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ドリームランド(ホラー)
しおりを挟むうだるような暑さが連日続いていた夏の日の出来事だった。
「真由美、今日の夜空いてる?」
短大キャンパスにある昼下がりのカフェテラス。
少し遅めのランチを食べていると、友人の加奈子が屈託のない笑顔を見せて話しかけてきた。
「別に暇してるけど、どうしたの?」
加奈子はあたしの予定が無いことが分かると、はしゃいだような高い声を出し正面にある椅子に腰かけた。
「裕二君が真由美誘ってドライブに行かないって、さっきメールで聞いてきたのよ。もち、拓海君も一緒だよ。いくっしょ」
どうりで加奈子がご機嫌な理由なわけだ。
加奈子が言った裕二君ってのは、彼女が最近コンパで知り合って付き合いだした彼氏で拓海君ってのがその友人。
加奈子の話では拓海君はあたしに気があるらしい。
あんまりタイプじゃない男の子だけどあたし自身、悪い気はしてなかった。
だから、あたしの返事は「ドライブいいね。どこ行くの?」だった。
「えっとね、物集女ドライブウェイっていってたよ」
あたしは物集女という地名を聞いて、一瞬身体に寒気が走っていた。
「物集女ってこのへんじゃ有名な心霊スポットじゃん。裏野ドリームランドが潰れてからあんなとこドライブに行く人なんか峠を攻めてる走り屋ぐらいなもんだよ」
あたしが言った、裏野ドリームランドとは、物集女山の中腹に建てられた今は廃園となった遊園地で、営業していた時からアトラクションで事故が多発したり、園内で遊んでいた子供が人身御供みたいに消えて大騒ぎになった事があった。
他にも従業員がキャッスル城の隠し部屋で変死体で発見されたとか、夜になると無人のメリーゴーランドが動いていたとか、ほんとか嘘か分からない噂が絶えない所だ。
それが祟ってか三年ほど前に運営会社が倒産して、今は荒れ放題となっていたのだが、夜になると不良や暴走族のたまり場となっていたので、行政が関与して何か事故とか事件が起こる前に建物とかアトラクションを全て撤去して更地にしたらしい。
そういった訳で、一般の人は行くことのない曰く付きの場所となっていた。
「心霊スポットだから行くのよ。裕二君ってユーチューバーじゃん、だからドライブウェイにあるお化け標識撮りにいくんだって。でも私と二人じゃ怖いから真由美と拓海君も誘うのだって。おもしろそうじゃん、だから真由美も行くってメール入れるね」
加奈子は素早く携帯にメールの返信を打ち出した。
そんな友人の姿を見て、あたしは意地悪気に「やっぱ、怖いから行くのやめるわ」と心にもない事を言ってみた。
「ちょ、真由美ったら、今さら無理、無理、もうOKってメール入れたし」と加奈子は舌を出しておどけて見せた。
でも、今から思えば安易に心霊スポットと噂される場所に標識なんかを探しにドライブに行かなければ良かったと後悔させる事が待っていた。
「ねぇ、本当にそんな標識あるの? もう怖い話もユーチューブの話もこの道も飽きたよ」
あたしたちは物集女ドライブウェイをかれこれ三時間以上走りお化け標識なるものを探し続けていた。
なんでも、あたしたちが探してるお化け標識なるものはひし形をしていて中央にビックリマークが一つ書かれており全体は黄色い色をしているそうだ。
一見その辺の道にありそうな標識なのだが、裕二君曰く、この標識があるところは心霊スポットの中でも、かなり霊の目撃談が多く、その霊の仕業によって事故が多発するので、ドライバーに警鐘を促すために設置されてるとのことである。
言わば都市伝説の象徴のような標識なのだが、それゆえに見つけてユーチューブに投稿したらアクセス稼げていいお小遣いになるのだそうだ。
そういった訳で最初は皆で標識探しに夢中になったり、こういった場所でお決まりの怖い話などで盛り上がりを見せたものの、運転席にあるコンソールのデジタル時計が日をまたごうとしているのを見ると、あたしは途端に疲れを覚え、ため息まじりでそんな事を聞いていた。
「真由美ちゃん、そんな退屈そうな顔しないでよ。もう一周ドライブウェイ回って標識なかったら諦めて帰るからさ」
助手席に座る加奈子の彼氏こと裕二君は、ビデオカメラのレンズを後部座席に向けながらあたしの気持ちを忖度して、そのようなことを言ってくれた。
「分かったよ。じゃ、これ最後にしてね。標識探してたら酔うからさぁ」
あたしは、昔から三半規管が弱く乗り物酔いするたちなのだ。
だから、会話が弾んでいたり、何かに夢中になっている時は車に乗っている事を忘れているのだけど、退屈になって集中が切れると、頭が重くなって気分が悪くなるのはいつものこと。
「そしたら次、頂上まで行ったらガレージで休憩して夜景でも見ような」
ずっとハンドルを握って運転してくれてる拓海君があたしに気を遣ってくれたのが少し嬉しかった。
物集女ドライブウェイは物集女山中に設けられた道で頂上にはちょっとした展望台があり、そこから見る夜景が綺麗で昔は訪れる人が多かったが、裏野ドリームランドが潰れてからは訪れる人も少なくなり、霊が出る等の噂も手伝って、今ではここにに来るのはドライブウェイをサーキットと勘違いしてる走り屋ばかりだ。
そのような背景があるので、わざわざ展望台に夜景を見に来る人は稀有で寂れている。
「やったぁ。もう標識なんかいどうでもいいし、夜景見にいこうよ」
拓海君の言ってくれた休憩案に加奈子の反応は早い。
「でも、さっきかから対向で走ってくる車、改造車ばっかだし、展望台のガレージに変な輩溜まってたりして絡まれたら嫌だよ」
あたしは、加奈子には悪いが、せっかくの拓海君のアイデアに水を差すような事を言ってしまった。
なんとなく展望台に行くことに対して嫌な予感がしたからだ。
「大丈夫だって。もし絡む奴がいたら、俺の得意なパンチで……。それに、そういうハプニングあった方がアクセス伸びるんだよね。肝試しに行って輩に絡まれるってサムネイル浮かんだわ」
裕二君は拳を軽く前後に伸縮させる仕草をしておどけて見せた。
こういうのに限って、一目散に「逃げる」のだろうなと思ったら可笑しくなって声を出して笑ってしまった。
「おいおい、何笑ってんだよ。どうせ、俺のこと、役に立たないと思ってるのだろう」と裕二君は再度、拳を伸縮させてシャドーボクシングをして見せた。
「そうそう、図星」とあたしが裕二君に言おうと思った瞬間、前方のフロントガラスに目を塞ぎたくなるような光が見えた。
その光は対向車線を走っていた車のヘッドライトであって、前方の緩いカーブを曲がりきれずに、こちら側の車線にはみ出してきたものだった。
光と同時に「あぶないっ」と拓海君の悲鳴に似た声がして、彼が咄嗟にハンドルを左側に切る動作がスローモーションで見えた。
「キィ、キィー、キィーー」と車輪が路面にこすれる耳をつんざく音がしたかと思った途端に「ガーン」と音がして、あたしたちの乗っていた車に衝撃が走った。
「おーい、みんな大丈夫か? ケガしてないか?」
身体に感じた衝撃でしばらく意識が飛んでしまい放心状態になっていたところに運転していた拓海君の声が耳に入ってきた。
「あぁ、びっくりした。でも、大丈夫よ。裕二君と真由美は大丈夫なの?」
隣で同じく放心状態になっていたと思われる加奈子は無事のようだ。
「首痛ぇー、むち打ちなったかも。あの暴走やろー許さないぞ」
とりあえず、裕二君も一応は無事のようだった。
頭の中で状況確認していた為、返事が遅れたあたしに、加奈子が心配そうな表情で目をパチパチさせながら顔を覗いて様子を確かめてくれた。
「あたしも大丈夫よ」
狭い車内でみんなの心配そうな視線があたしに向けられていて胸が熱くなってしまう。
「よし、みんな無事のようだし、ちょっと車見てくるわ」
みんなの無事を確認した拓海君は事故ったであろう車の外観を見に車外に出た。
「うわぁ、こりゃ酷いわ。裕二、そっちから外に出られないだろう」
拓海君の声を聞いて、裕二君は助手席側のドアを開けようとしたが、ドアノブを握った途端に開けるのを諦めた。
それもそのはずで、ドアウィンドウからは落石防止用のコンクリートの壁が迫って見えていた。どのような状況なのか確認する為に、あたしたちも車外に出ることにした。
道路に出ると、事故を起こしてしまった車の状況がはっきりと分かった。
口惜しいことに事故の原因を作った対向車はブレーキ痕だけを残して逃げたようで現場にはいない。
それでもそのブレーキ痕を辿って見ると事故のあらましがだいたい分かった。
それは、猛スピードでカーブを曲がりきれずにオーバランしながら対向車線に突っ込んできた車をよける為にハンドルを切ったのが原因で、あたしたちの車は山肌に設けられた落石防止用のコンクリートとその間にあった雨水用の溝に左前輪がはまり込み脱輪してしまったというわけだ。
しかも、溝にはまり込んだ左前輪からボンネットにかけてのバンパーや助手席のドアなどは、溝にはまる際に落下防止のコンクリートの壁に接触したようで大きな傷や凹みが見られた。
このような車の有り様を見て、あたしたちが大した怪我もなかったのは不幸中の幸いだと思ってしまう。
「ちぇっ、携帯繋がらないわ」
車の状態を見て事故を起こしてしまったと確信した拓海君が警察に連絡しようとしたのだがアンテナが立たない場所らしく助けが呼べない。
あたしたちも携帯を確認したがスマホの液晶画面には「電波状態の良い場所で発信して下さい」と出るだけで使えなかった。
「どうするよ?」
こんな状況でも、いつの間にかビデオカメラ片手に撮影を始めた裕二君が拓海君に聞いていた。
「うーん。車のエンジンはかかるのだけど、脱輪してるからね。溝からタイヤ出すのはクレーンとかで吊ってもらわないとダメだわ。と、いってこの場にいるとしてもなぁ」
と、困った表情をして拓海君は頭をかきながら言った。
「とりあえずさぁ、携帯の電波立つところもみんなで歩こうよ。歩いているうちに通りかかった車に助けてもらってもいいわけだしさぁ」
二人のやり取りを聞いていた加奈子がアイデアを出した。
「賛成。こんなところにいても絵面的に面白くないし、この道登るのはごめんだけど、散歩だと思って少し下ってみようよ」
早速、動画作りに夢中な裕二君が加奈子のアイデアに乗ってきた。
あたしは心の中で「ユーチューブの事しか頭にない男なのか」と半分軽蔑した感情を持ってしまうが、このドライブウェイという名の山越えの峠道を山頂にある展望台に向かうより、街に向かって下山しようとしたのには同意見である。
「そうね、ここにいても埒が明かないし、電波の届く所を探してみよう。意外とすぐにアンテナ立つかもだし」
「賛成」
「そうしよう」
「それしかないわ」
あたしが、そう言うとみんなの意見がまとまって、ドライブウェイを少し歩いて誰かしらに助けを求めることにした。でも、この選択が更なる悲劇を招くことになるのだった。
どれくらい歩いただろうか。
事故現場に車を放置してドライブウェイを下ってきたものの一向に携帯のアンテナの立つ場所もなく、途中に数台通りかかった車もあたしたちの存在がいないかのように見向きもせずに通り過ぎていくだけだった。
山を切り開いて作られたドライブウェイだけあって夏でも夜間ということもあり、外気はひんやりしていると感じていたのだが、流石に歩き続けているとアンダーシャツにまとわりつくような嫌な汗が出てきて不快感がある。
それと、歩き出し始めたころは、何かしらの会話があったものの、今では皆、無言で裕二君のビデオカメラの照明用の光だけを追いながら黙々と歩くのみだった。
歩き疲れと汗ばんだ身体の不快感が漂い出した時、前方を歩いていた拓海君が突然に声を上げた。
「おい、あれ見て。あれ、お化け標識じゃない」
拓海君はそう言うと、道脇の木々が生い茂る斜面に指を指した。
すぐに、裕二君のビデオカメラのライトが暗い斜面を照らし出すと、そこに現れたのが、あたしたちがこのドライブに来た目的であるひし形をして黄色の縁に中央が!をしているお化け標識なるものが映し出されていた。
「うぉーすげぇー、本当にあったんだ! これアクセス取れるぞ」
こんな目に合ってるのに、裕二君はお化け標識を撮影出来た事に歓喜の声を上げて喜んでいた。
「ちょっと、空気読んでよね」
あたしは、裕二君の不謹慎さにイラっとして彼に文句を言っていた。
すると、素直に謝るかと思っていた裕二君から、あたしに対して信じられない言葉が飛び出した。
「なんだよてめぇー、生理か何か知らないけどイラついてんじゃねぇぞ。加奈子の友達だと思っていたから我慢してたけど、嫌なら最初からくんなよ。どうせ拓海に抱かれたいだけのビッチ女なんだろう?」
あたしは、裕二君の言った事に一瞬耳を疑ったが、さらに彼はつばを飛ばしながら「このビッチ女、ビッチ女」と罵ってきたのだ。
思えばこの時から、あたしたちには異変が生じだしてきたのだと思うのだが、更に裕二君は「もうすぐ迎えが来るからな。あいつらが迎えに来るから……」と意味の分からない事を叫び出した。
「どうしちゃったのよ? 何で真由美にそんな酷いこと言うのよ」
加奈子は泣きながら、あたしに代わって彼氏に食い掛ってくれていた。
そんな加奈子の言う事など全く無視するかのように裕二君は「ほら、お迎えがやってきたよ。みんな楽しめ!」とビデオカメラのライトを先ほどまで歩いて来た道に当てた。
「裕二、いい加減にしろよ!」
ずっと三人のやり取りを静観していた拓海君が裕二君の胸ぐらを掴んだ時、ライトに照らされた道から一台の車がこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「ほら、迎えにきたぞ拓海。さっさとヒッチハイクして来いよ」
裕二君は胸を掴んでいた拓海君の腕を振りほどくと、彼を道路側に突き出した。すると道路の中央に飛び出た拓海君は何を思ったのか両手を上げると「うぉー」と奇声を上げながら、こちらに向かってくる車に対して走りだしたのだ。
そして、拓海君は……。
「ドーン」
あたしたちの耳に物がぶつかる鈍い音がしたかと思った瞬間。
拓海君の体が道路上で床体操をしている選手のようにきりもみ状に回転しながら宙を舞って、路面に激しく頭から叩きつけられてる姿が目に入ったのだ。
そう、拓海君は自ら走ってきた車に正面から飛び出してはねられたのだった。
拓海君をはねてしまった車は黒色をした大型のワンボックスカーで事故現場近くで停車していた。
「うわーすげぇー、拓海の奴やりやがったよ。ナイスアタック」
目の前で友人がはねられたのに、裕二君はその場で飛び跳ねてはしゃいでいる。そして、あろうことか拓海君が倒れてる所までかけよると、手に持ったビデオカメラで撮影しだしたのだ。
「おい、みんな来てみろよ。拓海の奴、頭がパックリ割れて痙攣してるぞ! すげーよ、拓海グッドジョブ。これで百万アクセスだ」と言って、拓海君の無惨な姿を助けることもなく撮っているのだ。「そうだ、もっとエキサイティングな展開にするぞ」と言って撮影していたビデオカメラを地面に叩きつけると、胸ポケットから携帯を取りだし、電話をかけ出したのだ。
「もひもひ、警察でふかぁ。さっき友らひが車にはにられて、脳ミソが飛びらひた――早くきてくらはい」
どうやら、裕二君は警察に通報したみたいだが、あたしのスマホのアンテナは相変わらず圏外だ。
それに裕二君は明らかにろれつが回っていなくて、まるで泥酔しているみたいな感じだった。
「ちょっと、どうしちゃったのよ。警察に本当に連絡したの裕二君ってばぁ」
「なんだぁ。てめらは、彼氏の言うことがしんじられへえのか。だけらてめぇのあちょこはがぱはぱなんだよ」
もはや、裕二君は何を言ってるのか分からない。
口からはよだれと泡みたいなものを吹いて「警察もうちゅぐ、むちゅぐこい」とわめいていた。
あたしと加奈子はそのような状況の中、どうしていいものか分からぬまま茫然自失となり、その場に立っているののが精一杯だった。
そんな中、拓海君をはねてしまった黒塗りのワンボックスカーから六人の性別不明の者達が現れた。性別不明と言ったのは、その者たちが灰色のパーカーフードを被り、顔面には目の部分だけが空いたマスクを付けていたからだ。
その者達は各々が手に木製のバットのような棒をもっており、どこかのホラー映画に出てくるような不気味さがあった。
その不気味な連中は拓海君の側ではしゃいでいた裕二君に近づいていった。
すぐに裕二君は連中の存在に気がつくと、両手を広げて「迎えにきてくれたんね、ウェルカム」と言うと連中の一人に抱きついた。
抱きつかれた者はすぐに、裕二君の肩を押してつき出すと、後ろにいた仲間がふらふらとふらつきながら後ろ向けによろめいた裕二君の後頭部めがけて、飛んできた球を打つかの如く、バットを振り抜いたのだった。「バシュッー」と嫌な音がすると、裕二君は殴られた反動で今度は前方によろめくと路面に膝をついた。
そこに更に追い打ちをかけるように他の者が腰砕けて膝をついてる裕二君の頭にバットを振り落とす。
「バシュー、ブシュー」と嫌な音がするたびに裕二君の頭からは血が噴き出していた。
それでも、裕二君は殴られ続ける中、顔を上げるとこちらに向かって「痛ぇーよ、加奈子。でも気持ちいいかもー」と後頭部がぐちゃちゃになり、殴られた衝撃で片目の眼球が飛び出しながらも狂気じみた事を叫んでいた。
そんな様子の中、加奈子は「もう、やめてー。お願いー」と泣き崩れていた。
でも、加奈子の叫びなど聞き耳をもたない連中は裕二君の頭が完全につぶれて首から上の部分がミキサーにかけたように肉塊と化すまでバットで叩きのめしていた。
そうしてミンチとなってしまい、もはや語ることもなくなった裕二君に飽きたのか、連中は次の獲物を見つけたかごとくにこちらに向かってきたのだった。
あたしは、連中が至近距離に来る前に走り出したのだが、加奈子は腰が抜けたのかその場でうずくまってしまっていた。
「加奈子、逃げて」
そう必死に後ろ向けに後ずさりしながら叫んだが彼女はその場に固まったままだった。そして連中は加奈子を取り囲むと彼女の肩を持ち上げ立たせると、そのまま二人がかりで両肩を抱えて連中の乗ってきたワンボックスカーに連れ込んだのだった。そして連中の全員が車に乗り込むと、そのまま展望台に向かって走りさってしまったのだった。
あたしは、その様子を見て「加奈子を一体どうするつもりなのよ」と思ったのだが、どうすることも出来ないのでその場でしゃがみ込み途方に暮れてしまった。
しかし、何故こんなことになってしまったのだろう? あたしは気分を落ち着かせる意味もあってこの間に起こった出来事を整理していた。
思えば、あのお化け標識を見つけてから、不幸の始まりのような気がする。
今まで明るかった裕二君が突然切れだし人格が狂暴に豹変してしまったこと。
その裕二君を止めようとした拓海君も謎の行動を取り車に轢かれてしまったこと。
そして、あの仮面を付けた謎の連中の存在。そして、奴らにに拉致されいずこかに連れ去られてしまった加奈子の安否。
全くして、この間に起きた出来事は謎だらけで頭の中を整理しても謎は深まるばかりだった。
それでも、ここにいたところで加奈子を助けることが出来るわけもなく、あたしはもう一度、道を下ることにした。
そうして歩き始めた矢先に遠くから車のヘッドライトの明かりが見えた。
「お姉さん、どうされましたか?」
あたしが先ほど見たヘッドライトの明かりはパトカーのものだった。
パトカーはちょうど防犯警邏をしていた所、路上で放心状態になってるあたしを見つけてくれたのだ。
パトカーは路肩にハザードを出して横づけすると、あたしを保護してくれた。
警察官の話では、女性が痴話喧嘩が原因でドライブウェイに放置されてることも珍しくないので、最初はそうだと思ったらしい。
しかし、これほどまでにパトカーの赤色灯が温かく感じられことはなかった。
物腰の柔らかそうな警察官がこれまでの経緯を聞いてくれた。
「そうしますと、お友達の加奈子さんが何者かに連れ去られて、そこに横たわってる遺体はそいつらの仕業で殺された被害者なのですね」
「はい、もう一つ向こうにいるのは、連中の車にはねられた友人のものです」
「それじゃ、とりあえずパトカーに乗ってもらえますか。これからの事は車の中で考えましょう。それと友人の遺体はあとで応援が対処しますので、とりあえずは路肩に移動しますね」
警察官はあたしを後部座席に乗せてくれるとドアをしめた。
運転席の警察官が「大変でしたね、もう大丈夫ですよ。あとは我々にお任せください」と言ってくれ、ようやく一息つくことが出来た。
あたしは、外で話しを聞いてくれた警察官が戻ってくる間、何気に車内から外の様子を見ていた。
すると、先ほど話を聞いてくれた警察官が路上で放置されている拓海君を蹴飛ばしながら路肩に移動させてる姿が見えた。
いくら、遺体だとしても、友人を乱暴に扱ってる姿は不快そのもので、怒りすら覚えてしまう。
でも、そんな警察官の横暴な姿を見て、あたしの頭の中では警鐘が鳴りだしていた。
それは、一見普通に見えていた警察官に対して疑問の気持ちが出てきたからだ。
そもそも、友人がさらわれてるのに悠長な態度で遺体を蹴飛ばしてる。
さらに刑事ドラマなどでは、現場って保存するのが鉄則なのじゃないかと……。それなのに……。そういった疑問めいた事を考えていると、助手席のドアが開いて、さきほどの警察官が戻ってきた。
「それじゃ、現場片付きましたので、もう少し詳しいお話覗うために本署に向かいますよ」
戻ってきた警察官はそう言うと、もう一人の警察官に「本署に戻るぞ」と指示を出しパトカーは走り出した。
「本署って近いのですか?」
あたしは、少しでもさきほど感じた、警察官に対する猜疑心を払拭する為に彼らに話しかけた。
「えぇ、近いですよ。すぐにつきますから」
警察官は素っ気なく答えた。
「あの、拉致された加奈子の事なのですけど、他の方が捜査してくれてるのですよね?」
あたしは、思い切って一番疑問に感じている事を聞いてみた。
すると、警察官は……。
「探してないですよ。探す必要ないですから」
その返事に、あたしの頭の中では途端に激しく警鐘が鳴りだした。
「どうして、探してくれないのですか?」
あたしは、恐る恐る聞いてみる。
「だって、連れていったのは、我々の仲間ですから……。そいつらこんなマスクをしてたでしょー」
そう答えた警察官はこちら側を振り向いた。そこには、あのワンボックスカーに乗っていた連中と同じマスクをしている警察官の姿があったのだ。
「もう、いやぁー。あなたたちは何者で何が目的なのよ」
あたしは気が可笑しくなりそうになりながら聞いていた。
「我々はサイレントマジョリティーとだけ言っておこう。それと目的だって? お前たちが我々を呼んだのだろー。とにかく、お前と加奈子は微妙だから連れていくのだ」
サイレントマジョリティーって何よ。それに呼んだ覚えないし、微妙って……。
この警察官もどきが言った意味が分からない。いずれにしても、あたしの頭の中はこの数時間の間に起こった様々な酷い出来事によってパニック状態だった。
しかも、パトカーに乗せられてしまった以上、この密室から逃れる術はなく、なるようにしかならない気がする。
それでも、このサイレントマジョリティーとか言う連中と一緒にいたら何をされる分からない恐怖があるので、隙があれば何としてでも逃げないといけないので準備だけはしておこうと考えていた。
そのように色々な思いを巡らせているうちに、パトカーはドライブウェイの脇道を入っていた。
確か、こっちの脇道は閉園してしまった『裏野ドリームランド』に行く道のはずだ。標識探しをしていた時は、「こっちの道は裏野ドリームランドの跡地に行くだけだから」と拓海君が言っていたので覚えていた。
でも、このまま裏野ドリームランドの跡地に行っても更地になってるだけなのに、このパトカーが脇道に入っていったのは理解に苦しむ。
だが、あたしのそんな憶測は見事に外れ、パトカーが脇道を進むにつれて車のフロントガラスから見える視界にはナイター営業をしているかのようなライトアップされたドリームキャッスルの堂々とした姿が浮かんでいた。
「さぁ、着いたぞ」
パトカーはドリームランドのエントランスが見える場所に駐車すると、警察官もどきが車から降りるように促した。
「いったい、何処に連れて行くのよ。それに加奈子はどこ?」あたしを両脇に挟んで連れて行く、警察官もどきはパトカーに乗っていた時と違い、質問しても何も答えてくれずドリームランドのエントランスに向かい黙々と歩を進めていった。
エントランスではウサギの着ぐるみをきたマスコットが「ようこそ」とばかりに片手を広げて来場客に愛嬌を振りまいている。
しかし、ドリームランドは閉園になったはずなのにナイター営業しているのには驚いてしまう。
それに腑に落ちないのは営業していたとしても、現在の時刻は午前0時を回っているのに、普通にエントランス周りには家族連れの来場客がちらほらと見られるのは不思議だった。
でも、あたしにとってそんな事は大したことではなかった。
今のあたしにとって大事なのはこの裏野ドリームランドの中では一際浮いている警察官もどきから逃げ出し、こいつらの仲間に拉致された加奈子を見つけないといけないからだ。
だから、まずはこの警察官もどきから逃げないといけない。
そう思っていた矢先だった。エントランスで愛嬌を振りまいているウサギの着ぐるみがあたしの腕を掴んでいた警察官もどきにタックルをして逃げ出す隙を作ってくれたのだ。
「君と友達の女の子はここにいるべきものじゃないと分かったんだ。だから友達と一緒に逃げてー。友達はミラーハウスの中にいるよ。でも、時間がないんだ。早くしないと友達は無理になっちゃう。それと聞こえる声を信じて飛びこむんだ」
ウサギの着ぐるみは、あたしにそう告げると、さらに警察官もどきに抱き着いて逃げるチャンスをくれた。
あたしは、無我夢中で走り出すとドリームランド園内に逃げ込んだ。
全速力で走って逃げたおかげなのか、後ろを振り返ってもあたしを追ってくるような警察官の姿はなかった。
もしかすると、あの警察官達の目的はあたしをここに連れてくるだけであって、もう追いかけてこないような気もする。
だから、あたしは油断はできないものの走って逃げるのを止めると切れてしまった息を整えることにした。
園内には、やはり沢山の人がいて閉園しているようには、とても見えなかった。
中央にそびえたつお城やその横にある大観覧車は青色っぽい照明でライトアップされていたし、お城の周囲を囲むように張り巡らされた架台に設けられたレール上にはジェットコースターが駆け抜けていた。
夜間営業しているように思われたドリームランドだったが、あたしはこの遊園地に違和感を覚えていた。
それはウサギの着ぐるみが言っていたミラーハウスを散策しながら探しているうちに、その違和感の正体が分かってしまったのだ。
どういうことかと言うと、この園内にいる人々には喜怒哀楽といった表情がないのだ。
いや表情だけではなく誰も話したり笑ったり声を出していないのだ。
メリーゴーランドの回転木馬に乗ってる子供たちも無表情で、ただ単に木馬の上下する機械の動きに合わせて体が揺れているだけで気味が悪い。
また、そのメリーゴーランドを見ている両親とおぼしき大人の表情もなく、ただ一点の方向を見ているだけの人形と同じようなものだった。
その事に気が付いてから、あたしはこんなところにいてはいけない、一刻も早く加奈子を見つけてこのドリームランドから逃げ出さないといけないと思い気持ちが焦るのだった。
あたしは、あのウサギの着ぐるみが「時間がない」と言っていたのが、気にかかっていた。
もし時間切れになったらどうなってしまうのだろうか。
考えても答えが出るわけでもないのだが、時間をかけてる場合でないのだけは確かな気がする。
とにかく、まずは「ミラーハウス」と思っていたら、視界に園内の案内マップが書かれたボードを見つけた。
その絵入りマップによるとミラーハウスは大観覧車の真横にあるようだ。
大観覧車なら、お城同様にアトラクション施設が大きいので、常に視界に入っている。
あたしは、一度深呼吸をすると、再び大観覧車がある方向に向かって走り出していた。
数分走っていると、観覧車の横に建物全体が鏡ばりの建物が目に入った。
きっと、あれがミラーハウスだと思いかけよると、案の定、建物には「ミラーハウス」と施設名が書かれた壁面看板が取り付けられていた。
あたしは、このミラーハウスの中で何が待っているの分からないけど、ウサギの着ぐるみが言っていた事を信じて中に足を踏み入れた。
ミラーハウスは建物自体は大きくないものの、中は全面が鏡ばりの小部屋が連続で区切られた造りになっていて、鏡で出来た扉を押すと次の部屋に行けるようになっていた。
それでも四方全部の鏡が扉になってるわけでもなく、押しても押せない所もあり部屋を進んでる間に自分がどこにいるのか分からなくなってしまい、まるで迷路のようだ。
また、部屋に張られた鏡も仕掛けが施されていて、自分の姿が痩せてみえたり、逆に大きく見えたりと錯覚を覚えてしまうものばかりで、三半規管が弱いあたしは鏡のせいで平衡感覚を奪われたような感じがして眩暈を催し気分が悪かった。
あたしは、すでに何回か扉を押して進んだだけでどこにいるのか分からなくなり、軽いパニック状態になっていた。
そんな中、あたしは意を決して「加奈子どこにいるの?」と大声を出して彼女を探すことにした。
「加奈子返事してー」あたしは名前を呼びながら、鏡の扉を何度も押してはミラーハウスの中を彷徨った。
「加奈子」と何度も声を出しているうちに咽喉に痛みを感じてしまう。
それでも「加奈子、いるなら返事してー」と声を出して彼女を探した。そして、もう何度「加奈子」と呼んだか分からなくなった時、何フロアー先か分からないが、「お願い真由美来ないでー」と加奈子の声がしたのだ。
「何言ってるのよ、あなたを探しに来たのよ」
あたしは、加奈子の声が聞こえる方に向かいながら声を出して彼女を探した。
「あたし、もう戻りたくないの」
だんだんと加奈子の声が近づく度に彼女はここから出ることに否定的な事を言って、あたしを困惑させていた。
それでも、あたしは諦めることをせずに彼女の声を追って迷路のミラーハウスを進んだ。
すると、何度かの鏡の扉を押した先に一つだけドアノブのついた鏡がある部屋に出くわした。
きっと、ここに違いないと思い、ドアを開けると、中にはやはり加奈子がいた。
加奈子は別に縛れているわけでもなく、逃げようと思えばいつでも逃げられるはずなのに、なぜだがその場に立って泣いていた。
あたしは、そんな加奈子に抱き着くと「良かった、良かった、さぁ、ここから逃げて帰りましょう」と声をかけた。
「逃げるって、帰るって。いったいどうやったら帰れるのよ。それに裕二君はもういないし、戻っても楽しくないし……」
加奈子は泣きじゃくりながら、あたしにも答えが分からないことを聞いてきた。
「どうしたらいいか、分からないけど、とにかくここにいるよりましだから」
あたしは、そう言って加奈子をなだめた。
「でも、あいつらがここにいろって、審判を待て。」と言ってたの。
「あいつらってマスクをした連中なのでしょう? どうして加奈子が奴らの言う事聞かなきゃいけないのよ。とにかく、こんなところにいたらダメ」
あたしは、それだけ言うと加奈子の手を無理やり引っ張って部屋から連れ出した。
すると加奈子のいた部屋を飛び出した途端にミラーハウスが揺れ出して、鏡が割れだしたのだ。
その事態にウサギの着ぐるみが言っていた「時間がない」ってのはこのことじゃないのかと思いだした。
ミラーハウスの異常な揺れや鏡が次々と割れていく様を見る限り、このままここで立ち止まっていると、ミラーハウスが崩壊して建物の下敷きになってる姿が目に浮かんだ。
一刻も早く加奈子を連れ出してここから逃げないと……。
あたしは、そう思うと加奈子を握ってる手に力が入っていた。そして目の前にある割れた鏡の扉を押そうとした時、頭の中で「そっちじゃない、右よ」と声がした。
その声はどこか聞き覚えのある声だった。
あたしは声の指示に従って右の扉を進んだ。
「次も右よ」
鏡の扉を押して進む度に頭の中で聞こえてくる声が指示を出してくれた。
そして、その度にあたしは加奈子の手を引っ張ると声の指示に従ってミラーハウスの中を進んだ。
そうして何回も鏡の扉を開けて進んでいると、まばゆいばかりの白い光に包まれた部屋に出くわした。
頭の中に聞こえてくる声は「さぁ、勇気を出して光に飛び込むのよ真由美」とあたしの名前を呼んで言ってきた。
その時になって、ようやくその声の主が分かったのだ。その「真由美」とあたしに指示を出す声の主は母親のものだった。
なぜ、このような事態に母親の声が聞こえてくるのかは分からないが、あたしはウサギの着ぐるみが言っていた事もあるので、思い切って声の指示に従い、真由美の手を強く強く握ると光の中に飛び込んだのだった。
「真由美、目を覚ましてー、死んじゃだめぇ」
気が付くと、あたしの視界には両親の顔が浮かんでいた。
「意識が戻られましたので、ひとまず安心です」
白衣を着た医師みたいな人が両親にあたしの容態を説明してるようだった。
「お母さん、あたし、一体?」
「大丈夫よ真由美。今はとにかく眠りなさい」
あたしは母親の言葉を聞くと、すぐに瞼が重くなった。
次に目を開けた時も、母親がそばにいてくれた。
「あたし、どうなったの?」
この前と同じ事を母親に聞いていた。
母の話によると、あたしたちは物集女ドライブウェイで対向車と正面衝突して死傷者六名という死亡重大事故を起こしたそうだ。
相手側の対向車に乗っていた二名は即死で、こちら側はドライバーの拓海君と助手席にいた裕二君は対向車とぶつかった時に脳挫傷で即死したそうだ。
後部座席にいたあたしは全身打撲の全治半年の重傷で加奈子は顔面を強く打ち付けた為に顔が半分潰れて片目を失明したそうだ。
命には別状はないものの現在はそのせいで精神が病んでしまって面会するのも難しいとのことであった。
事故のあらましを母親から聞いて、あの夜、体験した出来事の説明がついたような気がしていた。
つまり、あたしたちが脱輪しただけだと思っていた事故は本当に起こったものではなく、あの時点で実際は対向車と正面衝突して拓海君と裕二君は亡くなっていたのだ。
だから、その後に体験したと思っているお化け標識以降の出来事は全て夢か幻といった類のもので、ワンボックスカーやパトカーに乗っていたサイレントマジョリティーなる集団やその後の裏野ドリームランドにいた人々なども臨死状態にあったあたしの脳が作り出した世界ということだと思われる。
ただ、あのドリームランドでウサギの着ぐるみさんに助けてもらわなかったり、母親の声に導かれなかったら永遠にあの場所を彷徨っていたのかも知れない。それは即ち死んでいたかも……。と思うとゾッとするのだった。
あの事故から、早いもので三ヶ月が経っていた。
あたしのケガは幸いにも驚異的な回復力を見せ、ようやく松葉杖無しで歩けるようになり、めでたく病院を退院できることになった。
自由にそこそこ歩けるようになったあたしは、入院中ずっと気がかりだった加奈子のお見舞いに行くことにした。
母親から、加奈子はあの事故以来、精神が病んでしまっているので会わない方がいいと言われていたのだけれど、あたしはどうしても彼女に会いたい気持ちが抑えらなかった。
でも、その思いはあたしのエゴであってして彼女に会った時に後悔という念に苛まれる事になるとは思いもよらなかった。
会ったら加奈子もあたしときっと同じ気持ちで、あんな事故を起こしても「よく生きてたね、良かった良かった、万歳、ばんざーい」といったように、喜ぶに違いないと思い込んでいたからだ。
加奈子が入院している病院は、交通の便が悪く周囲には田畑しかないよいな辺鄙な所にあった。
しかも彼女に会うには面会理由をはじめ、色々な書類を病院側に提出し審査が通った人だけが会うこと出来るのだった。
だから加奈子に実際に会う事ができたのは、あたしが退院してから二週間近くかかってしまっていた。
加奈子の病室はいわゆる隔離病棟と呼ばれる場所にあり、病室に行くには幾重にも設けられたセキュリティーの先にあった。
そして、いよいよ加奈子の病室前に立ち面会しようとする時も、屈強な体をした男性看護師から「何かあったらこの紐を引いてください。音がしたらすぐに駆け付けます」と防犯ブザーを渡された。
看護師からブザーを渡された時は、こういった病院というのは「邪魔臭いルールが沢山あるものなんだなぁ。加奈子も大変だわ」と病院に対するあたしの認識不足からの誤解があったのだが、加奈子にあって数分でこのブザーを鳴らすことになるとは、会うまでは思いもよらなかった……。
防火扉を思わせるような鉄で出来た頑丈なドアを看護師に開けてもらい、あたしは病室に足を踏み入れた。
加奈子のいる病室は、室内にベットとトイレといった類の生活に必要な最低限のものしか置かれておらず、病室というよりか牢屋と言ったほうがいいような殺風景な部屋だった。またベッドには手枷足枷がつけられており加奈子が暴れることもあるのだと示唆できた。
加奈子は、そんな拘束具が付けられたベッドに腰かけていて、来訪者のあたしに顔を向けた。
あたしは、加奈子に会ったら最初に話すことを決めていたのだが、彼女の顔を見た途端にあまりの酷さに話す事を忘れてしまい固まってしまった。
加奈子の顔は事故で激しく顔面を強打したために顔半分が潰れてしまっており、何とか再生医療で顔を復元しようとした後は見られたものの、顔の形だけは保っているだけの肉塊だった。
一応に体裁だけの機能を持たない目や鼻はついているものの彼女の顔は誰が見ても目を背けたくなる無残なものであった。
しかも、残された方目からは憎しみの情念しか感じられない鋭くキツイものだった。
もはや、ここにいる加奈子は一緒にキャンパスライフを楽しんでいた天真爛漫だった頃の面影など微塵もない姿だったのである。
「何だまってんだよ、真由美。化け物みたいな顔だと思ったのだろう?」
加奈子のあたしに対する最初の言葉がそれだった。
「あたしはお前の事恨んでんだよ。どうして、あの時手を引っ張って連れていったんだ? あのまま死んでいた方がどれだけよかったものか。あたしはあれ以来、毎晩、毎晩、あいつらにおもちゃのように犯され、あの世に行った裕二君からは裏切り者と罵られ、死のうと思ってもここの施設の奴に手足の自由を奪われているんだ。これも全部お前のせいだ」
加奈子は立ちすくむ、あたしに向かってにゆっくりとにじり寄ってきた。
迫ってくる加奈子の表情から、あたしは彼女に殺意を感じてしまい怖くて何もできない。
「死ぬことも許されない私の事を哀れだと思うなら、真由美、あんた死んでよね」
このままでは加奈子に殺される。そう感じたあたしは看護師から渡されたブザーの紐を引いた。
それと同時に「死ねぇー」と加奈子の指が私の首に食い込んで締め付けられた。
苦しい、あたしはこのまま、死んでしまうのか。
でも、加奈子がそれで気が済むなら、そんなことを思っていたら、頭が真っ白になっていくのが分かった。これが、きっと死ぬってことだと思った。
「大丈夫ですか?」
あたしは気が付くと病院のストレッチャーの上に寝かされていた。
「あぶなかったですよ、もう少し遅かったら……」
あたしにそう言ってくれたのは加奈子が入院している病院のスタッフだった。
どうやら、またあたしは九死に一生を得たようである。加奈子に首をしめられて殺されかけたものの間一髪でスタッフに助けられてここに寝かされているのだった。
「あの、加奈子は?」
あたしは殺されかけたにも関わらず加奈子の事が心配になった。
「今は、鎮静剤で眠ってますが、大丈夫ですよ」
スタッフからそう言われて、あたしは少しホットした。そして、今回はこんな結果になったけど、また加奈子に折を見て会いに行こうと思った。そう思うと、なんだか清々しい気分になれた。
それは、今はあんな状態の加奈子であってしても、あたしが真摯に彼女と向き合えばきっと、昔のように心が通じ合えると思えるからだった。
そうして、あたしはスタッフルームで少し休んでから病院をあとにすることにした。
「本当に一人で帰れますか、家族の方呼びましょうか」
病院の方があたしをエントランスも付き添ってくれていた。
「いえ、ありがとうございます。もう大丈夫ですから、これに懲りずにまた加奈子のお見舞いにきますね」
そのように、あたしはスタッフの方に挨拶をすると、病院の自動ドアを通って外に出た。
病院から、一歩外に出ると、あたしの視界には、あのドリームランドのお城が見えていた。
どういうこと? と思い後ろを振り返ると、ウサギの着ぐるみを着たマスコットがいた。
そして、あたしに「ようこそ、ドリームランドへ」と手を大きく広げているのだった。
あたしは、そのマスコットの姿を見て、今度ばかりはダメな気がするのだった……。
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