37 / 55
【第36話】『記録と選択──灰の先にある道』
しおりを挟む
ネメシス中枢塔・戦略階層の一角、ゼクスの執務室はいつにも増して静まり返っていた。青白い光が壁を照らし、中央のモニターにはラミアの背を映す監視映像がぼんやりと流れている。
「……伝わるだろうな。君の性格なら」
ゼクスは自嘲気味に呟き、背もたれに身を沈めた。あのラミアとの密談で、彼が口にしたのは、ただの情報ではない。封印していた“感情”の断片であり、“恐れ”の告白でもあった。
静かにドアが開く音がした。
「……わざとだったのね、ゼクス」
ラミアが入室するなり、冷えた声で言った。彼女の目は研ぎ澄まされ、ただの疑問ではなく、確信を帯びている。
「私に話した“総帥”の正体、あれはただの吐露じゃない。……私の口からイツキに伝わることまで、計算していた」
ゼクスは表情を崩さずに頷いた。
「計算だったさ。そして、君なら見抜くだろうと思っていた」
「なぜ? なぜそんなまどろっこしいやり方で?」
「ラミア、私は“指導者”である前に、“ネメシスという歯車”の一部に過ぎない。直接イツキに託すわけにはいかない。だが……君からなら伝わる。あいつは“感情”で動く男だ」
「……あなたは、恐れているのね。総帥を」
ゼクスは初めて視線を伏せた。僅かに、口元が動く。
「そうだ。私はあの人に、絶対服従するよう設計された存在だ。だが……それでも、私はもう、間違っていると感じる」
彼は静かに立ち上がり、窓の外の闇を見つめた。
「ネメシスは戦力としての秩序を求めていた。そしてセイガンは正義の名の下に管理と破壊を行っていた。だが、どちらももう“進化”してしまった。怪人も、ヒーローも、“意志”を持ち始めている」
「……だから、イツキに?」
「イツキは“中間”にいる存在だ。かつて正義を信じ、今は怪物の側に立つ男。だが、どちらにも染まりきらない、極めて“人間的”な矛盾の塊だ。もし彼がこの矛盾を貫けるなら、ネメシスもセイガンも……終わるかもしれない」
ラミアは、しばらく黙った。そして小さく、問いかける。
「あなたは……イツキが総帥に抗えると、本気で思ってるの?」
「思っていない。だが――“思ってしまいたい”とは、願っている」
ゼクスの声には、わずかな震えがあった。それは冷徹な合理主義者ではなく、組織の最奥で“総帥”という異質な存在と向き合い続けた者の、魂の擦れだった。
「私が語ったのは“真実”ではなく、“火種”だ。君がそれを燃やすなら、私は止めない」
ラミアは視線をそらし、静かに呟いた。
「……イツキに伝える。あなたの本心が届くかどうかはわからない。でも、私も――もう止まりたくない」
部屋を出ていくラミアの背を、ゼクスは無言で見送った。その瞳には、憎悪でも希望でもない、“誰にも見せない後悔”の色が揺れていた。
ネメシス本部、通称“灰室”。かつてネファリウムとベルゼヴュートの戦術データが蓄積されていた地下の情報解析区画は、今やほとんど稼働していない。だが今、その扉が静かに開き、足音が一つ、鈍く響いた。
「ここに来るとは思ってなかったわ」
ラミアは壁にもたれ、足元に情報端末を散らばらせていた。振り返らずに、誰かを待っていたように言った。
「……ラミア。少し、時間をくれ」
イツキの声は低く、だがその奥に熱を孕んでいた。ラミアは静かに頷き、床に散らばった端末のひとつを手に取った。
「あなたに話さなきゃいけないことがあるの」
「ゼクスのことか?」
「……ええ。あの人から、ある話を聞いたの。あなたに伝えるべきか迷ったけど……でも、きっと知るべきだと思った」
ラミアは情報端末のホログラムを起動した。空間に、黒いシルエットが浮かび上がる。
「“Ω-One”。これが、総帥のコードネーム。記録にはそう記されていたわ」
「……まさか。あの怪物にコードネームなんて洒落たものがあったとはな」
「かつては“ヒーロー”だった。人類の守護者として造られた存在。けど……その力があまりに強すぎて、やがて人類に恐れられ、歴史から抹消された」
「つまり、あいつは“失われた英雄”ってわけか?」
「名も、記録も消された。なのに存在だけは残り、ネメシスの創設者になった」
「じゃあ、あいつが……この組織の原点ってことか」
「ええ。そして、ゼクスは恐れていた。総帥は改革を快く思っていない。彼の進めた“ネメシス再構築”の動きも、監視されていた」
「ゼクスが、そんなことを?」
「直接は言わなかった。でも、あの人は私に話してくれたの。きっと、私があなたに伝えるって分かっていた」
イツキはしばらく沈黙し、やがて口を開いた。
「……つまりゼクスは、お前を通じて俺に“託した”ってことか」
「そう。彼はもう、自分の手では止められないと思ってた。でもあなたなら、と」
「皮肉だな。俺を追い出しそうと……ブラックエイドまで使って粛清までしようとした組織の幹部が、俺に希望を賭けるなんて」
「それでも、あの人は“選んだ”のよ。あなたを」
「……なあラミア、お前はどう思う? 総帥って奴、倒せると思うか?」
「私は……わからない。でも、私はあの人のようにはなりたくない。だから、あなたが立ち向かうなら、私は隣にいる」
「じゃあ、俺が前に出たら──」
「その時は、私がその前に立つわ。あなたを守るために」
イツキはふっと笑った。
「頼もしいな。……“共犯者”ってのも、悪くない響きだ」
ラミアもまた、わずかに微笑み返した。
■
廃棄都市〈ノーサンズ・グレイ〉──。
ネメシスでもセイガンでも管理外とされ、地図上から抹消された無人区域。
月がひときわ明るい夜、瓦礫の広場に静かな足音が響いた。
「来てくれると思ってたわ、サクラ」
薄い笑みを浮かべたルクシィアが、錆びた給水塔の影から姿を現す。
その対面に、ゆっくりと歩み寄ってくる人影──
戦隊用の装甲に身を包み、しかしその目はどこか迷いを帯びた光を宿していた。
「……ここにいれば、どこからも監視されない。セイガンの追跡も、ネメシスの干渉も」
「それで……あなたは、私に何を話したいの?」
サクラは距離を詰めず、数歩離れたまま立ち止まった。
ルクシィアは小さく頷くと、どこか寂しげに目を細めた。
「……本当は、ずっと会いたかった。姉妹のように育てられて、でも、ずっと心が触れなかった」
「ルクシィア……私は、怪物よ」
サクラが口を開いた。その声は震えていた。
「あなたと私が“姉妹”だった時間なんて、実験室の中だけ。あれは……愛情じゃない。檻の中で並べられただけの、素材と素材」
「それでも、私は……あなたのことを妹だと思ってる」
静かに近づくルクシィア。サクラは一瞬、退きそうになるが、踏みとどまった。
「私はね……血を吸わないと生きていけないの。体の奥が、渇いているのがわかる。戦いのあと、私は何度も……“敵兵”の血で、渇きを潤した」
「……わかってる」
ルクシィアは、優しくその言葉を受け止める。
「でも、それは“化け物”の証明じゃない。生きるために選ばされた方法でしょ? 自分の意志じゃなかったはずよ」
「……それでも、私は生きてる限り、また誰かを喰らうかもしれない」
サクラの目から、静かに涙が落ちた。
「ルクシィア……あなたに会いたくなかった。会えば、壊れてしまう気がした」
「でも壊れたっていい。もう一度、あなたに“名前”を呼んでもらえるだけで……」
ルクシィアはそっと手を伸ばし、サクラの肩に触れた。
「……サクラ。もう、独りで背負わないで」
ふたりの額が触れ合う。
血の記憶と、失われた温もり。
ネメシスとセイガンが交わることのない闇の中で、彼女たちだけが“共鳴”していた。
そして、沈黙が落ち着いた頃──
「ルクシィア……私、イツキに会いたいの」
ふいにサクラが顔を上げた。瞳は潤み、震えていた。
「彼に……謝りたい。ちゃんと……話したい。なのに、私がネメシス本部に近づけば、殺される」
「そうね……セイガンの装甲とコードでは、確実に“敵認識”される。イツキの元に行くどころか、門前で抹殺されるわ」
「だったら、もう無理じゃない……?」
サクラが俯いた瞬間、ルクシィアは静かに微笑んだ。
「……一つ、方法がある」
「え?」
「私を吸収するのよ。あなたの中に、私を取り込めば──生体認証の信号が“中和”される。敵としての信号を、上書きできるかもしれない」
「……なに、それ……!」
「姉妹だからこそ、できる。私の身体には、ネメシスの怪人コードがある。それを吸血で取り込めば、あなたは“私”でもある存在になる」
ルクシィアは静かに首元をさらした。
「……やって。私を、あなたの中に残して。イツキに会いたいあなたのために、私の存在を捧げる」
「ダメ……そんな……! 私はまた、あなたを喰らうの?」
「いいのよ。これは生贄じゃない。……共鳴よ。あなたと私が、最後に重なる方法」
サクラの目に、涙が溢れる。
彼女は震える手を伸ばし、ルクシィアの肩に触れた。
「……ごめん……ごめんなさい……」
静かに、ゆっくりと──サクラは首元に牙を立てた。
血の香りが、夜気に滲む。
そしてその刹那、ふたりの意識が、深い深い共鳴の闇へと沈んでいった。
■
ネメシス本部・地下三層、分析室の警報が静かに点灯したのは、明け方にも似た薄青の時間帯だった。
扉が開き、戦術補佐官ヴェリアが白衣のまま無言で歩み入る。手には密封された金属容器。だが、どこか手つきが重かった。
「……これが、ルクシィアの、最終回収物です」
金属蓋が開かれる。中には、保存処理が施された干からびた遺体。
痩せこけた四肢。肌はくすんだ灰色。首筋には、深く穿たれた双孔──明らかな吸血の痕。
「確認できた魔素濃度、ほぼゼロ。神経網は完全崩壊。再構築不可能と断定しました」
ゼクスは無言のまま、遺体を見下ろしていた。瞳に、わずかな揺らぎ。
「……死因は?」
「生命維持限界を超える急激な魔素喪失です。加えて、自発的な識別信号の書き換えが確認されました」
ヴェリアの声はいつになく低い。
「敵味方識別……を自分で消したのか?」
傍らの戦術オペレーターが、眉をひそめながら呟く。
「なぜそんな真似を……」
「サクラだ」
ゼクスの言葉に、室内の空気が一瞬凍りついた。
誰もがその名を知っている。だが、誰も声に出そうとしなかった。
ヴェリアがそっと目を伏せる。
「最終行動ログは、セイガン第三遮蔽領域の接近圏。敵味方を欺くために、彼女は……自らを“差し出した”可能性が」
「感情に流されたか。いや、理解していた上で……だな」
ゼクスは、灰のように乾いた彼女の顔を見つめた。
「ルクシィア。貴様は“兵器”ではなかったか。いや……もう、誰もそうとは言えまい」
誰も応えず、ただ機械の駆動音だけが微かに響いていた。
室内には、感情を押し殺した沈黙が落ちた。
それは敬意か、後悔か、それとも──始まりの気配だった。
「……伝わるだろうな。君の性格なら」
ゼクスは自嘲気味に呟き、背もたれに身を沈めた。あのラミアとの密談で、彼が口にしたのは、ただの情報ではない。封印していた“感情”の断片であり、“恐れ”の告白でもあった。
静かにドアが開く音がした。
「……わざとだったのね、ゼクス」
ラミアが入室するなり、冷えた声で言った。彼女の目は研ぎ澄まされ、ただの疑問ではなく、確信を帯びている。
「私に話した“総帥”の正体、あれはただの吐露じゃない。……私の口からイツキに伝わることまで、計算していた」
ゼクスは表情を崩さずに頷いた。
「計算だったさ。そして、君なら見抜くだろうと思っていた」
「なぜ? なぜそんなまどろっこしいやり方で?」
「ラミア、私は“指導者”である前に、“ネメシスという歯車”の一部に過ぎない。直接イツキに託すわけにはいかない。だが……君からなら伝わる。あいつは“感情”で動く男だ」
「……あなたは、恐れているのね。総帥を」
ゼクスは初めて視線を伏せた。僅かに、口元が動く。
「そうだ。私はあの人に、絶対服従するよう設計された存在だ。だが……それでも、私はもう、間違っていると感じる」
彼は静かに立ち上がり、窓の外の闇を見つめた。
「ネメシスは戦力としての秩序を求めていた。そしてセイガンは正義の名の下に管理と破壊を行っていた。だが、どちらももう“進化”してしまった。怪人も、ヒーローも、“意志”を持ち始めている」
「……だから、イツキに?」
「イツキは“中間”にいる存在だ。かつて正義を信じ、今は怪物の側に立つ男。だが、どちらにも染まりきらない、極めて“人間的”な矛盾の塊だ。もし彼がこの矛盾を貫けるなら、ネメシスもセイガンも……終わるかもしれない」
ラミアは、しばらく黙った。そして小さく、問いかける。
「あなたは……イツキが総帥に抗えると、本気で思ってるの?」
「思っていない。だが――“思ってしまいたい”とは、願っている」
ゼクスの声には、わずかな震えがあった。それは冷徹な合理主義者ではなく、組織の最奥で“総帥”という異質な存在と向き合い続けた者の、魂の擦れだった。
「私が語ったのは“真実”ではなく、“火種”だ。君がそれを燃やすなら、私は止めない」
ラミアは視線をそらし、静かに呟いた。
「……イツキに伝える。あなたの本心が届くかどうかはわからない。でも、私も――もう止まりたくない」
部屋を出ていくラミアの背を、ゼクスは無言で見送った。その瞳には、憎悪でも希望でもない、“誰にも見せない後悔”の色が揺れていた。
ネメシス本部、通称“灰室”。かつてネファリウムとベルゼヴュートの戦術データが蓄積されていた地下の情報解析区画は、今やほとんど稼働していない。だが今、その扉が静かに開き、足音が一つ、鈍く響いた。
「ここに来るとは思ってなかったわ」
ラミアは壁にもたれ、足元に情報端末を散らばらせていた。振り返らずに、誰かを待っていたように言った。
「……ラミア。少し、時間をくれ」
イツキの声は低く、だがその奥に熱を孕んでいた。ラミアは静かに頷き、床に散らばった端末のひとつを手に取った。
「あなたに話さなきゃいけないことがあるの」
「ゼクスのことか?」
「……ええ。あの人から、ある話を聞いたの。あなたに伝えるべきか迷ったけど……でも、きっと知るべきだと思った」
ラミアは情報端末のホログラムを起動した。空間に、黒いシルエットが浮かび上がる。
「“Ω-One”。これが、総帥のコードネーム。記録にはそう記されていたわ」
「……まさか。あの怪物にコードネームなんて洒落たものがあったとはな」
「かつては“ヒーロー”だった。人類の守護者として造られた存在。けど……その力があまりに強すぎて、やがて人類に恐れられ、歴史から抹消された」
「つまり、あいつは“失われた英雄”ってわけか?」
「名も、記録も消された。なのに存在だけは残り、ネメシスの創設者になった」
「じゃあ、あいつが……この組織の原点ってことか」
「ええ。そして、ゼクスは恐れていた。総帥は改革を快く思っていない。彼の進めた“ネメシス再構築”の動きも、監視されていた」
「ゼクスが、そんなことを?」
「直接は言わなかった。でも、あの人は私に話してくれたの。きっと、私があなたに伝えるって分かっていた」
イツキはしばらく沈黙し、やがて口を開いた。
「……つまりゼクスは、お前を通じて俺に“託した”ってことか」
「そう。彼はもう、自分の手では止められないと思ってた。でもあなたなら、と」
「皮肉だな。俺を追い出しそうと……ブラックエイドまで使って粛清までしようとした組織の幹部が、俺に希望を賭けるなんて」
「それでも、あの人は“選んだ”のよ。あなたを」
「……なあラミア、お前はどう思う? 総帥って奴、倒せると思うか?」
「私は……わからない。でも、私はあの人のようにはなりたくない。だから、あなたが立ち向かうなら、私は隣にいる」
「じゃあ、俺が前に出たら──」
「その時は、私がその前に立つわ。あなたを守るために」
イツキはふっと笑った。
「頼もしいな。……“共犯者”ってのも、悪くない響きだ」
ラミアもまた、わずかに微笑み返した。
■
廃棄都市〈ノーサンズ・グレイ〉──。
ネメシスでもセイガンでも管理外とされ、地図上から抹消された無人区域。
月がひときわ明るい夜、瓦礫の広場に静かな足音が響いた。
「来てくれると思ってたわ、サクラ」
薄い笑みを浮かべたルクシィアが、錆びた給水塔の影から姿を現す。
その対面に、ゆっくりと歩み寄ってくる人影──
戦隊用の装甲に身を包み、しかしその目はどこか迷いを帯びた光を宿していた。
「……ここにいれば、どこからも監視されない。セイガンの追跡も、ネメシスの干渉も」
「それで……あなたは、私に何を話したいの?」
サクラは距離を詰めず、数歩離れたまま立ち止まった。
ルクシィアは小さく頷くと、どこか寂しげに目を細めた。
「……本当は、ずっと会いたかった。姉妹のように育てられて、でも、ずっと心が触れなかった」
「ルクシィア……私は、怪物よ」
サクラが口を開いた。その声は震えていた。
「あなたと私が“姉妹”だった時間なんて、実験室の中だけ。あれは……愛情じゃない。檻の中で並べられただけの、素材と素材」
「それでも、私は……あなたのことを妹だと思ってる」
静かに近づくルクシィア。サクラは一瞬、退きそうになるが、踏みとどまった。
「私はね……血を吸わないと生きていけないの。体の奥が、渇いているのがわかる。戦いのあと、私は何度も……“敵兵”の血で、渇きを潤した」
「……わかってる」
ルクシィアは、優しくその言葉を受け止める。
「でも、それは“化け物”の証明じゃない。生きるために選ばされた方法でしょ? 自分の意志じゃなかったはずよ」
「……それでも、私は生きてる限り、また誰かを喰らうかもしれない」
サクラの目から、静かに涙が落ちた。
「ルクシィア……あなたに会いたくなかった。会えば、壊れてしまう気がした」
「でも壊れたっていい。もう一度、あなたに“名前”を呼んでもらえるだけで……」
ルクシィアはそっと手を伸ばし、サクラの肩に触れた。
「……サクラ。もう、独りで背負わないで」
ふたりの額が触れ合う。
血の記憶と、失われた温もり。
ネメシスとセイガンが交わることのない闇の中で、彼女たちだけが“共鳴”していた。
そして、沈黙が落ち着いた頃──
「ルクシィア……私、イツキに会いたいの」
ふいにサクラが顔を上げた。瞳は潤み、震えていた。
「彼に……謝りたい。ちゃんと……話したい。なのに、私がネメシス本部に近づけば、殺される」
「そうね……セイガンの装甲とコードでは、確実に“敵認識”される。イツキの元に行くどころか、門前で抹殺されるわ」
「だったら、もう無理じゃない……?」
サクラが俯いた瞬間、ルクシィアは静かに微笑んだ。
「……一つ、方法がある」
「え?」
「私を吸収するのよ。あなたの中に、私を取り込めば──生体認証の信号が“中和”される。敵としての信号を、上書きできるかもしれない」
「……なに、それ……!」
「姉妹だからこそ、できる。私の身体には、ネメシスの怪人コードがある。それを吸血で取り込めば、あなたは“私”でもある存在になる」
ルクシィアは静かに首元をさらした。
「……やって。私を、あなたの中に残して。イツキに会いたいあなたのために、私の存在を捧げる」
「ダメ……そんな……! 私はまた、あなたを喰らうの?」
「いいのよ。これは生贄じゃない。……共鳴よ。あなたと私が、最後に重なる方法」
サクラの目に、涙が溢れる。
彼女は震える手を伸ばし、ルクシィアの肩に触れた。
「……ごめん……ごめんなさい……」
静かに、ゆっくりと──サクラは首元に牙を立てた。
血の香りが、夜気に滲む。
そしてその刹那、ふたりの意識が、深い深い共鳴の闇へと沈んでいった。
■
ネメシス本部・地下三層、分析室の警報が静かに点灯したのは、明け方にも似た薄青の時間帯だった。
扉が開き、戦術補佐官ヴェリアが白衣のまま無言で歩み入る。手には密封された金属容器。だが、どこか手つきが重かった。
「……これが、ルクシィアの、最終回収物です」
金属蓋が開かれる。中には、保存処理が施された干からびた遺体。
痩せこけた四肢。肌はくすんだ灰色。首筋には、深く穿たれた双孔──明らかな吸血の痕。
「確認できた魔素濃度、ほぼゼロ。神経網は完全崩壊。再構築不可能と断定しました」
ゼクスは無言のまま、遺体を見下ろしていた。瞳に、わずかな揺らぎ。
「……死因は?」
「生命維持限界を超える急激な魔素喪失です。加えて、自発的な識別信号の書き換えが確認されました」
ヴェリアの声はいつになく低い。
「敵味方識別……を自分で消したのか?」
傍らの戦術オペレーターが、眉をひそめながら呟く。
「なぜそんな真似を……」
「サクラだ」
ゼクスの言葉に、室内の空気が一瞬凍りついた。
誰もがその名を知っている。だが、誰も声に出そうとしなかった。
ヴェリアがそっと目を伏せる。
「最終行動ログは、セイガン第三遮蔽領域の接近圏。敵味方を欺くために、彼女は……自らを“差し出した”可能性が」
「感情に流されたか。いや、理解していた上で……だな」
ゼクスは、灰のように乾いた彼女の顔を見つめた。
「ルクシィア。貴様は“兵器”ではなかったか。いや……もう、誰もそうとは言えまい」
誰も応えず、ただ機械の駆動音だけが微かに響いていた。
室内には、感情を押し殺した沈黙が落ちた。
それは敬意か、後悔か、それとも──始まりの気配だった。
0
あなたにおすすめの小説
大器晩成エンチャンター~Sランク冒険者パーティから追放されてしまったが、追放後の成長度合いが凄くて世界最強になる
遠野紫
ファンタジー
「な、なんでだよ……今まで一緒に頑張って来たろ……?」
「頑張って来たのは俺たちだよ……お前はお荷物だ。サザン、お前にはパーティから抜けてもらう」
S級冒険者パーティのエンチャンターであるサザンは或る時、パーティリーダーから追放を言い渡されてしまう。
村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
きょろ
ファンタジー
この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
スキルを手にしてから早5年――。
「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
~唯一王の成り上がり~ 外れスキル「精霊王」の俺、パーティーを首になった瞬間スキルが開花、Sランク冒険者へと成り上がり、英雄となる
静内燕
ファンタジー
【カクヨムコン最終選考進出】
【複数サイトでランキング入り】
追放された主人公フライがその能力を覚醒させ、成り上がりっていく物語
主人公フライ。
仲間たちがスキルを開花させ、パーティーがSランクまで昇華していく中、彼が与えられたスキルは「精霊王」という伝説上の生き物にしか対象にできない使用用途が限られた外れスキルだった。
フライはダンジョンの案内役や、料理、周囲の加護、荷物持ちなど、あらゆる雑用を喜んでこなしていた。
外れスキルの自分でも、仲間達の役に立てるからと。
しかしその奮闘ぶりは、恵まれたスキルを持つ仲間たちからは認められず、毎日のように不当な扱いを受ける日々。
そしてとうとうダンジョンの中でパーティーからの追放を宣告されてしまう。
「お前みたいなゴミの変わりはいくらでもいる」
最後のクエストのダンジョンの主は、今までと比較にならないほど強く、歯が立たない敵だった。
仲間たちは我先に逃亡、残ったのはフライ一人だけ。
そこでダンジョンの主は告げる、あなたのスキルを待っていた。と──。
そして不遇だったスキルがようやく開花し、最強の冒険者へとのし上がっていく。
一方、裏方で支えていたフライがいなくなったパーティーたちが没落していく物語。
イラスト 卯月凪沙様より
さんざん馬鹿にされてきた最弱精霊使いですが、剣一本で魔物を倒し続けたらパートナーが最強の『大精霊』に進化したので逆襲を始めます。
ヒツキノドカ
ファンタジー
誰もがパートナーの精霊を持つウィスティリア王国。
そこでは精霊によって人生が決まり、また身分の高いものほど強い精霊を宿すといわれている。
しかし第二王子シグは最弱の精霊を宿して生まれたために王家を追放されてしまう。
身分を剥奪されたシグは冒険者になり、剣一本で魔物を倒して生計を立てるようになる。しかしそこでも精霊の弱さから見下された。ひどい時は他の冒険者に襲われこともあった。
そんな生活がしばらく続いたある日――今までの苦労が報われ精霊が進化。
姿は美しい白髪の少女に。
伝説の大精霊となり、『天候にまつわる全属性使用可』という規格外の能力を得たクゥは、「今まで育ててくれた恩返しがしたい!」と懐きまくってくる。
最強の相棒を手に入れたシグは、今まで自分を見下してきた人間たちを見返すことを決意するのだった。
ーーーーーー
ーーー
閲覧、お気に入り登録、感想等いつもありがとうございます。とても励みになります!
※2020.6.8お陰様でHOTランキングに載ることができました。ご愛読感謝!
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?
桜井正宗
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」
その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。
影響するステータスは『運』。
聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。
第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。
すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。
より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!
真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。
【簡単な流れ】
勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ
【原題】
『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる