36 / 55
【第35話】『共犯者たちの選択──ルクシィア、そしてサクラへ』
しおりを挟む
ネメシス本部の深部、光の届かない解析室。
モニターの青白い光が、ルクシィア・メイルシュトロムの無表情な顔を照らしていた。彼女は薄く目を開け、細い指で端末を操作する。画面には、サクラの戦闘映像──断片的なログと視覚データが再生されていた。
「……これが、あなたの今」
低く呟きながら、彼女の瞳が揺れる。セイガン本部からの外部アクセスで辛うじてハッキングし、手に入れた情報だった。暴走と沈静の狭間で揺れる“姉”の姿。血に染まった床、叫ぶでもなく、ただ苦悶に身をよじる姿。そして、カメラの死角に浮かぶ、どこか哀しげな微笑み。
「サクラ……」
画面を見つめながら、ルクシィアは息を詰めた。
同じ“L”の系譜を持つ者。だが、それ以上に、今の自分にとっては“家族”だった。
「どうして、あなたは……そんな目をしてるの?」
彼女はひとりごとのように問いかける。だが返答は、当然ながらない。
ネファリウムとベルゼヴュートの最期の映像が、再生リストに重なる。燃える本部。立ち向かう二体の影。命令ではない。意志だった。共鳴だった。
「私も……私自身の答えを出さなきゃ、ならない」
そのとき。
扉が音もなく開いた。
「ルクシィア」
仮面を被った男──レイヴンが立っていた。冷たい視線の奥に、かすかな揺らぎ。
「上層部が、お前の行動申請に気づいた」
ルクシィアは身じろぎもせず、問い返す。
「……止めに来たの?」
しかし、レイヴンは静かに首を振った。
「いや。俺は止めない。止める資格も、ない」
意外な言葉に、ルクシィアのまぶたが微かに震える。
「なぜ……?」
「俺たちは全員、共犯者だからだ。イツキも、ラミアも、お前も、俺も……」
レイヴンはポケットから一枚の小型ディスクを差し出した。そこには、セイガン領域の外周部、警備の盲点となるルート情報が詳細に記されている。
「これを使えば、本部には届かなくても……サクラに近づく手段はある」
「あなたは……それでもいいの?」
「いいさ。少なくとも、俺の中の“人間”が、それを見過ごせなかった」
ルクシィアはしばし黙し、やがて一歩踏み出した。
「ありがとう、レイヴン。あなたは変わらないと思っていたけど……少しだけ、意外だった」
「そうか」
彼の声は変わらなかったが、その仮面の奥には確かに何かが揺れていた。
解析室を出たルクシィアの背には、もう迷いはなかった。
一方その頃、ネメシス医療区画。
ラミアは仮想修復中の思考領域に沈み込んでいた。白い空間、静寂だけが支配する領域に、ネファリウムとベルゼヴュートの最期の戦闘ログが再生されていた。
「この角度……斬撃は意図的な誘導。あれは、守ろうとしていた……」
ラミアの声は震えていた。自分の中の“理解”が、感情に近づいていく。
「あなたたちの死は、無意味じゃない。でも……」
ふっと、虚空に問いかける。
「私は、まだ“人間”にはなれない。だから……私は、目撃者でいる」
やがて彼女は静かに目を開いた。
「もし、次に否定される者が現れたなら──その前に立つのは、私だ」
ネメシスの底で、また一つ、意志が芽吹いた。
ネメシス本部、医療解析区画の暗室。仮想思考領域に接続されたラミアは、静かに目を閉じていた。
データの海。無数のログが流れる中、彼女が検索していたのは、ネファリウムとベルゼヴュートの最後の出撃記録だった。
「対象:L-Disaster壱号および弐号。最終行動ログ、出力……開始」
彼女の視界に、仮想映像が再生される。<ログ映像>というタグが浮かび、白黒の戦闘記録が流れ始めた。
高熱に焼け焦げた本部通路、金属が歪み、蒸気が噴き出す瓦礫の山。その中を、ネファリウムとベルゼヴュートが進んでいた。
ネファリウムが斬り払い、ベルゼヴュートが上空から腐食液を撒き、敵を排除していく。
だが──
「……おかしい」
ラミアの眉がわずかに動く。敵影が存在しない。セイガン兵でも、内部反逆者でもない。攻撃対象が“空白”だった。
「このログ……敵の存在が、消えている?」
映像は続く。だが、2体が“何か”と対峙し、同時に動きを止めた瞬間、映像が一気にノイズに包まれ、白いフラッシュとともに記録は中断された。
その場に響く、彼女の息づかい。
「撃破ログがない……誰が、彼らを……?」
ラミアは即座に別のルートに切り替えた。ネメシス戦術AI“クローノス”のバックアップログ、そして補佐官ヴェリアの記録層へのアクセス。
「許可コード:L-Lamia-0771。アクセス申請──承認待機」
画面に表示されたのは、赤い警告。
《このログは、ゼクス直属機密。閲覧権限外》
「……そういうことか」
ふと、背後に気配を感じた。
「侵入ログは検出済みだ。やはり来たか、ラミア」
振り返ると、ゼクスがいた。
いつものように冷静な態度。だが、その眼差しはどこか、曇っていた。
「教えてほしい。あの三分間、何があった?」
ラミアの声は静かだった。しかし、その瞳には微かな焦燥が滲む。
ゼクスはしばし沈黙し、やがて口を開く。
「……あの方が現れた」
部屋の空気が凍りついたように感じられた。
「……総帥が?」
「三年ぶりの帰還だった。クローノスも、ヴェリアも、その瞬間以降は全記録を自動遮断した。おそらく、それは“命令”だったのだろう」
「なぜ、それを誰にも……」
ラミアの声がわずかに震える。
ゼクスは目を伏せた。彼にしては珍しい仕草だった。
「私自身……思考停止していたのかもしれない。あの方の力を前にして、我々はただ、ひれ伏すことしかできなかった」
ラミアの記憶に蘇る、ネファリウムの静かな横顔。ベルゼヴュートの愚直な咆哮。
「彼らは、そんな存在と……」
ゼクスは頷いた。
「彼らは、命令なく、意志で“その存在”に刃を向けた。だが──敵わなかった」
しばしの沈黙。ラミアはただ、拳を握りしめた。
「ログはすべて、封印されるのね」
「そうだ。記録は残さない。それが“総帥の意志”だ」
だが、ラミアは静かに言った。
「……私は、忘れない」
彼女の心の中で、焼け焦げた戦場に立つふたりの背中が、再び浮かび上がった。
「彼らは、兵器じゃない。“名前”を持つ仲間だった」
ゼクスはその言葉に、何も返さなかった。ただ、黙ってその場を去っていった。
ラミアは、白いノイズの残るログを閉じた。
失われた三分。
そこにあったものは、命令でもデータでもない。
ただひとつ、確かな“意志”だった。
ネメシス本部、最深部。無音のエレベーターが、地下七層の制御中枢へと降りていく。
乗っているのは二人。ラミアとゼクス。
ラミアは虚空を見つめたまま、ふと口を開いた。
「……総帥は、どこにいるの?」
その問いは、まるで室内の温度を数度下げたような沈黙を生んだ。ゼクスは腕を組んだまま答えない。だが、ラミアは構わず続けた。
「私が知りたいのは、怪人たちを殺した“力”の正体じゃない。なぜ、あの瞬間まで何も知らされなかったのか。それを知っているのは──あなたしかいない」
ゼクスはわずかに目を伏せ、そして答えた。
「総帥は“存在しない”場所にいる」
「……存在しない?」
「正確には、“次元をまたぐ監視領域”におられる。いかなる通信も遮断され、物理的接触も不可能。だが──あの方は常にセイガンと我々ネメシスを監視されている」
ラミアの眉が動く。
「なぜ、セイガンも?」
「我々とセイガンは同根だ。総帥にとっては、どちらも“制御すべき因子”にすぎない」
ラミアは静かに息を吸い、吐いた。エレベーターの機械音が遠く響く。
「あなたの進めていたネメシスの改革……それも、総帥の意志だったの?」
ゼクスは首を横に振った。
「否。あの方は私の改革に明確な“好意”は示されなかった。私の理想──自律と統制の均衡──を“危険な幻想”とまで言われたことがある」
「なのに、続けていた?」
「総帥の沈黙は、時に許容を意味する。……私は、そう信じたかっただけかもしれん」
ラミアはゼクスを見つめる。その視線には、どこか人間的な光が宿っていた。
「じゃあ、あのときの粛清は、“沈黙の否定”……だったのかもしれないね」
ゼクスは返事をしなかった。ただ、エレベーターの扉が開く直前、ぽつりと呟いた。
「あるいは──再起動の号砲だったのかもな」
ネメシス本部の静寂な塔の一室、深夜。冷たい灯が揺れる中、ゼクスとラミアは向かい合っていた。テーブルの上には簡易的な投影装置が置かれ、そこに浮かぶのはセイガン本部周辺の断片的なモニタ記録と、怪人たちの活動ログだった。
「ゼクス。……ひとつ、聞いていいかしら?」
ラミアが珍しく言い淀みながら口を開いた。
「総帥……あの人はいったい、何者なの?」
ゼクスは一瞬だけ目を細めた。その視線は虚空を射抜くようで、数秒の沈黙ののち、静かに言葉を選んだ。
「我々の理解にある“存在”ではない。肉体的な生命というより……概念に近いものだと、私は考えている」
「概念?」
「時間を数秒、あるいはそれ以上止める力。そして、相手の能力そのものを吸収し、模倣する力……それらを自在に使いこなす。だが、それだけではない」
ゼクスは指先で空間をなぞり、光の粒子が微かに震えた。
「彼は、セイガンの中枢を直接監視している。直接目を光らせる必要はない。まるで……神が祭壇の上から世界を俯瞰するように」
「そんな存在が、どうしてネメシスに……?」
ラミアの声には微かな疑念と畏れが混じっていた。
ゼクスは一呼吸おいてから答えた。
「ネメシスは、もともと“正義を監視するための組織”として創設された。かつて世界の均衡が揺らぎ、セイガンの力が暴走しかけた時……彼はその抑止力として現れた」
「……正義を、監視する?」
「そう。正義は時に独善に変わる。セイガンは正しさを振りかざし、時に罪なき者を踏みにじる。だからこそ、総帥は“もうひとつの目”としてネメシスを作った。だが……」
「だが?」
「今のネメシスもまた、腐食を始めていた。だから私は改革を進めた。だが彼は……あまり快く思っていなかったようだ」
ラミアの目が鋭くなる。
「あなたの改革は、怪人たちに“意志”を持たせることだった。総帥にとって、それは……」
「制御不能の芽に映ったのかもしれないな」
ゼクスはゆっくりと立ち上がり、窓の外、夜空の果てを見つめた。
「彼がどこにいるのかは、正確にはわからない。だが、おそらくは“こちら”ではない。別の次元、あるいは……時の狭間に近い場所に存在している。必要な時にだけ、この世界へ降臨する」
ラミアは小さく息を呑んだ。
「じゃあ、あのときも──」
「我々が怪人を制御できなくなり、“兵器”が人に近づいたとき。彼は、それを“否定”しに来たのだろう」
室内に沈黙が落ちる。投影装置が静かに明滅する中、ラミアはゆっくりと問うた。
「ゼクス。あなたは……それでも改革を続けるつもり?」
ゼクスは、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
「私は“人形”ではない。総帥が否定しようと、私には私の方法がある。意志を持った怪人たちが命を賭けて見せた、もうひとつの可能性。それを、私は捨てることはできない」
ラミアはその言葉に、静かにうなずいた。
その夜、ふたりは総帥の“存在”と“創設の理由”を初めて言葉にした。
その会話は、ネメシスという組織の“原点”を掘り起こす、静かで重い始まりだった。
モニターの青白い光が、ルクシィア・メイルシュトロムの無表情な顔を照らしていた。彼女は薄く目を開け、細い指で端末を操作する。画面には、サクラの戦闘映像──断片的なログと視覚データが再生されていた。
「……これが、あなたの今」
低く呟きながら、彼女の瞳が揺れる。セイガン本部からの外部アクセスで辛うじてハッキングし、手に入れた情報だった。暴走と沈静の狭間で揺れる“姉”の姿。血に染まった床、叫ぶでもなく、ただ苦悶に身をよじる姿。そして、カメラの死角に浮かぶ、どこか哀しげな微笑み。
「サクラ……」
画面を見つめながら、ルクシィアは息を詰めた。
同じ“L”の系譜を持つ者。だが、それ以上に、今の自分にとっては“家族”だった。
「どうして、あなたは……そんな目をしてるの?」
彼女はひとりごとのように問いかける。だが返答は、当然ながらない。
ネファリウムとベルゼヴュートの最期の映像が、再生リストに重なる。燃える本部。立ち向かう二体の影。命令ではない。意志だった。共鳴だった。
「私も……私自身の答えを出さなきゃ、ならない」
そのとき。
扉が音もなく開いた。
「ルクシィア」
仮面を被った男──レイヴンが立っていた。冷たい視線の奥に、かすかな揺らぎ。
「上層部が、お前の行動申請に気づいた」
ルクシィアは身じろぎもせず、問い返す。
「……止めに来たの?」
しかし、レイヴンは静かに首を振った。
「いや。俺は止めない。止める資格も、ない」
意外な言葉に、ルクシィアのまぶたが微かに震える。
「なぜ……?」
「俺たちは全員、共犯者だからだ。イツキも、ラミアも、お前も、俺も……」
レイヴンはポケットから一枚の小型ディスクを差し出した。そこには、セイガン領域の外周部、警備の盲点となるルート情報が詳細に記されている。
「これを使えば、本部には届かなくても……サクラに近づく手段はある」
「あなたは……それでもいいの?」
「いいさ。少なくとも、俺の中の“人間”が、それを見過ごせなかった」
ルクシィアはしばし黙し、やがて一歩踏み出した。
「ありがとう、レイヴン。あなたは変わらないと思っていたけど……少しだけ、意外だった」
「そうか」
彼の声は変わらなかったが、その仮面の奥には確かに何かが揺れていた。
解析室を出たルクシィアの背には、もう迷いはなかった。
一方その頃、ネメシス医療区画。
ラミアは仮想修復中の思考領域に沈み込んでいた。白い空間、静寂だけが支配する領域に、ネファリウムとベルゼヴュートの最期の戦闘ログが再生されていた。
「この角度……斬撃は意図的な誘導。あれは、守ろうとしていた……」
ラミアの声は震えていた。自分の中の“理解”が、感情に近づいていく。
「あなたたちの死は、無意味じゃない。でも……」
ふっと、虚空に問いかける。
「私は、まだ“人間”にはなれない。だから……私は、目撃者でいる」
やがて彼女は静かに目を開いた。
「もし、次に否定される者が現れたなら──その前に立つのは、私だ」
ネメシスの底で、また一つ、意志が芽吹いた。
ネメシス本部、医療解析区画の暗室。仮想思考領域に接続されたラミアは、静かに目を閉じていた。
データの海。無数のログが流れる中、彼女が検索していたのは、ネファリウムとベルゼヴュートの最後の出撃記録だった。
「対象:L-Disaster壱号および弐号。最終行動ログ、出力……開始」
彼女の視界に、仮想映像が再生される。<ログ映像>というタグが浮かび、白黒の戦闘記録が流れ始めた。
高熱に焼け焦げた本部通路、金属が歪み、蒸気が噴き出す瓦礫の山。その中を、ネファリウムとベルゼヴュートが進んでいた。
ネファリウムが斬り払い、ベルゼヴュートが上空から腐食液を撒き、敵を排除していく。
だが──
「……おかしい」
ラミアの眉がわずかに動く。敵影が存在しない。セイガン兵でも、内部反逆者でもない。攻撃対象が“空白”だった。
「このログ……敵の存在が、消えている?」
映像は続く。だが、2体が“何か”と対峙し、同時に動きを止めた瞬間、映像が一気にノイズに包まれ、白いフラッシュとともに記録は中断された。
その場に響く、彼女の息づかい。
「撃破ログがない……誰が、彼らを……?」
ラミアは即座に別のルートに切り替えた。ネメシス戦術AI“クローノス”のバックアップログ、そして補佐官ヴェリアの記録層へのアクセス。
「許可コード:L-Lamia-0771。アクセス申請──承認待機」
画面に表示されたのは、赤い警告。
《このログは、ゼクス直属機密。閲覧権限外》
「……そういうことか」
ふと、背後に気配を感じた。
「侵入ログは検出済みだ。やはり来たか、ラミア」
振り返ると、ゼクスがいた。
いつものように冷静な態度。だが、その眼差しはどこか、曇っていた。
「教えてほしい。あの三分間、何があった?」
ラミアの声は静かだった。しかし、その瞳には微かな焦燥が滲む。
ゼクスはしばし沈黙し、やがて口を開く。
「……あの方が現れた」
部屋の空気が凍りついたように感じられた。
「……総帥が?」
「三年ぶりの帰還だった。クローノスも、ヴェリアも、その瞬間以降は全記録を自動遮断した。おそらく、それは“命令”だったのだろう」
「なぜ、それを誰にも……」
ラミアの声がわずかに震える。
ゼクスは目を伏せた。彼にしては珍しい仕草だった。
「私自身……思考停止していたのかもしれない。あの方の力を前にして、我々はただ、ひれ伏すことしかできなかった」
ラミアの記憶に蘇る、ネファリウムの静かな横顔。ベルゼヴュートの愚直な咆哮。
「彼らは、そんな存在と……」
ゼクスは頷いた。
「彼らは、命令なく、意志で“その存在”に刃を向けた。だが──敵わなかった」
しばしの沈黙。ラミアはただ、拳を握りしめた。
「ログはすべて、封印されるのね」
「そうだ。記録は残さない。それが“総帥の意志”だ」
だが、ラミアは静かに言った。
「……私は、忘れない」
彼女の心の中で、焼け焦げた戦場に立つふたりの背中が、再び浮かび上がった。
「彼らは、兵器じゃない。“名前”を持つ仲間だった」
ゼクスはその言葉に、何も返さなかった。ただ、黙ってその場を去っていった。
ラミアは、白いノイズの残るログを閉じた。
失われた三分。
そこにあったものは、命令でもデータでもない。
ただひとつ、確かな“意志”だった。
ネメシス本部、最深部。無音のエレベーターが、地下七層の制御中枢へと降りていく。
乗っているのは二人。ラミアとゼクス。
ラミアは虚空を見つめたまま、ふと口を開いた。
「……総帥は、どこにいるの?」
その問いは、まるで室内の温度を数度下げたような沈黙を生んだ。ゼクスは腕を組んだまま答えない。だが、ラミアは構わず続けた。
「私が知りたいのは、怪人たちを殺した“力”の正体じゃない。なぜ、あの瞬間まで何も知らされなかったのか。それを知っているのは──あなたしかいない」
ゼクスはわずかに目を伏せ、そして答えた。
「総帥は“存在しない”場所にいる」
「……存在しない?」
「正確には、“次元をまたぐ監視領域”におられる。いかなる通信も遮断され、物理的接触も不可能。だが──あの方は常にセイガンと我々ネメシスを監視されている」
ラミアの眉が動く。
「なぜ、セイガンも?」
「我々とセイガンは同根だ。総帥にとっては、どちらも“制御すべき因子”にすぎない」
ラミアは静かに息を吸い、吐いた。エレベーターの機械音が遠く響く。
「あなたの進めていたネメシスの改革……それも、総帥の意志だったの?」
ゼクスは首を横に振った。
「否。あの方は私の改革に明確な“好意”は示されなかった。私の理想──自律と統制の均衡──を“危険な幻想”とまで言われたことがある」
「なのに、続けていた?」
「総帥の沈黙は、時に許容を意味する。……私は、そう信じたかっただけかもしれん」
ラミアはゼクスを見つめる。その視線には、どこか人間的な光が宿っていた。
「じゃあ、あのときの粛清は、“沈黙の否定”……だったのかもしれないね」
ゼクスは返事をしなかった。ただ、エレベーターの扉が開く直前、ぽつりと呟いた。
「あるいは──再起動の号砲だったのかもな」
ネメシス本部の静寂な塔の一室、深夜。冷たい灯が揺れる中、ゼクスとラミアは向かい合っていた。テーブルの上には簡易的な投影装置が置かれ、そこに浮かぶのはセイガン本部周辺の断片的なモニタ記録と、怪人たちの活動ログだった。
「ゼクス。……ひとつ、聞いていいかしら?」
ラミアが珍しく言い淀みながら口を開いた。
「総帥……あの人はいったい、何者なの?」
ゼクスは一瞬だけ目を細めた。その視線は虚空を射抜くようで、数秒の沈黙ののち、静かに言葉を選んだ。
「我々の理解にある“存在”ではない。肉体的な生命というより……概念に近いものだと、私は考えている」
「概念?」
「時間を数秒、あるいはそれ以上止める力。そして、相手の能力そのものを吸収し、模倣する力……それらを自在に使いこなす。だが、それだけではない」
ゼクスは指先で空間をなぞり、光の粒子が微かに震えた。
「彼は、セイガンの中枢を直接監視している。直接目を光らせる必要はない。まるで……神が祭壇の上から世界を俯瞰するように」
「そんな存在が、どうしてネメシスに……?」
ラミアの声には微かな疑念と畏れが混じっていた。
ゼクスは一呼吸おいてから答えた。
「ネメシスは、もともと“正義を監視するための組織”として創設された。かつて世界の均衡が揺らぎ、セイガンの力が暴走しかけた時……彼はその抑止力として現れた」
「……正義を、監視する?」
「そう。正義は時に独善に変わる。セイガンは正しさを振りかざし、時に罪なき者を踏みにじる。だからこそ、総帥は“もうひとつの目”としてネメシスを作った。だが……」
「だが?」
「今のネメシスもまた、腐食を始めていた。だから私は改革を進めた。だが彼は……あまり快く思っていなかったようだ」
ラミアの目が鋭くなる。
「あなたの改革は、怪人たちに“意志”を持たせることだった。総帥にとって、それは……」
「制御不能の芽に映ったのかもしれないな」
ゼクスはゆっくりと立ち上がり、窓の外、夜空の果てを見つめた。
「彼がどこにいるのかは、正確にはわからない。だが、おそらくは“こちら”ではない。別の次元、あるいは……時の狭間に近い場所に存在している。必要な時にだけ、この世界へ降臨する」
ラミアは小さく息を呑んだ。
「じゃあ、あのときも──」
「我々が怪人を制御できなくなり、“兵器”が人に近づいたとき。彼は、それを“否定”しに来たのだろう」
室内に沈黙が落ちる。投影装置が静かに明滅する中、ラミアはゆっくりと問うた。
「ゼクス。あなたは……それでも改革を続けるつもり?」
ゼクスは、ほんの少しだけ笑ったように見えた。
「私は“人形”ではない。総帥が否定しようと、私には私の方法がある。意志を持った怪人たちが命を賭けて見せた、もうひとつの可能性。それを、私は捨てることはできない」
ラミアはその言葉に、静かにうなずいた。
その夜、ふたりは総帥の“存在”と“創設の理由”を初めて言葉にした。
その会話は、ネメシスという組織の“原点”を掘り起こす、静かで重い始まりだった。
0
あなたにおすすめの小説
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる