恋する彼のアパルトマン

吉田美野

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2.隣人の距離

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 この時期、街のあちこちではクリスマスの準備がはじまる。
 十一月の中頃から、マルシェでもモミの木が売られるようになった。一年のうちで、この街が最も華やかになる時期だ。
 友人ふたりが遊びに来た翌日、ジェイミーはリュカと朝からマルシェに来ていた。
 クリスマスツリー用のモミの木を買うためだ。もっともツリーが必要なのはリュカで、ジェイミーは荷物持ちだ。
 この街に来て二月が経つが、ジェイミーがマルシェに来るのはこれが二回目になる。
 一回目ももちろん、リュカに連れてきてもらった。
 紺のダッフルコートに、赤いマフラーを巻いたリュカは、今日も大きな籐のカゴを提げている。見れば地元の人々は、同じようなカゴや買い物カートを引いて買い物をしている人が多い。手ぶらなのは観光客が多いのだろう。
 クリスマスが近いからなのか、それとも今日が土曜日だからなのかわからないけれど、以前来たときよりも賑わっているようだった。
 リュカは最初に八百屋と魚屋に寄って、りんごと赤い実のフルーツ、それから魚屋ではサケの大きな切り身をふたり分買った。

 吟味して選んだモミの木には、運びやすいようにお店の人がネットを被せてくれた。ボリュームのあったモミの木が濡れた猫のようにほっそりとした。モミの木の高さは、一メートルとすこし。小柄なリュカではひとりで運ぶのは大変だろうが、ジェイミーならば問題ない。
 荷物を一旦部屋まで運んだあと、近所のカフェですこし早いが昼食にすることにした。

 カフェに入った途端、マフラーに顔を半分埋めていたリュカの眼鏡が曇る。リュカがうわあ、曇ったぁ、と間抜けな声を出す。

 古い街に似合いの老舗らしい気品のある店だが、気取ったところはなく店員は親切で気さくだ。顔馴染みになった店員が「やあ、ジェイミー」と親しげに挨拶をしてきた。

 元々はリュカに教えてもらった店だが、この二か月、大半を外食で済ませているジェイミーはなかなかの頻度でこの店を利用している。「すっかり僕より常連だよね」と曇った眼鏡のまま笑っているリュカに、外してくれたらあの緑の瞳がよく見えるのに、とすこし残念に思う。

 ジェイミーはサーモンのサラダボウルと、リュカはハムサンド。食後にはエスプレッソを注文し終えると、そういえば、とリュカが口を開く。
「昨日はお友達が来てたんだっけ」
「うん、学生時代の友人たちが――……」と答える途中でジェイミーはハッとした。
「ごめん、もしかしてうるさかった?」
「えっ? 違う違う。ただ、どんな人たちなんだろうと思って」

 そういえば。
 リュカとはいろんな話をしたつもりになっていたけれど、実際はどこの店の何が美味いとか、おすすめだ、とか。あとは読んだ本の感想だとか、蚤の市で買ってみたカフェオレボウルの話とか。そんな他愛のない話はよくするのに、友人や家族の話はしたことがないことに気付く。もっとも、それはお互いさまだけれども。

 ジェイミーとしては、隠したり避けたりしているわけでなく、ただ単に話題にするタイミングがなかっただけだ。
 リュカと話していると、他愛のない話も楽しくて、人当たりのいいフリをした皮肉屋の友人(リーアムのことだ)の話をわざわざ持ち出す必要もない。
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