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4.恋する彼は(リュカ視点)
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しおりを挟む仕事も順調で、ジェイミーとの仲も順調だ。
彼と体を重ねる度、体が作り替えられているような感覚は慣れないけれど、はじめに感じたような不安はない。彼がリュカのアルファで、リュカが彼のオメガだ、という感覚が根付いてきたからかもしれない。〝こうあるべき〟形に形成されていくような、鋳型に流し込まれる金属のように、ジェイミーのために形作られていくような、そんな感覚だ。
そんな自分の変化が嫌ではなく、むしろリュカはそれが嬉しかった。
その一方で、別の不安も生まれていた。
ジェイミーの部屋で食事をすることが増え、必然的に目にする機会が増えたものがある。一見してふつうのワイングラスだが、薄い口径部の絶妙な曲線は美しく、台座部分の刻印はハンドメイドで有名なワイングラスの老舗ブランドのものだ。
ジェイミーが〝後生大事に〟していたというグラスだ。
高価なグラスなのだろう。ただ、大事にしていたのは、そのグラスが高価だからではないだろうとリュカは考えている。
リュカがジェイミーの部屋に入ったのも、そのグラスを目にしたのも大晦日の日が初めてで、それ以前の彼がどのように〝大事に〟していたかはわからないけれど、物は使ってこそだと言っていた言葉どおり、実際使っているようだ。
そもそも、ジェイミーの部屋に食器は少ない。リュカとの蚤の市巡りで、少しずつ気に入った食器を増やしているようだけれど、食器もグラスも元々の数が少ないため、例のグラスもよく目にする。
ジェイミーは何も言わないけれど、リュカはそのワイングラスはジェイミーの元恋人の持ち物なのだと思っている。気になるのなら聞いてしまえばいいのに、それもできない。そんな些細なことでやきもきしていると思われるのもちょっと嫌だ。ベッドの上では翻弄されてばかりだし、普段から世話を焼かれてばかりだが、ジェイミーよりもリュカの方が大人なのだ。
ジェイミーはワイングラスを〝ふつうに〟使っている。特別大事にしている風でもなく、他のカップやグラスと同じように、ただふつうに。そもそも、元恋人の持ち物というのが、リュカの勘違いなのかもしれない。けれど、〝後生大事に〟していたというリーアムの揶揄を含んだような言葉と、それに応えたときのジェイミーの嫌そうな、どこか気まずそうな様子にリュカの勘は、これは何か曰く付きのグラスなのだと察してしまったのだ。
普段はそんなグラスのこともすっかり忘れている。
しかし目に入ってしまうと、少しばかりもやっとする。
ジェイミーの今の恋人はリュカで、ジェイミーからの愛情はたしかに感じている。それでも元恋人のことを引きずっていたジェイミーの姿がまだ記憶に新しいのも事実で、どうしても頭を過ってしまうのだ。ひょっとしたら、まだジェイミーはかつての恋人のことを忘れていないのではないか、と。
――ガチャン、という何かが割れる音で、リュカはハッとした。
足元には粉々になった例のワイングラスがある。リュカはサッと青くなった。
今晩もジェイミーの部屋で夕食を終えたところで、洗い物を買って出てくれたジェイミーのところに、リュカは使った食器を運ぶ係だった。今日の夕食はパエリアで、ふたりで見つけた美味しそうな白ワインを飲んでいた。
先に鍋を洗っていたジェイミーが手を泡だらけにしたまま、血相を変えて飛んできた。
「リュカ! 大丈夫、怪我はないっ⁉」
「あ……うん、大丈夫。ごめん、グラス割っちゃった……」
「そんなのはいいんだよ。本当に怪我してない? ああ、ダメだよ触っちゃ。僕がやるから」
散らばった破片を呆然と見つめ、咄嗟に手で拾おうとするリュカを、ジェイミーが慌てて止める。
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