完結『矢野アラタの大冒険。近江の悪ガキ、埋蔵金伝説に挑む』

カトラス

文字の大きさ
2 / 30

第二話『秘密基地と、消えた猫』

しおりを挟む
 矢野アラタは、小学六年生。口が悪いが人懐っこく、何でも全力で取り組む“近江八幡の悪ガキ”である。

 で、その近江八幡ってどこにあるかというと……滋賀県の真ん中あたり、琵琶湖の東側にちょこんとある、歴史と水郷の町だ。観光地としてはけっこう通好みで、京都や大阪に住んでる人でも「あ~、名前は聞いたことある」くらいの知名度かもしれない。

 でもアラタに言わせれば――

「ええとこやで! 自転車で15分も走れば田んぼやし、イオンもあるし、安土城跡もあるしな。あと、最近うちの近所にできたからあげ屋がめっちゃうまい」

 だそうだ。

 歴史的には織田信長が安土城を築いた場所として知られ、町並みは白壁の蔵や古い町家が並ぶ“近江商人のふるさと”。それに、船で水路を巡る“水郷めぐり”も有名で、春になると菜の花と桜の中をゆったり進む小舟の姿が見られる。

 ところで、滋賀県といえば何かとお隣・京都との関係が話題になる。

 滋賀の人がよく言うのは、「京都の人に『滋賀って琵琶湖しかないやん』って言われた」問題である。さらに、滋賀県民にはある決まり文句がある。

「なんやと? ほな、琵琶湖の水、とめたろか」

 そう、京都の水道のほとんどは滋賀の琵琶湖から来ているという事実をネタにした、“伝家の宝刀”である。これを言われると、京都人も黙る……かもしれない。

 アラタの父もかつて京都の職場に通っていたが、職場の人に「滋賀から来てるの? 朝、船で通勤してんの?」と笑われたという。ちなみに、その人は本気で言っていたらしい。

 でもアラタは負けない。

「なにが京都や。うちらのほうが米うまいし、こっちの田んぼのカエルは元気やぞ!」

 と、なぜかカエルの元気さを誇る。

 とはいえ、京都に遊びに行くときはテンションが上がる。電車で30分もかからない距離に、八坂神社も祇園も清水寺もあるのだから。アラタもケンタも、年に数回は母親に連れられて京都の繁華街へ行き、「うわ、都会や……」と目を丸くする。

 つまり、滋賀県民にとって京都は“ちょっと憧れの相手”であり、でも本音では「負けたくない!」と思っている相手なのだ。

 ちなみに、西園寺ハルトが京都から転校してきたとき、アラタは心の中でこう思った。

「また来よった、いけずな京都人」

 そして小声でこうもつぶやいた。

「うちの町のほうが、空が広いんやぞ」

 そう、アラタの中では“空の広さ=町の強さ”なのである。



 午後一時。太陽は空の真上でぎらぎらと燃えていた。

 矢野アラタと宮本ケンタは、完成したばかりの秘密基地の中で寝転んでいた。ブルーシートの屋根を通して差し込む光はほんのり青みを帯びて、まるで水中にいるような気分になる。

 木のにおい、乾いた草のにおい、汗に混じった土のにおい。すべてが「夏の匂い」に感じられた。

「なあ、アラタ……」

 横で寝転んでいたケンタが、ひょいと上体を起こした。

「トラ、見んかった?」

「んー? トラ? 最近来てへんな。昨日もおらんかったわ」

 トラというのは、川沿いを根城にしていた茶トラの野良猫。右耳がちょっと切れていて、声がでかい。アラタもケンタも基地を作る前から知っていて、ちょくちょくエサをあげていた。

「今朝、カリカリ持ってきたんやけどな。……皿、全然減ってへんかった」

「どっか他んとこ行ったんやろ。気まぐれやからな、猫って」

「でも、あの子な、毎日来てたやろ。よう鳴いて、俺の足にスリスリして……」

 ケンタの声は少し沈んでいた。眉のあたりに影が落ちている。

 アラタは腕を組み、ふーっと息をついたあと、急に立ち上がった。

「よし。ほな、トラ探しに出動や! “近江秘密連邦”第一任務! 猫の安否確認!」

「……それ、国の名前まだ言うてたん?」

「もちろんや!」

 ふたりは基地の入り口をくぐり抜け、草むらを分けて進み出した。

 川沿いの小道は、昼の熱で地面からむわっとした空気が立ち上っていた。トンボが低く飛び、セミがどこかでジジジ……とけたたましく鳴いている。

「公園行ってみるか。あのベンチの下、好きやったやろ」

「うん」

 ふたりは公園へ回った。遊具の下、砂場の隅、ベンチの影、植え込みの中まで、しゃがみこんで探す。

「……おらんな」

「神社、行ってみる?」

「せやな。あそこの裏に細い道あるし」

 神社の裏手には木立があり、昼間でも少し暗く感じられる。ふたりは静かに歩を進め、石碑の陰や祠の裏までのぞきこんだが、トラの姿はなかった。

「なあ、アラタ。あっちの団地の裏手、行ってみよ?」

「空き家多いとこやな。猫、入りやすそうやしな」

 団地の裏側。雑草に覆われた細い路地の奥に、ぽつんと建つ使われなくなった物置。トタンの壁がところどころ錆びて、扉はかすかに開いている。

「……うわ、ここちょっと怖いな」

「でも、トラ、ここにおるかもしれへんやん」

 ケンタが真剣な顔をして言った。

 アラタはごくりと唾をのんで、懐中電灯代わりのスマホを構えた。

 ふたりはそっと扉を開けた。中はひんやりしていて、古びた新聞紙やダンボールの山が積まれている。

 そのとき――

「ニャー……」

 かすかに、切ない鳴き声が聞こえた。

「アラタ! 今、聞こえたやんな!」

「聞こえた! そっちや!」

 ふたりは草をかき分けて声のした方向へ走った。ブロック塀の陰、石の隙間に、トラはいた。

「トラ……!」

 トラは丸まって、震えていた。右の後ろ足を少しだけ引きずっている。

「ケガしてる……」

「うち、タオルある! 昨日のプールのやつ……!」

 ケンタがそっとしゃがみこみ、慎重にトラに近づいた。タオルを広げ、トラの体を包むと、トラは一瞬「フーッ」と唸ったが、すぐにおとなしくなった。

「どこで、こんなケガしたんや……」

 アラタがそっとその頭を撫でる。

 秘密基地に戻る道、ケンタは無言のまま、タオルにくるんだトラを大事そうに抱えていた。汗が首を流れ落ちても、その腕はぴくりとも動かなかった。

 基地に戻ると、ふたりはすぐにダンボールを敷き、古毛布を敷いて寝床を作った。エサと水を用意し、トラをそっと寝かせる。

「ちょっと休んだら、病院、連れてったろな」

 アラタの声は、いつもより静かだった。

「うん」

 ケンタが短くうなずいた。

 ブルーシート越しに差し込む光が、優しく基地の中を照らしていた。

 トラは目を閉じたまま、静かに寝息をたてていた。

 その小さな寝顔を見ながら、ふたりの“基地”は、ただの遊び場ではなく、少しずつ“国”になっていった。



『トラ目線で語る、あの夏の午後』

 名前なんて、もともとない。

 ただ、あのふたりが「トラ」って呼ぶようになった。
 毛の色が茶色でしましまだから? それとも、強そうな名前がほしかったのかもしれない。

 どっちでもいい。

 川沿いの草むらは、ぼくの居場所だった。
 人間はあんまり来ないし、風が通るし、魚の骨がときどき落ちてる。
 ひとりで生きていくには、悪くない。

 でも、ある日、やかましい足音がして、小さい人間がふたり、草をかき分けてやってきた。

「おーい、ここ、めっちゃええ感じやん!」
「ほんまやな。ここ、秘密基地にしようや」

 その日から、ぼくの縄張りは、にぎやかになった。

 最初は、遠くから見てただけ。
 木を運んだり、ハンマーでトントンやってる。
 でっかい声で笑って、たまにケンカして、でもすぐに仲直りする。

 気がつけば、ぼくはその基地の近くで、のんびり寝るようになっていた。

 茶色いほうの子が、毎日カリカリを皿に入れてくれる。
 黒い髪の子は、頭をちょっとだけなでていく。

 あったかくて、少しうるさい。でも、悪くなかった。

 その日、塀の上を歩いていたら、足をすべらせた。
 着地は失敗。
 右のうしろ足が、ズキンと痛んだ。

 草むらに戻るのもひと苦労で、近くの石の影にうずくまった。
 眠って、目が覚めて、また眠って。
 誰にも見つからないまま、そのままでもいいと思ってた。

 でも、声が聞こえた。

「ケンタ、あいつ、もしかして……」
「おった! アラタ、聞こえた!? いま、鳴いたで!」

 ふたりが、走ってきた。

 葉っぱのにおいをかきわけて、ぼくの目の前に現れた。

「ケガ……してるんや」
「うち、タオル持ってる。カバンに……!」

 近づく足音。
 ふわっとタオルの感触。

「フーッ」
 ぼくは思わず威嚇した。
 でも、力が入らなかった。

 包まれて、持ち上げられて。
 揺られる感覚の中で、知ってるにおいがした。

 秘密基地のにおい。
 ふたりの汗のにおい。

 落ち着いた。

 ぼくは目を閉じた。
 ブルーシート越しの光が、まぶたの裏に青く映った。

 あのとき、ふたりが来なかったら……
 今ごろ、ぼくはどうなってたんやろうな。

 猫には言葉がないけれど、たしかに覚えている。

 あの夏の午後の、手のぬくもりと、風の音と、やさしい声。

 そして、ふたりの笑い声がする限り、きっとこの場所は、ぼくの居場所でもあるんやと思う。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

14歳で定年ってマジ!? 世界を変えた少年漫画家、再起のノート

谷川 雅
児童書・童話
この世界、子どもがエリート。 “スーパーチャイルド制度”によって、能力のピークは12歳。 そして14歳で、まさかの《定年》。 6歳の星野幸弘は、将来の夢「世界を笑顔にする漫画家」を目指して全力疾走する。 だけど、定年まで残された時間はわずか8年……! ――そして14歳。夢は叶わぬまま、制度に押し流されるように“退場”を迎える。 だが、そんな幸弘の前に現れたのは、 「まちがえた人間」のノートが集まる、不思議な図書室だった。 これは、間違えたままじゃ終われなかった少年たちの“再スタート”の物語。 描けなかった物語の“つづき”は、きっと君の手の中にある。

運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)

あだ名が247個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

未来スコープ  ―この学園、裏ありすぎなんですけど!? ―

米田悠由
児童書・童話
「やばっ!これ、やっぱ未来見れるんだ!」 平凡な女子高生・白石藍が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“触れたものの行く末を映す”装置だった。 好奇心旺盛な藍は、未来スコープを通して、学園に潜む都市伝説や不可解な出来事の真相に迫っていく。 旧校舎の謎、転校生・蓮の正体、そして学園の奥深くに潜む秘密。 見えた未来が、藍たちの運命を大きく揺るがしていく。 未来スコープが映し出すのは、甘く切ないだけではない未来。 誰かを信じる気持ち、誰かを疑う勇気、そして真実を暴く覚悟。 藍は「信じるとはどういうことか」を問われていく。 この物語は、好奇心と正義感、友情と疑念の狭間で揺れながら、自分の軸を見つけていく少女の記録です。 感情の揺らぎと、未来への探究心が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第3作。 読後、きっと「誰かを信じるとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

パンティージャムジャムおじさん

KOU/Vami
児童書・童話
夜の街に、歌いながら歩く奇妙なおじさんが現れる。 口癖は「パラダイス~☆♪♡」――名乗る名は「パンティージャムジャムおじさん」。 子供たちは笑いながら彼の後についていき、歌を真似し、踊り、列は少しずつ長くなる。 そして翌朝、街は初めて気づく。昨夜の歌が、ただの遊びではなかったことに。

【3章】GREATEST BOONS ~幼なじみのほのぼのバディがクリエイトスキルで異世界に偉大なる恩恵をもたらします!~

丹斗大巴
児童書・童話
 幼なじみの2人がグレイテストブーンズ(偉大なる恩恵)を生み出しつつ、異世界の7つの秘密を解き明かしながらほのぼの旅をする物語。  異世界に飛ばされて、小学生の年齢まで退行してしまった幼なじみの銀河と美怜。とつじょ不思議な力に目覚め、Greatest Boons(グレイテストブーンズ:偉大なる恩恵)をもたらす新しい生き物たちBoons(ブーンズ)とアイテムを生みだした! 彼らのおかげでサバイバルもトラブルもなんのその! クリエイト系の2人が旅するほのぼの異世界珍道中。  便利な「しおり」機能を使って読み進めることをお勧めします。さらに「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届いて便利です! レーティング指定の描写はありませんが、万が一気になる方は、目次※マークをさけてご覧ください。

処理中です...