聖女の瞳なんて要りません

富士山のぼり

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番外編 進路の決め手

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「こんな子供が相手になると思っているんですか? 悪い冗談ですよ、族長」

「ふん、生憎と儂は冗談が嫌いでな」


 仕事の休憩時間に暇な人々が円形に散らばって簡易的な闘技場を作っていた。
騎士の目の前に立っているのは周囲の人間と同じギード人特有の赤い髪の少女だ。
顔の造りは問題なく美少女と云っていい部類に入るのだが、ガサツな雰囲気が女性としての魅力を大きく減少させている。


「念の為に聞いておくが年はいくつだ? お嬢ちゃん」

「15。舐めた口きくと恥かくぜ、オッサン」

「ほぅ? なら、どっちが舐めた口か教えてやるぞ!」

「教えられんならやってみな」


 そう言って少女は右手で木製の模擬の短刀を逆手に構えた。 
ナイフとも刀とも言えない微妙な長さである。
騎士も構えた。此方はやはり木で出来た模造の剣だ。
ただし、両方とも重さを実物に近づけている。


「始め!」

「そらっ!」


 号令と共に騎士が突進して剣を薙いだ。
少女の姿は消えていた。
斜め上に飛んで騎士を飛び越し、騎士の後ろに着地すると間髪入れずに首を狙った。

 だが、騎士もすぐに反応した。
剣を立てながら振り返って少女の刃を払うと同時に今度は細かい突きを繰り出した。

 少女は目の前で刃を躱しつつしばらく防戦一方になった。
しかし、決定的とも云える一撃は全くない。
危ない時は短刀を使って綺麗に騎士の剣を受け流していた。

 騎士の連撃の隙に少女が一撃を繰り出して今度は騎士が防ぐ。
そしてまた騎士が連撃。その繰り返しがしばらく続く。
ある程度打ち合った後でお互い一回距離を取った。


「成程、正直驚いたぜ。中々の強さだ。その年の女じゃかなりのもんだ」

「ふん……、確かに只の雑魚じゃねぇな」

「当たり前だ。まだ俺は全力を出してないぞ。そろそろケリを付けてやるか」

「へぇ。んじゃ、そろそろこっちも本気出すわ」

「何?」

 
 そう言って少女は号令を下した老人に向かって手を挙げた。
すると短刀がもう一本飛んで来た。
少女は空の左手でそれを受け取って構え直した。
両手持ちである。


「行くぜ、強い雑魚。」


 今度は1分かからなかった。







 マルタは井戸水を頭から被って汗を流した。

先程の摸擬戦での物ではない。大半はその前の修練の時での汗だ。
伯爵の付き添いでここに来た騎士にからかわれた結果が先程の模擬戦だった。


「はい」


 幼女がマルタにタオルを差し出した。
途端にマルタの顔が崩れる。


「お嬢、見てたの?」

「うん! やっぱりマルタは強いね!」 

「上には上が居るんだよ、ホラ」


 マルタが指さす先は先程模擬戦を行った場所だ。
マルタと同じ年頃の少女が騎士を相手に勝利を収めていた。
騎士が悔しがって地面にうずくまっている。二人とも。


「うん。アルマも強いね」

「あいつにゃ敵いません。大体、あいつの本当の得物は剣ですから」

「んー、でもマルタも強いよ?」

「お嬢から見たらね……。
 でも、あたいの中じゃ一番強かったのはお嬢のお母さんだよ」

「おかーさま?」

「うん。うちら小さかったから手合わせした事なかったけどね」


 エリゼの母親はギード集落の族長の娘だった。
エリゼの祖父の代にギード人は故郷の山を追われて平地に集落を移していた。
ザイフリート山の噴火があったからだ。

 この地域は一応王国の領土となっていてランベルト伯爵の領地でもあった。
山の裾野に広がる魔獣の森近くに集落を構えるギード集落を伯爵は手厚く援助して領地の一員として温かく迎えた。
おとぎ話の中で邪教の信徒とまで言われていたギード人にとって伯爵家は領主である以前に大恩ある存在だった。

 エリゼの父である現ランベルト伯は先代伯爵に付き添ってこの地に被害調査へ来た時にエリゼの母親であるエルラを見初めて結婚した。
王国の中央政界からはずいぶん嘲られたらしいが伯爵は気にもしなかった。
寧ろ気にしていたのは常に自領の財政状態だった。
自然災害が多くてなにかと財政出費が嵩む土地柄だったので。


「凄かったんだぜ。とにかく滅茶苦茶速い動きで、強くてさ。うまく伝えられないけど」

「ふ~ん。でも、見た事無いからわかんない」


 そう言ってエリゼはマルタの腰にしがみついた。
そのままマルタの体に顔を押し付ける。


「駄目だよ。まだ濡れてるし、汗臭いでしょ?」

「んーん。マルタ、いい匂い」

「えぇ? あたいが?」

「うん」

「そんなの言われた事ないんだけど……」


 そもそも自分の母親以外の里の人間に女性扱いされた事が無い。それに比べたら、
……お嬢は可愛いなあ。
不思議とこの子を見ているとらしくない感情が湧いてくる。
そういう自分に戸惑いながらマルタはエリゼの頭を黙って撫でてやった。







 アルマは時間に気が付かないままひたすら剣の振り込んでいる。
族長に言われてマルタの次に別の騎士と対戦させられた。
その際にマルタと同じ武器を使う様に指示されて戦った。
同じ木剣で負けたら騎士の立つ瀬がないからだ。

 久々に短刀なんて使うとどうも調子が狂う。
その気になれば大抵の武器は使いこなす自信があったがやはり剣の方が自分に合うと思っていた。

 この年齢なのに普通の成人男性より強いのはギード人自体の特徴にある。
限られた魔力を自分の体内で本能的に振り分けるのが得意なのだ。
そしてその能力は特に女性の方が顕著だ。
一つ一つの動作に強化魔力を効率的かつ自然に上乗せ出来るのでその強さは見た目と違っていた。


「アルマぁー、まだやるのぉ?」

「お嬢様? もう暗くなりますから出歩いては駄目ですよ」

「でもおとーさまがここは夜も安全だっていうから」

「お付きの方はどこです?」

「いないよ?」


 アルマは軽くため息をついた。


「抜け出してきたんですね? いけませんね、全く……」


 実際、伯爵家の身内に傷をつける輩などここには存在しない。
寧ろ、積極的に排除するだろう。実力を持って。
ランベルト伯爵は時々エリゼの成長を義親へ見せにここへやってくる。
エルラは産後の肥立ちが悪く、エリゼを生んですぐ亡くなってしまったからだ。
伯爵は来訪した際は義親である族長宅へ宿泊していた。


「じゃあ、族長のお屋敷に戻りましょう。行きますよ」


 そう言ってアルマはエリゼを片手で抱えた。
マルタの足と違ってアルマは腕に祝福を受けた。それも並外れたレベルの。
村には神殿などないがギード独自の風習である年齢になると肉体に祝福を受ける事を
知っていた。


「ねぇ、なんでアルマはあんなに頑張るの?」

「強くなりたいからですよ」

「あんなに強いのに?」

「上には上がいるものです」


 アルマはそう言ってマルタの顔を思い浮かべた。
同年代では一番自分が強い事になっているがそれは一対一という限られた条件でだ。
不確定要素がある戦場や乱戦での強さはまた別だとエルラに教わった。
先程複数が相手でも勝てたのは明確な実力差があったからだ。
仮に戦場でマルタと戦ったら、あの異常な反応速度と身体能力には敵わないと思う。


「そうなんだ……」

「強くなるに越した事はありません。
 私は来年成人ですから王国の騎士団に入る事を考えています。
 騎士は名を上げやすいと思うので」

「どうして?」

「名誉と地位の向上の為ですよ。一族の」

「めいよとちい……」

「ええ。お嬢様のお父様以外の貴族からしたら私達はまだ蛮族扱いですしね……」

「ばんぞく?」

「そうです。残念ながらそう言って我々を蔑む者が居ます。
 だから若い世代でギードの地位を少しでも向上させて世に認めさせたいのです」

「ふぅん……」

「あ、気にしないでください。つまらない事を言いました」

「よくわかんないけど、がんばるアルマはえらいね」


 抱っこされたエリゼが手を伸ばしてアルマの頭をなでる。


「お、お嬢様」

「でも、アルマがいなくなったら寂しいな……」

「……」


 首にしがみつくエリゼを両手で抱え直してアルマは族長の家に着くまで背中を撫でていた。







 アルマとマルタは家の仕事の隙間に日課の手合わせをしていた。
同年代では同じレベルの腕の子供はいないので結局いつも相手はお互い同じだった。
休憩の時にアルマが口を開く。


「マルタ、あんた王国騎士団に入団申請しないの?」

「なんだ、いきなり……」

「昨日、あんたが倒した騎士様は出身地のランベルト領に帰って来て領主様に雇われる前は王国騎士団に居たんでしょ。
入団を希望するなら推薦状を書いてくれるって言ったじゃない。

「そりゃお前もだろ」


 模擬戦で二人に負けた騎士は素直に自分の非を詫びてその件を申し出ていた。
その潔さには素直に感心する。
強さが基準であるところがわかりやすい。


「入団するなら結果的に領主様の手を煩わせなくて済みそうなのは良かったけどさ」

「結局、あたし達がここを出るにはまず身元保証人が居ないと始まらないしね」


 王国騎士団に入団するには強さ以外にも確かな身元が必要になる。
推薦人が用意できない者はそもそも試験を受ける事すらできない。
アルマにしろマルタにしろこの辺境の田舎で一生を終えたいとは思わない。


「族長は勝手にしろっていうけど……大体あたい、騎士って柄じゃないしな」

「確かにね」

「おい、話の流れじゃそこは否定する所だろ!」
 
「ふん、あんた本当は怖いんじゃないの? もっと強い奴が居て負けるのが。
それとも蛮族って馬鹿にされんのが嫌だとか?」

「冗談だろ。面と向かってそんな事言う奴がいたら叩き潰してやる。
お前はどうなんだよ」

「あたしは……実は、まだ迷ってる」

「ふーん……ま、あたいもだ」







 後日、マルタは族長の家を訪問した。伯爵に会いに来たのだ。
明日ランベルト領の中心にある領都に帰る予定の伯爵に直談判するつもりだった。


「おお、君はマルタ君だね。どうしたんだ?」

「あのー、伯爵様。あの、その、お話がありまして」

「中で聞こうか」


 伯爵についてマルタは族長宅に入った。
族長夫妻は居るもののエリゼの姿が見えない。
遊んでいるのだろうか。


「それで何だい? 騎士団の推薦状の件かな?」

「いえ、そうじゃないです。いきなりなんですが……」

「?」

「あたい、いえ、あたし、じゃない、私がお嬢様のお付きになる事は出来ないでしょうか……?」

「お付き? ……専属侍女の事かな?」

「そ、そうです! それです!」 

「ふぅむ……そうだな。本人が良ければ私はかまわないが……来なさい」

 
 そう云う伯爵の後について今度は奥の部屋に入った。
そこにはエリゼと意外な人物がいた。


「あー、マルタぁ!」

「あら、あなた何しに来たの?」

「ああっ!? 何でお前!」

「何でも何も、私、エリゼお嬢様の専属侍女になったから。ですよね~、お嬢様」

「うん! アルマは、私の侍女」


 いつの間に与えられたのか侍女の服をアルマは来ている。
エリゼはアルマの膝の上に座っていた。


「ほ~ら、お嬢様もそう言ってるでしょ」

「ず、ずるいぞ、テメエ! 抜け駆けしやがって!」

「そういうあなたも私に内緒で来てるでしょうが。云う資格あるの?」

「ぐっ……!」

「喧嘩駄目ぇ。マルタもこっち来て」

「お嬢、いや、お嬢様!」

「お嬢様、無理をすることはありませんよ。このガサツ女の分まで私がお世話しますから」

「お前、騎士はどうするんだよ!」

「そっちはあなたに任せるわ。ギードの地位向上の為に頑張ってね。私の分も」

「勝手に決めるな!」

「じゃあお嬢様に決めていただきましょう。
お嬢様、マルタと私とどちらに居て欲しいですか?」
 
「んんー……、二人に居て欲しい。駄目?」


 そう言ってエリゼは頭をコテンと傾けた。
アルマとマルタは撃沈した。


「「お嬢様……」」

「アルマ、マルタ、二人とも大好き」

「「私もです!」」
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