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3.(リュカ視点)
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しおりを挟むジェイミー・ハッターという男がリュカの住むアパルトマンの隣に越してきたのは秋のはじめ。
寝不足と貧血で行き倒れていたところを助けてもらい、以来、数日置きにいっしょに食事を取るまでの仲になった。
年の近い友人ができるのは久しぶりで、彼が隣に越してきてからというもの、リュカは毎日楽しい。
ジェイミーはどこか浮世離れしたところがあって、オーブンの使い方も知らないし、エスプレッソも淹れたことがないという(もっとも、彼はどちらかといえば紅茶派だったというから、これは仕方がないかもしれない)。
この街に来る前は恋人と暮らしていたと言っていたけれど、身の回りのことは他にやってくれる人がいたのだろうと想像できた。それでも、学生時代は全寮制の学校にいたから、最低限のことは自分でできるとジェイミーは言い張る。それがリュカは微笑ましくて可笑しい。実際、日常生活で困っている風ではないので、何とかやっているのだろう。
それにしても、今時スマートフォンも持っていないというのには驚いた。
ただ、リュカは在宅勤務でほとんど自宅にいるし、ジェイミーもどうやら近所をぶらぶら散歩する以外は家にいることが多いようで、用事があればすぐ隣の部屋のドアを叩けばいい。実際これで一度も困ったことはない。
ちょっと変わった人だな、と思うことはあるけれど、彼は優しい人だ。
ひとりぼっちのリュカを気遣い、いっしょに過ごそうと誘ってくれたクリスマス。
普段あれだけ興味なさそうにしていた料理も、当日は楽しそうに付き合ってくれて、リュカは楽しかった。楽しすぎて、ふたりともすこし飲み過ぎてしまったようではあったけれど。
いつも飄々としているジェイミーが、あの日はめずらしく感傷的になっていた。
これまでもときどき、長く考え込むような、思いつめたような目をしているときがあったけれど、きっと元恋人のことを考えていたんだろう。
涙こそ流れていなかったけれど、あの日のジェイミーはたしかに泣いていた。
年内最後のマルシェは、一段と混みあっていた。いつもより観光客が目につくのは、休暇で年末年始をこの街で過ごす人が多いからだろうか。
「リュカ、危ないよ」
小柄なリュカはすぐ人の波に攫われそうになるけれど、今日のジェイミーはそうなる前に腕を引いたり、肩を抱いて引き寄せたりして、救い出してくれる。
以前だってさりげなく人の波からかばってくれたり、人ごみの中から引っ張り出してくれたりということもあったけれど、どちらかと言えば「きみって本当に鈍くさいなあ」と笑っていることの方が多かった。
心の内を吐き出してスッキリしたのだろうか、あの日からジェイミーの雰囲気がすこし変わった。もともと優しい人ではあったけど、もっと雰囲気が柔らかくなった。
あと、距離も近くなった……ような気がする。
「大丈夫?」
「う、うん。ありがとう」
優しげに目を細めて微笑まれると、最近なんだかドキドキする。
きっと、あれだ。腹を割って話したことによって(リュカはただ話を聞いていただけだけども)、以前より気安い関係になれたのだと思う。友人との距離が縮まったことは喜ばしいことだが、それだけではない気がして、リュカは正直戸惑っている。
「は、はぐれたら連絡取れないんだから、気を付けないとね」
籐のカゴをぎゅっと抱き締めながら、照れと戸惑いを誤魔化すように知らず早口になる。
そんなリュカを安心させるように、ジェイミーはふんわりと微笑んだ。
「はぐれないから大丈夫だよ」
ジェイミーはだいたいいつもニコニコしているけれど、この柔らかい笑みは、今まで見たことがない種類のものだ。
彼の中で、一体何があったのだろう。
その優しい笑みを向けられると、リュカの胸の奥がきゅっ、と縮むような苦しさを覚える。
ジェイミーは顔がいい。身長も高くすらりとした細身の男だが力持ちで、リュカであれば半分引きずっていただろうモミの木も軽々と運んでくれた。
たしかに、一般的にいい男であるのは間違いない。
間違いないけれど、リュカはこれまで男性に惹かれたことなど一度もなかった。なかったはずだ。
「迷子にならないように、手を繋いでおいてあげてもいいけど?」
ドキドキを持て余すリュカに、ジェイミーはニヤニヤしながら意地悪く言った。
よかった、これはいつもの――というか、以前の――ジェイミーだ。
「いらないよ、もうっ」と怒ったフリをしながらも、リュカは内心安堵した。
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