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1章
41話 別れの時は突然に
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パトリックに歩み寄ると、ようやく体が動くようになった彼は、泣きそうな表情を和葉へと向けた。
「パトリックさん、大丈夫か?」
「……」
「パトリックさん、すまない。君に余計な心配をかけた」
「か、カズハさんは……」
「弱すぎる私が怪我をしたから、頭に血が昇ったんだろう。これが逆にケイさんだったら、君もあそこまでしなかったはずだ」
うぬぼれだろうかと思ったが、パトリックはよろよろと和葉の側でへたり込んだ。彼の視線に合わせるように、膝を折る。
その頭に手を乗せて、優しく撫でる。
こういう時、どういう言葉をかければ良いか知っていれば、対応できただろうか。
――だが、時間は待ってくれない。
「でも今回の事で、君も自分のスキルが恐ろしい一面を持っていることが、分かってくれただろうか?」
「ぅ……」
「すまない。本当は明日、今の話も含めて色々話そうと思っていたんだ……しかし時間も、ブレーメンも待ってはくれない。神様も、君を新しいステージに呼んでおきたかったんだろう。まずはハウルさんを助けてほしい。今、ここにいるメンバーではパトリックさんにしかできないことなんだ」
不安そうな顔をするパトリックに、頼む、と和葉は繰り返す。
深呼吸を行うように言う。落ち着くまで、ケイからは何も言わないものの、パトリックに来てほしいという訴えが視線という形で届けられている。
「それは、君がスキルとして得た力だ。人を助けるのも、人を殺すのも、道具の使用者次第」
包丁が料理で食材を切るために生まれても、それを殺人に使う事で凶器となるように。だからこそ、自分のスキルがどんな風に使えるのか知っておくのは重要だ。
和葉を助けるために、ハウルを逃さないために、色々な感情が入り混じって、今回の事件に発展した。
人は、思いもよらないことをしてしまう。一度怒りに支配されれば、言いたくなかったことも言ってしまうように、つい人を殺めてしまう。人間には、そういった危険性があるのだ。
「だからこそ、これからは自分の心を自制できるように心掛けなさい。君のスキルは戦闘特化ではない。サポートもできる。だからといって、人を傷つけないで済むものではないんだ。今回はまぁ……その勉強をするために起こったんだ。大丈夫、ハウルさんは死なないさ。今までやってきた悪いことが、報いとなって返ってきただけだ。これを、因果応報という。でも、ジェペットさん達を守るためにも彼の生存は必須だ。君の力を、貸してほしい」
和葉は改めてパトリックの手を包む。
あの時、骨と皮だけのようだった少年の手は、ふっくらとしている。
パトリックは、不安そうな表情で、コクリと頷いた。
頼めばやってくれる。彼の今の性格からも断ることはしない。
彼の手を引いてケイ達の元へ。キーラが持ってきてくれた上級ポーションがパトリックに渡される。
彼も蓋を開けて、赤い瑞々しいシャボン玉を細長く形成していく。
多少内臓が突き刺さっても大丈夫だろうとハウルを起こして口を開け、上向かせる。気道を確保するためのものだ。
パトリックは覗き込む。
そこに赤くて細い管が、ゆるりゆるりと口の中へと入っていく。
■□■□■
完治したハウルを、ダニエルが呼んだ帝国軍に引き渡した。スキルや魔法を封じる手枷と足枷を嵌められたハウルは深く眠っている状態で連れて行かれた。
大分性格の悪い軍人がやって来て、ケイを嘲笑っていたが、ダニエルがさっさと連れて行ってしまった。
面倒なことに、帝国では冒険者達の活動は犯罪者を見つけたら、その場所を教える摘発までで、現行犯逮捕は許可されていない。一方で、他国では国と冒険者ギルドはつながりがしっかりしていて、賞金首や犯罪者の現行犯逮捕も可能とされている。
「カズハさん。確かにあなたの心配は必要ですが、やはり来てはくれませんか? パトリックのためにも」
「すみません。私には別にやること……ブレーメンの注意を少しでも逸らしておきたいんだ」
和葉は首を振った。シーラの隣にいたパトリックがしょげる。
攻撃の手を休めてはいけない。ダニエルにはベナードもブレーメンの仲間かもしれないと情報を伝えてあるが、できるだけメメルへの追手を減らしておきたい。
もう一点は、和葉がメメルの研究ノートを読んでいる点だ。
既にハウルは和葉がノートを読んでいるのを知っている。推理ゲームを始める前に、メメルへノートを返したのを見ているから、ブレーメンにも伝わっているだろう。
和葉一点集中は無理だとしても、メメルと和葉を狙うという形で戦力を二手に分けなければ。
「それに、これは永遠の別れじゃない。瓶の改良……いや、割れやすくするんだから、こういう場合は改悪と言った方が良いんだろうか。それが済めば、パトリックさんの任を解いても良いだろう。その先は、したいようにすると良い。この帝都に帰ってくることも、あるいは国の外で学ぶことも」
予てから書き記しておいた、パトリック用のスキル考察ノートを手渡す。
その中には和葉が発案したモンスター討伐方法も書かれている。それはどちらも『窒息』を引き起こす方法だ。
動物系のモンスターであれば鼻と口の穴をシャボン玉で呼吸器官を塞ぐ。昆虫類であれば、シャボン玉に水を貯留させる形での溺死。
動物や昆虫といった『陸上生物』にできることは、人間にも対応可能だ。
その他にも、使えそうな方法を書き記してある。
「パトリックさん、大丈夫か?」
「……」
「パトリックさん、すまない。君に余計な心配をかけた」
「か、カズハさんは……」
「弱すぎる私が怪我をしたから、頭に血が昇ったんだろう。これが逆にケイさんだったら、君もあそこまでしなかったはずだ」
うぬぼれだろうかと思ったが、パトリックはよろよろと和葉の側でへたり込んだ。彼の視線に合わせるように、膝を折る。
その頭に手を乗せて、優しく撫でる。
こういう時、どういう言葉をかければ良いか知っていれば、対応できただろうか。
――だが、時間は待ってくれない。
「でも今回の事で、君も自分のスキルが恐ろしい一面を持っていることが、分かってくれただろうか?」
「ぅ……」
「すまない。本当は明日、今の話も含めて色々話そうと思っていたんだ……しかし時間も、ブレーメンも待ってはくれない。神様も、君を新しいステージに呼んでおきたかったんだろう。まずはハウルさんを助けてほしい。今、ここにいるメンバーではパトリックさんにしかできないことなんだ」
不安そうな顔をするパトリックに、頼む、と和葉は繰り返す。
深呼吸を行うように言う。落ち着くまで、ケイからは何も言わないものの、パトリックに来てほしいという訴えが視線という形で届けられている。
「それは、君がスキルとして得た力だ。人を助けるのも、人を殺すのも、道具の使用者次第」
包丁が料理で食材を切るために生まれても、それを殺人に使う事で凶器となるように。だからこそ、自分のスキルがどんな風に使えるのか知っておくのは重要だ。
和葉を助けるために、ハウルを逃さないために、色々な感情が入り混じって、今回の事件に発展した。
人は、思いもよらないことをしてしまう。一度怒りに支配されれば、言いたくなかったことも言ってしまうように、つい人を殺めてしまう。人間には、そういった危険性があるのだ。
「だからこそ、これからは自分の心を自制できるように心掛けなさい。君のスキルは戦闘特化ではない。サポートもできる。だからといって、人を傷つけないで済むものではないんだ。今回はまぁ……その勉強をするために起こったんだ。大丈夫、ハウルさんは死なないさ。今までやってきた悪いことが、報いとなって返ってきただけだ。これを、因果応報という。でも、ジェペットさん達を守るためにも彼の生存は必須だ。君の力を、貸してほしい」
和葉は改めてパトリックの手を包む。
あの時、骨と皮だけのようだった少年の手は、ふっくらとしている。
パトリックは、不安そうな表情で、コクリと頷いた。
頼めばやってくれる。彼の今の性格からも断ることはしない。
彼の手を引いてケイ達の元へ。キーラが持ってきてくれた上級ポーションがパトリックに渡される。
彼も蓋を開けて、赤い瑞々しいシャボン玉を細長く形成していく。
多少内臓が突き刺さっても大丈夫だろうとハウルを起こして口を開け、上向かせる。気道を確保するためのものだ。
パトリックは覗き込む。
そこに赤くて細い管が、ゆるりゆるりと口の中へと入っていく。
■□■□■
完治したハウルを、ダニエルが呼んだ帝国軍に引き渡した。スキルや魔法を封じる手枷と足枷を嵌められたハウルは深く眠っている状態で連れて行かれた。
大分性格の悪い軍人がやって来て、ケイを嘲笑っていたが、ダニエルがさっさと連れて行ってしまった。
面倒なことに、帝国では冒険者達の活動は犯罪者を見つけたら、その場所を教える摘発までで、現行犯逮捕は許可されていない。一方で、他国では国と冒険者ギルドはつながりがしっかりしていて、賞金首や犯罪者の現行犯逮捕も可能とされている。
「カズハさん。確かにあなたの心配は必要ですが、やはり来てはくれませんか? パトリックのためにも」
「すみません。私には別にやること……ブレーメンの注意を少しでも逸らしておきたいんだ」
和葉は首を振った。シーラの隣にいたパトリックがしょげる。
攻撃の手を休めてはいけない。ダニエルにはベナードもブレーメンの仲間かもしれないと情報を伝えてあるが、できるだけメメルへの追手を減らしておきたい。
もう一点は、和葉がメメルの研究ノートを読んでいる点だ。
既にハウルは和葉がノートを読んでいるのを知っている。推理ゲームを始める前に、メメルへノートを返したのを見ているから、ブレーメンにも伝わっているだろう。
和葉一点集中は無理だとしても、メメルと和葉を狙うという形で戦力を二手に分けなければ。
「それに、これは永遠の別れじゃない。瓶の改良……いや、割れやすくするんだから、こういう場合は改悪と言った方が良いんだろうか。それが済めば、パトリックさんの任を解いても良いだろう。その先は、したいようにすると良い。この帝都に帰ってくることも、あるいは国の外で学ぶことも」
予てから書き記しておいた、パトリック用のスキル考察ノートを手渡す。
その中には和葉が発案したモンスター討伐方法も書かれている。それはどちらも『窒息』を引き起こす方法だ。
動物系のモンスターであれば鼻と口の穴をシャボン玉で呼吸器官を塞ぐ。昆虫類であれば、シャボン玉に水を貯留させる形での溺死。
動物や昆虫といった『陸上生物』にできることは、人間にも対応可能だ。
その他にも、使えそうな方法を書き記してある。
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