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中央教会編

四章 第十三話 能ある鷹は爪に気づかず

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今朝、いつもより早く起き、外はまだ暗かったが完全に目が覚めてしまったのでもう起きることにした。しかしいつもすぐ近くにいるガルが今日は何故かいなかったのだ。パールはがっしり体に抱き付いて離れなかったので抱っこしたままベッドから出て部屋の周りを探し始めた。

「あれ、ブレンドもいない」

いつもは家に置いた植木鉢の中か、ベッドの端にガルを枕にして眠るけれど、今日はそのどちらにもいない。
そして一度用意をして外に出るとシュレールの森の方からガルの気配を感じた。感知魔法などではないが長く一緒にいるとなんとなくわかるのだ。

パールの頭を撫でながらゆっくりと歩いていくと何やら声が聞こえてきた。

「えいやッ! えいやッ!」

そこにはガルが見守る中、ブレンドが大きな木に向かって拳で突きの練習をしていた。
さらに何故かブレンドの突きを見守るように閻魁もそこにいたのだ。そしてガルはこちらに気づくと尻尾を振って近づいてきた。

「おはようガル。何してたの?」

そう聞くと嬉しそうに一回転してブレンドのところに行くように促してきた。

「二人ともおはよう、何してたの?」

「おう、ジンか。ブレンドが特訓したいと言ってきたのでこの超エリートの我が直々に教えておるのだ」

「手いたい」 

思わず本音が漏れたブレンドは一度その手を休めるとその場に仰向けになって寝転ぶ。そしてかなり疲れていたようでそのまま眠ってしまった。

「うむ、それでは我は朝風呂にでも浸かってくるか。ではな」

「うん、お疲れ様」

ブレンドを抱えて再び家に戻り植木鉢の中で休ませ、パールをベッドに寝かせた。
その後いつも起きる時間帯になって外に出ると最近日課となっているレイの朝稽古をクレースの家まで見に行った。

朝から空気感の違う二人の打ち合いは木刀を使っているものの、見ているとヒヤヒヤする。
そしてクレースはこちらに気づくと木刀でレイを吹き飛ばして近くにやってきた。

「ジン、朝食はもう食べたか? 一緒に行くか?」

「うん、行こっか」

レイを起こして朝から果樹園にいくと、レイはお腹が減っていたようで朝からかなりの量を食べていた。

「ブルファンからの情報だがギルメスド王国はかなりの死者数が出たみたいだな」

「············」

するとクレースの言葉を聞いたレイの食事の手が少し止まった。

「レイはどう思う?」

「····今の私には関係のないことだ。私の役目はジンを守ることだからな」

「····本当に?」

いじわるかも知れないが少し言葉に詰まっていたレイにそう聞いた。

「そ、そんな可愛い顔で見ないでくれ。話すから」

少し照れたレイは水を飲み口を開いた。

「小さい頃、同じアルベリオン一族のもの達とは深くはないがそれなりに接点を持っていた。それで少し気になっていただけだ。こんな私にも同じ一族で優しくしてくれる人も少数はいたんだ。その人たちが気になるくらいで他には何もない。弱くはないからな、おそらくは無事だろう」

「だがこちら側が何かしら被害を受けない限りは動く気はない。今はこっちに集中しろ」

「ああ、そのつもりだ」

するとそこへ顔を膨らませて怒ったような様子のパールが入ってくるとそのままジンの膝の上に座り顔を胸に埋めた。

「おいてかれた、さみしかった」

「ごめんごめん」

そしてパールもミルクを飲み朝食を終えて外に出ると珍しくインフォルが地上に出ていてこちらに気づくと喋りかけてきた。

「ジンちゃん、朝からすまんな。ちょっとええか?」

「うん、どうしたの?」

「元エピネールのすぐ北には噂のメスト大森林があるやろ。せやから事前に策を練っとく必要があるんちゃうかな思うねん。いちお結界は張っとるけどあれは魔法対策やからさ、それにワイの勘がそうせえ言うとってな」

「確かにそうだね。じゃあどうしっかなあ····」

少し悩んでいると今度はそこへギルバルドがやってきた。

「ジン様、その件を俺に任せてもらえませんか」

「ギルバルドか、久しぶりに見たな。どうだ?」

「レイか。ゼグトスさんはいないが機械兵の改良版が完成したんだ。ゼグトスさんの考えがなければできることはなかった、俺の自信作だ。それでジン様、その元エピネールの防衛線は私の機械兵に任せてもらえませんか。必ずお役に立ってみせます」

「分かった、じゃあそこは任せるよ。あとでエルシアには話しとくね」

そうしてゼグトスが設計に携わっているという機械兵に若干心配を覚えつつもメスト大森林に対する防御策は立てられたのだ。




一方、グラムとハルトが去った後。ギルメスド王国の騎士の詰め所ではある一人の男が心の中で大きなため息をついていた。

(はあ、疲れたわあ。明日絶対筋肉痛だわあ。ていうか、俺怪我してないのになんでこんなとこいるんだろ。あっ、そうだミルファちゃんに怪我の治療してもらうんだった。あれ、でも待てよ? 俺怪我してなくね? それよりここ数日ミルファちゃんに一言も声かけてもらってなくね? ていうか俺影薄くね?)

心の中での独り言が加速していくその人物の名は「シャド」。八雲朱傘の序列五位に位置する人物である。

(というかラダルスさんが死んでからみんな空気重いし、ただでさえ話しかけづらいのにもっと話しかけずらいしさ。それにあんなザ・主人公みたいなグラムさんが出てきたら俺の存在価値なんてもうどこにもないよね? みんなもそう思うよね?············はあ、俺は誰としゃべってるんだろ)

「チャド? メド? シドさん。お怪我がないようでしたらあちらで治癒魔法をお願い致します」

「あっ、は、はい」

(シドじゃないです、シャドです。まあいいや。ていうか今の俺の部下じゃね? ていうかなんで俺五位なんだろ。絶対ミルファちゃんとかバルバダ君とかキャレル君の方が俺より強いよね。ていうかすごいよなあ空気は重いけどグラムさんが来てからちょっと雰囲気変わったもんなあ)

そしてシャドは負傷した騎士達に治癒魔法をかけながらまた心の中では口達者になる。

(うわっ、痛そうだな。これは思い切り噛みつかれた感じか? ていうかなんでグラムさんはわざわざ騎士になんてなったんだろうな。俺は家柄上半ば強制だったけどあの人は外から来た人なのになあ。俺だったら絶対に騎士になんてならない。だって怖いもん。うん! 絶対にならない!)

「あら、シャド。貴方は怪我しなかったのね」

そんな時、後ろからミルファが話しかけてきた。

(············そうだ、この人はこんな俺にも話しかけてくれるんだった)

「はい、おかげさまにぇ」

少し噛んでしまったシャドは今手当てしているものの治療をすぐに終わらせるとそのまま遠くにいってしまった。

(ダメだ、話せる気もしねえな)

そのままシャドはミルファから離れるようにしてその場を後にした。
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