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第十八話『信長公ゆかりの神社』
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歴史館を出た瞬間、三人を包んだのはむっとするような熱気だった。
まるで灼けたオーブンの中に飛び込んだようで、外気は熱風となって頬を刺し、アスファルトの照り返しが靴底からじわじわと突き上げてくる。視界の端では陽炎が揺らめき、夏の京都の厳しさを容赦なく突きつけてきた。
「うわっ……外、地獄やん!」
アラタが顔をしかめ、キャップをばさばさと振った。「頭ん中まで煮えそうや!」
「息するだけで暑い……俺、干物になる……」
ケンタは肩を落とし、本を抱えた胸元に汗が滴り落ちているのを気にして必死に腕で拭った。顔は真っ赤で、今にも倒れそうだ。
「水分補給、最優先やな」
ハルトが冷静に言い、道端の商店を指さした。
軒先のガラスケースに並ぶ瓶ラムネが、夏の日差しを浴びて青白く輝いている。
三人はほとんど駆け込むように店に入り、それぞれ一本ずつラムネを買った。
外に戻ると、瓶の口に栓抜きを押し当てる。シュポンッという爽快な音と共にビー玉がカランと弾け、透明な泡が喉を誘うように立ち上がった。
「うおおっ、いっけー!」
アラタは勢いよく瓶を傾け、一気にごくごくと飲み干した。
冷たい炭酸が喉を駆け抜け、全身に広がっていく。
「ぷはぁーっ! これこれ! 生き返ったぁ!」
「……うま……!」ケンタは恐る恐る口をつけ、次の瞬間には目を見開いた。
「冷たすぎて頭キーンってなったけど……でも、めっちゃうまい!」
ハルトも静かに口をつけ、ひと口飲むたびに喉を鳴らした。眉間の皺がすっと消え、ほっとした息を吐く。
「……これなら、まだ歩けるな」
ビー玉が瓶の中でカランと揺れる。その軽快な音に重なるように、三人の笑い声が弾けた。額を伝う汗は止まらないが、心も体もわずかに軽くなった気がした。ラムネの瓶を掲げ合いながら、三人はほんのひとときだけ炎天下の厳しさを忘れ、夏の冒険の甘美さを味わった。
ラムネで喉を潤した三人は、再び歩き出した。だが街の熱気は依然として重く、頭上からは太陽が容赦なく照りつけ、蝉の声が耳を塞ぎたくなるほど響いていた。汗は止まらず、背中や首筋を流れ落ち、服にじっとりと染みていく。歩道からはアスファルトの匂いが立ちのぼり、息をするだけで熱を吸い込んでしまうようだった。
市バスに乗り込むと、車内は観光客でいっぱいだった。外国人観光客が目立ち、真夏にもかかわらず浴衣を着て涼しげに団扇を仰ぎながら会話をしている人や、冷えた水筒を抱えて笑い合う人の姿があった。耳に入る言葉は英語、中国語、韓国語にフランス語まで混じり合い、まるで海外の街角に迷い込んだかのようだった。
「な、なんやこれ……! 夏やのに人多すぎて息苦しい……」
ケンタが本を胸に抱きしめるように押さえ込み、額の汗を乱暴に拭った。肩で息をしながら、目は落ち着かずに右へ左へと泳いでいる。
「アハハッ! 冒険の途中やと思えば平気や!」
アラタは人混みに押されながらも、楽しそうに声を張り上げた。
まるで人波さえも遊び場にしてしまうかのように、肩をぶつけられても笑って受け流す。
「見ろよケンタ、浴衣着た外人さんまでおる! すげぇやん!」
「そ、そんな余裕ないわ……。押されて踏みつぶされる……!」ケンタは必死に隣の乗客を避けながら、情けない声を上げた。
ハルトは少し顔をしかめつつも、冷静にスマホの地図を確認していた。
「京都は世界中から人が来る町やからな。祇園祭の時期やったら、こんなもんじゃ済まんで」
「えぇっ、これ以上!? 俺、絶対気絶する……」
ケンタは青ざめた顔でぶつぶつと文句を言い、立ち位置を必死に守るように小刻みに動いた。
「次の停留所や、降りる準備せぇ」
ハルトが短く言い、二人を導いた。
バスを乗り継ぐたびに、窓から流れる京都の街並みは次々と姿を変えていく。
寺の瓦屋根や、町家の格子戸、現代的なビルやカフェ──古さと新しさが混ざり合った風景が車窓を流れていった。
「すげぇなハルト、なんか忍者みたいや!」アラタが感心したように笑った。
「忍者ちゃう。ただ効率を考えてるだけや」
ハルトはそっけなく答えるが、その冷静さに二人は少し安心していた。
蝉の声、外国語のざわめき、バスのエンジン音──京都の夏独特の喧噪が全身に降りかかる。
三人は汗にまみれながらも、胸の奥にある目的を思い出し、互いの顔を見て頷いた。どれほど人に押されても、自分たちの行く先は見失わなかった。
市バスを降りると、視界の先に小高い丘が姿を現した。
青空に向かって緑がこんもりと盛り上がり、山の中腹には石段が白く光を反射している。
そこが五山送り火のひとつ「船岡山」。そして、その頂に建勲神社があるのだとハルトが指さした。
「うわぁ……あそこまで登んのか」アラタが目を細めて山を見上げ、思わず声を漏らした。
夏の空気は重く、立っているだけで全身が汗ばんでくる。
草いきれがむわっと漂い、鼻の奥に青臭い匂いが広がった。
石段の脇には苔むした石灯籠が並び、陽の光を浴びてじっとりと輝いている。
どこかから線香のような香りが漂い、近くの寺からのものだろうかと三人は互いに顔を見合わせた。遠くからは祭り囃子の練習らしき笛の音が微かに届き、夏の京都らしい雰囲気を添えていた。
三人は無言のまま石段に足を踏み入れた。足裏に伝わる石の熱さに顔をしかめつつも、一歩一歩登っていく。石段は想像以上に急で、呼吸を整える暇もなく体力を削っていく。
「はぁ、はぁ……冒険って……マジで体力勝負やな……」
アラタは腕で額の汗を拭いながら苦笑した。息は荒いが、目だけは山頂をしっかり捉えている。
「足……もう無理……」ケンタが情けない声を上げ、膝に手をついて立ち止まった。額から汗が滝のように流れ、背中のシャツはすでに色が変わるほど濡れていた。喉は乾き、足は鉛のように重い。
「おい、ここまで来て諦めんな!」アラタが振り返り、声を張った。
「宝探しは山の上やぞ!」
「わ、分かってるけど……足がついてこんねん……」
ケンタは泣きそうな顔で返すが、その声にはどこか必死な響きがあった。
ハルトは振り返り、少し息を整えながら冷静に告げた。
「……もう少しや。上には風がある」
ケンタは唇を噛みしめて視線を上げ、再び重い足を前に出した。アラタは「よっしゃ、その調子や!」と励まし、背中を軽く叩いた。
三人の荒い呼吸と石段を踏みしめる靴音が、静かな山道に響き渡る。
汗にまみれ、腕も脚も重くなっていくが、頭上から差し込む木漏れ日と、微かに吹き下ろす風が彼らを導くかのように包んでいた。
頂はまだ遠いが、誰一人として足を止めることはなかった。
石段を登りきった瞬間、視界がぱっと開けた。境内は濃い緑に抱かれ、まるで外の喧噪を遮る結界に包まれているかのようだった。木々の間から差し込む光はやわらかく、風がそよぐたびに葉の影が石畳に揺れ動く。さっきまで耳を圧していた蝉の声も遠のき、代わりに鳥のさえずりが小さく響き、静謐さを際立たせていた。汗で火照った身体を包む空気はひんやりとして清らかで、三人は思わず深呼吸をした。
「……なんか、別の世界に来たみたいやな」アラタがぽつりとつぶやいた。額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、きょろきょろと周囲を見回す。
「ほんまや……下のガヤガヤと全然ちがう。ここだけ静かで……息が楽になる」ケンタが胸に手を当て、安堵したように息を吐いた。足の疲労がまだ残っていたが、その空気に触れただけで心が軽くなる気がした。
「落ち着け。ここからが本番や」ハルトが低く言い、社殿へと視線を向ける。その表情には緊張もあったが、それ以上に確かな決意が宿っていた。
三人は社殿へと歩み寄り、神主さんに御朱印をお願いした。
神主さんは頷き、奥から硯と筆を運んできた。
木の机に硯を置き、墨をゆっくりとすり始める。硯の中で墨がとろりと広がり、静まり返った境内に小さな音が響く。その一つ一つの動作が儀式のように見えて、三人は自然と息を潜めた。
「緊張するな……」アラタが小声で呟いた。
「うん……心臓がドキドキしてる」ケンタが両手をぎゅっと握りしめる。自分の鼓動が周りに聞こえるのではないかと思うほど早く打っていた。
「静かに見届けよう」ハルトは冷静に言ったが、指先に力がこもっているのを二人は見逃さなかった。
やがて神主さんが筆を取り、白い和紙にゆっくりと筆を走らせた。墨の香りが漂い、力強い筆跡が紙の上に浮かび上がっていく。堂々とした「天下布武」の四文字。その隣に、織田家の家紋がくっきりと記された瞬間、三人の周囲の空気がずしりと重みを帯びたように感じられた。
「……すげぇ」アラタが思わず声を漏らす。拳を強く握りしめ、目を輝かせた。
「これや……! これが俺らの探しとった証や!」
「すごい……ほんまに……手が震える……」
ケンタは御朱印を前にして息を呑み、両手で胸を押さえた。
心臓の鼓動は高鳴り続け、目尻に光るものがにじんだ。
ハルトは御朱印をじっと見据え、冷静な口調で言った。
「……十分に証になる。これなら、次こそ祠で試せるはずや」
三人は顔を見合わせた。アラタの目は輝き、ケンタはまだ震えながらも頷き、ハルトは静かに唇を引き結んだ。胸の奥に確かな光が灯り、それは恐怖ではなく、自分たちが進むべき道を照らす確信だった。
「……行こな。次は絶対に成功させよう」
アラタが言い、二人に視線を向ける。
「うん……もう逃げへん」
ケンタが小さな声で答える。
「祠で証明する」
ハルトが短く言い切った。
三人はもう一度御朱印を見つめ、深々と頭を下げた。そして再び祠へ戻る決意を胸に、夏の陽射しの中へと力強く歩みを進めていった。
まるで灼けたオーブンの中に飛び込んだようで、外気は熱風となって頬を刺し、アスファルトの照り返しが靴底からじわじわと突き上げてくる。視界の端では陽炎が揺らめき、夏の京都の厳しさを容赦なく突きつけてきた。
「うわっ……外、地獄やん!」
アラタが顔をしかめ、キャップをばさばさと振った。「頭ん中まで煮えそうや!」
「息するだけで暑い……俺、干物になる……」
ケンタは肩を落とし、本を抱えた胸元に汗が滴り落ちているのを気にして必死に腕で拭った。顔は真っ赤で、今にも倒れそうだ。
「水分補給、最優先やな」
ハルトが冷静に言い、道端の商店を指さした。
軒先のガラスケースに並ぶ瓶ラムネが、夏の日差しを浴びて青白く輝いている。
三人はほとんど駆け込むように店に入り、それぞれ一本ずつラムネを買った。
外に戻ると、瓶の口に栓抜きを押し当てる。シュポンッという爽快な音と共にビー玉がカランと弾け、透明な泡が喉を誘うように立ち上がった。
「うおおっ、いっけー!」
アラタは勢いよく瓶を傾け、一気にごくごくと飲み干した。
冷たい炭酸が喉を駆け抜け、全身に広がっていく。
「ぷはぁーっ! これこれ! 生き返ったぁ!」
「……うま……!」ケンタは恐る恐る口をつけ、次の瞬間には目を見開いた。
「冷たすぎて頭キーンってなったけど……でも、めっちゃうまい!」
ハルトも静かに口をつけ、ひと口飲むたびに喉を鳴らした。眉間の皺がすっと消え、ほっとした息を吐く。
「……これなら、まだ歩けるな」
ビー玉が瓶の中でカランと揺れる。その軽快な音に重なるように、三人の笑い声が弾けた。額を伝う汗は止まらないが、心も体もわずかに軽くなった気がした。ラムネの瓶を掲げ合いながら、三人はほんのひとときだけ炎天下の厳しさを忘れ、夏の冒険の甘美さを味わった。
ラムネで喉を潤した三人は、再び歩き出した。だが街の熱気は依然として重く、頭上からは太陽が容赦なく照りつけ、蝉の声が耳を塞ぎたくなるほど響いていた。汗は止まらず、背中や首筋を流れ落ち、服にじっとりと染みていく。歩道からはアスファルトの匂いが立ちのぼり、息をするだけで熱を吸い込んでしまうようだった。
市バスに乗り込むと、車内は観光客でいっぱいだった。外国人観光客が目立ち、真夏にもかかわらず浴衣を着て涼しげに団扇を仰ぎながら会話をしている人や、冷えた水筒を抱えて笑い合う人の姿があった。耳に入る言葉は英語、中国語、韓国語にフランス語まで混じり合い、まるで海外の街角に迷い込んだかのようだった。
「な、なんやこれ……! 夏やのに人多すぎて息苦しい……」
ケンタが本を胸に抱きしめるように押さえ込み、額の汗を乱暴に拭った。肩で息をしながら、目は落ち着かずに右へ左へと泳いでいる。
「アハハッ! 冒険の途中やと思えば平気や!」
アラタは人混みに押されながらも、楽しそうに声を張り上げた。
まるで人波さえも遊び場にしてしまうかのように、肩をぶつけられても笑って受け流す。
「見ろよケンタ、浴衣着た外人さんまでおる! すげぇやん!」
「そ、そんな余裕ないわ……。押されて踏みつぶされる……!」ケンタは必死に隣の乗客を避けながら、情けない声を上げた。
ハルトは少し顔をしかめつつも、冷静にスマホの地図を確認していた。
「京都は世界中から人が来る町やからな。祇園祭の時期やったら、こんなもんじゃ済まんで」
「えぇっ、これ以上!? 俺、絶対気絶する……」
ケンタは青ざめた顔でぶつぶつと文句を言い、立ち位置を必死に守るように小刻みに動いた。
「次の停留所や、降りる準備せぇ」
ハルトが短く言い、二人を導いた。
バスを乗り継ぐたびに、窓から流れる京都の街並みは次々と姿を変えていく。
寺の瓦屋根や、町家の格子戸、現代的なビルやカフェ──古さと新しさが混ざり合った風景が車窓を流れていった。
「すげぇなハルト、なんか忍者みたいや!」アラタが感心したように笑った。
「忍者ちゃう。ただ効率を考えてるだけや」
ハルトはそっけなく答えるが、その冷静さに二人は少し安心していた。
蝉の声、外国語のざわめき、バスのエンジン音──京都の夏独特の喧噪が全身に降りかかる。
三人は汗にまみれながらも、胸の奥にある目的を思い出し、互いの顔を見て頷いた。どれほど人に押されても、自分たちの行く先は見失わなかった。
市バスを降りると、視界の先に小高い丘が姿を現した。
青空に向かって緑がこんもりと盛り上がり、山の中腹には石段が白く光を反射している。
そこが五山送り火のひとつ「船岡山」。そして、その頂に建勲神社があるのだとハルトが指さした。
「うわぁ……あそこまで登んのか」アラタが目を細めて山を見上げ、思わず声を漏らした。
夏の空気は重く、立っているだけで全身が汗ばんでくる。
草いきれがむわっと漂い、鼻の奥に青臭い匂いが広がった。
石段の脇には苔むした石灯籠が並び、陽の光を浴びてじっとりと輝いている。
どこかから線香のような香りが漂い、近くの寺からのものだろうかと三人は互いに顔を見合わせた。遠くからは祭り囃子の練習らしき笛の音が微かに届き、夏の京都らしい雰囲気を添えていた。
三人は無言のまま石段に足を踏み入れた。足裏に伝わる石の熱さに顔をしかめつつも、一歩一歩登っていく。石段は想像以上に急で、呼吸を整える暇もなく体力を削っていく。
「はぁ、はぁ……冒険って……マジで体力勝負やな……」
アラタは腕で額の汗を拭いながら苦笑した。息は荒いが、目だけは山頂をしっかり捉えている。
「足……もう無理……」ケンタが情けない声を上げ、膝に手をついて立ち止まった。額から汗が滝のように流れ、背中のシャツはすでに色が変わるほど濡れていた。喉は乾き、足は鉛のように重い。
「おい、ここまで来て諦めんな!」アラタが振り返り、声を張った。
「宝探しは山の上やぞ!」
「わ、分かってるけど……足がついてこんねん……」
ケンタは泣きそうな顔で返すが、その声にはどこか必死な響きがあった。
ハルトは振り返り、少し息を整えながら冷静に告げた。
「……もう少しや。上には風がある」
ケンタは唇を噛みしめて視線を上げ、再び重い足を前に出した。アラタは「よっしゃ、その調子や!」と励まし、背中を軽く叩いた。
三人の荒い呼吸と石段を踏みしめる靴音が、静かな山道に響き渡る。
汗にまみれ、腕も脚も重くなっていくが、頭上から差し込む木漏れ日と、微かに吹き下ろす風が彼らを導くかのように包んでいた。
頂はまだ遠いが、誰一人として足を止めることはなかった。
石段を登りきった瞬間、視界がぱっと開けた。境内は濃い緑に抱かれ、まるで外の喧噪を遮る結界に包まれているかのようだった。木々の間から差し込む光はやわらかく、風がそよぐたびに葉の影が石畳に揺れ動く。さっきまで耳を圧していた蝉の声も遠のき、代わりに鳥のさえずりが小さく響き、静謐さを際立たせていた。汗で火照った身体を包む空気はひんやりとして清らかで、三人は思わず深呼吸をした。
「……なんか、別の世界に来たみたいやな」アラタがぽつりとつぶやいた。額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、きょろきょろと周囲を見回す。
「ほんまや……下のガヤガヤと全然ちがう。ここだけ静かで……息が楽になる」ケンタが胸に手を当て、安堵したように息を吐いた。足の疲労がまだ残っていたが、その空気に触れただけで心が軽くなる気がした。
「落ち着け。ここからが本番や」ハルトが低く言い、社殿へと視線を向ける。その表情には緊張もあったが、それ以上に確かな決意が宿っていた。
三人は社殿へと歩み寄り、神主さんに御朱印をお願いした。
神主さんは頷き、奥から硯と筆を運んできた。
木の机に硯を置き、墨をゆっくりとすり始める。硯の中で墨がとろりと広がり、静まり返った境内に小さな音が響く。その一つ一つの動作が儀式のように見えて、三人は自然と息を潜めた。
「緊張するな……」アラタが小声で呟いた。
「うん……心臓がドキドキしてる」ケンタが両手をぎゅっと握りしめる。自分の鼓動が周りに聞こえるのではないかと思うほど早く打っていた。
「静かに見届けよう」ハルトは冷静に言ったが、指先に力がこもっているのを二人は見逃さなかった。
やがて神主さんが筆を取り、白い和紙にゆっくりと筆を走らせた。墨の香りが漂い、力強い筆跡が紙の上に浮かび上がっていく。堂々とした「天下布武」の四文字。その隣に、織田家の家紋がくっきりと記された瞬間、三人の周囲の空気がずしりと重みを帯びたように感じられた。
「……すげぇ」アラタが思わず声を漏らす。拳を強く握りしめ、目を輝かせた。
「これや……! これが俺らの探しとった証や!」
「すごい……ほんまに……手が震える……」
ケンタは御朱印を前にして息を呑み、両手で胸を押さえた。
心臓の鼓動は高鳴り続け、目尻に光るものがにじんだ。
ハルトは御朱印をじっと見据え、冷静な口調で言った。
「……十分に証になる。これなら、次こそ祠で試せるはずや」
三人は顔を見合わせた。アラタの目は輝き、ケンタはまだ震えながらも頷き、ハルトは静かに唇を引き結んだ。胸の奥に確かな光が灯り、それは恐怖ではなく、自分たちが進むべき道を照らす確信だった。
「……行こな。次は絶対に成功させよう」
アラタが言い、二人に視線を向ける。
「うん……もう逃げへん」
ケンタが小さな声で答える。
「祠で証明する」
ハルトが短く言い切った。
三人はもう一度御朱印を見つめ、深々と頭を下げた。そして再び祠へ戻る決意を胸に、夏の陽射しの中へと力強く歩みを進めていった。
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