恋する彼のアパルトマン

３.（リュカ視点）

８

　ソファだけでは椅子が足りなかったが、リーアムがどこからかスツールを持ってきていた。
　友人であるリーアムは何度もこの部屋に来たことがあって、どこに何があるのか知っているのだろう。今日はじめてこの部屋に遊びに来たリュカは、椅子の数が足りないことすら気付いていなかった。

　何となく悲しい気持ちになっていると、ジェイミーの朗らかな声がその思考を断ち切った。

「お待たせー。パイはリュカが焼いてくれたんだよ」

　パイの乗った皿とカップを配り、リュカとジェイミーは二切れ目だが、みんなでパイを美味しく食べた。ジェイミーの淹れた紅茶も美味しくいただいた。ジェイミーが紅茶派と知ってからはときどきリュカも紅茶を淹れるようになったけれど、ジェイミーが淹れるときほど美味しくは淹れられない。

　リーアムとセラは口々にパイと紅茶を褒めてくれた。

　ミアは最後に「ごちそうさまでした」と発した一言以外はずっと黙っていて、ほとんど表情も変わらなかったけれど、パイを口に含んだ瞬間、ほんの一瞬だけ、彼女の口元が綻んだのをリュカはタイミングよく目撃した。やっぱり、ミアは悪い子ではないと思う。ジェイミーのことを嫌っているというのも、何かの間違いではないだろうか。しかしジェイミー自身が頑なにそう思い込んでいるようだし、ミアと初対面のリュカが出しゃばる必要もないだろう。少なくとも、今晩を無事に、そして、できればみんなが楽しんで年を越せたらいいな、とは思うけれど。

　ジェイミーが皿を下げてくれた。リュカも手伝おうとしたけれど、それよりも先にミアが動いた。

「手伝います」と、ソファから立ち上がってジェイミーのあとを追ってキッチンに消えてしまった。

　リュカは驚いて彼女の背中を凝視して、それからその場に残った客人ふたりに思わず訊ねていた。

「大丈夫かな？」

　寛いでいたセラとリーアムは不思議そうな顔をしている。言葉が足らなかったことに気付いたリュカは慌てて付け足した。
「えっと、ジェイミーはミアさんには嫌われているって言っていたけれど……」

　するとふたりは示し合わせたかのように、同じタイミングで「ああ」と頷いた。
「それについては少々誤解があるんですよ」とセラ。
「まあ、姉も誤解されても仕方がないと言えば仕方がないんですけど……」
「たしかに。あいつがとんでもない鈍感だということを差し引いても、仕方がない部分が大きいね」と言ったのはリーアム。

　あいつとはジェイミーのことだろうけど……。会話の流れ的に、リュカは何となく察してしまった。たしかに、ジェイミーは他人の感情の機微に鈍い……というより、興味がなさそうなところがある。それは自分でも自覚しているようだったし。けれど、でも、まさか……？