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第四十九話『女王誕生』
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闘技場は、残虐な興奮と静まり返った緊張が入り混じる異様な空気に包まれていた。イザベラの処刑を見届けた群衆はなおも飢えた獣のように視線を釘付けにし、次なる血の瞬間を待ちわびている。その中央、拘束器具に縛られたレオンハルトは、顔面蒼白で全身を小刻みに震わせていた。
「や、やめろ……頼む……」
その声は掠れ、喉から絞り出すような哀願だった。王子としての尊厳は跡形もなく崩れ去り、ただ命のためにすがる男の姿がそこにあった。だが、ゴリアテはその言葉をまるで耳に入れていないかのように無言で歩を進める。
彼の甲冑がきしむたび、観客席の空気がぴんと張り詰める。血で赤く染まった大剣は鈍く光を放ち、先ほどまでの惨劇の記憶を刃先にまとわせたまま。レオンハルトの正面に立ったかと思えば、ゆっくりと背後に回り込む。その動作は確実で、逃げ場を完全に断つ捕食者のようだった。
私は王族席から、その一部始終を見下ろしていた。胸の奥で燻っていた復讐の炎が、今まさに燃え尽きようとしている。これが、すべての終わり——そう理解していながらも、息が詰まるような緊張で指先が冷たくなっていく。
ゴリアテは無言のまま、大剣を高々と掲げた。その刃が陽光を受け、目も眩むような輝きを放つ。レオンハルトは首をすくめ、必死に後ろを振り返ろうとするが、拘束具がそれを許さない。彼の背後に立つゴリアテの影が、獲物を覆い尽くす夜のように広がっていた。
群衆の呼吸が止まり、闘技場全体が時を止めたかのように静寂に包まれる——そして、刃が振り下ろされる瞬間は目前に迫っていた。
私はこの処刑の前日、ゴリアテを呼び寄せ、静かに耳打ちした。「レオンハルトの首は、すぐにはねるな。」
その言葉にゴリアテは目だけを動かし、無言で頷いた。彼の背後に控えるザンゲリアには、特別な拘束器具を作らせていた。四肢を確実に固定し、逃げも抗いもできぬようにするためのものだ。
このやり方は、かつてゴリアテがぽつりと語ってくれた、闘技場での生き地獄の話から着想を得た。あの日、彼は火を見つめるような目で、異国から来たという戦士のことを話してくれた。船が難破し、この地に流れ着いた男は、腰に見たこともない鋭い刃の武器を提げていたという。その武器はまるで冷たい笑みを浮かべているかのように、光を吸い込みながら鋭く輝いていた。
そいつは残忍の極みだった。勝負が決まっているにもかかわらず、対戦者をわざといたぶるように、じわじわと命を削いでいった。まず足を、次に腕を——順に切断し、相手が絶望の中で血を流し尽くすまで終わらせない。その異様な光景に観客は酔いしれ、戦士はそれを誇らしげに見せつけていた。
ゴリアテは、その時問いかけたそうだ。「なぜそんな殺し方をする?」
異国の戦士は口元だけで笑い、「あれは俺の国では“達磨落とし”っていうんだ。面白いだろ? 皆に見せつけるためだ。」と答えたという。
私はその話を聞き、胸の奥底に刻みつけた。レオンハルトを、同じ“達磨”にしてやる。屈辱と恐怖を刻み込み、命を奪う瞬間までを地獄に変えるのだ。
結局、その異国の戦士は、奴隷として買われた先の主をも“達磨”のように刻み殺し、煙のように姿を消したそうだ。その残酷な手並みだけが、ゴリアテの記憶に焼き付いていた。
ゴリアテが背後で剣を振り下ろした瞬間、レオンハルトは本能的に目をつぶった。薄い王子の正装が裂ける感覚とともに、首が断ち切られ、すべてが終わると信じた——その甘い予感は、瞬時に裏切られた。
鋭い刃は首ではなく左足を狙い、布地を裂き、皮膚を裂き、骨を粉砕する生々しい音が響く。切断面から噴き上がった鮮血は噴水のように舞い、砂を赤黒く染め上げた。胴体から離れた足はまだ痙攣しながら、砂の上を転がっていく。
「ぎゃあああああっ!」
耳をつんざく悲鳴が闘技場の壁に反響し、観衆の吐息や嘔吐を堪える声が混じった。しかし視線は逸らせない。ゴリアテはためらいもなく右足を断ち、左腕を斬り落とす。飛び散る血飛沫が観衆の頬を濡らし、温かく生臭い匂いが空気を満たした。
レオンハルトの声は次第に掠れ、右腕が切断される頃には、かすかな呻きに変わっていた。四肢を失い、血溜まりに沈む“達磨”となった彼は、半ば意識を失い、痙攣するだけの肉塊と化す。
だが、ゴリアテは止まらない。刃こぼれして切れ味を失った剣を投げ捨て、達磨と化した王子の後頭部を両手でわしづかみにする。その手に籠められる圧力が、皮膚を引き裂き、骨を悲鳴とともに歪ませた。
ブシャッ——鈍く湿った破砕音が響く。頭蓋が押し潰され、眼球が飛び出し、赤と白の混ざった液体が砂上に降り注ぐ。観衆からは悲鳴と歓声が渦巻き、興奮と戦慄が混じった狂気の熱が闘技場を包み込んだ。
レオンハルトの断末魔と、ゴリアテによる凄惨な仕置きが終わった後の闘技場は、異様な静けさに包まれていた。だが、その静寂はすぐに破られる。観衆の一部が席を蹴るように立ち上がり、我先にと出口へ向かって走り出したのだ。目を覆いながら泣く子供、吐き気を抑えられず嘔吐する男、うずくまって震える女——その光景は、先ほどまでの熱狂とは正反対の混沌だった。
血と砂の匂いが混じった重苦しい空気の中、私は群衆に向かって声を張り上げた。
「……待ちなさい!」
その一言で、出口へ殺到していた人々の足が一斉に止まる。恐怖と困惑が入り混じった視線が、闘技場中央の私に注がれた。私は深く息を吸い、静かに、しかしはっきりと語り始めた。
「先ほどの残虐な光景を見せてしまったこと……心からお詫びします」
人々の間にざわめきが走る。誰もが、この後に続く言葉を固唾をのんで待っていた。
「しかし、この裁きは必要なものでした。腐敗と暴虐を断ち切るために。そして……これをもって、私はこの国の女王になります!」
その瞬間、どよめきが広がる。私は視線を逸らさず、群衆一人ひとりを見据えながら続けた。
「これからは、民衆に不必要な負担をかけない王政を約束します。あなたたちの生活を守り、この国を血と恐怖ではなく、誇りと希望で満たす王国にします!」
最初は小さく、やがて大きくなっていく声が、あちこちから上がった。
「女王様……!」
「新女王バンザイ!」
歓声は波のように広がり、闘技場の天井を震わせた。恐怖と吐き気に支配されていた空間が、いつしか熱狂と歓喜に塗り替えられていく。その声を聞きながら、私は心の奥底で静かに誓った——もう二度と、この国を血の匂いで満たさせはしない、と。
観衆の歓声とざわめきがようやく落ち着き始めた闘技場の王族席。 私の前に、ニールとマグダレーナが静かに進み出てきた。 二人は膝をつき、深く頭を垂れる。
「おめでとうございます、王女様……いや、新女王陛下」
ニールの言葉に、私はゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう、ニール。あなたの助けで……復讐は、すべて成しえたわ」
少し間を置き、私はその瞳をまっすぐに見つめる。
「で、これからあなたはどうするの? ノクトホロウの森のヴァルセリア様のもとへ帰るの?」
問いかけに、ニールは一瞬だけ視線を逸らし、複雑な笑みを浮かべた。
「いや……自分は、今さらヴァルセリア様の使い魔としては戻れませんよ」
その声音には、長い年月と共に積み重なった思いがにじんでいた。 私はしばし考え、やがて穏やかに告げた。
「だったら……ニール、あなたは私の右腕として、これからの王政を支えてちょうだい」
ニールの瞳が一瞬見開かれ、そして照れくさそうに笑みがこぼれた。
「当たり前ですよ、ご主人様」
そのやりとりを隣で聞いていたマグダレーナも、無言で深く頷いた。 こうして、長きにわたる私の復讐は幕を閉じた。
新女王となった私の周りには、忠誠と信頼で結ばれた仲間がいる。 これから先、素晴らしい王政になる——そう、誰もが信じた。
だが……
====================================================
さあ、いよいよ次回はこの物語の最終話!
「え、ここで終わるの?」と皆さんの頭の中にクエスチョンマークが乱舞し、「うわっ!」と声が漏れるエンディングをご用意しております。 最後の最後まで油断せず、私と一緒にこの結末を見届けてくださいませ。 では、また次回——お楽しみに!
「や、やめろ……頼む……」
その声は掠れ、喉から絞り出すような哀願だった。王子としての尊厳は跡形もなく崩れ去り、ただ命のためにすがる男の姿がそこにあった。だが、ゴリアテはその言葉をまるで耳に入れていないかのように無言で歩を進める。
彼の甲冑がきしむたび、観客席の空気がぴんと張り詰める。血で赤く染まった大剣は鈍く光を放ち、先ほどまでの惨劇の記憶を刃先にまとわせたまま。レオンハルトの正面に立ったかと思えば、ゆっくりと背後に回り込む。その動作は確実で、逃げ場を完全に断つ捕食者のようだった。
私は王族席から、その一部始終を見下ろしていた。胸の奥で燻っていた復讐の炎が、今まさに燃え尽きようとしている。これが、すべての終わり——そう理解していながらも、息が詰まるような緊張で指先が冷たくなっていく。
ゴリアテは無言のまま、大剣を高々と掲げた。その刃が陽光を受け、目も眩むような輝きを放つ。レオンハルトは首をすくめ、必死に後ろを振り返ろうとするが、拘束具がそれを許さない。彼の背後に立つゴリアテの影が、獲物を覆い尽くす夜のように広がっていた。
群衆の呼吸が止まり、闘技場全体が時を止めたかのように静寂に包まれる——そして、刃が振り下ろされる瞬間は目前に迫っていた。
私はこの処刑の前日、ゴリアテを呼び寄せ、静かに耳打ちした。「レオンハルトの首は、すぐにはねるな。」
その言葉にゴリアテは目だけを動かし、無言で頷いた。彼の背後に控えるザンゲリアには、特別な拘束器具を作らせていた。四肢を確実に固定し、逃げも抗いもできぬようにするためのものだ。
このやり方は、かつてゴリアテがぽつりと語ってくれた、闘技場での生き地獄の話から着想を得た。あの日、彼は火を見つめるような目で、異国から来たという戦士のことを話してくれた。船が難破し、この地に流れ着いた男は、腰に見たこともない鋭い刃の武器を提げていたという。その武器はまるで冷たい笑みを浮かべているかのように、光を吸い込みながら鋭く輝いていた。
そいつは残忍の極みだった。勝負が決まっているにもかかわらず、対戦者をわざといたぶるように、じわじわと命を削いでいった。まず足を、次に腕を——順に切断し、相手が絶望の中で血を流し尽くすまで終わらせない。その異様な光景に観客は酔いしれ、戦士はそれを誇らしげに見せつけていた。
ゴリアテは、その時問いかけたそうだ。「なぜそんな殺し方をする?」
異国の戦士は口元だけで笑い、「あれは俺の国では“達磨落とし”っていうんだ。面白いだろ? 皆に見せつけるためだ。」と答えたという。
私はその話を聞き、胸の奥底に刻みつけた。レオンハルトを、同じ“達磨”にしてやる。屈辱と恐怖を刻み込み、命を奪う瞬間までを地獄に変えるのだ。
結局、その異国の戦士は、奴隷として買われた先の主をも“達磨”のように刻み殺し、煙のように姿を消したそうだ。その残酷な手並みだけが、ゴリアテの記憶に焼き付いていた。
ゴリアテが背後で剣を振り下ろした瞬間、レオンハルトは本能的に目をつぶった。薄い王子の正装が裂ける感覚とともに、首が断ち切られ、すべてが終わると信じた——その甘い予感は、瞬時に裏切られた。
鋭い刃は首ではなく左足を狙い、布地を裂き、皮膚を裂き、骨を粉砕する生々しい音が響く。切断面から噴き上がった鮮血は噴水のように舞い、砂を赤黒く染め上げた。胴体から離れた足はまだ痙攣しながら、砂の上を転がっていく。
「ぎゃあああああっ!」
耳をつんざく悲鳴が闘技場の壁に反響し、観衆の吐息や嘔吐を堪える声が混じった。しかし視線は逸らせない。ゴリアテはためらいもなく右足を断ち、左腕を斬り落とす。飛び散る血飛沫が観衆の頬を濡らし、温かく生臭い匂いが空気を満たした。
レオンハルトの声は次第に掠れ、右腕が切断される頃には、かすかな呻きに変わっていた。四肢を失い、血溜まりに沈む“達磨”となった彼は、半ば意識を失い、痙攣するだけの肉塊と化す。
だが、ゴリアテは止まらない。刃こぼれして切れ味を失った剣を投げ捨て、達磨と化した王子の後頭部を両手でわしづかみにする。その手に籠められる圧力が、皮膚を引き裂き、骨を悲鳴とともに歪ませた。
ブシャッ——鈍く湿った破砕音が響く。頭蓋が押し潰され、眼球が飛び出し、赤と白の混ざった液体が砂上に降り注ぐ。観衆からは悲鳴と歓声が渦巻き、興奮と戦慄が混じった狂気の熱が闘技場を包み込んだ。
レオンハルトの断末魔と、ゴリアテによる凄惨な仕置きが終わった後の闘技場は、異様な静けさに包まれていた。だが、その静寂はすぐに破られる。観衆の一部が席を蹴るように立ち上がり、我先にと出口へ向かって走り出したのだ。目を覆いながら泣く子供、吐き気を抑えられず嘔吐する男、うずくまって震える女——その光景は、先ほどまでの熱狂とは正反対の混沌だった。
血と砂の匂いが混じった重苦しい空気の中、私は群衆に向かって声を張り上げた。
「……待ちなさい!」
その一言で、出口へ殺到していた人々の足が一斉に止まる。恐怖と困惑が入り混じった視線が、闘技場中央の私に注がれた。私は深く息を吸い、静かに、しかしはっきりと語り始めた。
「先ほどの残虐な光景を見せてしまったこと……心からお詫びします」
人々の間にざわめきが走る。誰もが、この後に続く言葉を固唾をのんで待っていた。
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その瞬間、どよめきが広がる。私は視線を逸らさず、群衆一人ひとりを見据えながら続けた。
「これからは、民衆に不必要な負担をかけない王政を約束します。あなたたちの生活を守り、この国を血と恐怖ではなく、誇りと希望で満たす王国にします!」
最初は小さく、やがて大きくなっていく声が、あちこちから上がった。
「女王様……!」
「新女王バンザイ!」
歓声は波のように広がり、闘技場の天井を震わせた。恐怖と吐き気に支配されていた空間が、いつしか熱狂と歓喜に塗り替えられていく。その声を聞きながら、私は心の奥底で静かに誓った——もう二度と、この国を血の匂いで満たさせはしない、と。
観衆の歓声とざわめきがようやく落ち着き始めた闘技場の王族席。 私の前に、ニールとマグダレーナが静かに進み出てきた。 二人は膝をつき、深く頭を垂れる。
「おめでとうございます、王女様……いや、新女王陛下」
ニールの言葉に、私はゆっくりと微笑んだ。
「ありがとう、ニール。あなたの助けで……復讐は、すべて成しえたわ」
少し間を置き、私はその瞳をまっすぐに見つめる。
「で、これからあなたはどうするの? ノクトホロウの森のヴァルセリア様のもとへ帰るの?」
問いかけに、ニールは一瞬だけ視線を逸らし、複雑な笑みを浮かべた。
「いや……自分は、今さらヴァルセリア様の使い魔としては戻れませんよ」
その声音には、長い年月と共に積み重なった思いがにじんでいた。 私はしばし考え、やがて穏やかに告げた。
「だったら……ニール、あなたは私の右腕として、これからの王政を支えてちょうだい」
ニールの瞳が一瞬見開かれ、そして照れくさそうに笑みがこぼれた。
「当たり前ですよ、ご主人様」
そのやりとりを隣で聞いていたマグダレーナも、無言で深く頷いた。 こうして、長きにわたる私の復讐は幕を閉じた。
新女王となった私の周りには、忠誠と信頼で結ばれた仲間がいる。 これから先、素晴らしい王政になる——そう、誰もが信じた。
だが……
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