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英雄奪還編 後編
七章 第八十四話 消えた二つ
しおりを挟むボーンネルに攻め込んだ数多の魔族は魔王カーンを残しその全てが消滅した。魔王カーンとクレースとの一騎討ち。しかし魔王はこの勝負を始めたことを深く後悔していた。長きに渡り自身の元に仕えた四人の従者は瞬く間に息絶え、攻撃は一切通らない。その後カーンは休む間も無く顔面を殴打されていた。
手加減など存在しない、一発ごとに力を込めた拳は毎秒カーンに激痛を与える。カーンの持つ再生能力が裏目に出たため気絶することもなく無言の殴打を受け続けていた。
(何という屈辱。この我が手も足も出ぬ。反撃の隙が····何と無慈悲な)
およそ獣人の放つ覇気とは言えない。魔王であるカーンの覇気を容易に凌駕するほど。己の強さを過信してしたカーンはプライドを完全に破壊されていた。
「お前は、私にとってこの世で最も大事な存在を傷つけた。殺されるぐらいで償えると思うな」
激痛と共に聞こえるその言葉にカーンの戦意は削られていった。拳は回数を重ねるごとに威力を増し、ついには一発の拳が顔面を抉り取った。だがすぐさまカーンの頭部は再生し、完治した直後にはまた新しい拳が振りかざされた。もはや思考することも叶わずカーンは完全に戦意を喪失した。
「待ってくれ!!」
近くから聞こえたその声にクレースはようやく手を止めた。視線の先にいるのは涙で顔面がぐしゃぐしゃになったオリバだった。
「檻に入ってろ」
「そいつはオイラの仲間なんだ。頼む見逃してくれ。オイラ達の味方はもう残ってない。もう戦う意志はないんだ」
「実力差も分からず攻めてきたのはお前達だろ。それにコイツは殺さないといけない。止めるならお前も死ね。交互に殴ってやるよ」
「オリ·····バ」
「カーンはほとんど不死身に近い存在だ。このまま攻撃を続けても時間を浪費するだけだろ。はやくあの子の隣に行ってあげればいい。オイラはカーンを連れてこの国にいる。逃げたりしない」
「それは····そうだが」
オリバは既にクレースの性格を理解していた。その上で導き出した最適解。クレースはオリバの言葉を聞いた途端、あからさまに動揺し始めた。
「お前の仲間が総出で呪いに対処してる。祖龍が四体も関わってるんだ。きっともうすぐ起きる。その時に隣にいてやるべきだ」
「······逃げるのは無駄だからな」
クレースは睨み付けてそう忠告するとジンの家へ急いで向かった。オリバは嘔吐し痛みに苦しむカーンを起き上がらせると治癒魔法をかけた。再生能力があるとはいえ身体に蓄積したダメージは確実にカーンの命を削っていたのだ。
しばらくしカーンの容態が安定するとオリバはゆっくり話し始めた。
「なあカーン。オイラ達は結局、何がしたかったんだろうな。暴力は楽しいか? オイラは楽しくない。オイラがあの呪いを創ったのはお前の役に立ちたかったからだ。他人を殺すためじゃない。オイラ達ならきっと一からやり直せるって思わないか?」
「······ハッ、もう遅いだろ。俺もお前も、アイツにすぐ殺される」
「それなら任せとけ。オイラが靴でも舐めて説得する。オイラが何とかしてやるよ、いつもみたいに」
「フッ、そうだったな。お前がいなければとっくに死んでいたか」
**********************************
(私はロードの目の前にいる私じゃない。並行世界で死んだ魂だけの私。考えがある、協力して)
ロードだけに聞こえるその声はジンの声と全く同じもの。目の前でもがき苦しむジンが魔力波を伝えているとは到底思えなかった。
(分かった。聞きたいことは山ほどあるけど君であることは変わりない。協力する、何をすればいい)
(私に肉体は無いけど精神はある。そこで呪いを私の精神世界に移動させる。その後すぐに私を破壊して)
(だけど君は精神そのものだろ? それじゃあ君は·····)
(一回死んだ身だからね。もう一度ロードと話せただけで私は幸せだよ。最後には呪いじゃなくてロードに終わらせて欲しい。こんな役割を任せてしまってごめんね。でもお願い)
(······分かった)
その瞬間、崩れた精神世界に光が差し込んだ。呪いとは対照的なその光は精神世界全体を明るく照らしロード達三人を守るようにして光の壁を創り出した。
「ジン?」
(ッ————)
ルシアは何かを感じ光に向かってそう問いかけた。
(私は、この世界の私じゃないんだ。だからあなたの本当の子どもはそこにいる私。だけど最後に声が聞けてよかった)
(待って! 行かないで!)
(大好き)
光は更に明るくなり真っ黒な呪いを吸収し始めた。抗う呪いは強い光に為す術なく吸い込まれていき、それに連れ徐々に光は暗くなっていく。既に呪いは破壊行動をやめ逃げることだけに専念していた。
(はぁああアアアアア”ア”ア”!!!!!!!)
全身全霊の雄叫びと共に光は呪いの全てを吸収した。
(ロード!)
(っ··············)
ロードの目には確かにその姿が見えた。満面の笑みで笑いかけるその姿は光が作り出したジン本人の姿。
(本当に、お疲れ様)
できるだけ痛みを感じないように、ロードは優しく光を切り裂いた。
呪いは悲鳴を上げ、光に包まれたまま完全に消滅する。
光が消え、何も無くなったはずの場所には小さな一輪の花が咲いていた。
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