完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』

カトラス

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【第39話】『新戦隊、覚醒前夜の制圧』

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 ネメシス研究第七施設。夜の帳に包まれたその空間は、時折、装置の駆動音が響く以外は凍てつくような静寂に沈んでいた。白亜のドーム型ホール──そこに配置されたガラス床の下には、青白く脈動する有機ケーブル群が這い回り、壁一面に配置されたモニターには膨大な戦闘データが無作為に走っていた。

 その中心に、真紅のローブをまとった青年──アドレー=ノアが立っていた。整った顔立ちに不自然な無表情。氷のような灰色の瞳は虚空を見つめ、何かを計算するように微動だにしない。

「神を模す……とは、言い過ぎか」

 彼のつぶやきが、無人の空間に吸い込まれていく。ホログラムパネルを指でなぞると、《Ω-Zion計画》と刻まれた赤いファイルが浮かび上がる。

「L計画……それは未熟だった。暴走、自我、逸脱──人間的すぎた。だが、神は揺れない」

 背後には、すでに試作体が立っていた。人の形を保ちつつ、生命感の欠片も感じられない、ただそこに存在するだけの器──

「Z-CORE:感情と論理の完全分離。
 Ω-SKIN:自己治癒皮膚。
 HEAVEN-CHAIN:遠隔制御遮断。
 E-TERA DRIVE:魂の複製保存……」

 その名は《Ω-Zion》。
 ネメシスが神へと至る“進化の計画”。

 そのとき、静かに扉が開く。

「また、君か」

 アドレーが目を上げると、イツキとラミアが入ってきた。以前の初対面以来、二度目の顔合わせだった。

「ノア……あんたがこの研究を継いだって聞いた。だが──どこまでやる気だ?」

 イツキの声には、警戒と苛立ちが混じっていた。

 アドレーは首をわずかに傾げて微笑を浮かべる。

「君たちはネメシスの中心だった。だが──弱い。矛盾と情緒の塊だ。だから私は、君たちを“神に近いヒーロー”に変えてやろうと思っている」

「……冗談じゃない」
 ラミアが言葉をかぶせた。
「そんなの、強化でも進化でもない。人格の消去だわ。意思も魂も、ただのコードに置き換えるつもり?」

「そうとも言える。だが、それが“生き残る”ということだ。ネメシスは、もう綺麗事だけじゃやっていけない」

 アドレーの言葉は冷たく、しかし理論的だった。

「今やセイガンにはL計画由来の怪人ヒーローがいる。彼らは“正義”を装いながら我々を狩る。ならば、我々は“神”となって迎え撃つまで」

「……自分を神と呼ぶ気か?」
 イツキが吐き捨てるように言った。

「いや、私は“神の模倣者”さ」
 アドレーはあくまで静かに返した。

 照明が、わずかに脈打つ。
 試作怪人たちの輪郭がゆっくりと浮かび上がる。

「これが、次の時代のネメシス。L計画は過去。これからはΩ-Zion計画だ」

 イツキとラミアは、互いに短く視線を交わす。
 そしてイツキが低くつぶやいた。

「──俺たちの“生き残り方”は、自分たちで決める」

 だがその言葉に、アドレーは応えなかった。
 彼の視線は、すでに“次”を見ていた。

 《Ω-Zion計画》──それは神を模し、怪物を超える存在を生み出す計画。
 そしてその胎動は、すでに始まっていた。



 深夜、ネメシスの廃棄研究棟第九セクター。かつて封鎖されたはずの隔離ラボに、再び手術灯が灯っていた。

 唸るモーター音。軋む鉄製の手術台。その中央に拘束されているのは、かつて慰問アイドルグループ「Chroma*Bloom」のセンターを務めていた少女、ミユキ・アサクラだった。

 彼女の華奢な身体は、生体制御コードで縫いとめられ、無数の管とセンサーが肌を貫いていた。目隠しと口枷、そして白く濁った涙痕が彼女の絶望を物語っている。

「……ふふ、素晴らしい。まさに“生ける標本”だ」

 暗闇の中、響くのは狂気を帯びた男の声。ドクトル・メディアス──かつてL計画を主導していた科学者。今は亡命し、セイガン側に囚われている身だが、これは過去の記録である。

 手術用マニピュレーターが唸りを上げ、彼の手元で椎骨の破片がピンセットによって摘まれ、培養槽へと投入される。骨を削るカリカリとした音がラボの壁に反響した。

「カマキリの脊椎連結構造と、人間の神経節の反応速度を……んふふ、もっと溶け合え」

 ミユキの頭蓋が解放され、露わになった脳内では、既に“寄生神経虫(パラサイト・ネウロワーム)”がうごめいていた。

「……うた……いたい……」

 かすれた声が、彼女の唇から漏れた。

「そうだ、歌ってくれ。君の声帯には、増幅共鳴装置をつけてある。観客が血を流すほど、美しい歌になるぞ」

 ドクトルは恍惚とした表情で、声帯を切開し、金属質の音叉状装置を埋め込んだ。その瞬間、声帯の一部が焼け焦げ、黒煙が立ち上る。

 焼ける肉の匂い、沸騰する血液、崩壊する瞳孔。ミユキの脳波は暴走し、神経信号が手術台全体に伝播していく。

 次の瞬間、彼女の背部から甲殻のような緑色の外骨格がせり出した。

 カマキリを思わせる鋭利な前肢、複眼化した両目。その奥底には、かすかに“誰か”が見つめているような異様な光があった。

「……観客、は……どこ……?」

 その声はまだミユキだった。

 だが、ドクトルは狂気の笑みを浮かべて頷いた。

「これで完成だ。ゲロス、ルクシィア、そして君──L計画の傑作の系譜が、いま結実する。君は“舞台”に出ていい。さあ、幕を上げよう……」

 この実験記録は、のちにネメシスの内部情報から漏洩した断片映像の一つである。

 映像に映る彼女──カマリナ・エクリュは、まだ美しさの名残を保ちながら、静かな舞台の中央でこう呟いていた。

「お客さま……立たないでください……今から、“本番”です」

 その直後、カメラが暗転する。
 レンズに映った最後の光景は、嗤うドクトルの血塗れの手と、焼け焦げたマイクだった。

 この怪物には“第二形態”が存在する。

 普段は戦隊ヒーロー然とした美しい姿で、民衆の前に現れる。
 だがリミッターが外れた瞬間──真の姿、雌のカマキリを模した凶悪な拷問体へと変貌する。

 名はカマリナ・エクリュ。

 彼女は、ドクトル・メディアスの意思と狂気が生み出し九頭が引き継つぐ、最後の“芸術”だった。



 地下司令ブロック。セイガン本部でもっともアクセス制限の厳しいセクションに、レンとサクラは招集された。

 薄暗い廊下を進む彼らの前で、電磁ロックが何重にも解除される音が重く響いた。

「……なんだよ、ここ。まるで監獄じゃねぇか」

 レンが眉をひそめて呟くと、隣のサクラは口を引き結んだまま黙っていた。

 最後のゲートが開いたとき、冷たい無機質な空間に、二つの人影が静かに立っていた。

 一人は全身を艶のない漆黒の装甲で覆った長身の男。マスクの奥から、燃え尽きたような視線がレンたちを射抜く。

 もう一人は、過剰なまでに鮮やかなショッキングピンクの戦闘スーツに身を包んだ少女。
 その顔にはかつて見たことのある微笑が浮かんでいたが──目だけが、深い虚無をたたえていた。

「紹介しよう」

 九頭ドクターが姿を現すと、ゆっくりと彼らの間に立った。

「こちらが“セイガン・漆黒(くろ)”こと《デモナス》。
 そして“セイガン・ショッキングピンク”、コードネーム《カマリナ》だ」

「……は?」

 レンが目を見開く。
 サクラも、驚きに小さく息を呑んだ。

 デモナスは沈黙したまま、わずかに視線を向ける。
 一方のカマリナは、一歩だけ前へ進み、軽く頭を下げた。

「こんにちは。お久しぶり……かしら、サクラ先輩?」

 その声に、サクラの手が震える。
 どこかに“ミユキ”の面影があった。
 だが──目の奥に宿るものは、人間のものではない。

「……何をしたんだ、こいつらに」

 レンが九頭に詰め寄る。

「怪人だろ? お前がまた勝手に……!」

「勝手? フッ、勝手なのは君たちだよ」

 九頭は平然と返した。

「ネメシスは変貌した。旧時代の戦術では勝てん。
 ならばこちらも、“旧ヒーロー”では通用しない」

 九頭は一歩踏み出し、スクリーンに映し出されるネメシスの現況を示す。

「《Ω-Zion計画》──それは新生ネメシスの胎動だ。
 君たちレンとサクラに、そしてこのデモナスとカマリナを加えた《新・セイガン》がそれに抗う唯一の刃となる」

「……共闘しろってか。こいつらと?」

 レンの声には警戒と怒りが滲んでいた。

 だが──サクラは一歩、カマリナへ近づいた。

「……あなた、まだ……“ミユキ”の歌、覚えてる?」

 カマリナは、かすかに微笑んだ。

「もちろん。“血の中に咲いた希望の旋律”──でしょ?」

 サクラの目が潤む。

 その横で、デモナスが重く口を開いた。

「……命令は従う。だが、俺たちに近づくな。
 いつ“制御”が外れるかわからない」

 その声には、どこか自嘲と恐れが混ざっていた。

 レンは口を閉ざしたまま、彼らを見つめ──やがて、小さく頷いた。

「……共闘ってなら、俺たちも覚悟を決めるさ。
 ただし、もし裏切るようなことがあったら……」

 レンはゆっくりと腰のホルスターから武器を抜いた。

「容赦はしねぇからな、九頭」

「その時は喜んで《実験結果》として処理してくれたまえ」

 九頭は笑った。

 その笑みは、戦いの始まりではなく、新たな“戦隊”の幕開けを告げるものだった。



 黒雀地帯──ネメシスの巨大拠点のひとつ。旧式怪人たちの補給拠点でもあるその施設に、突如として落雷のような轟音が響き渡った。

 地面を這う煙、崩れる金属音。廃墟寸前の構造体に、ただひとつ、鮮烈な色彩が割り込む。

「よっ、諸君。そろそろ“戦隊ごっこ”の時間だ」

 先頭に立つのは、黒い戦闘スーツを纏った青年──セイガン・ブルー、レン。

 背後には、爆音を伴って転送ポータルが開く。そこから現れたのは、桃色の装甲に身を包んだサクラ。そして──さらにふたり。

「セイガン・セイガン漆黒──デモナス、行く」

 低い声と共に前に出たのは、黒き騎士のような佇まいの男。戦闘特化型強化兵士、デモナス。

 その隣では、鮮やかなショッキングピンクのヒーロースーツが、まるで踊るように舞う。

「うふふ、ピンクは“かわいい”だけじゃないんだよ?」

 それが、新ヒーロー──セイガン・ショッキングピンク、カマリナ。

 四人のヒーローが揃った瞬間、拠点中枢に向けて攻撃が開始された。

「突入! 目標はネメシス中枢の制圧、ついでに“悪趣味な怪人ども”の掃除だ」

 レンの号令と同時に、壁面が破砕される。サクラの超音波砲が貫通孔を開け、デモナスが無言で飛び込む。

「この程度で……拠点? お笑いだな」

 デモナスの剣が光を引き、旧型怪人が悲鳴を上げる暇もなく両断された。

「ヒーローって、優しいと思ってた? 甘いよ」

 カマリナは歌うように呟き、音響攻撃で敵の感覚器を麻痺させる。その隙にサクラの銃撃が火を吹く。

「撃破確認。次!」

 中枢に向かう通路は、既に怪人の死骸で埋まりつつあった。

「レン先輩、ここの掃除って……ちょっと刺激強すぎじゃない?」

「ま、掃除は派手にやらないとね。カマリナ、楽しんでるか?」

「うん、もう少し壊したいな」

 無邪気に笑うカマリナの瞳は、どこか“別の何か”を感じさせた。

 そして、制御中枢が見えたその瞬間。

「突入──終わらせるぞ」

 デモナスの鋭い声と同時に、最後の扉が吹き飛ぶ。

 そこにいたのは、ネメシスの旧式幹部怪人数体。だが戦闘は一瞬だった。

 サクラが爆弾を投げ、レンが突撃し、カマリナの音声が敵の脳に直接届く。

 最後にはデモナスの一閃が、幹部ごと天井を割った。

「……完了。ネメシス、また一つ終わったな」

 レンがため息交じりにヘルメットを外し、髪をかき上げる。

「でも……これはまだ前哨戦だよ。ネメシスはもっと奥深くに、腐った核を持ってる」

 サクラの視線が、どこか遠くを見ていた。

「私たちはヒーローだ。でも、“戦い方”は選ばせてもらうよ」

 カマリナがその小さな手を握ると、音が空気に震える。

 彼女たちは、まだ第二形態にはなっていない。
 だが──この時点で既に、ネメシスの旧式怪人は壊滅。

 新セイガン、覚醒前夜の圧倒的な勝利だった。
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