完結『矢野アラタの大冒険。近江の悪ガキ、埋蔵金伝説に挑む』

カトラス

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第五話『安土城の影に眠る宝──自由研究の始まり』

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 夏休みも半分が過ぎたころ、川沿いの風も熱を含んで重たく感じる午後、ケンタは秘密基地のブルーシートの下で膝を抱えていた。トラを胸に抱きながら、じっと考えこんでいる。その目はどこか遠くを見ていた。

「なあ、アラタ、ハルト……俺な、自由研究のテーマ、決めたわ」

 ケンタは少し照れくさそうに、でもどこか誇らしげに言った。

「俺、『安土城と信長』にしようと思うんや」

「おお! なんかカッコええやん!」

 アラタは目を輝かせ、思わず身を乗り出す。歴史はあまり得意じゃないけど、信長という名前には子どもの心をくすぐる冒険の匂いがあった。

「安土城って、近江八幡からすぐのとこやろ? あの山の上にあったんやな」

「そうそう。信長が作ったでっかいお城や。今はもう跡しか残ってへんけどな」

 ケンタはトラの頭をなでながら、声を少し落として言った。

「親父が生きとったころ、よく車であの辺通ったんや。安土駅の近くから山が見えて……あの辺、なんか特別なにおいがするんや」

 ハルトは腕を組んでうなずき、口を開く。

「京都でも信長の名前は有名やけど、城跡まで行ったことはないな……。ええやん、せっかくやし調べに行こうや」

 次の日の朝、三人と一匹は町の図書館に集まった。外はジリジリと暑く、照り返しがアスファルトを揺らしている。セミの声が耳にまとわりつくようだったが、館内に入った瞬間、ひんやりとした冷気と紙の匂いに包まれた。

「うわぁ……涼しい……」

 アラタは思わず声をもらした。冷房の風と静けさが、まるで別の世界に来たみたいだ。

 ケンタは郷土史コーナーに向かい、分厚い本を手に取った。ページをめくると、白黒写真の安土城跡や古い絵図が現れる。古びた紙の手触りとインクの匂いが、時間をさかのぼるような感覚を与えた。

「見てみ、アラタ。昔の安土城、めっちゃ立派やん!」

「うわぁ……天守、でっか! 空に届きそうやん」

 三人は肩を寄せ合い、夢中でページをめくった。そこには「織田信長が天下統一を目指し、壮麗な安土城を築くも、本能寺の変のあとに焼失」と書かれている。子どもたちの胸は、見えない歴史の世界に触れたように高鳴った。

 図書館を出ると、熱気がまた全身を包んだ。三人は汗をぬぐいながら、近江八幡の郷土資料館へ向かう。館内は静かで、窓から差し込む光が展示物のガラスに反射していた。入道雲が空に高く浮かび、遠くからはヒグラシの声が聞こえる。

「ここが天守のあった場所か……」

 ケンタは展示された地図をじっと見つめ、胸の奥がじんわり熱くなる。ハルトは興味深そうに城の模型をのぞき込み、アラタは復元された大きな石垣を触って「うわ、ひんやりしてる!」と声を上げた。

 三人と一匹の胸に、夏の自由研究がただの宿題ではなく、冒険の始まりに思えてくる。歴史の影に眠る何かが、静かに彼らの心をくすぐっていた。

 図書館の郷土史コーナーは、午後の日差しが窓からやわらかく差し込み、静けさの中に紙の匂いと冷房の風が漂っていた。子どもたちの声はほとんど聞こえず、ページをめくる音だけが小さく響く。

 アラタは古い木の棚を順番にのぞきこみ、一番下の段で、ほこりをかぶった茶色い背表紙の本を見つけた。

「……これ、めっちゃ古そうやで」

 指先でそっと抜き取ると、長年眠っていた本がかすかにきしむ。表紙には金色の文字で『近江八幡古今記』とある。ページを開くと、紙は黄ばんで少しざらつき、ふわりとインクと古紙の独特な匂いが立ちのぼった。

「うわ……昔の字や。なんか宝探しの地図みたいやな」

 ケンタが目を丸くする。ハルトも肩を寄せ、息をひそめた。

「ちょっと待て、ここ……!」

 アラタが指差した先には、こんな一文が書かれていた。

――『安土城焼失の折、信長の黄金、いまだ地に眠ると噂あり』

 三人は同時に息をのんだ。図書館の静けさの中で、心臓の鼓動だけがドクドクと大きく響く。ケンタはごくりと唾をのむ。

「……なあ、これって……」

「埋蔵金のことちゃうん……?」

 声はかすれて小さい。ハルトも思わず本に顔を近づけた。

「ま、まさかほんまにあるんか……? 信長の黄金が……」

 次の瞬間、アラタの瞳がぎらりと光る。胸の奥にわくわくが溢れ、抑えきれなかった。

「これ……俺らで探すしかないやろ!!」

 声をあげた瞬間、三人は顔を見合わせ、思わず吹き出すように笑った。緊張と興奮が入り混じった笑いだ。胸の中のわくわくはもう止まらない。

 自由研究は、ただの宿題から、本物の冒険の序章へと変わったのだった。


 夜の秘密基地は、ブルーシート越しの月明かりに淡く照らされていた。昼間の熱気がまだ残り、草の青臭さと湿った土の匂いが鼻をくすぐる。虫の声が遠くから絶え間なく響き、風がそよぐたびにブルーシートがふわりと揺れた。

 アラタは膝に古い郷土誌を広げ、指先で紙のざらりとした感触を確かめながらページをめくる。昼間、図書館で見つけた本だ。胸の奥が高鳴るのを抑えられない。

「なあ、これ、絶対に信長の埋蔵金のことやって!」

 声はひそめているのに、弾むような興奮が隠しきれない。アラタの目は月明かりに反射してきらきら光っていた。

 ケンタはトラを抱きしめ、身を乗り出すようにしてページをのぞき込む。小さな心臓も、わくわくでどきどきしていた。トラはケンタの腕の中で丸くなり、喉を小さく鳴らしている。まるで「ちゃんと聞いてるで」とでも言うみたいだった。

「……ふーん、まあ、そんなもんあるかもしれんな」

 壁にもたれて腕を組んだハルトは、わざと冷静を装っていた。だが、暗がりの中でこっそり握った手のひらは汗ばんでいる。胸はどくんどくんと跳ね、頭の中では土に埋まる黄金の輝きがはっきりと浮かんでいた。

「なあ、これ、ほんまに俺らで探すんか?」

 ハルトは口ではそう言ったものの、声はどこか震えている。興奮を必死に隠しているのが見え見えだった。

「探すしかないやろ!」

 アラタは力強く言い、ケンタも大きくうなずく。トラがタイミングよく「にゃあ」と鳴いた。三人は思わず顔を見合わせ、くすくす笑う。小さな秘密基地の中に、冒険の匂いが満ちていくのを感じた。

 ブルーシートの天井を夜風がまた揺らし、月明かりがゆらゆらと差し込む。草の匂い、虫の音、胸の奥のわくわく……。

 この小さな秘密基地から始まる夏の大冒険は、もうすぐそこまで来ていた。

 その夜、アラタは布団に潜り込んだものの、まったく眠れなかった。頭の中は黄金色の光でいっぱいだ。昼間に図書館で見た郷土誌の文字が、まるで蛍みたいに暗闇でちらちらと浮かんでくる。

――『安土城焼失の折、信長の黄金、いまだ地に眠ると噂あり』

 まぶたを閉じると、土の中から金貨がざらざらとあふれ出す幻が見える。思わず布団の中でにやけると、隣で寝ている妹が寝言のように「何わろてんの……」とつぶやいた。

「……俺らで見つけるんや。絶対や」

 心の中でつぶやくと、胸の奥がわくわくと熱を帯びる。窓を少し開けた部屋には夜風が流れ込み、汗ばんだ頬をなでていった。外ではヒグラシが遠くで鳴き、夏の夜の匂いが濃く漂っている。

 ケンタの家では、薄暗い部屋でケンタが布団にくるまり、目を閉じたり開いたりしていた。母はパート帰りの疲れでぐっすり眠っている。天井の薄い灯りを見つめながら、ケンタは小さくつぶやいた。

「もし宝、見つけたら……母ちゃんに楽させられるかな……」

 思わず布団をぎゅっと抱きしめる。胸の奥は期待と不安でどきどきしていた。窓の外からは、遠くで上がった小さな花火の破裂音がぽんと響き、夏休みの夜らしさをいっそう濃くした。

 西園寺ハルトは豪邸の広い自室で、ふかふかのベッドに寝転んで天井を見つめていた。クーラーの冷たい風が頬を撫でるが、胸の中は落ち着かず、そわそわと熱い。

「ふん、あいつら、ほんま子どもみたいやな……」

 わざと鼻で笑いながらつぶやくが、頭の中では、自分が金の延べ棒を掲げて新聞やテレビに映る妄想が止まらない。心はすでに冒険に踊っていた。

 夜が更け、月明かりが町を青白く染めるころ、アラタはとうとう布団を抜け出した。サンダルをつっかけ、ひんやりとした川沿いの小道を歩く。草の間から虫の声が重なり合い、夜風が汗ばんだ首筋を撫でるたびに背筋がぞくりとする。

 やがて、秘密基地が月明かりに浮かび上がった。ブルーシートが夜風にふわりと揺れ、影が地面にゆらゆらと踊っている。アラタがそっとのぞくと、トラがダンボールの上で丸くなって目を開け、ゆっくりとしっぽを振った。

「……明日から本番やな、トラ」

 アラタが小声でつぶやくと、トラはにゃあと小さく返事をした。月明かりの下の秘密基地には、まだ誰も知らない夏の大冒険の気配が、確かに漂っていた。


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