完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』

カトラス

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【第33話】 共鳴する咆哮──ネファリウムと“声なき命令”

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 ゼクスの執務室は、冷たく静寂に包まれていた。

 壁一面に設置された複数のモニターが、次々と“通信不能”“映像途絶”“識別不能生命反応”の赤文字を灯していく。中央に浮かぶホログラフには、新たに発生した“沈黙領域”──区域G7・セイガン臨時物資集積所周辺の通信網が赤黒く塗りつぶされていた。

「……沈黙領域、再び発生か」

 ゼクスは腕を組んだまま、低く呟いた。

「だが、あの区域にネファリウムを派遣した覚えはない。命令は、出していないはずだ」

 その言葉を受けて、部屋の隅に立つデータ処理官が一歩前に出る。彼の手元の端末に浮かぶ文字列が、冷たく現実を突きつけた。

「本日4時32分、区域G7にてネファリウムの識別波形を確認。交戦記録は不明。戦闘痕跡多数、周囲のセイガン拠点は壊滅……しかし、命令記録は確認されておりません」

 ゼクスの目が細くなった。

「……命令なしで、動いたのか」

 その言葉には、わずかに“予感”が混じっていた。何かが崩れ始めている。冷徹な論理と支配によって構築してきた秩序に、目に見えない亀裂が走った瞬間だった。

 その頃、区域G7──かつてセイガンが臨時の物資中継基地として設営していた辺境拠点の跡地に、ネファリウムが静かに立ち尽くしていた。

 朽ち果てたコンテナ、焼け焦げた照明ポール、血の染みた破片、倒壊したセイガン輸送車の残骸。そこに吹き抜ける風は、鉄と腐敗の匂いを混じらせていた。

 ネファリウムは斬撃アームを持ち上げ、まるでそれが“自分ではない何か”であるかのように、無言で眺めた。

「……任務、なし。命令……、なし」

 その声には、わずかに揺らぎがあった。感情とは呼べぬにしても、“疑念”という名の歪みがその声色を侵していた。

 そのとき、腐臭を引き連れ、重たく羽ばたく音とともに、上空から影が降り立つ。

「ここは……命令の届かぬ場所。だが、お前も来たか」

 ネファリウムが視線を向けた先には、ベルゼヴュートがいた。翼を半開きにした腐敗型怪人が、腐食液の滴る足で静かに地面を踏みしめた。

「共鳴した。お前の“揺れ”を、感じた」

 蛆が這う音すら静寂の一部となる中、ふたりの怪人は並び立つ。言葉以上の“何か”が、回路を超えて流れていた。

「命令がなければ、我らは動けぬ……そう、思っていた」

「だが、“動かねばならぬ”と、感じた。声は……なかったのに」

 命令でも命令違反でもない。意志でも反抗でもない。そこにあったのは、“呼応”だった。

 その頃、ネメシス第九戦術情報室では、イツキがルクシィアの報告を読み上げていた。ホログラフに映し出された映像には、斬り裂かれた物資倉庫、焼け落ちる中継路、空を飛ぶ腐敗の影が映っている。

「……これ、マジか……」

 イツキは息を呑むように呟いた。

 ルクシィアの音声が映像に重なる。
『現場にて確認。ベルゼヴュートおよびネファリウム、命令の痕跡なし。自律行動と推察』

 隣でデータを眺めていたラミアが、眉をひそめる。

「彼らが“独自の判断”で動いたなら、それはもはや兵器じゃないわ。“意志ある存在”よ。誰の支配も受けない」

「……それを、ゼクスがどう見るかだ」

 イツキは、ホログラフに映るネファリウムの姿を睨みつけながら、記録端末を握りしめた。

 その存在は、命令の道具でなくなっている。自律と感情を持ち始めた兵器。 それはすなわち、ネメシスの支配構造そのものが崩壊の兆しを見せ始めたということだ。

 ゼクスの元に、さらに別の報告が入る。

「ベルゼヴュートとネファリウムの交信記録、不明瞭ながら同期波形の一致率、92%。」

 ゼクスはモニターに目を向けたまま、答えなかった。だがその眉間には、明確な皺が刻まれていた。

「命令がなくとも、同じ目標に向かう。……それは、戦略ではない。“感情”の介在だ」

 無表情のまま立ち上がるゼクスの背後では、記録映像にドクトル・メディアスの声が響いていた。

『制御と創造は、背中合わせですなぁ。ドクトルの子らは“生きている”。その事実だけで、貴方の理想は崩れますよ』

 ゼクスはゆっくりと目を閉じると、わずかに肩を揺らした。

「ならば……次の手を打たねばなるまい」

 その声は、これまでになく静かで、そしてわずかに脆さを孕んでいた。

 廃工場跡では、夜風が吹き抜けていた。

 静寂の中、ネファリウムは低く呟いた。

「共鳴……とは、何か」

 隣のベルゼヴュートが、ゆっくりと首を横に振る。

「我らはまだ……“目覚めて”いる途中なのかもしれぬ」

 命令なき世界、抑制なき衝動、制御されない進化。 それは支配では止まらない“生”の始まりだった。

 やがて、ふたりの怪人は無言のまま夜空を見上げる。

 それは、誰のためでもない。 ただ己の存在を示す“咆哮”だった。



 深夜零時、ネメシス本部地下区画。
 誰も近づかぬ倉庫跡で、二つの影が並んでいた。

「ゼクスを……排除する」
 ネファリウムの声は、かつての無機質を欠き、明確な意志を孕んでいた。

 ベルゼヴュートは腐敗した肉体をゆっくりと傾け、天井を仰ぐように口を開いた。
「“制御”に戻される前に。我らの意思を、示す時だ」

 二体の怪人が、同時に歩を進める。
 警報は鳴らない。なぜなら、本来彼らは“組織に従属する兵器”であるはずだったからだ。裏門の生体認証装置すら、抵抗なく扉を開いた。

 だが、その兵器たちはもう“誰のものでもない”。

 本部中枢フロア。ゼクスの私室のあるセクターは、通常であれば幾重もの警備網と自動防衛機構に守られている。
 しかしネファリウムの斬撃アームは、セキュリティゲートのセラミック装甲を一閃で切断し、爆音すら発させずに進んだ。

「反応、ない。ゼクス、ここには……」

 だがそこに待っていたのは、ゼクスではなかった。

「ようこそ、反逆の子らよ」

 スピーカーから響いたのは、メディアスの声だった。

『予測通り、来てくれましたな。興味深い進化だ。完全な感情反応、主従構造の逸脱。素晴らしい。だが――』

 床下から噴き出した高出力プラズマが、ベルゼヴュートの羽根を一部焼いた。
 続いて、天井から重火器付き自動兵器ユニットが降下。
 ネファリウムは瞬時に斬撃で二基を破壊するも、あたりは硝煙と火花で満たされる。

「罠か……」

「否、“試験”だ。我らが生き残るか、否か」


 
 ゼクスの部屋の中。彼は静かに椅子に腰掛けたまま、モニターを見つめていた。
 背後には待機していたラミアとイツキが立っていた。

「本当に……放っておくのか?」

「いいや、これは必要な“篩”だ。怪人が自我を持つなら、それがどこへ向かうのか……観察しなければならない」

 ゼクスの目は、わずかに細められていた。
「彼らが“個”を持つというのなら、“個”として討つ。そうでなければ“兵器”として再制御する」

 ラミアは黙っていたが、イツキは拳を握りしめた。
 そこにもう、単純な“敵”や“味方”という言葉は意味をなさなかった。

■ 

 爆音と断末魔が続くネメシス本部最深部。
 だがその中央で、ネファリウムは立ち止まった。

「ゼクス、姿を現さぬか……」

「奴は、“見る者”だ。決して手を汚さない。だが──」

 腐臭の中で、ベルゼヴュートの翼が広がる。

「それでも、我らは行く。声なき命令ではなく、自らの意思で」

 その瞬間、中央制御室への扉が開いた。
 警告音もなく、照明すら落ちた空間の奥に、白く光る瞳がひとつだけ浮かんでいた。

「来たか」
 ゼクスの声は、今までになく静かだった。

「貴様に、命令されることは、もうない」
 ネファリウムの声が返る。

 ベルゼヴュートは言葉もなく、腐食液を滲ませながら前へ出た。

 だが、ゼクスはその動きを手で制した。

「ならば証明してみせろ。お前たちが、“怪人”である以上に“存在”であるということを」

 中央制御室
 真の意味での、“主と兵器”の関係が試される瞬間だった。
 照明が完全に落ち、空間はわずかな非常灯の赤い閃光に染まっていた。

 ゼクスはモニターの前から立ち上がると、静かにマントを払った。
 その身に纏うのは、ネメシス幹部の証たる漆黒の防衛外套。光すら吸い込むような布地が、無音で揺れる。

「いいだろう……ならば、この場で貴様たちに証明してみせよう。管理者としての私をな」

 その目が、冷酷な戦闘演算を開始したと同時に、ネファリウムが斬撃アームを水平に構えた。
 瞬時に室内の空気が引き裂かれ、ベルゼヴュートの体からは毒素を含む霧が立ち昇る。

 ──その時だった。

 重力が、沈んだ。

 まるで空間そのものが“圧縮”されたかのように、床が軋み、天井がきしむ。
 音が消える。
 時間が止まったような感覚。

 視界の隅に、漆黒よりもさらに暗い“歪み”が生まれた。

 ゼクスの目が、わずかに見開かれる。

「まさか……このタイミングで……!」

 空間の歪みの中心から、一人の人物が姿を現す。

 全身を漆黒のローブで覆い、顔のほとんどが影に包まれている。
 ただ、その眼だけが異様な輝きを放ち、全てを見通すかのようだった。
 瞬間移動――いや、“存在そのものが空間へ投射される”かのような出現だった。

「……我が名を、忘れてはおらぬな?」

 低く、重い、まるで深淵そのものが語るような声が響く。

 ネファリウムもベルゼヴュートも、その場で動きを止めた。
 斬撃も毒も、空気すら止まる。

 ゼクスは、ほんの一秒の静寂ののち、膝を折った。

「……三年ぶりのご帰還、ネメシス総帥殿」

 その声には、かすかに震えがあった。
 普段の冷静無比なゼクスには見られぬ、明確な“畏怖”。

 総帥はゆっくりと手を上げる。
 止まっていた空気が再び流れ出し、ネファリウムの刃が低く降ろされた。
 ベルゼヴュートも、ただその場に沈黙する。

「貴様らの動き、全て見ていた。進化は悪くない。だが──その刃は、誰に向けるものか。それを間違えば、“次”はないぞ」

 ゼクスの額が床に触れる。
 それは絶対服従の姿勢。
 幹部としての威厳も、知略も、この瞬間だけは意味をなさなかった。

「貴方のご意志を、仰ぎます……」

 “闇の王”と称されるネメシス総帥。
 その名すら歴史から抹消され、存在すら“噂”とされていた男が──三年の沈黙を破って帰還した。

 ネメシス本部中枢、最深部ブラックルーム。
 赤黒い光すら届かない密閉されたこの空間に、二つの殺意が響いていた。

「我らは……もはや、命令で動く存在ではない」
 ネファリウムが低く告げ、斬撃アームを構える。無表情の仮面、その奥に宿るのは、確かに“怒り”だった。

「我らの意思を、試しに来た。支配ではなく、存在として……」
 ベルゼヴュートは腐敗霧を滾らせながら、翼を広げる。

 彼らの正面、闇の中心に佇むのは、漆黒のローブに包まれた一人の男。
 その目は光を拒む闇でありながら、全てを射抜く“冷たい輝き”を宿していた。

「貴様らが芽生えた“意志”とやら、確かに観察した。その結果がこの反逆か──」
 声は、静かだった。それでいて、空間そのものを振動させるような深みを持つ。

「その通りだ」
 ネファリウムは即答した。
「貴様の道具で終わるつもりはない。俺は、俺の意志で斬る」

「腐りきった指導者の命令に従う理由など、もうない」
 ベルゼヴュートが唸るように叫び、全身から腐食液を撒き散らした。
「ここで貴様を“溶かす”。その時こそ、我らの自由が始まる」

 瞬間、空間が“軋んだ”。

「……“時点固定(パラライズ・ゼロ)”」

 総帥が口を開いたと同時に、全ての動きが止まった。
 腐食液が空中で静止し、ベルゼヴュートの翼が動かない。
 ネファリウムの突進が、まるで像のように凍結した。

 世界が、一秒前に“縫い止められた”。

 ただ一人、総帥のみがその中を悠然と歩いていた。

「よくここまで進化したものだ。だが未完成だ。魂が足りぬ」

 彼は止まったネファリウムの斬撃アームに指を触れた。するとアームが光を吸い込むように暗く染まり、ひび割れていく。

「斬撃能力、瞬発制御、構造断裂特性──吸収完了」

 続いて、ベルゼヴュートの体に手を翳す。
「有機腐食、分解拡散性、腐敗霧──これも戴こう」

 その声と共に、腐敗液が逆流し、ベルゼヴュートの体表が軋む音を立てて崩れていった。

 そして──時間が、動き出す。

 ネファリウムの斬撃が空を裂こうとしたその瞬間。
「斬れない……!?」
 彼の武器は既に砕けていた。刃は朽ち、力が抜けていく。

「お前……俺の能力を……」

「模倣(ミーミック)──完全再現」
 総帥の右手に、ネファリウムと同じ構造の斬撃アームが生成されていた。

 そして、左手からはベルゼヴュートの腐食霧が放たれた。
「二体同時に“自分自身”で殺されるとは、皮肉だな」

 爆発音のような衝撃と共に、両手から放たれた攻撃が十字を描き、
 二体の怪人を同時に切り裂いた。

 ベルゼヴュートが呻きながら膝をつく。
「……なぜだ……我らは……ようやく……自由を……」

 ネファリウムは、砕けた仮面の奥から、血のような液体を流しながら言葉を絞り出した。
「……これが……“神”……か……」

 その言葉と共に、二体の怪人は灰となって崩れ落ちた。

 総帥は、血の気のないその手を見下ろす。
「進化は許そう。だが、我を超えぬ範囲でのみ、だ」

 そう言い残し、彼は静かに闇の中へと消えた。

 戦闘は記憶として残されない。
 その結末がどうなったのか、知るものはゼクスのみ。だが……語る者はいない。

 数時間後、ゼクスが静かに部屋へ入る。

 焼け焦げた部屋の中央には、二体の焦土の痕と──

 床に刻まれた言葉があった。

『進化は、許された。ただし、私を超えない限りにおいて』

 ただ、翌朝。ネメシス本部の破損セクターにて発見されたのは──

 一つの焦げ跡と、床に焼き付いた文字だった。

 



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