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英雄奪還編 後編

七章 第四十八話 「在る者」

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 ボルはナリーゼとバンブルの率いていた傭兵集団と合流していた。傭兵集団はメカや天使の暴れるこの戦場で全員無傷のまま逃げ遅れた者達への避難誘導を行うことができていた。ボルによる厳しい特訓を日々耐えてきた傭兵達にとってこの状況は焦るほどのものでもなかったのだ。

「全員ジンの命令は聞いタネ。味方以外、この中にいる奴らは殺してもイイ。だけど死ぬのはダメダ」

 そう話すボルの右手には何かが握られていた。血を流し白目を剥き無惨に殺されたことが容易に想像できるほどの死体。それもただの敵ではなく最強種である機人族だった。

「バンブル。その武器どうしタノ?」

「おぉ、流石ボルさん。バレましたか」

 ボルに言われバンブルは腰に携えていた剣を取り出す。ゼフの作成したバンブル専用の武器は普段と何ら変わりはない。だがボルを前にしては違いが歴然だった。

「どうしたんだい? バンブル」

「えっへん。驚くなよ、ついさっき俺の武器にも意思が宿ったんだよ」

 バンブルは自信満々に剣を掲げ周りにいたもの達に見せつけた。

「おっ、おぉ~」

 輝く剣先に視線が集まり傭兵達から如何にも忖度したような声が上がる。何とも言えない空気でバンブルだけが自慢げな中、ナリーゼは首を傾げ小さくため息を吐いた。

「それで、意思が宿ってから何か変わったのかい?」

「そ、そりゃあ変わったさ。まるでジン様の強化魔法を受けた時みたいに身体中から力が漲ってくる感じだぜ。お前も早く来いよ、俺は上で待っといてやるからよ」

「そうかい。私は自分のペースでいい······それよりも外ならまだしもモンドの中に意思が入ってくることなんてあるんだねえ」

「いいや普通なら有り得ナイ」

「えっ、無いんですか」

「今はモンドの支配権を持ってないから知らないけど普段ならこんな特殊な空間に入れナイ。あまり信じられないけど意思の住むウィルモンドとここが繋がったとしか言いようがないとオモウ」

「ウィルモンドとここが······」

「まあゴールが来てくれたら心強いんだけドネ」

「ゴールって······武器の王ですか? あのゴール・アルムガルドっていう。本当に実在するんですか?」

「ウン。それに道具の王なら近くにいるジャン」

「———?」

 小さく呟いたボルの声は誰にも聞こえることなくそのまま会話は続いた。

「····ま、まあボルさんなら今更驚きませんけど。ボルさんからしても強いんすね」

「強イヨ。昔ボクとトキワの二人で挑んでボコボコにサレタ」

「······マジすか」

 ゴールの強さに一同が驚愕する中ボルは一人何かに勘付いた。モンドの支配権を奪われているとはいえボルは明らかに違和感を感じていた。モンドの各地に存在する魔力は膨大であるがその数があまりにも多すぎるのだ。数から考えるに本来ボルの知っているモンドの大きさでは収容できない程。それはまるで大国が丸ごとがモンドの中へ転移したかのよう。考えられる可能性はただ一つだった。

「それよりも、あくまで可能性の話だけど大陸とモンド内が繋がってイル」

「———? えぇ!? なら帝王も一緒にこの中にいるってことですか。それじゃあ心強いじゃないですか」

「まあ来てほしくない帝王もいるケドネ。それでもモンドの支配権を奪われている限り敵は不死身だから帝王でも勝てるとは限らナイ。ジンが機人族の親玉を倒すまでダケド」

「なら心配要りませんね」

「············」

 ボルの視界には崩壊し瓦礫が辺りに散らばる建物だったものが目に入った。自身が設計し建てたその全ては今ではただの瓦礫と化している。ボルにとってはまた建てればいいと思えるほど軽い問題ではないのだ。

(ボルさん、一ついいですか)

(——ン?)

 その時珍しく腰に携えていたゼルタスから話しかけてきた。

(ボルさんの予想はどうやら間違っていないようです。何人か懐かしい意思の気配を感じます)

(ソッカ。でも何でこんなことを、敵はゴールを敵に回したいのカナ)

(意思を宿しやすくはなりますがゴール様を敵に回すのは理解できかねますね。それ程の戦力が敵にはあるということでしょうか)

「そういえばボルさん、モンドに元々いる魔物達はどうなるんですか。ジン様に懐いてましたけど支配権を奪われれば敵に回るなんてこともあり得るのでは?」

「そこはボクも分からナイ。でも多分大丈夫だとオモウ。もし敵の方についていたら今よりも酷いことになっテル」


 ************************************


 ボーンネルに存在する戦力は帝王の治める大国を遥かに凌駕するほどである。しかしその戦力であっても未曾有の敵を前に全て対応できるわけではない。普段よりも何倍も巨大化したモンドの中で全員が相応の敵にぶつかるわけではないのだ。故に非戦闘員である国民は機械兵の守護がなければただの的となる。

「お母さん····」

 逃げ遅れ両親と離れたエルフの少女は一人彷徨っていた。木々に囲まれたその空間で誰の姿も見つからない。幼い少女は魔力波を使用し他者と会話することも困難だった。

「お父さん····」

 呼びかけるその声は誰にも聞こえることはない。爆発音が響き渡りその音に怯えながら必死に助けてくれる誰かを探していた。音は聞こえるが誰の姿も見当たらず、少女の心は恐怖に埋め尽くされていた。加えて爆発から逃げ休むことなく歩き続けていたため少女の体力は限界を迎えていた。

「———? だ、誰かいますか?」

 その時、遠くから誰かの気配を感じた。敵かどうかは分からない。しかしもうこれ以上一人では耐えられそうになかった。木の陰に隠れながらその気配へとゆっくりと近づく。そして熱望するように姿を見る——だがその姿を見た瞬間、息がつまりすぐさま手で口を抑えた。
 少女の視界に入ったのは首を掴まれ持ち上げられる機械兵。機械兵よりも一回りも大きいその存在はメカだった。それが敵かどうかなど疑うまでもない。後悔する間もなく急いで離れようとした時。

 パキッ——

 足元の小枝を踏み小さな音が鳴った。背筋が凍りつき音に反応したメカと目が合う。その時、初めて少女は死というものを感じた。持っていた機械兵を地面に落としメカは少女の方を向く。

「敵発見」

 聞こえた冷たい声。メカはゆっくりと少女に近づき顔に手を向けた。掌に魔力が充填され小さな魔力弾が作り出される。エルフの少女を消し炭にするにはその程度の魔力弾で十分だった。

「やめ····て」

 小さな声は空気を震わすことなく死が迫った。

「············?」

 だが数秒後、違和感を感じた。何も痛み感じない。強く閉じていた瞼をゆっくりと開けると目の前には巨大な何かがあった。巨大なその何かはメカを一瞬にして消し去り圧倒的な存在感を表した。

「あ····あぁ」

 メカとは比べ物にならないほどの威圧感。視界を埋め尽くした深緑の存在が魔物であることはすぐさま理解していた。だが腰を抜かして動くことができない。身体が震え何もすることができなかった。深緑の鎧を身に纏った人型の魔物はゆっくりと少女の方を振り返るとその手を伸ばした。

「っ———?」

 握り潰されると覚悟したが何故か優しく持ち上げられ閉じていた目を開けると木のてっぺんよりも高い位置へと来ていた。その魔物の掌に乗り、下にいるメカと機械兵の姿が小さく見えるほどの高さ。振り返り人型の魔物は見ると兜をつけて顔が見えなかった。

「あ、ありがとう」

 勇気を振り絞り大きな声でそう言うと鎧の魔物は小さく頷き光を放った。

「ッ———」

 眩しい光に包まれ再び目を強く閉じる。

「············」

 そして目を開けると先程まで視界に広がっていた景色とは変わっていた。すぐ目の前には両親の姿があったのだ。

「お母さん! お父さん!」

 安心し笑顔で駆け寄る少女の頭に先程出逢った巨大な魔物のことなどない。
 ただ一つ確実なことは規格外のこの魔物に主が存在するということである。

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