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第十三話『風が止まるとき、扉は囁く』
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石碑の前に立ってから、あの太鼓を叩くような音は不規則に鳴っていた。
夜の森に響いたあの低い太鼓の音――。
まるで三人と一匹に「近寄るな!」と言ってるような情景と重なって不気味な感じがする音。
アラタたちは震えながらも進み、幽霊か、それとも誰かが叩いているのかと頭を悩ませた。しかし真実はもっと古く、静かな理由に隠されていた。
参道の奥、苔むした灯籠のさらに向こうには、大きな石がいくつも並んでいた。
その石は外から見ればただの自然石にしか見えない。しかし内部はくり抜かれ、空洞になっており、表面には小さな穴が開けられていた。夜風が吹き込むと、石の内部で空気が共鳴し、低く重々しい響きが森全体に広がる。まるで大太鼓をゆっくりと叩いたように。
これはかつて祠を守るために作られた「風鳴り石」の仕掛けだった。外敵や獣を近づけないよう、人々が残した古の防御の知恵。昼間はただの石にしか見えないが、満月の夜、風の流れが一定の角度で穴を抜けるときだけ、ドン……ドン……という音が森を満たすのだ。
少年たちはまだその事実を知らない。あの夜の恐怖と興奮のまま、石碑を見上げて胸を高鳴らせていた。だが読者だけは理解できる――あの音は幽霊の仕業でも幻でもなく、何百年も前に仕掛けられた「音の罠」の名残だったのだ。
月明かりに照らされた石碑を、三人とトラは囲むように立っていた。表面は分厚い苔に覆われ、ひび割れも多い。だが、その隙間から何やら文字のようなものがのぞいている。
「どけ、ちょっと苔取ってみるわ」
アラタが袖でごしごしと石をこすった。湿った苔がはらはらと崩れ落ち、古びた刻印が少しずつ姿を現す。ケンタはごくりと唾を飲み込み、息を詰めてその様子を見守る。トラは石碑の前に座り込み、じっと暗い表面を凝視していた。
「……見えるか?」
ハルトが低い声で言い、身を乗り出した。冷たい石肌に触れながら、指先で慎重に苔を払い落とす。月光が斜めから差し込み、削れた線が浮かび上がった瞬間、三人は同時に息を呑んだ。
「……風が止まるとき、扉は開く」
ハルトが読み上げると、その場の空気が凍りついたように感じられた。直後、森を渡ってきた風がふっとやみ、あの低い太鼓のような音が遠くで一度だけ響いた。ドン……。まるで言葉と呼応するかのように。
「うわっ……! 今の聞いたか!? 絶対つながっとるやん!」
アラタが興奮して声を上げ、拳を握った。胸の奥が一気に熱を帯び、血が沸き立つようだった。
「ま、また鳴った……。やっぱり何かあるんや……」
ケンタは背筋を強張らせ、声を震わせた。恐怖と真実味が重なり、冷たい汗が頬を伝う。風が止まるたびに、あの音が響くのではという想像が頭を離れない。
「つまり……太鼓みたいに響くあの音も、この仕掛けの一部やな。風が止まった瞬間に“扉”が示される……そういう仕組みかもしれん」
ハルトの冷静な分析が響き、三人の背筋に新たな緊張が走った。苔に覆われた文字は、ただの伝承ではなく実際の装置と結びついている。その現実感が恐ろしさと同時に胸を高鳴らせる。
その時、トラの耳がぴくりと動き、尻尾がすっと立った。月明かりに照らされた縞模様の体は、まっすぐ石碑の方へと向けられている。その仕草に三人は思わず顔を見合わせた。あの低い音と碑文、そしてトラの反応――すべてが一本の線でつながっているように思え、胸の奥がぞわりと熱くなった。
石碑に刻まれた文字が月明かりに浮かび上がると、三人の胸に得体の知れない鼓動が広がった。森を渡る風は再び止まり、木々のざわめきさえも消えている。静寂の中で、あの太鼓のような低い音が一度だけ響いた気がした。ドン……。耳の奥で鳴ったのか、それとも実際に森に響いたのか分からない。だが、その瞬間、全員の背筋に冷たいものが走った。
「……やっぱり、なんかあるんや。俺ら、ほんまにとんでもないことに首突っ込んでるんちゃうか」
ケンタの声は震えていた。彼の手は汗で湿り、シャツの裾を無意識に握りしめている。胸の奥では逃げ出したい気持ちが強く渦巻いていたが、同時に目の前の石碑から離れられない奇妙な吸引力も感じていた。
「ビビりすぎやろ! ここまで来たんや、最後まで確かめなあかんやんけ!」
アラタは拳を握りしめ、目を輝かせて叫んだ。声の中には恐怖を振り払う勢いと、未知への期待が混じっていた。冒険の匂いに胸が躍り、血が騒いで仕方ないのだ。
「……落ち着け。確かに危険かもしれんけど、これはただの迷信やない。碑文と風、それにあの音……全部が繋がっとる」
ハルトは冷静に言った。だがその声は平静を装っているだけで、心の奥では緊張が走っているのが伝わった。細い指先はまだ石碑に触れたままで、その震えを隠すように力がこもっていた。
ケンタは両腕を抱えて後ずさりし、必死に声を張った。
「でも……もし、もしホンマに“扉”が開いたらどうすんねん! 戻れんようになったら……!」
「そんときはそんときや! 俺らが最初に見つけるんや!」
アラタの勢いに、ケンタは言葉を詰まらせた。彼の心は恐怖と興奮の間で大きく揺れている。逃げたい、でも見たい。その矛盾に胸を締め付けられる。
「ケンタ……」
ハルトが静かに名前を呼ぶ。その声は責めるのでも励ますのでもなく、ただ彼の動揺を受け止める響きだった。
三人とトラは石碑の前に立ち尽くしていた。空気はひんやりと重く、風が止んだままの森は息を潜めているようだった。苔むした石碑の表面には、まだ掘り残されたような凹凸がいくつもあり、そこに何かが隠されている気配が漂っていた。
「なあ……これ、下んとこ見てみい。なんか埋まってへんか?」
アラタが目を凝らして指差す。石碑の根元、土に覆われた部分に、不自然な隙間がのぞいていた。
「ほんまや……」
ケンタがしゃがみ込み、手で土を払い落とす。湿った土の匂いが立ち上り、爪の間に泥が入り込む。心臓は早鐘を打ち、背中を冷たい汗が伝った。それでも、目の前の隙間から目を離せなかった。
「気ぃつけろ。仕掛けがあるかもしれん」
ハルトが冷静に声をかけ、周囲を見回しながら警戒を怠らない。だがその目にはわずかな輝きが宿り、謎を解くことへの期待を隠しきれていなかった。
トラが石碑の根元に歩み寄り、耳をぴくりと動かした。尻尾をすっと立て、隙間の一点を凝視している。その仕草に三人の緊張がさらに増した。
「よっしゃ、みんなで掘ろ!」
アラタが勢いよく声を上げた。その声に押され、三人は膝をつき、力を合わせて土を掘り返していく。爪の間に泥が食い込み、手のひらにじんわり痛みが走る。夜の森に、土をかく音と荒い息遣いだけが響いた。
「……お、おい! なんか硬いもんに触ったで!」
ケンタが声を震わせながら叫んだ。指先に当たるのは木の感触。土をさらに払い落とすと、そこから黒ずんだ木片の板が現れた。
「板や……」
アラタが興奮混じりに声を上げ、震える手で土を払いのける。木片は古びていて、ところどころ欠けていたが、表面には黒い墨の跡が残っていた。
「見せてみい」
ハルトが慎重に板を受け取り、月明かりにかざした。目を凝らすと、円の中に交差する線が描かれているのが見えた。まるで風の流れを示しているかのような記号だった。
「……やっぱりな。風のことが書かれてる。碑文と繋がっとる」
ハルトの声は冷静だが、瞳は輝きを増していた。理屈を超えた“真実”を手にした確信が、彼の胸に湧き上がっている。
「これや! これが次のヒントや!」
アラタが拳を握り、叫んだ。胸が熱くなり、全身の血が沸き立つようだった。彼の声は夜の森に響き渡り、冒険心をさらにかき立てる。
「……呪符やないやんな。ほんまに……宝の印なんやろな……」
ケンタは震える指で木片をなぞり、弱々しくつぶやいた。恐怖と期待が入り混じり、心臓が不規則に跳ねる。足元の土がやけに冷たく感じられた。
三人の視線が木片に集まり、鼓動がひとつになる。夜の静寂の中で、風はまだ止んだままだった。月明かりの下で浮かび上がる木片の記号が、これからの行く先を暗示しているように見えた。
月明かりの下、三人は掘り出した木片を見つめて息を潜めていた。風はまだ止んだままで、森全体が張り詰めた静けさに覆われている。耳を澄ませば、自分たちの心臓の鼓動だけが大きく響いているように感じた。
「……なあ、これ……本物なんやろか」
ケンタが声を震わせながら言った。木片を持つ手はじっとり汗ばんでいる。興奮と恐怖の狭間で、心臓が不規則に跳ねていた。
「当たり前や! これが手がかりや! 俺らが一番乗りで見つけたんや!」
アラタが目を輝かせて叫んだ。胸の奥が熱くなり、思わず拳を握りしめる。冒険の匂いに血が騒いで仕方がない。
「……確かに記号は碑文と繋がっとる。偶然とは思えん」
ハルトは冷静な口調で言ったが、声にはわずかな緊張が滲んでいた。月光に照らされた横顔は真剣で、指先は木片を握るアラタの手元をじっと見つめていた。
その時だった。背後の森で「ガサッ」と枝を踏む音が響いた。三人は同時に飛び上がるように振り返る。
「ひっ……な、なんや今の!」
ケンタが声を裏返らせ、目を大きく見開いた。背中に冷たい汗が流れ、足がすくんで動けない。
「誰か……おるんか?」
アラタが声を張り上げる。だが返事はなく、森の闇がじっと口を閉ざしているだけだった。耳を澄ませば、何かが潜んでいる気配が確かにある。鳥の声も虫の鳴き声もなく、ただ不気味な沈黙だけが広がっていた。
「……俺らだけやない。誰かに見られとる」
ハルトが低く呟いた。その声は冷静でありながら、胸の奥底に張り詰めた緊張を隠してはいなかった。
「う、うそやろ……? 誰や……誰がこんな森の奥に……」
ケンタの足は震え、声も途切れがちだった。逃げ出したい衝動と、この場から目を逸らせない気持ちがせめぎ合っていた。
「……ええやんけ。見られてるんやったら、なおさら急がなあかん。先に見つけたもん勝ちや!」
アラタは恐怖を振り払うように拳を握り、前を見据えた。その強引な言葉に、ケンタは口をつぐむしかなかった。
夜の森は、相変わらず風ひとつない静寂に包まれていた。その静けさこそが、不穏な影の存在を際立たせていた。
夜の森に響いたあの低い太鼓の音――。
まるで三人と一匹に「近寄るな!」と言ってるような情景と重なって不気味な感じがする音。
アラタたちは震えながらも進み、幽霊か、それとも誰かが叩いているのかと頭を悩ませた。しかし真実はもっと古く、静かな理由に隠されていた。
参道の奥、苔むした灯籠のさらに向こうには、大きな石がいくつも並んでいた。
その石は外から見ればただの自然石にしか見えない。しかし内部はくり抜かれ、空洞になっており、表面には小さな穴が開けられていた。夜風が吹き込むと、石の内部で空気が共鳴し、低く重々しい響きが森全体に広がる。まるで大太鼓をゆっくりと叩いたように。
これはかつて祠を守るために作られた「風鳴り石」の仕掛けだった。外敵や獣を近づけないよう、人々が残した古の防御の知恵。昼間はただの石にしか見えないが、満月の夜、風の流れが一定の角度で穴を抜けるときだけ、ドン……ドン……という音が森を満たすのだ。
少年たちはまだその事実を知らない。あの夜の恐怖と興奮のまま、石碑を見上げて胸を高鳴らせていた。だが読者だけは理解できる――あの音は幽霊の仕業でも幻でもなく、何百年も前に仕掛けられた「音の罠」の名残だったのだ。
月明かりに照らされた石碑を、三人とトラは囲むように立っていた。表面は分厚い苔に覆われ、ひび割れも多い。だが、その隙間から何やら文字のようなものがのぞいている。
「どけ、ちょっと苔取ってみるわ」
アラタが袖でごしごしと石をこすった。湿った苔がはらはらと崩れ落ち、古びた刻印が少しずつ姿を現す。ケンタはごくりと唾を飲み込み、息を詰めてその様子を見守る。トラは石碑の前に座り込み、じっと暗い表面を凝視していた。
「……見えるか?」
ハルトが低い声で言い、身を乗り出した。冷たい石肌に触れながら、指先で慎重に苔を払い落とす。月光が斜めから差し込み、削れた線が浮かび上がった瞬間、三人は同時に息を呑んだ。
「……風が止まるとき、扉は開く」
ハルトが読み上げると、その場の空気が凍りついたように感じられた。直後、森を渡ってきた風がふっとやみ、あの低い太鼓のような音が遠くで一度だけ響いた。ドン……。まるで言葉と呼応するかのように。
「うわっ……! 今の聞いたか!? 絶対つながっとるやん!」
アラタが興奮して声を上げ、拳を握った。胸の奥が一気に熱を帯び、血が沸き立つようだった。
「ま、また鳴った……。やっぱり何かあるんや……」
ケンタは背筋を強張らせ、声を震わせた。恐怖と真実味が重なり、冷たい汗が頬を伝う。風が止まるたびに、あの音が響くのではという想像が頭を離れない。
「つまり……太鼓みたいに響くあの音も、この仕掛けの一部やな。風が止まった瞬間に“扉”が示される……そういう仕組みかもしれん」
ハルトの冷静な分析が響き、三人の背筋に新たな緊張が走った。苔に覆われた文字は、ただの伝承ではなく実際の装置と結びついている。その現実感が恐ろしさと同時に胸を高鳴らせる。
その時、トラの耳がぴくりと動き、尻尾がすっと立った。月明かりに照らされた縞模様の体は、まっすぐ石碑の方へと向けられている。その仕草に三人は思わず顔を見合わせた。あの低い音と碑文、そしてトラの反応――すべてが一本の線でつながっているように思え、胸の奥がぞわりと熱くなった。
石碑に刻まれた文字が月明かりに浮かび上がると、三人の胸に得体の知れない鼓動が広がった。森を渡る風は再び止まり、木々のざわめきさえも消えている。静寂の中で、あの太鼓のような低い音が一度だけ響いた気がした。ドン……。耳の奥で鳴ったのか、それとも実際に森に響いたのか分からない。だが、その瞬間、全員の背筋に冷たいものが走った。
「……やっぱり、なんかあるんや。俺ら、ほんまにとんでもないことに首突っ込んでるんちゃうか」
ケンタの声は震えていた。彼の手は汗で湿り、シャツの裾を無意識に握りしめている。胸の奥では逃げ出したい気持ちが強く渦巻いていたが、同時に目の前の石碑から離れられない奇妙な吸引力も感じていた。
「ビビりすぎやろ! ここまで来たんや、最後まで確かめなあかんやんけ!」
アラタは拳を握りしめ、目を輝かせて叫んだ。声の中には恐怖を振り払う勢いと、未知への期待が混じっていた。冒険の匂いに胸が躍り、血が騒いで仕方ないのだ。
「……落ち着け。確かに危険かもしれんけど、これはただの迷信やない。碑文と風、それにあの音……全部が繋がっとる」
ハルトは冷静に言った。だがその声は平静を装っているだけで、心の奥では緊張が走っているのが伝わった。細い指先はまだ石碑に触れたままで、その震えを隠すように力がこもっていた。
ケンタは両腕を抱えて後ずさりし、必死に声を張った。
「でも……もし、もしホンマに“扉”が開いたらどうすんねん! 戻れんようになったら……!」
「そんときはそんときや! 俺らが最初に見つけるんや!」
アラタの勢いに、ケンタは言葉を詰まらせた。彼の心は恐怖と興奮の間で大きく揺れている。逃げたい、でも見たい。その矛盾に胸を締め付けられる。
「ケンタ……」
ハルトが静かに名前を呼ぶ。その声は責めるのでも励ますのでもなく、ただ彼の動揺を受け止める響きだった。
三人とトラは石碑の前に立ち尽くしていた。空気はひんやりと重く、風が止んだままの森は息を潜めているようだった。苔むした石碑の表面には、まだ掘り残されたような凹凸がいくつもあり、そこに何かが隠されている気配が漂っていた。
「なあ……これ、下んとこ見てみい。なんか埋まってへんか?」
アラタが目を凝らして指差す。石碑の根元、土に覆われた部分に、不自然な隙間がのぞいていた。
「ほんまや……」
ケンタがしゃがみ込み、手で土を払い落とす。湿った土の匂いが立ち上り、爪の間に泥が入り込む。心臓は早鐘を打ち、背中を冷たい汗が伝った。それでも、目の前の隙間から目を離せなかった。
「気ぃつけろ。仕掛けがあるかもしれん」
ハルトが冷静に声をかけ、周囲を見回しながら警戒を怠らない。だがその目にはわずかな輝きが宿り、謎を解くことへの期待を隠しきれていなかった。
トラが石碑の根元に歩み寄り、耳をぴくりと動かした。尻尾をすっと立て、隙間の一点を凝視している。その仕草に三人の緊張がさらに増した。
「よっしゃ、みんなで掘ろ!」
アラタが勢いよく声を上げた。その声に押され、三人は膝をつき、力を合わせて土を掘り返していく。爪の間に泥が食い込み、手のひらにじんわり痛みが走る。夜の森に、土をかく音と荒い息遣いだけが響いた。
「……お、おい! なんか硬いもんに触ったで!」
ケンタが声を震わせながら叫んだ。指先に当たるのは木の感触。土をさらに払い落とすと、そこから黒ずんだ木片の板が現れた。
「板や……」
アラタが興奮混じりに声を上げ、震える手で土を払いのける。木片は古びていて、ところどころ欠けていたが、表面には黒い墨の跡が残っていた。
「見せてみい」
ハルトが慎重に板を受け取り、月明かりにかざした。目を凝らすと、円の中に交差する線が描かれているのが見えた。まるで風の流れを示しているかのような記号だった。
「……やっぱりな。風のことが書かれてる。碑文と繋がっとる」
ハルトの声は冷静だが、瞳は輝きを増していた。理屈を超えた“真実”を手にした確信が、彼の胸に湧き上がっている。
「これや! これが次のヒントや!」
アラタが拳を握り、叫んだ。胸が熱くなり、全身の血が沸き立つようだった。彼の声は夜の森に響き渡り、冒険心をさらにかき立てる。
「……呪符やないやんな。ほんまに……宝の印なんやろな……」
ケンタは震える指で木片をなぞり、弱々しくつぶやいた。恐怖と期待が入り混じり、心臓が不規則に跳ねる。足元の土がやけに冷たく感じられた。
三人の視線が木片に集まり、鼓動がひとつになる。夜の静寂の中で、風はまだ止んだままだった。月明かりの下で浮かび上がる木片の記号が、これからの行く先を暗示しているように見えた。
月明かりの下、三人は掘り出した木片を見つめて息を潜めていた。風はまだ止んだままで、森全体が張り詰めた静けさに覆われている。耳を澄ませば、自分たちの心臓の鼓動だけが大きく響いているように感じた。
「……なあ、これ……本物なんやろか」
ケンタが声を震わせながら言った。木片を持つ手はじっとり汗ばんでいる。興奮と恐怖の狭間で、心臓が不規則に跳ねていた。
「当たり前や! これが手がかりや! 俺らが一番乗りで見つけたんや!」
アラタが目を輝かせて叫んだ。胸の奥が熱くなり、思わず拳を握りしめる。冒険の匂いに血が騒いで仕方がない。
「……確かに記号は碑文と繋がっとる。偶然とは思えん」
ハルトは冷静な口調で言ったが、声にはわずかな緊張が滲んでいた。月光に照らされた横顔は真剣で、指先は木片を握るアラタの手元をじっと見つめていた。
その時だった。背後の森で「ガサッ」と枝を踏む音が響いた。三人は同時に飛び上がるように振り返る。
「ひっ……な、なんや今の!」
ケンタが声を裏返らせ、目を大きく見開いた。背中に冷たい汗が流れ、足がすくんで動けない。
「誰か……おるんか?」
アラタが声を張り上げる。だが返事はなく、森の闇がじっと口を閉ざしているだけだった。耳を澄ませば、何かが潜んでいる気配が確かにある。鳥の声も虫の鳴き声もなく、ただ不気味な沈黙だけが広がっていた。
「……俺らだけやない。誰かに見られとる」
ハルトが低く呟いた。その声は冷静でありながら、胸の奥底に張り詰めた緊張を隠してはいなかった。
「う、うそやろ……? 誰や……誰がこんな森の奥に……」
ケンタの足は震え、声も途切れがちだった。逃げ出したい衝動と、この場から目を逸らせない気持ちがせめぎ合っていた。
「……ええやんけ。見られてるんやったら、なおさら急がなあかん。先に見つけたもん勝ちや!」
アラタは恐怖を振り払うように拳を握り、前を見据えた。その強引な言葉に、ケンタは口をつぐむしかなかった。
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