求めたのはデカダンス

吉田美野

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『ふーん、じゃあ落ち着くところに落ち着いたんだ?』
 電話越しの明日香の声は笑っている。
「ええ、まあ。お騒がせしました」

 その後彼氏とはどうなの、と明日香から来ていたメッセージに「無事解決」と簡潔な返事を送ったのはつい先ほどのこと。すぐに電話が掛かってきた。時間的に昼休憩中なのだろう。

 伊織は自宅でコーヒー片手に女性誌に寄稿するレシピのチェックをしているところだった。志麻のコネで得た仕事だが、勉強になるし、隔月とはいえ定期的に収入の得られる仕事はありがたい。

『あ、ねえ! この間の話の続きなんだけどさ』
「うん?」

 はて、何の話だったかなと考えながらカップに口につけた瞬間、明日香の弾んだ声で『ほんとに媚薬盛るのっ?』という言葉が聞こえて、コーヒーを吹きそうになった。

 媚薬とは? 聞き間違いか?

 噎せるギリギリのところで踏みとどまった伊織は、咳払いしながら「ごめん、何の話だ?」と聞き返す。

『この間〈カタルシス〉で話したじゃん。美味しい料理に媚薬でも盛ったら、って。宏大が来て、話が途中になっちゃったけど、何か言いかけてたじゃない』
「ああ、その話ね……」

 伊織もようやく思い出した――……というわけではない。

 実は、あれからずっと考えていたのだ。

 結局、伊織の心配は杞憂で、星川との関係に抱いていた不安は、一応は解消された……かのように思われた。

 しかしだ。

 星川のために張り切って作ったパスタ(と言っても、たまたま作り置きしてあったラグーソース)を一杯の赤ワインとともに、ふたり仲良く頂いたものの、日付が変わる頃には、星川はハグとちゅっと軽く触れるだけのお上品なキスを残して帰ってしまったのだ。

 あの晩の――酔ってほとんど覚えていないというあるまじき失態を犯した、あの晩だ――やり直しができるのではないだろうかと仄かに期待をしていただけに、伊織はがっかりした。
 とはいえ、引き留めなかった伊織も悪い。
 明日も早いのでそろそろ、と言って星川が立ち上がったとき、少しでも可愛げのあることを言って引き留めていれば。あるいは、星川が暇を告げる前に、先手を打って風呂を勧めてしまうとか。いろいろと反省点はある。

 もっとも、星川が〝その気〟になっていればもっと話は早かったわけで。

 自然な流れで、そこへ持ち込むにはどうしたらいいのか……。そんなとき、明日香との会話から思いついた〝あること〟を思い出し、それから伊織はずっと考えている。

『何か思いついたんでしょう! ねえ、教えてよ』

 明日香の声は変わらず弾んでいる。興味津々で目を輝かせている様子が容易に想像できて、伊織は思わずプッと吹き出した。

「媚薬は無理だけど、媚薬〝効果〟のある食材を使って食わせたらいいんじゃないかって思ってさ」
『媚薬効果のある食材? そんなのあるの?』
「さあな。摂取したらたちまち効果が~、みたいなエロ漫画かゲームみたいなのは無理だけど、〝ちょっとその気〟にさせるような食べ物ならありそうじゃないか? ニンニクやうなぎも、精がつくって言うくらいだし」


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