステスするわたしとは逆に男たちに煽てられ、盛り上げてもらっているヤツばかりでした。わたしひとり、貧乏くじだったようです。
気を取り直してヤナダをみやれば、彼は前評通りのロリコンだったらしいです。一年生の中の最もお嬢様のお人形さんのように可愛いコをネットリとした視線で、文字通り、目で舐め回していました。視姦というやつです。
わたしはヤマダさんに目でサインを送りました。それに対してウンウンと「わかってる」のジェスチャーがありました。
そのときふいにわたしの生の太腿にねっとりとした感触がありました。
ヤナダは目では可愛いコちゃんをネットリしながら、テーブルの下ではわたしの身体をネットリ触ってくるのです。アイドルのグラビアを見ながら彼女とセックスする男の子の話を聞いてサイテーだなと呆れましたが、その「サイテー」が自分のすぐ横で太腿を撫でまわしてくることになるとはまったくもって予想できませんでした。
「あの、ヤナダさん。二次会、行きますか」
でもまだ作り笑顔はできていました。
「あの子は、行くのかな」
せめて話してる人の顔見ろよ、と言いたくなりました。
「訊いて来ましょうか」
わたしは席を立ってヤナダのアイドルのところに行きました。指で肩をつつきました。
「(あんた、二次会どおすんの)」
「(ごめんなさい。親がうるさいので、これで・・・)
わたしは「わかった」のジェスチャーでお人形さんの肩を叩きました。
「ごめんなさい、彼女、この後予定が・・・」
席に戻りヤナダに耳打ちしました。
「あの子は、行くのかな」
「は?」
「あの子は、行くのかな!」
健全なる精神は健全なる肉体に宿る。
誰が言ったのか知りませんが、そんな言葉は完全に絶対に、ウソです。わたしが保証します。
わたしは、それで、キレました。
「ヤナダさん。もしよかったら、二次会じゃなくて、もっといいところ、行きませんか?」
「え?」
彼の眼がやっとわたしを捉えました。
あんなに身も心も燃え上がったワシオ君と別れ、一年以上も男から離れた生活を送っていたせいなのか、何かが鬱屈していたのかもしれません。自暴自棄の極みでした。
時間が早かったせいか土曜の夜なのに空室はすぐに見つかりました。
さすがにキスは出来ませんでした。
汗かきで脂性のヤナダを先にお風呂に入れ、覚悟を決めました。
彼がお風呂から上がるとタオルを持って飛びつき、自分は服を着たまま彼の身体を拭きあげつつ、乳首に舌を這わせました。
「経験、ありますか?」
「・・・」
「無理に答えなくてもいいで・・・」
「あるよ、それぐらい!」
彼の唇と膝が小刻みに震えていました。
「さっき、触ってましたよね。触っていいですよ。触りたいんでしょう?」
彼の手がワンピースの上からわたしの乳房を握り締めました。激痛でしたが、耐えました。なんでこんなことしてるんだろう。お前、バカだろ? 自分で自分を責めました。でも、バカじゃなきゃ、こんなこと、デキません。
彼のを握りました。皮を被っていましたが、引き下げるとムケました。ワシオ君の半分より少し大きいものが硬くなっていました。
先手必勝。短期即決!
猛烈に、ソフトに、それをシゴきました。彼のうなじに唇を這わせ、舐めました。
「気持ちいいですか、ヤナダさん・・・」
「あう、は、う」
「気持ちいいんですね。出していいですよ」
「うはっ、ああ、で、でそ、でるぅ・・・く、あ・・・ふ、うっ!」
「出してください。思いっきり、出して。・・・出せっ!」
その瞬間、白いものが目の前のカーペットに飛び散りました。何度も、何度も。
がっくり、その場に頽れたヤナダを見下ろし、落ちていたタオルで手を拭きました。
「気持ちよくなってくれて、嬉しかったです。これからも市ヶ谷女子大バレー部をよろしくお願いします。ヤナダさん、頼みましたよ。お願いしますね?」
そう言ってヤナダを残したまま部屋を出ました。
新宿駅のトイレでしつこいほど手を洗い、黄色い電車に乗りました。
ふと、思うところがあってヤマダさんに連れて行ってもらった喫茶店に寄りました。
「いらっしゃい。・・・ああ、ミオちゃん、だっけね。今日は新歓コンパだったんだろう」
マリオのマスターがわたしを覚えていてくれたことに少し安堵しました。
「・・・喉乾いちゃった。ビール、貰えますか」
洗面所に行きもう一度手を洗いました。きつく擦り合わせ、石鹸が小さくなるほど手の間で弄びました。あまり長い間手を洗っていたので手がかじかむほどでした。
カウンター席に戻り、出されたビールの横に伊藤博文さんを一枚置きました。
「どうしたの、顔が青いよ」
お金を取りに来たマスターが心配そうに覗き込んできました。
すると表のドアが開き、モスグリーンのドレスのヤマダさんが入ってきました。
「やっぱり。来てるんじゃないかな、って思ったんだ」
不覚にも涙がこぼれました。そのわたしを彼女はそっと抱いてくれました。
飲んでも飲んでも酔えませんでした。目の前にはもうビールではなくウィスキーのソーダ割がありました。ヤマダさんは面倒だったのか、カウンターの上に千円札を何枚も並べていました。
「よくやったよ、ミオ。そこまでやりゃ上出来。アイツはもう卒業するまでウチに頭上がんないよ。来いって言えば来るよ、必ずね。
アイツらマッチョ気取ってるからね。下級生の女の子モノにもできずに手でイカされたなんて、死んでも知られたくないはずだからね。何度も言うよ。あんたはよくやった。エライぞ、ミオ! 飲みな。わたしが全部奢るから、好きなだけ飲みな!」
あなた、が、あんた、に変わっていました。ヤマダさんのほうが酔ってる感じでした。
「ねえ、ミオ・・・」
「・・・はい」
「あんたのさ、初体験の相手って、同級生? 今、そのカレ、どうしてる?」
なにげないその言葉に、またもやわたしの涙腺が緩みました。それから急に酔いが回ってきた感じでした。
「やっぱ、・・・そうか。そんなことじゃないかと思ったんだ。そうでもなけりゃ、いくら上級生から頼まれたからって、あんなことまでしないものね。
好きだったんだね、その子のこと」
うわ~ん!
ずっと胸の奥に溜まっていたもの。一年以上もしまい込んできたものが噴き出してきました。止まりませんでした。止めることが、できませんでした。
お客さんはもう一人か二人ぐらいしかいませんでした。だから、そんなには迷惑掛からなかったと思います。というのも、そのヤマダさんの言葉から記憶があいまいになり、ぼやけ、真っ暗になり、気がついたら知らない部屋の知らないベッドの上で知らない天井を見上げていたのです。
わたしは丸裸で、隣には知らない男の背中がありました。
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