完結『戦隊ヒーロー追放された俺、なぜか敵の幹部になって世界を変えていた件』

カトラス

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【第48話】『継承の選択──それぞれの未来へ』

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 灰色の雲が帝都上空に垂れ込めていた。
 セイガン本部、第七研究区画。
 いつもは冷たく整然とした廊下に、今日ばかりは緊張の空気が漂っていた。

 警戒区域に指定された部屋の前で、防護服を着込んだ研究員たちが立ち尽くしていた。彼らの視線の先には、黒焦げになった何かが、焼け爛れた床に無惨な姿を晒していた。

「……主任。やはり……この遺体、九頭博士のものかと」

 沈黙を破ったのは若い研究員だった。手には、焦げた白衣の一部と、DNA検出装置。微弱ながらも、九頭博士のものと一致する反応があった。

「生体信号の反応も、完全に消失。おそらく……死亡は確定です」

 部屋の空調は切られ、漂う異臭と焦げた匂いが五感を刺激する。
 だが、研究員たちの顔に浮かんでいたのは、恐怖というよりも困惑だった。

「……九頭博士が死んだ? あの男が? 信じられん……」

 古参の研究員がうめくように呟いた。

 だが、どれだけ信じられなくとも、それが現実だった。端末には一切のアクセスができず、定例の戦略会議も無断欠席が続いていた。何より、焼け焦げた遺体と、崩れた研究設備が決定的だった。

 そして、九頭博士の失踪と同時期に、もう一つの問題が浮上していた。

 ゼロディヴァイドの主力と双璧の位置にあるレン=リヴェルとサクラ──その二人が、何の通達もなく姿を消していたのだ。

「連絡もなしにいなくなるなんて……何かの任務だったんじゃ?」
「いや、そんな記録はない。逆に、彼らがネメシスへ向かったという話も出てる」
「まさか……裏切ったっていうのか? 二人が?」

 不安と疑念が廊下を伝い、やがて上層部を巻き込む混乱へと広がっていく。

 地下戦略会議室では、各部門の責任者たちが顔を揃え、報告書を机に叩きつけていた。

「偶然にしては出来すぎている。Z-DIVの出撃成功、九頭博士の死、レンとサクラの失踪……この三つが重なったのは、ただの一致とは思えん」

「証拠はあるのか? ただの憶測で騒ぎ立てるな!」

「憶測でも、危険だ。セイガン内部が裏切られた可能性があるとしたら……対処は早い方がいい」

 議論が紛糾する中、室内の照明が一瞬落ち、中央にホログラムが投影される。
 それは戦術支援AI“オルタ”の映像だった。

『お静かに。現時点で、レン=リヴェルおよびサクラの居場所は確認されておりません。しかし、敵性コードとの交信履歴は存在しておりません』

 一瞬の沈黙。

『彼らの行動は、任務ではなく“自主判断”によるものと推測されます。裏切り、とは断定できません』

 情報部の副官が眼鏡を押し上げながらぼそりと呟いた。

「……信念で動いた、ということか。セイガンという組織では叶えられない何かのために……」

 会議室の空気が冷える中、別の幹部が吐き捨てるように言った。

「もし彼らがネメシスに近づいているなら、それはもはや、敵だ」

 しかし、誰も反論しなかった。
 誰もが、心のどこかで、答えを出せずにいた。

 その日、セイガンの中枢に小さなひびが入った。
 そして、それがいつか崩れにつながるかもしれないという、静かな確信だけが残されていた。



 灰色の空気が立ち込めるディストピア日本。かつては煌びやかだった都市も今や無機質な鋼と灰色の霧に包まれ、ビル群の隙間から見える月は歪んでいた。

 その中心にそびえるのが、セイガン本部──正義を標榜する戦隊組織の中枢機関だった。

 高層塔の上層階。薄暗い戦略司令室では、幹部たちが一堂に会し、沈痛な面持ちでモニターに向き合っていた。

「……まだ、彼らの足取りは掴めていないのか?」

 戦略部司令のライナーが問うた。
 その声には怒りよりも深い戸惑いが滲み、机に置いた拳が小刻みに震えていた。

「はい。レン=リヴェルとサクラの失踪に関して、追跡ドローンは一機も戻ってきていません。通信記録も遮断されたままです」

 応じるのは情報分析部副長のイザヤ。
 冷静な口調の奥には、隠しきれない焦燥が浮かんでいた。

「……それと、九頭博士の件だが……」

 横のモニターに映し出されたのは、煤化し崩れた遺体の映像だった。
 認証スキャンによって、それが九頭のものであることが確定された瞬間、会議室に沈黙が走る。

「信じられん……あれだけの警備と隔離機構があったはずだ」

「同時期の失踪……まさか、関連が?」

 疑念と動揺が交錯する。
 そして、誰もが口にしないもう一つの噂が頭をよぎった。

──レンとサクラは、ネメシスに寝返ったのではないか。

「それは……ありえん。あの二人は……」

「信じたい気持ちは分かるが、状況がそれを許さない」

 その時、壁面の警報ランプが赤く点滅し、警戒音が低く鳴り響いた。

「Z-DIV REDの自律記録映像、再生を開始します」

 映像には、焼け落ちた南方基地の廃墟を背に立つヴィル・クロードの姿。
 無感情なその目は、何かを断罪するように見据えていた。

「『制裁は、定義を必要としない』」

 静かな声だった。
 だが、それはまるで全てを切り捨てる冷酷さに満ちていた。

「Z-DIV……正義の模倣兵器か」

「違う。レンとサクラは“模倣”を拒んだ。あの二人にはまだ、問いがあった」

 会議室の空気は一層重く沈む。

 その時、別室から女性将校が駆け込んできた。

「報告します! 郊外の旧研究所跡にて、強いエネルギー反応が観測されました。未確認の発光体も確認されています」

「旧研究所……まさか、九頭の……」

 一同の視線が交差する。

「レンとサクラは……あそこへ? いや、何のために……」

「ネメシスではなく、“真相”に触れるためかもしれません」

 言葉を失う幹部たち。
 その胸の奥で、何かが静かに崩れていく音がした。

──この組織の中に、“崩壊”の種は既に撒かれていた。

 それは裏切りではない。
 正義という名の装置が、人を人でなくすその“仕組み”そのものへの疑問だった。

 ゼロ──“正義の不在”が浮かび上がる中で、揺れる選択。

 セイガン本部は、誰も気づかぬうちに、静かに軋みを上げていた。



 ネメシス本部の地下研究区画。ひっそりと静まり返る通路の奥、複雑な認証を経て重厚な扉が開かれる。

 封印指定を受けたその部屋の中は、まるで時が止まったようだった。
 中央には透明な筒型の記録装置が静かに立ち、その内部でホログラム映像が再生され始める。

 ──若き日のネメシス総帥“クレイン”と、隣に立つ一人の女性。

「ここが……すべての始まりだったんだな」

 ノアが静かに呟く。白銀の髪に青白い照明が反射し、瞳には微かな懐かしさと哀しみが宿っていた。

 ホログラムに映る女性の名はアリエ・ノルディアン。
 かつてアメリカの極秘研究施設であるエリア51に籍を置いていた科学者であり、実は“ノルディアン”と呼ばれる異星由来の知性生命体でもあった。

「君は……本当に、人間じゃないのか?」

「ええ。でも、私は“あなたのそばで生きる”という意味で、人間になりたかったのよ」

 二人は誰にも知られぬまま、淡く、しかし確かな愛を育んでいった。
 その関係の果てに誕生したのが──ノア。

 ノルディアンと人類の血を併せ持つ唯一の存在。
 彼は幼いころから異常なまでの知性と演算能力を発揮し、ネメシスのあらゆる戦略中枢を陰から支えていた。

「母さん……」

 ノアはそっとホログラムに手を伸ばす。
 そこには彼がまだ十歳の頃に亡くなった、優しく微笑むアリエの姿があった。

 彼女は地球では検出不能な未知のウイルス──ノルディアンにしか影響を与えない病に侵され、命を落とした。
 その死を境に、総帥はノアの存在を極秘裏に保護し続けた。

 すべては、彼がいつか世界の“境界”に立つ時のために。

「僕は……“人”として、生きていけるのだろうか」

 その呟きに応える声はない。
 だが、その問いこそが彼の存在理由を証明していた。

 ノアは視線を上げる。ホログラムの最後に表示された文字が、淡い光の中で浮かび上がる。

『ノアは境界に立つ者。善悪の彼岸ではなく、調和を選び取る者』

 この世界に、まだ光が残っているのだと信じる者。
 ノアはそうして、静かにモニターを閉じた。



 地下最深部の管理区画。その冷たい鋼鉄の床を、重たい足音がゆっくりと響いていた。

 総帥──無人の作戦司令室に佇んでいた。目の前の大型スクリーンには、息子・ノアの幼い頃の姿が微笑む静止画が映し出されている。その隣には、彼の母であるアリエ・ノルディアンが、柔らかく微笑んでいた。

「……アリエ」

 ネクロスの口から洩れた言葉は、どこか後悔に滲んでいた。

「俺は……正しかったのだろうか」

 その問いに、答える者はいない。

 彼はかつて、世界の裏側を操る組織──ディープステート(DS)に籍を置いていた。国家を超え、民意を操作し、世界を望む形に塗り替えていく。その非情なやり方に、若き彼は理想と目的を見出していた。

 だが、アリエとの出会いが全てを変えた。

 ノルディアンという異星から来た知性体。地球人と見分けがつかないその存在に、彼は“人間”であることの本質を学んだ。そして息子──ノアが生まれた時、彼はようやく気づいたのだ。正しさよりも、大切にすべき命があることに。

 ネクロスはDSを抜けた。その代償として粛清の対象となり、影で命を狙われる立場となった。

 だからこそ、彼はネメシスを創設した。
 それは抵抗の砦であり、ノアの未来を守るための城でもあった。

「ノアのため、人類のため……と、あのときは信じていた」

 だが世界は変わりすぎた。

 ネメシスの存在が、新たな力の均衡を生み、政府側は対抗組織セイガンを作り出した。表向きは正義と秩序を謳うセイガン。だがその実態は、監視と管理による“恐怖の安定”だった。

「……俺が蒔いた種だ」

 ネクロスは拳を固く握り締めた。

 民衆の自由は奪われ、主張する側の正義の名のもとに異端は排除される。ディストピアと化したこの世界。

「ノア、お前は……この世界に希望を持てるか?」

 その問いも、答えのないまま空気に消える。

 ふと、彼は映像データを切り替える。

 そこには、今まさに戦場で自らの道を模索する者たち──イツキ、ラミア、サクラ、レンの姿が映し出されていた。

「まだ、間に合う。俺にはもう声を上げる資格はない。だが、真っ直ぐな“それ”を持った者たちがいる」

 彼らならばきっと、ノアに“人としての未来”を見せてくれるだろう。

 ネクロスは静かに立ち上がり、分厚い装甲扉の奥へと歩を進めた。

「この世界を……託す」

 それは償いか、祈りか。

 ただ一つ確かなこと。

 ──総帥クレインは、自らの過ちと未来への希望、その両方を背負い、歩き始めたのだった。



 空は濁った鉛色。降るか降らないかを迷うように曇り続ける都市の上空に、薄いノイズのような音がこだましていた。

 ネメシス本部の屋上。風が吹き抜ける中、サクラはひとり立っていた。

 無数の戦いと犠牲の中で、彼女の髪は以前より短くなっていたが、その瞳は静かに、しかし確かに未来を見据えている。

「……レン、遅いよ」

 小さく呟いた瞬間、背後から気配がする。

「悪い。ちょっと、制服のベルトが見つからなくてさ」

 レンが、かつてのセイガンスーツではなく、ネメシス提供の中立支援用装備を身に纏い、息を切らして駆けてくる。

 サクラは、ふっと笑った。

「似合ってるよ。前より、少し柔らかく見える」

「そっちこそ。……いや、何というか、前より背中が強くなった感じがする」

 二人はしばし黙って並んで立ち、街の喧騒を見下ろした。

 そこに、エレベーターの開く音。総帥──クレインが、ゆっくりと姿を現す。

「やはり来たか、君たち」

 その声は以前よりも穏やかで、重く、何より温かかった。

「この世界を導くには、もはや私では足りない。未来は、君たちのような“まっすぐな正義”を持つ者に託すべきだ」

「……クレイン総帥」

 サクラは、自然と膝を折りかけた。だが、クレインは手を上げてそれを止めた。

「違う。これからは君たちが主役だ。私は、影へと戻る」

 静かに語られるその言葉は、覚悟と諦念、そして希望を秘めていた。

 クレインがサクラの手を取り、レンに向き直る。

「君たちには、伝えるべき者がいる。イツキ、ラミア……そして、ノア。彼の未来を守る鍵になるのは、君たちのような意思だ」

「……託されるには、まだ怖いよ。俺たち、たくさん失った。だけど……もう逃げたくない」

 レンの声に、サクラが小さく頷く。

「私も。誰かを守るって、やっとわかってきた気がする。自分で選びたい。この世界で、どう生きるか」

 クレインは、ゆっくりと背を向けた。

「ならば、進め。過去に囚われず、未来を恐れずに」

 その背中を見送りながら、二人はそっと手を取り合った。

 それぞれの過去、それぞれの後悔。それでも、選び取る未来。

 そうして二人は、再び戦いへと歩き出す。

 ――世界が、少しだけ希望に近づいた瞬間だった。

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